第406話 激闘!牛頭鬼!

 戦局を有利に傾ける為、敵の魔法充填を阻止する為、防御の隙間を狙って撃ち放った〈ウインドジャベリン〉は、〈カバーシールド〉でスライド移動してきた大角餓鬼に防御されてしまった。大角餓鬼は風属性なので、〈ウインドジャベリン〉も大したダメージになっていない。鉄のタワーシールドは貫通したが、胴鎧で止まってしまっている。相性で軽減された属性ダメージ分くらいしか入っていないだろう。

 しかし、動きは止まった。


「追撃するぞ! 〈フルスイング〉!」


 動きの止まった大角餓鬼を狙い、ベルンヴァルトが踏み込んだ。大盾を地面に落とし、ハルバードを両手持ちして振りかぶり、フルスイングする。鬼人族の膂力と騎士ジョブの筋力値補正、戦闘前に掛けた〈付与術・筋力〉、それに両手持ちの力で振るわれた一撃は、構えていたタワーシールドを両断し、その左腕を二の腕から切り落とした。


 スキルのノックバック効果で、後ろに倒れ掛かる大角餓鬼。そこに、更なる追撃を狙っていた俺とレスミアが両サイドから迫る。近いのはレスミアの方、倒れた大角餓鬼の上を宙返りしながら一閃、頭の牛角の片方を切り飛ばした。着地するレスミアとすれ違いながら、俺もロングソードを抜刀し飛び上がる。


「〈一刀唐竹割り〉!」


 狙うは、もう片方の角。大上段の振り下ろしに臆したのか、眼下の大角餓鬼が「ブモッ! ブモッ!」と、牛のように騒いでいる。ロングソードが振り下ろされる……その途中で、視界が赤く染まった。左の肩口が爆発するかのような衝撃を受けて、吹き飛ばされた。


 回転する視界の中、赤いクリスタルな槍……いや〈ファイアジャベリン〉が目に入った。どうやら、魔法使い餓鬼が撃った魔法のようだ。大角餓鬼が騒いでいたのは、「コイツを撃て」とか指示していたのだろう。クソッ、後少しだったのに。

 冷静に分析しながらも、地面にぶち当たり、飛び跳ねてから、再度地面に転がりベルンヴァルトの足に当たって止まった。

 うん、3度目なので、察しがついた。痛みが無いからね。保険で付けといて良かった〈リアクション芸人〉。


「おい! 生きてるよな!」「ザックス様、大丈夫ですか!」

「〈リアクション芸人〉でノーダメージだ……魔法が来る! レスミア!こっちに来るな!」


 ベルンヴァルトの足に小突かれて起き上がり、無事であるとアピールするが、丁度赤い魔法陣が光ったのが目に入った。俺の元に駆け寄って来ていたレスミアは、静止の声が届いたのか弾かれるように横っ飛びしていく。

 そして、俺とベルンヴァルトを包むようにして炎が地面から噴き出した。〈フレイムスロワー〉の炎だ。咄嗟に息を止め、両腕で剥き出しの顔をガードしてから、足元から頭へと抜ける属性ダメージの痛みに耐える。保険に〈火精霊のプレリュード〉を掛けておいて正解だった。俺のHPの減り具合は1割程度、ベルンヴァルトも2割強くらいだ。ただし、炎で炙られているので、ガリガリと削られている。

 この時、肌の露出が多いと火傷が増え、不用意に息をすると肺の中を焼かれる。効果範囲から逃げるのが一番であるが、それが無理な時は、息を止めて我慢するのが正解なのだ。〈フレイムスロワー〉の効果時間は数秒程度であるから。

 程なくして、焼ける様な熱気が収まる。息を吸う前にランク0の便利魔法を発動させる。

「〈ブリーズ〉」


 ダメージの大きいベルンヴァルトの方へ風を吹き流し、焼けた空気を押し流す。冷たい空気が流れ込み、ようやく一息付く事が出来た。


「ヴァルト、動けるか?」

「ぁ~、ゴホッ! 少し胸が痛いが、動くぜ。向こうは、まだヤル気みたいだしよ」


 未だに〈ヘイトリアクション〉の効果が切れていないので、嫌がおうにも目に入る。左手が二の腕から先が無いにも関わらず、右手の金棒を引き摺りながら歩いて来る大角餓鬼の姿があった。

