第408話 獣避け玉の威力とお地蔵様

 暴れ回るせいで、刺激臭がこちらにまで流れて来た。マスクをしていても鼻に来るので、少し離れる。反対側では小角餓鬼2匹も逃げていた。遠目だけど、向こうの魔法陣の充填が止まっている。まぁ、この刺激臭と暴れ回る大角餓鬼には近寄りたくないよな。


 暫し、観察に務めたところ、暴れ回った後は、顔を抑えたままうつ伏せに倒れてしまった。小刻みに痙攣しているので、死んではいないようだが、無力化されたようだ。

 反対側の小角餓鬼が掲げる魔法陣も、充填が完了しそうなので、様子見はここまでとする。ただ、刺激臭と吐しゃ物塗れの現場には近付きたくない。離れたまま攻撃するか。


 こちらに近寄って来た用に〈ファイアマイン〉を準備していたのに、無駄になってしまったな。〈ファイアマイン〉は足元に設置できないので、少しでも歩いてくれないと起爆出来ない。倒れたままの大角餓鬼には意味のない魔法になってしまった。仕方がないので、ロングソードを振るって〈エレメント・スラスト〉の斬撃を発射した。魔剣術に込めてあるのは〈フレイムスロワー〉なので、小型の火属性版エアカッターが飛んで行くのだ。剣を振るうたびに炎の刃が飛んで行く。狙いは当然、頭の角だ。

 動かない大角餓鬼の角に当てるのは難しくは無かったが、2射目で当てても傷を付けるだけで切り落とせず。威力が低いせいだろう。それでも2発、3発と同じ個所に撃ち込み切断する。同じように反対側の角にも、手元で微調整をしながら連射した。

 両方の角が折られた大角餓鬼は、しおしおに萎んでいく。倒れたままなので、このまま〈エレメント・スラスト〉で止めを刺そうかと思ったが、小角餓鬼共の魔法陣が完成しそうである。後ろからフィオーレの歌も聞こえて来て、視界のHPバーの横に炎を示すマークが表示された。また〈フレイムスロワー〉の直撃を喰らうより、移動していた方がダメージは減るだろう。

 そう判断して、横に走り始める。いや、前は刺激臭と吐しゃ物があるから、近寄りたくないだけだ。そうして逃げ始めた直ぐ後に、敵の魔法陣が赤く光った。


 念の為、走る速度を上げたのだが、杞憂に終わる。何故かと言えば、敵の魔法陣から打ち出された〈ファイアジャベリン〉は、大角餓鬼の胴体に突き刺さり、〈フレイムスロワー〉は同じく大角餓鬼を包む様にして炎を吹き上げたのだった。


 一瞬だけ呆気にとられたが、直ぐに理由は思い至る。鑑定文に書いてあった『頭の二本角が折られるとステータスが激減し、配下の小角餓鬼が反逆し始める』の部分のせいだろう。


 2匹の小角餓鬼は、興奮した様子で大角餓鬼に駆け寄ると、手にした杖で殴り始める。そして、動かない事を確認できたのか、ぴょんぴょんとジャンプして喜んでいた。


 ……腕力にものを言わせた統率だったのだろうかね?

 昔の戦争でも横暴な上官は、不幸な流れ弾で背中を撃たれる、なんて話を聞いたものだ。流れ魔法も故意でしかないけどな。


 それは兎も角、残敵掃討すべく回り込むように走る。すると、騒いでいた小角餓鬼がギャアギャア騒ぎ始めた。何かと思えば、鼻を摘まんで離れようとしている。どうやら、刺激臭を忘れるほど大角餓鬼に反逆したかったようだ。

 好機と判断し、小角餓鬼が逃げる進行上を狙い〈ファイアマイン〉を設置する。すると、何も気付かず踏み入れた2匹を巻き込んで地雷が大爆発した。耳をつんざく様な轟音と共に、爆炎が空へと燃え上がる。ブラストナックルでサソリを爆破して以来の使用だが、威力が高いような? いや、魔法として爆破したのは初めてだったか?

