第403話 ドン・キホーテの踊り

 朝から大繁盛の白銀にゃんこは、今日も2の鐘を待たずにケーキが売り切れた。連日の売れ行きに大喜び&絶好調のベアトリスちゃんであるが、延々とケーキ作りでキッチンに籠るのは、流石に心配である。フィオーレの〈癒しのエチュード〉が無ければ、もっと大変な事態になっていただろう。

 今日はリスレスさんが、助っ人従業員を連れてきてくれるそうなので、腕前を見るついでにケーキ作りも手伝って貰う予定だ。まぁ、細かいところはフォルコ君に任せて来たので大丈夫だろう。面接やら、賃金交渉などもお願いしてある。


 その一方で、俺達ダンジョン攻略メンバーは、午前中で33層を攻略した。現在、34層への階段部屋で昼食を取ってからの休憩時間である。緊急でもなければ、のんびり食後のお茶をする時間なのだが、フィオーレだけは早々に席を立ち踊りの練習に掛かった。午前中もまじないの踊りをセミオートで踊っていたが、今度はスキルを使わずにオリジナルのようだ。なんか、ジャンプがふわふわした感じだが、アレは文字通り舞い上がったままなのだろう。


「フィオーレ、食べた直後の行動は消化に良くないから、踊るのは後にしなよ。午後からも踊るんだから、持たないぞ」


 注意の声を掛けると、渋々ながらも「は~い!」と返事を返し、戻って来る。ただし、その足取りもスキップをするほど軽やかである。


「アハハ! なんか、居ても立っても居られなくてね~。上級貴族の前で詩と踊りを披露する機会が来たんだよ! 少しでも磨いておきたいじゃん?」

「いや、先ずは試験だろ、気が早い。それに練習なら、祝福の楽曲でも良いよな。〈癒しのエチュード〉を頼む」

「アハハハハハハ!! ザックスってば、気にし過ぎだよ~。ほら、貴族を目指すなら、名前を売らないと!」


 煽るような笑い声に、温厚な俺でも少しカチンときた。フィオーレを睨んで黙らせると、笑いを堪えて肩を震わせているベルンヴァルトも睨んでおく。そんな中、レスミアが仲裁しながら、お茶のお代わりを淹れてくれた。パララセージを使ったハーブティーは、精神を落ち着かせる効果があるので、一口飲んで気分をクールダウンさせる。


「私も恥ずかしいのは良く分かりますよ。でも、伯爵様の決定ですからねぇ」

「ハア……恥ずかしいからなんて、反論にもならないよな。子供の感傷でしかないって事も、頭では分かっているんだけどね」


 いったい何の話かと言うと、昨晩フォルコ君が持ち帰って来た『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』本の処遇の事だ。

 この本はノートヘルム伯爵も把握しているどころか、家族全員が読破して、働いているメイドにも貸し出されているらしい。更に、トゥータミンネ様の提案により、貴族向けにリファインしている最中なのだとか。


「ザックスとレスミアのロマンスが面白いのですが、表現が優美でないのよね。わたくしの友人に、小説を書いている方がいるので、貴族向けに書き直して貰いましょう」


 と、言う訳で、ランドマイス村から原稿の権利を買い取り、貴族の作家さんが書き直した物を貴族向けに売り出す予定だそうだ。

 うん、つまり俺の『名前を変えて、別人にする』提案は却下されたのだった。更に、主人公の名前もザクセスから本名のザックスに、ミーアもレスミアに変更される。名前を売るのに、違う名前では意味が無いらしい。



 ただ、話はこれで終わらない。続きが読みたい病を発症したトゥータミンネ様は、更なる一手を準備していた。それは、レスミアとサポートメンバーに対し、ヴィントシャフトでのエピソードを書き綴って提出するように指示が出たのだ。


「1巻が出来た後、続きを作家に書かせましょう。その為にもヴィントシャフトでの生活ぶりや、ダンジョンでの活躍が知りたいわ。もちろん、相応の謝礼をもって買い取りますわ。面白いエピソードや、胸が高鳴るようなエピソードには、高額を約束しますわよ」


