第404話 亡霊を生み出す桜

「わぁ、綺麗な桜ですね~。地元ドナテッラにも桜の木は有りましたけど、ピンク色に発光するのは初めてですよ」

「夜桜のライトアップどころか、自前で発光しているからな。流石はダンジョンの植物だよな」


 薄暗い大型遺跡階層なので、穏やかに光る桜は幻想的な雰囲気を醸し出している。地上であれば人気のデートスポットになるだろうが、ダンジョンなので来られる人は限られるのが勿体ない。小角餓鬼共も対処方を知っていないと、奇襲を掛けてきたりして面倒な相手だ。騎士団か探索者しか来られないだろう。


 暫し、お花見を楽しんでから、徐に聖剣クラウソラスを取り出した。そして、手の届く位置の枝を切り落とした。ふむ、幹から切り離されると花の発光が止まり、只の桜の花となるようだ。生け花替わりに、家のリビングにでも飾っても良いかも知れない。丁度、明日はソフィアリーセ様が来るから、応接間でも良いな。

 レスミアに使えるか確認しようと手招きしたところ、その隣にいたフィオーレが反応した。


「あーー、ザックス! なんで枝を切ったの?! こんな綺麗な木なのに、可愛そうじゃん!」

「なんでって、只の素材採取だぞ? 昼食を食べている時に説明したろ?」


 ここで、謝ったところで大統領に成れる訳でもなし、悪びれる事も無く反論した。この幽魂桜は、錬金調合用のマナ紙(レシピ登録用の紙)の材料になるのだけでなく、非常に厄介な性質を持っているので、先に情報展開したのだ。

 すると、フィオーレは「え?! あ~そんな事言ってたような……」と明後日の方を向いた。どうやら、食事に夢中で聞き流していたようだ。仕方がないので、伐採を進めながら解説する。



【植物/罠】【名称:幽魂桜】【レア度:C】

・魂を吸って成長すると言われる桜であるが、実際のところは魔物を倒した際のマナを吸収しているだけである。魔物のマナを吸わせると花が散り、全てが散り終わると美味しいサクランボを実らせる。

 また、花が散った際、吸収した魔物の残滓として、同種の亡霊魔物を召喚する。召喚された亡霊魔物は、元々の魔物パーティーには属さず、別物として扱われる。



 その名前の通り、幽霊を生み出す桜なのだった。罠とは知らなかったが、視界に【幽魂桜】と赤いポップアップが表示されているので間違いはない。

 以前、噂で幽霊型の魔物が出るとか、魔法しか通じない敵がいると聞いていたが、この幽魂桜が生み出した亡霊魔物の事だそうだ。この木の近くで戦闘した場合、魔物を倒しても亡霊魔物として復活して連戦になる。厄介な桜であるが、木材としても有用で、マナの通りの良さから武具の柄やワンド、杖、弓矢用として人気があるそうな。俺も細めの枝からワンドを作ろうと思っている。今は黒魔鉄のワンドを使っているが、総金属なので微妙に重いんだよね。幽魂桜を心材として、黒魔鉄メッキにしても良いかも知れない。


「この桜から取れるサクランボが、高級カフェで食べたケーキに乗っていた奴なんですよね。取れると良いなぁ」

「高級菓子店?! それ、絶対美味しい奴だよね! アタシも食べたい!!」


 一方で、女の子達はサクランボに思いを馳せていた。レスミアが言っているのは、貴族街の大通りにある高級カフェ『クロイツマイナー』で食べたサクランボのケーキの事である。上と中に砂糖煮されたサクランボが入っており、感銘を受けたレスミアとベアトリスちゃんがお代わりした物だ。そして、1ピースに付き1つだけ、上にチョコレートコーティングされたサクランボが乗っている。王都から仕入れているチョコレートは真似できないが、サクランボなら分析できるとこっそり〈詳細鑑定〉で調べさせられたのだった。

