第409話 馬面な大角餓鬼と鉄砲水

 34層の探索は順調に進んでいる。大角餓鬼には毎回苦戦させられているが、一戦目程ではないし、連戦で来ているので比較的に順調と言っても良いだろう。

 なんもかんも、大角餓鬼のフィジカルが強いのがいけない。色々考えた対処法を試したものの、力尽くで突破されたり、耐えられたりするので、『この戦法を使えば楽勝』なんて都合の良い話は無いのだ。

 一番良かった連携は、〈ファイアマイン〉で足元を爆破(ただし、鉄の具足を付けているので耐えられてしまう)、動きが鈍ったところで金棒の攻撃を掻い潜り〈トリモチの罠〉で拘束(元気だと破られる)、最後は〈集魂玉解放〉でパワーアップしたベルンヴァルトが集魂玉スキルで殴り倒すのだ(集魂玉が2個居る)。

 ただ、この戦法も毎回同じように使える訳ではない。〈ファイアマイン〉を張ったのに、大角餓鬼がその場から動かなくなって引っ掛からないとか、ダメージに激昂して攻撃が激しくなり懐に潜り込めないとか。その為、ベルンヴァルトと二人で連携しつつ、臨機応変に対処する必要があるのだ。

 重戦士な見た目なのに、意外と左右にステップ移動するから、弱点の角折りも動きを封じないと難しい……警戒しているのか、甲殻弾や〈エレメント・スラスト〉を撃っても、避けるか盾で防御されるのだよな。〈ダーツスロー〉も狙い難くて、外した時のデメリットを考えると、ギャンブルに賭ける気にはならない。


 確殺する戦法が無いのは、強敵のレア種を除くと初めてである。取り巻きの小角餓鬼は、全部レスミアに任せられる分だけ助かっているが、それはそれでベルンヴァルトが倒す数が減るので集魂玉が足りなくなっていくのだ。鬼足軽レベル30で覚えた〈餓鬼ノ吸魂〉の効果で補充される事がなければ、もっと苦戦していただろう。



【スキル】【名称:餓鬼ノ吸魂】【パッシブ】

・餓鬼の如く、貪欲に魂を集めるスキル。他のパーティーメンバーが倒した場合でも、低確率で集魂玉を得る。



 〈集魂玉解放〉で強化した後の〈旋風撃〉は、大角餓鬼のタワーシールドを横に吹き飛ばし、追撃で頭を兜ごと叩き潰す程の威力である。ただし、拘束するか動きを鈍らせないと、タワーシールドで受けきられてしまう。


 そんな訳で、一戦一戦に時間を掛けつつも、なんとか前に進むのだった。



 進行方向のT字路を曲がった先に、赤い光点が4つ現れた。魔物を示す〈敵影表示〉であるが、斥候が居ないのは珍しい。取り敢えず、曲がり角まで近付いてから、準備を整える。主に俺の魔剣術と魔法陣だけどな。〈ファイアマイン〉が準備出来てから、皆に合図を出して飛び出した。


 通路の先に見えたのは盾を持った戦士餓鬼2匹、弓持ちが1匹、一番奥に背の高いローブの馬面が居る。そう、如何にも邪悪な魔法使いっぽいローブに、錫杖(先端に輪っかが沢山付いた奴)を持っているのだ。ここまで、重戦士タイプばかりだったので失念していたが、大角餓鬼の魔道士タイプだろう。背の高い直立した馬のようであり、左右の耳の後ろには角が上に向かって生えている。馬頭鬼メズキと言ったところだろう。


 向こうも戦士餓鬼2匹が前に出る。そして、馬頭鬼が錫杖を持っていない方の手をこちらに向け、魔法陣を展開した。そこそこ大きな水色魔法陣なので、〈ウォーターフォール〉辺りか。しかし、この距離ならば、充填が完了するまでに接敵できる。先ずは、〈ファイアマイン〉を戦士餓鬼の進行上に設置、1匹を爆破した。


「奥のは魔道士タイプの大角餓鬼だ! 接敵して倒すぞ!」

「なら、もう一匹は頂くぜ! 〈疾風突き〉!」


 地雷の爆発に驚いていた戦士餓鬼を、急加速したベルンヴァルトが突き飛ばした。飢餓の重棍は先端が円錐状に尖っているので、粗末な鎧ごと破壊したようである。車に撥ねられたように、吹き飛ばされる小角餓鬼、アレは生きてはいないな。


 残る障害は弓使いの小角餓鬼……スカウト餓鬼か採取師餓鬼か? 斥候に出ていないのが不思議だが、馬頭鬼の直衛なのだろうか? 戦士餓鬼が2匹も居るので、充填の時間を稼ぐのが目的と推察する。

 ただ、正面から来る単発の矢くらいなら、避けるのは容易い。矢を避けて接近し、小角餓鬼を斬った勢いで馬頭鬼に行けば、十分に間に合う。馬頭鬼が充填している魔法陣は、未だ三分の一程度しか溜まっていないなのだ。


 いや、矢が撃たれるのを待つ必要も無いな。走りながらロングソードを振るい〈エレメント・スラスト〉の魔法刃を飛ばした。

 放たれた赤い〈エアカッター〉は、矢を番えていた小角餓鬼に命中する。弱点属性ではないので倒せはしなかったものの、弓を切断し手傷を追わせる事に成功した。半分になった弓を取り落とし、小角餓鬼がギャアギャア騒ぎ始める。


 ……勝ったな!