 皆は既に伯爵家の使用人ではなく、俺が雇っているので指示に従う必要は無い……がしかし、これは伯爵夫人からの命令に等しい。上級貴族から平民への指示など断れる筈も無く、全員受ける事になったのだった。

 レスミアやフォルコ君は日記を付けているので、それをそのまま提出するらしい。フロヴィナちゃんは、印象深いエピソードだけを書きだして、高額買い取りを目指すそうだ。「イチャイチャしてたのも、赤裸々に書くよ!」などと言っていたので、ベルンヴァルトの恋文の話も面白いんじゃないかと、アドバイスしておいた。道連れは多い方が良いもんな!



 そして、最後にフィオーレの件だ。既に吟遊詩人として作った詩『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』があると報告したところ、それも買い取りたいと言う話が来た。更にフィオーレ自身も、踊り子や吟遊詩人としての腕が立つならば、年末の祭りの際に披露する機会をあげても良いと……

 これにフィオーレは舞い上がってしまったのだ。既に、年末には貴族達の前で披露する気満々である。フォルコ君曰く、『機会をあげる』と言っても、場所が指定されていないので、来週の試験次第だそうだが。

 フォルコ君が毎週、店の休みにアドラシャフトへ報告とブラックカードの運搬に行っているが、来週はフィオーレを連れて行って、トゥータミンネ様に腕前を披露する予定となったのだった。




 そんな訳で、腕に自信があるフィオーレは、昨日からフワフワしっぱなしである。まだ1週間あるので、リハビリは間に合うと思う。この3日で普通に動く分には身体も慣れ、午前中も呪いの踊りを踊っていたので、大分勘が戻って来たそうだ。まぁ、ソードダンサーのジョブだけど、後ろで踊っているだけだけどね。流石に本調子でもないのに、前線に出す訳にもいかない。それに、フィオーレ自身もソードダンスを正式に習った訳でもないのだから……この辺は明日、ソフィアリーセ様に相談してからだな。


 午前中もソードダンサーだったので、33層の戦闘でレベルが2から15まで上がった。経験値増5倍を付けているのに、上り幅が少ないのは魔物とレベル差があるせいだな。午後からはもうちょっと上がりやすくなると思う。(因みに、レベル2だったのは自主練で上がったそうな)



【スキル】【名称:空虚のドルシネア】【アクティブ】

・敵全体の耐久値を下げる呪いの踊り。踊っている間、永続して効果が続く。



「レベル5で覚えた呪いの踊りだな。なんで耐久値が下がるのか、分からない名前だけど……空虚?」

「あー、それは、踊りの元ネタだね。あるお爺さんが物語の騎士に憧れるあまり、騎士に扮装して空想のドルシネア姫を探す話なんだよ」

「そのお姫様自体が空想なのか……ああ、騎士も扮装だから耐久値が高くない、只のお爺さんだから逆に下がるって落ちか」

「アタシも物語は大好きだけど、現実と混同はしないなぁ……あ、ザックスの物語も、盛り盛りにして報告するから安心してね!」

「欠片も安心できねぇ……送る前に検閲入れるぞ!」




【スキル】【名称:舞踏道具の心得】【パッシブ】

・舞踏用の扇や剣、槍、鞭、ウルミ等を用いた踊り全般を補正する。また、舞踏化粧も綺麗に施せる。



「レベル15で覚えたパッシブスキルだな。ソードダンスなのに、剣以外にも色々使えるのか……ウルミってのは初耳なんだけど、どんな武器なんだ?」

「あ―、アタシも実物は見た事が無いんだ。鞭みたいによくしなる、リボンみたいにうっすい剣なんだって。特殊な合金でしか作れないし、ベテランじゃないと扱うのが難しいって聞いたなぁ。先ずは短い獲物から、練習して行くらしいよ。午後からは、ナイフを両手に持って踊ってみるつもり!」

「念押ししとくけど、前には出ないように、ついでにナイフも鞘に入れたままな。鞭なら、砂漠のエイがドロップした『砂泳魚の麻痺尻尾』が使えるかと思ったけど、時期尚早か。

 うん、前衛で振り回して、仲間に誤爆しても危ないな」

「慣れれば、自分の手足のように振り回せるらしいよ?