 ベルンヴァルトは大盾を拾い構えるが、少しだけ動きがぎこちない。ダメージの影響が残っているようだ。俺もロングソードを……と思ったら、剣が無い。さっき吹き飛ばされた時に、何処かへ転がって行ってしまったようだ。仕方ないので、左手でワンドを抜き魔法の充填開始、右手にはポーチに入れておいた甲殻弾を数発握り込む。


 こちらの戦闘意思が伝わったのか、大角餓鬼は金棒を構え直すと、咆哮上げた。その途端、金棒が赤黒いオーラを纏い始める。あれも見覚えが……重戦士の〈ブラッドウェポン〉? いや、アレよりも禍々しい様な? そこで、鑑定文を思い出した。

『大角餓鬼の固有スキルには貪欲な渇きの効果があり、武器や防具で触れただけでも精気、HPを吸収するので注意が必要』

 精気が何を示すのか分からないが、文脈から察するにスタミナか腹持ちみたいな物だろう。取り敢えず、ベルンヴァルトにも展開して注意を促すが、若干呆れた声が返って来る。


「無茶言うな。アイツの攻撃は結構鋭い、回避に徹していたら、反撃も出来んぞ」

「……それなら、動きを止めるか。〈ダーツスロー〉!」


 右手に現れたダーツを投擲する。それは飛んで行く途中で3つに分裂し……大きくサイドステップした大角餓鬼に避けられてしまった。


「あっ! 避けられたら俺が……」


 停止すると言えずに、口ごと身体が動かなくなった。〈ワンスロー〉の効果で分裂した3本全てを外した場合、術者にペナルティーがある。それは、10秒間の停止だ。

 地面に根差して動けない花乙女ポージーでは定番の戦法だったが、武芸者の如く戦う大角餓鬼なら、そりゃ避ける可能性はあるよな。いや、タワーシールドを持っていれば受け止めてくれたかも知れないが……手負いだからといって、嘗めていたのは俺の方だったようだ。

 金棒を振りかぶった大角餓鬼が、俺目掛けて踏み込んで来た。この近距離では数秒も掛からないので、10秒停止は致命的である。しかし、頼りになる盾役が居るので、死を覚悟する程でもなかった。割って入って来たベルンヴァルトが、大盾で攻撃を受け止める。直ぐ近くに居たので〈カバーシールド〉を使う必要も無いようだ。


「クッ! 確かになんか吸われている感じがするぜ! おいっ!お前の相手は俺だ!」


 〈挑発〉したのだろう。大盾で押し返しながら、ベルンヴァルトが吠え、ハルバードの反撃をする。タワーシールドを失った大角餓鬼では、それを防御する術はない。ギリギリ回避しようとして肩に斧部分が当たり、大きな金属音を出した。重戦士なだけあって、重厚な鎧なようで、肩アーマーに大きな傷跡を残したのみに終わる。ウーツ鋼のハルバードでも、流石に鉄製っぽい重鎧を両断するには、スキルを使わないと難しいようだ。

 しかし、大角餓鬼は残った右腕で、金棒を連続で叩き付けて来るので、スキルを使う暇はない。逆に、大盾で防御しているベルンヴァルトの方が削られている。HPバーがじりじりと減っているのは、金棒が纏った赤黒いオーラのせいだろう。

 ここで負ける様なタマではないと信頼しているが、早く援護しないと……10秒が長く感じる。

 そんな焦燥感に駆られていると、後ろからフィオーレの元気な声が響いて来た。


「2曲目、行くよ~! これで元気になれ! 〈癒しのララバイ〉!」


 子守唄の優しげなメロディーが流れ始めると、身体が暖かい物に包まれた様な感覚がした。身体の痛みが徐々に和らいでいき、HPバーもゆっくりと回復していく。

 良い判断だと感心していると、今度は後ろから走ってくる気配を感じた。


「フィオーレに頼んで、回復の歌に替えてきました!

