第405話 牛面な大角餓鬼

 亡霊餓鬼が溶けるように消えていく。マナの煙は発生せず、文字通りの消滅だ。亡霊を倒した後、幽魂桜が吸収して、再度亡霊が出る可能性も危惧していたが、杞憂に終わった。いや、むしろ残念か? 対抗手段があれば楽勝なので、無限に出ればサクランボも楽に収穫できたろうに。まぁ、〈詳細鑑定〉の解説文によれば、残りカスが亡霊になるのだから無理な話か。出汁ガラから2番出汁……は、味が残っているからちょっと違うか。ゴマからごま油を搾り取った後に、更に圧搾して絞り出すとか? まぁ、何事にも限度があるって事だ。


 取り敢えず、戦闘は終了したと判断して〈聖光錬気〉を解除する。両手にランタンを持っているぐらいに目立つからな。そして、ほぼ満開な幽魂桜を伐採しつつ、亡霊餓鬼の考察について情報展開する。


「あ、伐採してしまうんですね?」

「うん、五分咲き……いや、七分咲きくらいなら残すけど、殆ど満開だからね。

 それは兎も角、注意すべき点は、魔物を全滅させる前に亡霊餓鬼が追加で出てくる事だ。MPを吸われるだけだから危険性は低いけど、経戦能力が減るのは痛い。対抗手段がある俺が対処するけど、どうしようもない時は、これを使ってくれ」


 3人にはダイスマジックの実を3粒ずつ渡しておいた。司祭レベル35で、他者にも掛けられる〈ホーリーウェポン〉を覚えるらしいが、それまでは俺一人で亡霊餓鬼の相手をしなくてはならない。手が回らない時の保険は必要だ。


【魔道具】【名称:ダイスマジックの実】【レア度:C】

・魔法効果を持った不思議な実。魔力を少し込め、対象へ投擲する事で発動する。出目の2~0に対応する属性のランク1単体魔法で攻撃する。ただし、出目が1だった場合、使用者がランダム属性の単体魔法で攻撃される。

 ※ダイスマジックの実を割ったり、齧ったりした場合、強制的に出目1の効果が発動する。


「私は走って逃げれば大丈夫ですから、1つで良いです。フィオ、残りはあげる……食べちゃ駄目よ?」

「あはは、食べないって。これ、あの辛い料理の素でしょ?」


 ダイスの実は地味に貴重なので、ストレージにある分を含めて全てカレー粉用に回してある。その為、フルーツとしてのダイスの実が食卓に上がる事は無い。フィオーレが知らないのは、その為である。美味しいと知っていたらノータイムで口に入れそうなので、知らないで良かったな。




 残りの魔物を倒すべく、先に進んだ。すると、然程も行かない内に〈敵影表示〉に赤い光点が3つ現れた。地図と照らし合わせてみると、少し先の小部屋のようである。ワンドの先に〈ストームカッタ―〉の魔法陣を出して充填しておく。ついでにフィオーレを楽師に戻して、援護を頼んでおいた。まだレベルの低いソードダンサーより楽師の方が、選択肢が多いからな。魔法に対して属性耐性上げが出来るのは重要である。

 大角餓鬼がいるかもしれないので、念を入れて準備しているのだ。図書室で得た情報は、既に展開済み。大角餓鬼も小角餓鬼と同じく、ジョブと同じスキルを使用するらしい。ただし、そのジョブはセカンドクラスの重戦士と魔道士で、相応の強さを誇る。半端なパーティーでは苦戦は必至であり、強敵と連戦する事に心が折れ、引退する人も多いそうだ。差し詰め探索者の登龍門的階層だな。10層毎のボスはガチガチに対策して1度でも倒せれば良いが、ここでは雑魚敵として沢山登場する。この先も攻略を続けていられるかは、ここで連戦出来るかに掛かっているのだ。


 ……そう言えば、フノ―司祭はレベル32でダンジョンの先に進めなくなり、ギルド職員へ転向したと聞いたな。恐らく、ここの34層と同じく壁的な階層にぶち当たったのだろう。



 充填が完了した。ただ、突入する前に小部屋の中を覗いて、〈詳細鑑定〉を掛けておきたい。皆に待てのジェスチャーをしてから、こっそり顔を出した。

 そこには、だらけて寝転んでいる小角餓鬼達…………は1匹も居らず、全身甲冑姿の偉丈夫が、小部屋の中央で仁王立ちをしていた。鈍色の鉄の鎧を始めとした全身金属装備であり、フルプレート程ではないが、顔と肘、太腿くらいしか灰色の肌を晒していない。そして、左手には四角い大盾タワーシールド、右手には御伽話に出てくるようなトゲトゲ付きの金棒。一見すると金属装備の探索者にも見えなくない。しかし、決定的に違うのは顔だ。鉄兜を被っているが、その顔が牛なのだ。左右の側頭部から太い角が前に向かって伸びている……牛鬼か? いや、獄卒の牛頭鬼ごずきか?