 あ、そうそう、今日はソードダンサーだから舞台用の化粧をして来たんだ! ヴィナに手伝ってもらったんだけど、似合う?」

「……いや、普段の方が良いと思う。特に目元とか濃過ぎで、別人に見えたぞ。

 まぁ、昼休憩前の〈ライトクリーニング〉で、綺麗さっぱり消えちゃったけどな」

「ええ?! 落ちちゃってるの?!

 今朝、頑張って化粧したのに……あ~、でもそう言えば、ミーアが宣伝の時に言ってたっけ。一言、注意してよ~。

 それと、舞踏化粧は照明に負けないよう、遠くからでも見えるように濃い目にするのが普通なの! お世辞でも、可愛いって言え!」

「いや、照明サンライトはあるけど、舞台じゃなくダンジョンだから合わないだろ」



【スキル】【名称:連撃のキトリ】【アクティブ】

・対象の周りを回るように踊りながら連続攻撃する。また、扇子を装備時のみ、攻撃が当たる毎に中確率で敵の行動を阻害する。ただし、他の呪いの踊りとは両立出来ない。


「これもレベル15で覚えたスキルだけど、呪いの踊りじゃないんだな。〈二段斬り〉みたいな攻撃スキルかな?」

「さあ? キトリの踊りは習ったけど、これは知らないよ?

 花嫁のキトリの踊りだからね。攻撃に使うような物騒なものじゃない……筈?」


 いつも解説してくれるフィオーレだったが、小首を傾げていた。知らないのでは、しょうがない。実験だ。

 魔物相手に使うのは少々不安なので、言い出しっぺの俺が実験台対象となる。もっとも、武器を持たせるのも危ないので、扇子の代わりに厚紙で作ったハリセンを2本装備させた。骨が無くて開けない以外は、ほぼ同じ作りなので似たようなものだろう。


「はーい、それじゃあ行くよ~。ザックス、覚悟!〈連撃のキトリ〉!」


 なんか、変な決めポーズをしてから踊り始めた。滑るように間合いを詰めて来たフィオーレは、間合いに入る少し手前で軽やかにジャンプする。すわ攻撃が来るかと身構えたが、そのまま着地して踊り続けた。ちょっと拍子抜けして、ガードの手を降ろした時、不意にハリセンが翻り、スパンッと二の腕を叩かれた。踊りの動作で手を広げたのが、そのまま攻撃になっていたのだ。

 慌てて向き直ると、ステップやジャンプを繰り返して踊りながら俺の周囲を回る。踊りの振り付けなど知らないので、いつ攻撃になるのか分かり難い。大きく腕を振るってハリセン打ち、回転ジャンプをしつつ、横薙ぎの2連撃をしてきた。


「フィオーレ! 身体は自動で動いているのか? それとも、自分でも動けるのか?」

「アハハッ! 面白いね! あ、勝手に動いているだけで、アタシの意思じゃ動けないっぽい~」

「それなら!」


 ハリセンの一撃を腕でガードしてから、フィオーレの腕を掴もうと手を伸ばす。

 ……踊りの動きを止めたら、どうなる?

 しかし、伸ばした手は空を切った。踊りの途中で軌道が変わり、逃げるように跳んで避けたのだ。しかも、それだけではない。ジャンプしたまま身を捻り、痛撃な回し蹴りが放たれたのだ。

 ギリギリのところで伸ばした手を握りしめ、筋肉を固めてガード態勢を取るが、手首辺りを強く蹴られた。腕ごと外側へと弾かれる程の威力である。当然、ハリセンとは比べ物にならないくらい痛い。