 そんな確信した時、予想外の事が起こる。騒いでいた小角餓鬼の首から刃が生え、吐血したのだ。

 それを成したのは、背後から突かれた槍の一撃……いや、の尖った先端である。もちろん、攻撃したのは馬頭鬼だ。


 ……仲間割れか? 死体を盾替わりにするとか? 何のつもりか知らないが、まとめて叩き斬る!


 残り5mの距離を駆け抜けるだけだ。

 しかし、近付いた事により、馬頭鬼の馬面がにやりと笑うのがよく見えた。

 その直後、充填中だった敵の魔法陣が、瞬時に完成する。馬面がいななきの声を上げると、魔法陣が分裂した。左右に2個ずつ、計5個の魔法陣が通路を塞ぐようにして展開する。見覚えがある、この魔法は……〈ツナーミ〉か!?


 魔法陣が光り、怒涛の如く水が溢れる。水が海鳴うみなりを上げて、天井まで届く巨大な水壁となると、次の瞬間には崩れ、押し寄せるような津波となった。

 左右を見ても、逃げ場など無い。必死に頭を巡らせるが、打開する手立ては思い浮かばなかった。焼け石に水であるが、ロングソードの先端で次弾装填させていた〈ファイアボール〉の魔法陣を前に向ける。

 津波の水を魔法陣で受け止めた。魔道士の〈フィリングシールド〉である。しかし、正面を受け止めただけであり、左右から濁流が押し寄せ、結局流されてしまうのだった。



 属性ダメージによる身体の痛みに耐えながら、水の中を流される。しかし、〈フィリングシールド〉で一瞬だけでも耐えたお陰で、大きく息を吸って備える事が出来たのは良かった。なんとか濁流の中を泳ぎ、溺れる事は回避出来たのだから。ただ、装備やロングソードが重いので、上に浮かび上がるのは無理そうだ。この流れの中で、剣を手放したら失くしそうであるし、鞘に納刀も出来ない。片手で泳ぐのは限度がある。

 他のメンバーがどうなったか分からないが、視界に映るHPバーでは、レスミア以外のHPが2割~4割減っていた。多分、流されてはいるけど、死んではいない筈だ。無事であれば良いが。

 ……ん? レスミアだけノーダメージ? 


 思わず二度見してしまったが、一人だけ元気な様だ。通路いっぱいにまで広がった津波なので、避けるには魔法が発動するより前に範囲外へと逃げていないといけない。つまりは、そういう事だろう。

 そんな事を考えつつ、水の中を泳いでいると、急に水が消えた。一瞬だけ空中を泳いだが、直ぐに地面へと落下する。ぎりぎりでロングソードを横に放り出してから、受け身を取り、地面を転がった。危ねぇ、抜き身の剣の上に落ちるところだったぞ。

 そう言えば、〈ツナーミ〉は効果が終了すると、水が霧散するのだった。身体はずぶ濡れだが、地面は乾いている。そのお陰で砂塗れになっちまったよ。


 周囲を見回すと、30m程先でレスミアが手を振っていた。その隣には、馬頭鬼が倒れているので、倒してくれたのだろう。


「みんな~! 大丈夫~!」

「なんとか、生きてるぜ!」


 15m程前にはベルンヴァルトが座り込んでいた。HPは減っているが、直ぐに立ち上がったので大丈夫そうだ。残るはフィオーレだけど……後ろを見ると、かなり奥に〈サンライト〉の光が見えた。随分と流されたようだ。二人にはフィオーレの様子を見に行くと伝えてから、後ろへと急ぐ。ブーツにまで水が入り込んでいて、気持ち悪い。移動しながらも〈ライトクリーニング〉を自分に掛けて、水分を浄化した。


 途中で、〈サンライト〉の光が反射して、鉄の盾と大銅貨が落ちているのを発見。恐らく、戦士餓鬼2匹のドロップ品だろう。死体もろともに流されたようだ。

 更に進んだ所で、倒れたフィオーレを発見した。軽いので長い距離を流されたようだ。お腹を押さえて苦しそうにしている。溺れて窒息なんて洒落にならない。フィオーレを助け起こし、頬を軽く叩いた。


「おい! 大丈夫か! 返事をしろ!」

「うっぷ……もう飲めない……ううん、そっちより、アタシのギター……水吸うとマズい……じょうか……」

「まとめて〈ライトクリーニング〉するから、先ずは水を吐け!」


 どうやら、溺れた時に水をたらふく飲んでしまったようだ。ただ、それでも大切なギターは手放していない。弦が何本か切れ、指から出血しているのに、無茶し過ぎだ。

 充填待機させていた〈ライトクリーニング〉で浄化してから、フィオーレに水を吐かせた。かなり飲んでしまったようで、吐いても、吐いても出てくる。汚れても、また〈ライトクリーニング〉で綺麗にするから気にするなと背中を摩ってあげた。