 爆炎が収まると、上から何かが落ちて来た。黒焦げになった小角餓鬼である。下半身が無くなっているのは〈ファイアマイン〉を踏んで起爆した方であろう。もう一匹も至近距離で爆発に巻き込まれたのか、左腕を無くして黒焦げである。こっちは、まだ息があったので、止めを刺してあげた。

 小角餓鬼の火属性は弱点でも耐性でもない等倍なのに、この威力だ。これなら、火属性弱点の大角餓鬼にも通用しそうだな。


 これにて、獣避け玉の効果確認は終了。大角餓鬼の暴れようと、最後には動かなくなる様をみるに、ゴーストペッパーの『辛さで悶絶して死ぬ』と言う逸話を信じたくなった。確かに食用にするには躊躇するよね。

 ただ、効果は抜群なのだが、獣避け玉も1個1万5千円と高価なので、常用する気にはなれない。大部屋でマスクをしていても刺激臭がするので、狭い場所では使えない。レシピを買うよりも、緊急用に2、3個売店で買う程度で良いかな?

 効率的に倒す方法を模索するのは面白いけど、少し使い方を間違えばフレンドリーファイアになりかねないのは遠慮したい。


 小角餓鬼の死体が霧散化していき、幽魂桜へ喰われて行く。いつの間にやら、大角餓鬼も亡霊化しており、ゆっくりと近付いて来てきた。

 おっと、コイツ等にも試す事があった。その為に魔剣術を切らずに保持していたのだ。ふよふよと動きの遅い亡霊を待つ必要もない。さっさと踏み込んで、前に突き出した腕を袈裟斬りする。すると、硬めの豆腐かゼリーを切ったかのような感触と共に、腕が舞い飛んだ。


 ……斬り応えが無さ過ぎである。幽霊っぽい食べ残しだから仕方ないけどさ。


 連続斬りをお見舞いするが、胴体を真っ二つにしても、片方が消えてなくなる事は無い。それこそ、粘土に線が刻まれたような跡が残るだけ。それでも、5回ほど斬り付けたところで、ようやく輪郭を保てなくなって、消えていった。

 小角餓鬼の方の亡霊でも試してみたが、どうやら〈聖光錬気〉や〈ターンアンデッド〉程の威力は無いらしい。魔剣術で斬り付けるとHPダメージになり、ダメージが加算していくほどに、端から消えていくようだ。腕とか斬り飛ばすと、ちょっとだけ早く倒せる感じがした。

 まぁ、戦闘直後で魔剣術が残っていたら、そのまま戦うのは有りだろう。MP節約の為になる。




 亡霊餓鬼は、またもや何もドロップせず。大角餓鬼他のドロップ品のみを回収して、皆と合流しようとしたのだが、駆け寄って来たレスミアはUターンして逃げて行った。戻って行った先の2人も、鼻を摘まんでジェスチャーしている。振り返ったレスミアは、手でメガホンを作って声を張り上げた。


「ザックス様! 臭いが酷いですよ! 〈ライトクリーニング〉して下さい!」


 どうやら、防具に獣避け玉や大角餓鬼の吐しゃ物の臭いが、付いてしまっているようだ。ゴーグルとマスクのお陰で、俺自身はそんなに酷いとは感じなかったのだが、マスクを取った途端に鼻にツンと来た。直に浴びた訳でもないのに、近くの空間に居ただけで、この臭いとは酷いな。

 〈ライトクリーニング〉を自分に掛けてから、ようやく合流したのだが、3人ともまだ顔をしかめている。


「と言うか、部屋中臭い! 早く出ようよ!」


 フィオーレの言う通り、大部屋の端にある入り口に戻ったのに、まだ刺激臭がする。どうやら、大角餓鬼が霧散すると共に、地面の惨状も消えていったのだが、空気中に残滓が残ってしまったようだ。

