第402話 加速剤と激昂薬
買い取り所を出た後は、売店に寄ってみた。職員さんから聞いた薬品が気になったのだ。ついでに、採取袋とか樹液採取用の樽も追加で買っておく。ただ、棚を見て回っても、件の薬品が見当たらないので、店員さんに聞いてみると、カウンター奥のマナポーション等が陳列されている商品棚から、1本ずつ持ってきてくれた。
「白銀にゃんこのザックス様、昨日はケーキの差し入れをしていただき、ありがとうございました。お礼と言っては何ですが、懇切丁寧に商品説明をさせて頂きますね」
店員のお姉さんが差し出して来たのは、手のひらサイズのシードル筒竹とワイン筒竹である。
【薬品】【名称:加速剤】【レア度:C】
・加速草智の成分を抽出し、踊りなめこで強化した薬品。頭のマナの巡りを良くすることで、一定時間思考速度が早くなる。また、同時に知力値と敏捷値を中アップする。シードル筒竹が使われているが、アルコールは抜けており、ニードルフルーツの果汁を足して、飲みやすく改良されている。
・錬金術で作成(レシピ:加速草智+シードル筒竹+ニードルフルーツ+踊りなめこ)
【薬品】【名称:激昂薬】【レア度:C】
・激昂草身の成分を抽出し、踊りなめこで強化した薬品。身体へのマナの巡りを良くすることで、一定時間筋力値を大アップさせ、耐久値と敏捷値を中アップさせる。また、材料にワイン筒竹が使われている為、アルコールが苦手な者は注意されたし。
・錬金術で作成(レシピ:激昂草身+ワイン筒竹+松膨栗+踊りなめこ)
「こちらの2種類で宜しいでしょうか?
どちらも効果時間は10分前後と短いものの、効果は高く、人気の商品ですよ。
お値段は1本2万円と少し高めではありますが、初めて挑戦するボス戦に使う事をお勧めしております。
それと、これらの薬品の服用は一度に1本までにして下さい。数種類飲んでも効果は発揮されますが、効果が切れた後、身体に不調が出る恐れがあります」
大きさ的に栄養ドリンクを連想してしまうが、効果からすると似たような物か。注目するのは、材料が全部手持ちで賄えるところだな。有用ならば、レシピを購入して、自作するのも良いだろう。
もっと深層に行ったら、これを戦闘ごとにガブ飲みしつつ戦うとか?……いや、そんな薬漬けな戦いは、したくないけどな。
もう一つ気になっていた、『獣避け玉』も頼んでみると、こちらも手のひらサイズの木箱が運ばれてくる。蓋が開けられると、中にはぴっちりと納まった赤い球が入っていた。
【薬品】【名称:獣避け玉】【レア度:C】
・薄く球状に作られた樹脂の中に、劇薬を詰め込んだ物。敵や地面に投擲する事で破裂し、劇薬を撒き散らす。
その効果は獣系のみならず、亜人型、昆虫型、植物型など、様々な魔物に通用する。ただし、閉所で使うと、臭いが充満して非常に危険。使用する際は、仲間を巻き込まないよう注意しよう。
・錬金術で作成(レシピ:ゴーストペッパー+シトロネラ+デリンジャーレモン+硬化マナ樹脂)
「こちらの商品は、逃走用の時間稼ぎに使われます。
手に取ってみても大丈夫ですが、絶対に地面に落とさないで下さいませ。ここで、破裂されては店が酷い事になります。ダンジョンでも、通路や小部屋で使うと刺激臭が充満して酷い事になるのですよ。付属の箱に入れていれば、落としても大丈夫ですが、運が悪いと割れます。その為、購入はアイテムボックスか、魔道具のアイテムカバンをお持ちの方に限らせて頂いております。ええ、探索者の方がよく身に着けているポーチや、リュック等で運搬すると、戦闘のショックで割れる可能性が高いので……万が一、服に染み込んだりすると、皮膚が焼けただれて酷い事になりますよ」
そんな、脅し混じりの説明を、営業スマイルでする店員さんであった。
恐る恐る手に取ってみると、プラスチックの硬球のような感じである。赤く見えたのは、中の液体のせいか。材料からして、ゴーストペッパーの赤だろう。追加でデリンジャーレモンの原液が入っているなら、2倍に酷い事になるに違いない。