 その見た目に大角餓鬼と見当を付けるが、スキルを使う前に、そいつと目が合う。その途端、裂帛の気合と共に、大口を開けて咆哮した。


「グガアアアアッッッーーーーーー!!!」


 耳を覆いたくなる程の咆哮を我慢しつつ小部屋の中を観察すると、中央の大角餓鬼の更に向こう側、幽魂桜の軒下には杖を持った小角餓鬼が2匹見えた。見つかってしまったのはしょうがない。〈詳細鑑定〉の前に、先手を掛ける事にした。ワンドを奥の小角餓鬼に向け、点滅魔法陣をセット……しようとしたのに、何故か狙いが横にズレて大角餓鬼をセットしてしまう。ついでに、こっちに撃つのが正解だと頭に浮かんで来る。


「〈ストームカッタ―〉!」


 小部屋の中心に風の刃のミキサーが吹き荒れ、幽魂桜の花びらが舞い散る。しかし、大角餓鬼は大盾と金棒を構えて身を守り、大したダメージにはなっていない。しかも、奥の小角餓鬼2匹は範囲外だ。


 ……チッ、大角餓鬼の弱点らしい火属性の〈フレイムスロワー〉にしとけばよかった。

 先に後衛の魔法使い餓鬼を倒そうと計画していたのが、裏目に出たようだ。そして、兎にも角にも、大角餓鬼を殺したくなる感情に覚えがあった。取り敢えず、殺意を脇に置いて、次に必要な魔法陣を展開する。


「クソッ、挑発に掛かっちまった。アイツは俺が相手にするぜ!」


 隣にいたベルンヴァルトがそう言うと、ヌッと小部屋に入って行く。そして、それにレスミアも続く。


「私も出ます。なんだか、あのデカいのが憎くて、一撃入れないと気が済みません」

「アタシもアタシも! あんな獣みたいな声をあげて、騒音も甚だしいよね!」


 咄嗟に二人の手を掴んで引き留めた。かくいう俺も大角餓鬼から目が離せないし、この手で殺したくて仕方がない。全員に症状が現れるという事は〈ヘイトリアクション〉か!


「二人とも〈ヘイトリアクション〉の効果で注意を引き付けられているだけだ、落ち着け。冷静になれば、多少は抵抗出来る。

 レスミア、大回りで後ろに回れ。予定通り、小角餓鬼を攻撃出来るならいいけど、無理なら大角餓鬼を挟み撃ちだ」

「了解です!」


 手を離すと、小部屋の壁際に向けて走っていった。

 さて、残るフィオーレだが、前に出るのは自殺行為だ。なんとか、冷静さを取り戻させて、後衛から祝福の楽曲で援護するだけにして欲しい。

 今までの道中でも、戦士餓鬼から何度も〈挑発〉を受けた俺なので、何となく対象法は心得ている。それは、心に棚を作って、殺意を棚上げするのだ。その上で、客観的に優先順位を付けて考えればいい。これは、〈カームネス〉で頭を冷やした時に、偶然出来た方法である。まぁ、優先順位を付けても、殺意が上位に来るのは止められないけどね。それでも、無闇に特攻せず、作戦を立てて行動できるのは大きい。俺が今も前に出ず、フィオーレを抑えていられるのは、そのお陰でもある。


 ただ、これをフィオーレに教えたところで、直ぐに実践できるかは疑問だ。何度か効果を受けて、慣れなきゃ無理だろう。ベルンヴァルトなんかは逆に、殺意を力に乗せて戦うらしいけど。

 小部屋の中では、魔法の効果が切れて風が収まり、ベルンヴァルトが戦い始めていた。ハルバードが打ち下ろされ敵のタワーシールドを強打し、派手な金属音が響く。しかし、お返しとばかりに金棒が薙ぎ払われ、それも大盾で防御する。重戦士対騎士ジョブなので、どちらも防御が固いのだ。アレは力任せに攻めても倒せないな。逆も然り……と言いたいところであるが、小部屋の奥にいる小角餓鬼が赤い魔法陣×2を充填し始めたのが見えた。均衡を崩し、戦局を決定付けるのは魔法、これは向こうも同じな様だ。


 ……俺も援護に出ないと……よし、殺意より強い情熱がある方へ集中させてみるか。


「フィオーレ、あの獣共に本当の歌を聞かせてやれよ。世界を歌で平和にするんだろ!」

「え?! いや~そこまで熱い思いは無いよ? 精々、アタシが舞台で目立てれば良いし」


 なんて、急に冷めたようにきょとんとして、素で返された。

 ……そこは熱くなっとけよ! 俺が道化みたいじゃん!