 それと、奥にいる小角餓鬼は任せてください! 良い方法を思いつきましたから~」


 レスミアの判断だったようだ。ナイス!

 しかし、俺は停止中なので反応を返せない。レスミアも急いでいるようで、一方的に話すと直ぐに走って行ってしまった。

 ……良い方法とやらが気になるが、ベルンヴァルトを援護するのが先か。奥の小角餓鬼共が魔法陣を再展開しているが、充填完了にはまだまだ時間はある。



 ペナルティーが解けてから、右側へ回り込む。タワーシールドが無いのと、残った牛角がこちら側だからだ。右手に握り込んでいた甲殻弾を指に持ち替え、〈指弾術〉で撃ちだす。狙うは、牛角か剝き出しの顔!


 しかし、鉄兜に当たって弾かれた。動く敵には当て難いんだよ!

 牛面な横顔にでも当たれば良いと、2発目を撃つが避けられる。今度は完全に見切られていた事に驚いていると、ふと思い至る。

 ……あ、牛だから目が横に付いていて、視野が広いのか?!

 何か他に手は……破れかぶれだ!


「〈丁半博打〉!」


 咄嗟に思い付いたギャンブルスキルである。

『ダイス2個の合計は? 丁か半か、選べ』

 俺の視界にサイコロが2つ表示され、身体が動かなくなる。それは、向こう側も同じだ。金棒を振り上げたまま停止している。ベルンヴァルトがチャンスとばかりに打ち込むが、跳ね返されていた。


「おい、いったいなんだ!?」

「ギャンブル中は、手出し無用みたいだ! 行くぞ、選ぶのは『半』!」


 出た目は、4と5……『グシの半! 大当たり!!』と表示され、両サイドからクラッカーが鳴らされた。


【スキル】【名称:丁半博打】【アクティブ】

・戦闘中のみ発動可能。敵1体を対象に発動すると、効果確定までどちらも動けなくなる。

 そして、自身が丁か半か宣言し、6面ダイスを2つ振る。出目の合計が丁(偶数)、半(奇数)を当てる事により、効果を得る。

 当てた場合、対象の装備品を1つ解除する(解除できない場合は耐久値を半減する)。外した場合、自身の装備品がランダムで1つ解除される。解除した装備品は戦闘終了時まで、手に取る事も出来ない。同一箇所の再装備も不可。

 また、同一対象には1回しか発動出来ず、停止中は外部からの影響を受けない。


 〈丁半博打〉で当てたので、ペナルティーを受けるのは大角餓鬼である。すると、振りかぶられていた金棒が地面に落ちた。それと同時に赤黒いオーラも消え失せる。

 動けるようになった大角餓鬼は、慌てたようにしゃがみ込み武器を拾おうとするが、金棒を持つことは出来ずに空振りした。


「今度こそチャンス! 〈ファイアジャベリン〉!」「おおっ! 〈ランスチャージ〉!」


 先ず、真正面に居たベルンヴァルトが槍を構えて突進、しゃがみ込んだ大角餓鬼の胸元を鎧ごと貫いた。そして、赤いクリスタルな投げ槍が、脇腹に突き刺さる。これも、胴鎧を貫通し中程で止まった。

 腹の傷は内側から焼かれており、致命傷だ。ただ、即死でもないようで、往生際が悪く大角餓鬼は、胸を貫くハルバードを握りしめ返している。ここから、逆転の目など無いと思うが、ベルンヴァルトはスキル後の硬直で動けない。俺は止めを刺すべく、右手に残っていた最後の甲殻弾を撃ち出した。


 動き回っていた先程とは違い、ほぼ死に体で動かない相手だ。甲殻弾は見事に牛角に命中、折り砕き跳弾して明後日の方へ飛んで行った。


 ……これで、左右2本の角は折った。全ステータスがダウンするから、その傷では耐えられない筈!