 フィオーレが全てを吐き出し、痕跡を〈ライトクリーニング〉で消す頃には、レスミアとベルンヴァルトも合流した。ベルンヴァルトのブーツも水を吸って、グポグポと音を鳴らしていたので、歩いて来ているのが直ぐに分かったのだ。

 全員そろったところで、〈癒しの聖印〉付きの〈ヒールサークル〉で傷を癒し、〈ライトクリーニング〉で身を清めた。


「ザックス、お腹空いた~。さっき、お腹に残ってたお昼ご飯も出しちゃったみたい……」


 フィオーレがお腹を押さえて、もの悲しそうに言うので、小休止にして軽食をストレージから取り出してあげた。レスミア以外はダメージを追っているので、休憩は必要なのだ。そのレスミアの話を聞いてみたが、やはり魔法が発動する直前に、壁走りで側面に回っていたらしい。


「いきなり洪水になったので、驚きましたよ。魔法陣を見れば、誰の仕業か分かったので、背後に回って〈不意打ち〉で首を刎ねておきました!

 あ、これドロップ品です」


 差し出されたのは、レスミアが肩に担いでいた重そうな錫杖である。動かすたびに、先端の輪っか同士が当たって金属音を鳴らす。ただ、これも只のチタン製武器で、何の効果も無かった。重戦士タイプの大角餓鬼(牛頭鬼)と一緒だな。装備品をドロップしただけなのだろう。


 そして、錫杖に何の効果も無かった為、いきなり魔法陣が完成された原因は、馬頭鬼のスキルに有ると思う。牛頭鬼もHP吸収効果のある、赤黒いスキルを使用していたから、推測する事は出来た。

 今回は鑑定する暇がなかったけど、小角餓鬼もジョブ毎に解説文が違うので、〈詳細鑑定〉を優先しておくべきだったな。


「多分、『ダメージを与えた分だけ充填される』とか、『仲間を生贄にして充填する』みたいな効果だと思う」

「なるほどな。確かに小さいのをぶっ刺したと思ったら、いきなり魔法が来たんだ。状況はあってんな」

「そうなると、先に小角餓鬼を倒すか、私が駆け抜けて〈不意打ち〉するか、ですね」

「はいはーい! アタシ、泳げないんだから、あの魔法は撃たせないで欲しいな~。後、ギターは弦を全部張り直さないといけないから、今日はもう使えないよ。ソードダンサーに替えておいてね」


 レスミアは本当に頼りになる。この階層に来てから、後衛潰しは任せっぱなしだ。そして、バクバクとサンドイッチを貪り食っているコイツはどうしよう? 一人だけ流されていると思えば、泳げないのか……。いや、洪水に巻き込まれたのに怖気づかず、食事を取るだけでヤル気を取り戻しているのは、凄いと褒めるべきだろう。

 取り敢えず、要望通りにソードダンサーに変え、魔道士餓鬼の対処法を話し合うのだった。




 結局、フィオーレが泳げない事への対策として、魔道士餓鬼が出た時はベルンヴァルトの後ろに付いて行く事になった。実はベルンヴァルトも泳げないのだが、それは体格が良過ぎて水に浮かないせいらしい。ついでに重装備なので、〈ツナーミ〉の洪水の中でも殆ど流されていなかった。万が一、〈ツナーミ〉が来たら、ベルンヴァルトにしがみ付いて、流されないように耐えるのだ。


 ただ、先に進めど、中々出くわさない。出現率は重戦士タイプの方が多い様だ。

 そして、2戦目では〈ツナーミ〉を撃たれる前にバイクで駆け抜けて小角餓鬼を殲滅、馬頭鬼は〈二天・流星落とし〉……流星の様な勢いでぶん投げられた飢餓の重棍で圧し潰した。魔道士ジョブなだけあって、耐久値とHPは低い様だ。



【魔物】【名称:大角餓鬼(魔道士)】【Lv34】

・大柄な人型タイプの魔物。小角餓鬼のリーダーである為、大角餓鬼はパーティーに1匹しか登場しない。この個体は魔道士タイプであり、弱点の火属性以外の属性魔法各種を使いこなし、レベルが上がると使用できる魔法が増える。また、配下の小角餓鬼を生贄にすることで、魔法陣の充填を瞬時に完了させる事が出来る。

 リーダーらしく小角餓鬼を統率して連携を取るが、頭の二本角が折られるとステータスが激減し、配下の小角餓鬼が反逆し始める。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:装備品、大銅貨5枚】【レアドロップ:餓鬼の大角】



 2戦目で鑑定しておいたのだが、やっぱり固有スキルを持っていたようだ。生贄とか、邪教っぽいなぁ。

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