他のメンバーにも順番に見せていると、恐る恐ると言った様子で覗き混んでくる。その様子が可笑しかったのかクスリと笑った店員さんが更なる脅しを掛けて来た。
「それと、実際に投げて使う人は、〈投擲術〉をお持ちの方か、同じくらい投げる事が得意な方が良いですね。ええ、慣れない人が投げようとして、自分の足元に叩きつけて大惨事になったなんて笑えない笑い話も有りますから。
万が一、中の液体が手や皮膚に付いた場合は、大量の水で洗い流した後、ポーションを塗ってください。やけどが酷い場合は、司教ジョブの〈キュア〉を使うか、教会に駆け込んだ方が良いでしょう。あ、服に付いた場合は、その箇所を切り取った方が被害は少なくなりますよ」
「あの~、注意事項はありがたいのですが、そこまで危険だと念押しされると、買う人が減るんじゃないですか?」
司教って、僧侶系のサードクラスじゃないか。〈ヒール〉でも治すのが厳しい薬品やけどとか、危機管理がしっかりしているパーティー程、敬遠しそうである。ただ、世の中は賢明な人ばかりではないようで……
「いえ、こうして懇切丁寧に説明しても聞き流して、ダンジョンで自爆する人も居るのですよ。そういう人に限って、『欠陥商品のせいで、教会に担ぎ込まれた。治療費を請求する!』なんて、苦情を入れて来るなんて事も……そんな事例が、過去に何度かあったそうです。
その為、現在では説明をちゃんと聞いている人にしか販売しません。白銀にゃんこの皆さんは、真面目に聞いて下さったので、もちろん合格です。是非、お買い求め下さい」
お値段は1個1万5千円。実際に使うのは、手に負えない状況……モンスターハウスに入ってしまったとか、レア種に遭遇して逃げる時だな。煙で視界を遮るだけの煙幕玉よりも、刺激臭で追跡する気を無くさせるそうだ。
まぁ、万が一を考えて購入する事にした。実際にどれだけ劇薬なのか、興味もあるからね。加速剤と激昂薬も1本ずつお試しで購入して、帰途に付いた。
「まだ、饒舌飴を舐めているのに……しょうがない、噛んで食べちゃうよ。もうちょっと待って」
帰宅してから夕飯が出来るまでの間に、ベルンヴァルトと模擬戦をする事にした。目的は、加速剤と激昂薬の効果を試すのだ。そして、万一が無いように、フィオーレに耐久値アップの楽曲〈守護騎士のバラード〉を演奏するように頼んだのだが、飴を何個も口にしていて待ったが掛かった。
【薬品】【名称:饒舌飴】【レア度:D】
・状態異常の
・錬金術で作成(レシピ:お喋りタイム+蒸留水+
うん、売店でついでに買った物だ。今日一日、演奏と歌で援護してくれていたので、喉を労わるようにと買い与えたのだけど、喰いすぎじゃね? 既に袋の半分くらいに減っている。いや、フィオーレの食欲からしたら、今更か(呆れ)。
しょうがないので、フィオーレ待ちをする間に、ベルンヴァルトとルールを再確認しておく。
「取り敢えず、薬品の効果を試すのが目的だから、勝敗は気にしない。ただ、相手を大怪我させるような一撃は寸止めにしてくれよ」
「分かった、分かった。どっちも騎士ジョブなんだ。盾で受ければ怪我なぞせんだろ。歌の補助も入れれば、なおさらだな」
「いや、
次いで〈ホーリーシールド〉も重ね掛けしておく。何故かと言うと、ベルンヴァルトには激昂薬を試してもらうので、木刀や木槍では軽すぎる為だ。手持ちで一番重いハルバードならば、どれだけ筋力値がアップするのか分かり易い……筈。
フィオーレがギターを取り出して、チューニングし始めたので、そろそろ準備が終わるだろう。俺達も、それぞれ薬品を飲む事にした。
俺が飲むのは加速剤の方だ。栄養ドリンクサイズの小さい竹筒(ガラスのように透明)なので、意外と格好良い。ポーションの薬瓶も只の試験管より、こういったデザイン性を持たせても良いのにな。
小さくても水筒竹と構造は同じ、プルタブを引っ張って開けると、黄色っぽいの液体が入っていた。匂いを嗅いでも、ペパーミントの爽やかな香りがするのみ。大丈夫そうだ。意を決して、一気に呷ると口の中にペパーミントの香りが広がった。あまり、栄養ドリンクっぽくはない。ほんのりと甘さはあるが……材料のニードルフルーツかな?