 その結果ダンジョン産であり、図書室の本で採れる階層を突き止めたのである。なので、採り方も知っているが、少し面倒なんだよな。


「この幽魂桜の近くで、魔物を倒すと少し花が散るんだけど、全部散らせるには30匹くらい倒さないといけないらしいよ。

 まぁ、道中にもあちらこちらに生えているから、花の少ない木を見つけたらラッキー程度に思おう」

「え~、それじゃサクランボが採れ無いじゃん。ええと、魔物は4匹パーティーだから、8回は同じ木の所に誘き出して倒せば……面倒くさいね!」

「そういう事だな。現実的に考えると、偶々花が少ない木を見つけるか、モンスターハウスで沢山の魔物と遭遇するか。

 36層がフィールド階層らしいから、サクランボが欲しい人はそっちで実らせるらしいよ」

「へ~、って、フィールド階層だと沢山魔物が出るって事だよね? そっちも、うへ~だよ」


 そんな訳で、サクランボはしばらくお預けである。道中の花が多い幽魂桜は、素材として伐採して行こう。




 女性陣の要望により、さっさと36層を目指す事となった。その為、下に降りる階段までの最短距離を地図で調べて進む。通り道の近くに採取地があったら寄る程度だな。宝箱部屋のマークがある部屋もあったが、端の方なので無視する。宝箱部屋ではモンスターハウスも発生しやすいので、近くなら覗きたかったが仕方がない。

 ま、いつもどおりと言えば、いつもどおりの方針である。



 歩みを進める中、先の通路が複数の罠で通せんぼされているのを発見。スカウト餓鬼の仕業だな。〈敵影表示〉にも赤点が1つ表示されているので間違いはない。広くなった通路の脇に生えている、幽魂桜の陰に隠れているようだ。


「最初は、私が行きますね」

「頼む。桜の少し奥辺りに、キノコを投げるよ」


 罠が4つも並んでいるので、対処法は限られる。キノコで誘き寄せたところに魔法を撃つか、レスミアが壁走りで近付いて仕留めるか、罠を無視するバイク突撃か。ローテーションで対処しており、今回はレスミアが前に出るようだ。

 黒い暗幕が壁を駆け上り始めたのに合わせ、俺もストレージから裂きキノコを取り出し、投擲する。〈投擲術〉があるので、狙い通りに罠の無いところへと落ちた。後は、それを見た小角餓鬼が喰い付くのを待つだけ。


 幽魂桜の陰から小角餓鬼が飛び出した。そして、地面に落ちたキノコを拾って……口にせず、そのまま奥へと走り出すのだった。


「逃げた?!」

「追い付きます!」


 予想外の行動に驚いていると、壁を走っていたレスミアが追い掛けるように加速した。そして、壁を蹴って横合いから〈不意打ち〉する。斜め下に飛び降り、背後を擦り抜ける途中でサーベルが一閃、首が宙を舞う。そのまま、返り血を避けて走り抜けるのだった。

 惚れ惚れするような業前わざまえである。最早、忍者と言っても過言ではない。


 俺達も〈罠解除初級〉で罠を消して合流する。レスミアを褒め称えてから、残りの3匹が居るであろう奥に進もうとした時、持って行こうとした小角餓鬼の死体が霧散した。普段なら魔物パーティー全員を倒さないとドロップ品に変化しない。その為、斥候を倒した時は死体を引き摺って持っていくのだが……


 チャリンッと、音を立ててレアドロップである大銅貨が地面に落ちた。そちらはどうでも良い。気になるのは霧散化したマナの煙の行方である。それを目で追って行くと、予想通り幽魂桜へと向かって行く。マナの煙は文字通り煙のように木に吸い込まれて消えていった。


 一拍置いた後、枝の先に咲いた花が淡く点滅すると、光がふっと消え数輪の花が落花する。すると、花が地面に落ちる前に溶けるように消えていき……その場に白っぽい半透明な小角餓鬼が出現した。


「わわっ! 本当に幽霊が出た!」


 フィオーレが驚く通り、確かに幽霊っぽい。日本の幽霊では、頭に三角の白い布とか白装束が定番だけど、こっちの幽霊は先程まで着ていたボロ服のままである。全身白くて半透明、足元が消えて浮いているので幽霊らしさはあるのだろう。



【魔物】【名称:亡霊餓鬼】【Lv34】

・幽魂桜により生み出された小角餓鬼の亡霊。実際は、実体に必要なマナだけ幽魂桜に取られ、不要な部分として捨てられた餓鬼の残滓である。再び実体化する為に、生者のマナを吸おうとして襲い掛かって来る。

 存在が希薄な為、武器による物理攻撃は擦り抜けてしまう。その反面、魔法などの魔力攻撃には滅法弱く、全ての属性が弱点となっている。生者に取り付き魔力を吸収し、その魔力で〈ロックフォール〉を使用するが、仮にMPが満タンになっても、実体は出来ない悲しい存在。存在するだけでマナを消費する為、放っておけばダンジョンに吸収されて消えるだろう。