「取り敢えず! 対火属性の〈火精霊のプレリュード〉を演奏してろ! ここが舞台の上だと思って、部屋……客席には入るなよ!」

「あ~なるほろ~、分かった! 行くよ!〈火精霊のプレリュード〉!」


 ギターを掻き鳴らし始めたので、多分大丈夫だ。演奏を途中で放り投げる奴じゃないからな。

 フィオーレを置いて、俺も前に出る。その途中で、〈詳細鑑定〉を掛けて、斜め読みしておく。



【魔物】【名称:大角餓鬼(重戦士)】【Lv34】

・大柄な人型タイプの魔物。小角餓鬼のリーダーである為、大角餓鬼はパーティーに1匹しか登場しない。この個体は重戦士タイプであり、相応の武器防具を備えており、レベルが上がると武器の質や腕前が上がる。また、大角餓鬼の固有スキルには貪欲な渇きの効果があり、武器や防具で触れただけでも精気、HPを吸収するので注意が必要。

 リーダーらしく小角餓鬼を統率して連携を取るが、頭の二本角が折られるとステータスが激減し、配下の小角餓鬼が反逆し始める。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:火

【ドロップ:装備品、大銅貨5枚】【レアドロップ:餓鬼の大角】



 ……角が弱点?! そんなの本に書いてなかったぞ!

 俺が読んだのは、武勇伝を書いた本なのでしょうがないか? いや、探せばもっと他の情報が書かれた本もあるかも知れないが、内職も多くて時間があまり取れなかったんだよな。


「ヴァルト! 角が弱点だ! 牛角を折れ!」

「角だと?! 無茶言うな! こいつ、防御が固くて……レスミア!」

「聞こえましたよ! でも、近付けない! 横の小角餓鬼が騒いで注意しているみたいなの」


 レスミアは、大角餓鬼の斜め後ろで隙を伺っている。しかし、大角餓鬼が攻撃する度に、斜め後ろにまで振り抜いているので、攻めあぐねているようだ。耐久値補正が無く軽装な闇猫では、あの大角餓鬼が使う太い金棒は危険すぎる。

 そして、大角餓鬼の後方にいる魔法使い餓鬼が魔法陣を充填しながら、レスミアの事を監視しているらしい。レスミアが動くと「ギャギャ!」と騒いで、大角餓鬼に知らせるのだ。〈ヘイトリアクション〉のせいで、近くにいるレスミアが手を出せないのが口惜しい。やはり、後衛の魔法使い餓鬼が邪魔だな。アイツ等が居なければ、大角餓鬼を囲んで殺れるのに……予想以上に連携が取れている。それに、向こうの魔法陣がそろそろ完成しそうだ。


 俺はベルンヴァルトの後ろに到着、そのままストレージから取り出したキノコを投擲した。狙うは大角餓鬼の横辺り。これに小角餓鬼が喰い付いてこれば、まとめて始末出来る。

 しかし、予想に反して2匹の小角餓鬼は動かない。大角餓鬼がチラリとキノコへ目線を向けたので、こっちが引っ掛かるかと思いきや、足で蹴飛ばす結果に終わった。小角餓鬼共が顔を動かして、飛んで行ったキノコを追うように見ていたが、実際に動く様子はない。黙々と魔法陣の充填を進めている。


 ……ここまで100%引っ掛かる罠キノコだったのに……リーダーの大角餓鬼が統率しているせいか?


 仕方ない、キノコ無しの戦術で戦う他ない。振り回されるハルバードの範囲に入らないよう気を付け、ワンドを構えた。〈ヘイトリアクション〉の効果で大角餓鬼を狙いたくなるが、殺意を抑えて集中すれば、少しくだけ狙いをズラす事も出来る。狙うは、大角餓鬼の右脇……その延長線上にいる魔法使い餓鬼だ!


「〈ウインドジャベリン〉!」


 緑色のクリスタルな魔法の槍が打ち出され、右脇を抜けて飛んで行く。本来は、キノコに寄って来たところをまとめて串刺しにする予定であったのだが、2匹は無理でも1匹は倒せるだろう。

 しかし、魔法の槍は途中で受け止められてしまった。吠えた大角餓鬼が地面を滑るように後ろに移動し、タワーシールドで受け止めたのだ。この移動、見覚えがある……〈カバーシールド〉か!

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