 ダンジョン内は不思議な空調が効いているので、暫く放っておけば消えていくと思うが……微妙に鼻が慣れてしまっている俺よりも、多数決の意見により、壁伝いに移動して大部屋を抜ける事になった。




 それから、新しい戦法を試しながら進んでいると、魔物の居ない十字路に奇妙なものを発見した。少し萎れた歩きマージキノコなのだが歩いておらず、幽魂桜にもたれ掛かっている。いや、よく見ると脚が枯れ木の様にボロボロだ。周囲にはエリンギが生えており、女の子達は早速キノコ狩りに興じている。

 食材が増えるのは結構だが、俺はお地蔵様みたいな座りマージキノコも気になったので、〈詳細鑑定〉を掛けた。



【植物】【名称:歩きマージキノコの老体】【レア度:B】

・奇跡的に捕食されず、天寿を全う出来そうなマージキノコ。大量に内包していたマナも胞子と共に放出し、歩けなくなる程に枯渇してしまった。最早歩けなくなった彼は、地面に座り込み最後の時を待つのみである。しかし、寂しくはない。周囲には沢山の子供達が居るのだ。自らに残った最後のマナを周囲に放出し、子供達の糧となるのも、幸いな終わりであろう。

※マナが殆ど無く、干物の様に硬いので、食用や調合には不向き。しかし、マナと水分を失うと共に、キノコとしての旨味を中心部に貯め込んでいる。この状態を見つけた人は超ラッキー! 消えてしまう前に、裂いて中身を取り出そう。



 ……おい、コラッ! この鑑定文を考えた奴はいい加減にしろ!

 前半でしんみりさせておいて、『裂いて中身を取り出そう』は無いだろ! 台無しだ!


 お地蔵様ではなく、即身仏だったようなので、非常に気が引けるのだが……彼のお子さんは殆ど刈り取られちゃったけどな。


「ザックス様、神妙な顔をしてどうしたんですか?

 ほら、エリンギが沢山取れましたよ~。大きいのも小さいのもあるので、今夜も具沢山キノコスープにしましょう」

「ああ、昨日のバターソテーも美味しかったからね。楽しみにしているよ。

 あー、ただ、小さいのは採らずに残しておいてくれ」

「ん? はい、いつも通りに小さ過ぎるのは残してありますよ?」


 小首を傾げるレスミアには、「それなら良い」と笑い返して置く。鑑定文を教える意味は無いな。取り敢えず、歩きマージキノコの老体の中に、良い物が入っているとだけ教えておいた。


 即身仏のお爺さんキノコに手を合わせてから、ナイフを突き立てた。しかし、枯れ木のように固く、刃が刺さらない。仕方ないので、ロングソードで切れ込みを入れてから、横に捻って割る。すると、中には茶色の松茸っぽい形状の物が埋もれていた。ナイフで突いてみると、硬い音がするのでキノコではないようだ。形が松茸の琥珀かな?

 ロングソードの切っ先で周囲を削り、なんとか取り出す事に成功した。



【素材】【名称:キノコ飴】【レア度:B】

・キノコの旨味を凝縮した飴。飴なので甘くはあるが、そのまま食べても味が濃過ぎて美味しくは無い。料理に活用すべし。この飴を一欠けら鍋に入れて煮込むだけで、美味なキノコスープへと早変わりする。



 ……飴だった! いや、観光地にあるアレな形の飴を思い出してしまったが、用途が違うな。

 取り敢えず、レスミアに教えると、満面の笑顔を返してくれた。ついでにフィオーレも、エリンギを両手に万歳して喜ぶ。


「丁度良いですね! 今晩のスープに入れてみましょう!」

「わーい! アタシ、お替りするから、大鍋でお願いね!」


 餓鬼ばかりの階層で、天寿を全うする歩きマージキノコは少ないと思う。レア度が一段階高いBだからな。貴重なのは間違いないので、料理には一欠けらずつ使うようにお願いしておいた。美味しく出来れば、明日来るソフィアリーセ様の昼食に出しても良いかもな。

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