・属性:土

・耐属性:土

・弱点属性:全

【ドロップ:無し】【レアドロップ:ポゼストーン】



 ……幽霊と言うか、アプリを消しても残ったキャッシュみたいな扱いだな。

 両手のひらをこちらに向け、ふよふよとゆっくり近付いて来る。先ずは検証だ、用意していた甲殻弾を指で弾いた。一直線に飛んだ甲殻弾は、亡霊餓鬼を貫通して通路の壁に着弾する。まるで効いた様子はない。次いで躍り出たベルンヴァルトが、ハルバードを横薙ぎに一閃するが、こちらも素通りしただけ。


「手応えすらねぇのか! なら、魔力を込めたスキルならどうだ! 〈一刀唐竹割り〉!」


 薄っすらと光を纏ったハルバードが大上段から振り下ろされた。斧部分が地面を割り、減り込むほどの威力である。しかし、両断された亡霊餓鬼は、少し身動ぎして動きを止めたが、それだけであった。ベルンヴァルトがバックステップで離れると、亡霊餓鬼には斬られた箇所に白い線が入っている。多少のダメージにはなったのかね?



「いや、ほんの少し手応えはあったが、紙を切ったかどうかってくらいだ。連打したところで、何回攻撃すりゃいいのか、見当もつかんな」

「なるほど、もっと魔法っぽいスキルでないと効果は低いのかもな。ヴァルトなら、集魂玉スキルの〈爆砕衝破〉辺りか……魔法を持たないパーティーが、ダイスマジックの実を欲しがる訳だ」

「あ、私は魔力を武器に乗せるスキルが無いので、見学してます」


 レスミアはそっと俺の背中に隠れた。怖いのかな?と様子を伺って見たが、別段怖がってはいない。猫耳はピコピコさせているだけだ。


「いえ、不気味だとは思いますけど、怖いまでは……後は〈猫耳探知術〉で聞き取れないかなぁって、何も聞こえませんね」

「う~ん、アタシも効きそうなスキルは無いねぇ。多分、レクイエムなら効きそうだけど、普通の演奏じゃ駄目だよね?」


 そう言いながらもギターを取り出して、弾き始める。どことなく、寂しそうな曲であるが、まるで効いた様子はなかった。


 さて、真打登場と行きたいところであるが、僧侶レベル30で覚えたスキルを使えば一撃だろう。


【スキル】【名称:ターンアンデッド】【アクティブ】

・アンデット系の魔物1体を浄化し、消し去る。ただし、基礎レベルに差があり過ぎる場合は、弱体させる程度。

 それ以外の魔物には効果は無く、ダンジョン外にも幽霊など存在しないので効果は無い。


 ただ、それでは面白くない。普通に魔法を使っても同様だ。

 もう一つの対抗手段があるので、そっちを試したい。

 ただ、その前に……近付いて来た亡霊餓鬼に手を伸ばしてみた。スキル発動準備に手に魔力を集めていたが、亡霊餓鬼に触る事は出来なかった。それどころか、擦り抜けて減り込んだ先から、魔力が徐々に抜けていく。亡霊餓鬼も、魔力が美味しいのか、歓喜に打ち震えていた。


 ここまで、体験すれば十分だろう。バックステップで距離を取り、スキルを発動させる。


「魔力が吸われるような感触がしたら要注意。それじゃ、本命と行こうか! 〈聖光錬気〉!」


 武僧レベル30で覚えた、除霊スキルである。両の拳に眩しい程の光を纏うのだった。


【スキル】【名称:聖光錬気】【アクティブ】

・拳に魔を払う、聖なる魔力を纏う。アンデッド系に限り、攻撃力が極大アップし、浄化して消し去る。


「せいっ!」


 軽くステップを踏んで接近、小手調べの右ジャブで亡霊餓鬼の肩を打ち据える。すると、殴った感触が返って来た。たたら踏んで、後ろに下がる亡霊餓鬼だが、殴った肩から先が溶けるように消えていった。


 ……幽霊を殴って除霊とか、漫画のGSだな!


 他の仲間に言っても通じないだろうから、内心笑っておく。

 威力も乗せていないジャブで、軽く打ち据えるだけ……いや、拳の光に触れるだけで消えていくようだ。止めに左のストレートを腹にぶち込むと、大穴が空いた所から溶けるように消えていき、居なくなった。


 ドロップ品も出ないけど、多分倒したようだ。

 うん、対抗手段があれば雑魚だな。

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