「ブモオオォォォォ……」


 すると、大角餓鬼は残った右腕で頭を抱えて咆哮し始めた。ただ、その咆哮も直ぐにトーンダウンして小さくなっていく。いや、声が小さくなるにつれ、大角餓鬼の身体も萎んでいった。

 ベルンヴァルトがハルバードを引き抜くと、支えが無くなり、前のめりに倒れ動かなくなった。元々の筋骨隆々な見る影も無く、ヒョロガリな体形に様変わりしている。これでは致命傷が無くても、鎧の重さで動けなくなりそうだ。

 

「ちょっとー、そっちが終わったのなら、今度はこっちをお願いします~」


 ベルンヴァルトと二人で、大角餓鬼の変わり様に驚いていると、横合いからレスミアの声が聞こえた。おっと、小角餓鬼共の対処をすると言っていたのを、忘れていた。

 既に〈ヘイトリアクション〉の効果は切れている。奥の幽魂桜の方ではなく、横から聞こえて来たのが気になり、そちらに目を向けると……亡霊餓鬼2匹を引き連れたレスミアが、ゆっくりと後ろ歩きをしているのだった。既に倒しただけでなく、幽魂桜から生み出された亡霊餓鬼を引き付けておいてくれたようだ。


「今、行くよ! 〈聖光錬気〉!」


 両手に光を纏わせながら走り寄り、ジャブの連打でサクッと仕留めた。楽勝!

 いや、待て、コイツ等が亡霊になっているのなら、残った奴も……

 嫌な予感がして振り返ると、大角餓鬼の死体が霧散していくところだった。マナの煙は幽魂桜へと吸い込まれて行き、数輪の花が散る。そして、花びらが消えたところに、白っぽく半透明な大角餓鬼の亡霊が姿を現した。ただ、鎧姿ではあるものの、武器とタワーシールドは持っていない。両手を前に出し、ふよふよと動き出すのだった。



【魔物】【名称:亡霊餓鬼】【Lv34】

・幽魂桜により生み出された大角餓鬼の亡霊。実際は、実体に必要なマナだけ幽魂桜に取られ、不要な部分として捨てられた餓鬼の残滓である。再び実体化する為に、生者のマナを吸おうとして襲い掛かって来る。

 存在が希薄な為、武器による物理攻撃は擦り抜けてしまう。その反面、魔法などの魔力攻撃には滅法弱く、全ての属性が弱点となっている。生者に取り付き魔力を吸収し、その魔力で〈ストームカッタ―〉を使用するが、仮にMPが満タンになっても、実体は出来ない悲しい存在。存在するだけでマナを消費する為、放っておけばダンジョンに吸収されて消えるだろう。

・属性:風

・耐属性:風

・弱点属性:全

【ドロップ:無し】【レアドロップ:ポゼストーン】



 念の為〈詳細鑑定〉を掛けてみたが、属性が風になって、使用魔法が〈ストームカッタ―〉になっただけのようだ。生前の屈強さは、亡霊の大きさだけのようだ。ふよふよと飛んで来る様子に脅威の欠片も感じない。


 多分、〈聖光錬気〉でオラオラとラッシュを掛ければ楽に倒せるだろう。ただ、僧侶のスキルも気になる。動きも遅いので、充填する時間もありそうだ。ワンドに魔法陣を出して充填、小さい魔法陣なので充填時間も消費MPも少なく、直ぐに〈ターンアンデッド〉を使用する事が出来た。


 すると、小部屋の天井から、天使の階段エンジェルラダーの光が差し込んだ。光に晒された亡霊餓鬼は、両手を上に上げると、すう~っと天に昇りながら消えていく。文字通り、昇天したようだ。


 ふむ、〈ターンアンデッド〉は単体仕様のようで、対象を選ぶ必要があるが、ランク0の便利魔法くらいに魔法陣が小さいので連打が出来るのが強みか? 後は〈聖光錬気〉で殴りに行くのが面倒だとか、1匹相手で勿体ない時用かな?

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