「グッ、ちょっと痛てぇ。カウンターまで入れてくるのか!」

「おおっ! アタシ、格好良い~」


 HPが少しだけど、削られたぞ。

 その後も、周囲を踊りながらハリセンで殴って来た。時折、回転ジャンプのついでと言わんばかりに回し蹴りが来るのが危ないな。都合、10回ほど攻撃を受けた後、踊りながら離れて行き、最後の決めポーズで終了したようだ。

 踊りのせいで、攻撃のタイミングが分からないのはやり難いな。初見殺しなスキルに思えた。


「面白かった~。ソードダンスって、こんな感じみたいな気がする。

 あ、踊り自体はキトリだったけど、所々で移動したり、攻撃したりするアレンジが入っていたよ」

「…………ふむ、改変を入れているのは、実際の攻撃対象の位置とかを踏まえて踊っているからか?

 ホラ、決まった踊りじゃ、動かない敵にしか攻撃出来ないからな。俺の攻撃を避けつつ、カウンターして来たのも、踊りを改変しないと出来ないし……フィオーレは、さっきの回し蹴りは出来る?」

「え~、やった事ないけど……踊りのジャンプと似たような感じだったよね?

 こんな感じかな!」


 先ほどの回し蹴りを反芻するように、振り付けの途中から踊り始め、回転ジャンプの所で回し蹴りを放った。それは空を切る音が聞こえる程、鋭い蹴りである。俺も〈格闘術の心得〉で回し蹴りも使う時があるが、どちらかと言うと力任せに蹴り抜く方なので少し違う。

 フィオーレのは、回転ジャンプの遠心力を最大限に生かした蹴りに見えたのだ。なるほど、ダンサーのしなやかな脚力を使った速さと遠心力が破壊力に……いや、足の筋力は腕の3倍もあると聞いた覚えがある。これを踏まえると、女性であっても、かなりの強さの回し蹴りが放てると言う事か。


「そうなるとフィオーレ、午後からも呪いの踊りを踊るんだろうけど、〈連撃のキトリ〉の動きを取り入れてみたらどうだろう?

 腕の振りとか、回転ジャンプとか似たような動作が入っている筈だから、斬撃や回し蹴りが取り入れられると思う。ソードダンスの練習にもならないか? 半自動で踊る呪いの踊りなら、多少の改変も出来ると思う。ついでに、何処まで改変出来るか確認しておくのも良いな」

「はへ~、良くそこまで考え付くね?

 ……でも、面白そう! もう一回〈連撃のキトリ〉の練習をさせてよ! 今度は攻撃のタイミングを覚えるからさ!

 いっくよ~〈連撃のキトリ〉!」


 こちらの返事も聞かずに踊り始めたフィオーレは、ハリセンを振り回して襲い掛かって来た。まぁ、焚き付けたのは俺なので、練習に付き合うのだった。





 昼休憩が終わった後、34層へと降りた。

 ここからは、小角餓鬼のリーダーである大角餓鬼が登場し始める。それに加えて、階層も様変わりしていた。31層から33層は遺跡型の階層であったが、ここからは大型の遺跡へと変わっている。天井が高くなり、通路も倍以上に広くなっているのだ。

 そして、更に名物な物がある。それは、階段を降りた先の部屋にも、大きな枝を広げて咲き誇っていた。


 薄いピンク色の花を咲かせる桜の木だ。そう、ここはヒカリゴケによる照明だけでなく、薄っすらと光る桜が咲いている階層なのだった。







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小ネタ

 タイトルのドン・キホーテですが、激安の殿堂ではありません。(白銀にゃんこのマスコットは白猫なので、ドンペン君じゃないですよw)

 作中に出た『ドルシネア』と『キトリ』の元ネタ、バレエの演目ドン・キホーテの事でした。

 ビルイーヌ族が踊りでデバフをする事にしたのですが、何の踊りにするか迷い、色々調べた結果、バレエダンスに行きついたのです。YouTubeで主要なヴァリエーションを見ただけですが、結構面白いですよね。踊りで物語を表現するとか、純粋にダンサーの身体能力とか美しさとか。

 フィオーレがどんなダンスを踊っているのか、バレエを見ると想像しやすいかも?

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