そして、飲み干してから10秒程で効果が出始めた。周囲がゆっくりと見え始め、音の聞こえ方が変わったのだ。
「はー い、そ れ じゃ あ、行く よ~〈守 護 騎 士の バラー ド〉!」
フィオーレの声が遅く聞こえるのに、意味は何となく理解できる。対峙しているベルンヴァルトが、右手のみでハルバードを軽々と振り回しているが、俺からすると普段よりも遅く見えた。なるほど、思考が加速するとは、こういう事か。
ゆっくりと前に出た。いや、普通に歩いたつもりなのだが、身体の動作が遅い。まるで水の中を歩いているようだ。少しもどかしく感じるのは、思考の早さに身体が付いて行っていないせいだろう。ただ、それでもベルンヴァルトの動きを見切るには十分であった。
振り回すハルバードの軌跡に割り込み、右手に持っていたロングソードで外側へ弾……けなかった。予想よりも重い一撃だったが、軌道をずらすのには十分だった。
「ハハハハッ! そっちも薬の効果が出てんだろ! 力がみなぎって仕方がねぇぜ!!」(※実際は間延びして聞こえますが、読み難いので脳内補正したセリフです)
ベルンヴァルトが大盾を突き出してくる……が、その素振りが見えた時点で、バックステップをして退避する。離れると槍矛の間合いになってしまうので、俺のロングソードでは不利になるのだが、あまり脅威とも思えなかった。
ベルンヴァルトがハルバードを引き絞り、連続突きを放ってくるが、どれも遅い。身体の動き……初動を見ていれば攻撃の軌道を読み取るのは容易い。〈槍術の心得〉と〈盾術の心得〉が教えてくれる情報を、加速した思考で分析している感じだ。達人の見切りってのは、この状態の事を言うのだろうかね?
ただし、こちらも攻め手が無い。軽々とハルバードを振り回すせいで迂闊に踏み込めないし、剣で打ち合えば負けるのはこちらだ。よっぽど筋力値が上がっているのか、受け流すので精一杯である。そうして、カウンターをしたとしても、大盾による防御も硬い。盾に一撃入れても〈アブソーブシールド〉のせいで、揺らぎもしないから厄介過ぎる。
互いの攻防が入り交じり、攻撃、回避、反撃、防御、反撃、受け流しと、グルグルと踊る様な剣劇が繰り広げられる。こうして、またも決め手がないまま模擬戦は続くのだった。
均衡が崩れたのは、10分程経過した後だ。
ハルバードが横に薙ぎ払われた時、そのまま投擲されたのだった。軌道を見切って、バックステップで避けた俺にとっては意表を突かれた状況である。ただし、ハルバードの重い先端を中心に、柄の方が回転して来ているだけだ。この程度なら、カイトシールドで受け流せる。
そう考えて動こうとした時、急に世界が早く動き始めた。否、加速剤の効果が切れのだ。
急に切り替わった状況に左腕が付いて行かず、ギリギリ盾を構えて受け止める事に成功した。
「すまん、大丈夫か!」
「ああ、ギリギリ防御出来た。もしかして、そっちも効果切れか?」
「だな。ハルバードを振るっている途中で握力が無くなって、すっぽ抜けちまった」
「フィオーレ! 模擬戦終わり! 今度は〈癒しのエチュード〉を頼む!」
「……はーい! 切り替えるから、ちょっと待ってて~」
懐中時計で時間を確認しても10分程度である。ただ、予想以上に疲れたな。全身の疲れの他に、頭が少し重い。負担を掛け過ぎたようだ。ただ、それでも頭痛がする程ではない。ギルド職員に聞いた通り、加速草智の副作用は加速剤には無いみたいだな。
ベルンヴァルトも疲れたようで、その場に座り込み、右手を握ったり開いたりしている。
「激昂薬は、付与術とかよりも効果が強いな。ジョブのステータス補正が強くなったくらいには、違いが実感出来る程だ。ただ、効果が切れた後は、大分疲れるけどよ」
「ああ、加速剤も似たような感じだな。こっちは敏捷値が上がって動きやすくなった程度だけど、思考加速が凄いよ。世界が遅く感じるくらいだ」
お互いの意見を交換し合った。効果時間がある事や、効果が切れた後に全力戦闘をしたくらいには疲れるデメリットはあるが、バフ効果のメリットの方が大きいだろう。薬品なので飲む手間はあるけれど、俺がジョブを入れ替えて付与術使うのと大差はない。それに、裏を返せばポーチに忍ばせておいて、ピンチの時には各自の判断で使えるのも良い。
……う~ん。激昂薬も気になるので、2本ずつ買っておけばよかったかもな。高いけど。
結論としては、対強敵用の切り札として確保しておきたい。早急に必要ではないけど、40層のボス戦までにはレシピの購入も検討しよう。
〈癒しのエチュード〉の歌が、身体に染み入る様に効いてくる。疲れていると、効果が分かり易い。疲れ切ったところに、暖かいお風呂にでも入った感じと言えばいいか?
ただ、それと同時に腹も減って来る。3人で腹の音の合唱をしていると、玄関が開いてフロヴィナちゃんが顔を出す。
「おーい、もう暗いのに頑張るねぇ。もうすぐ、ご飯が出来るから、着替えて来いってさ~」
開いた玄関から、美味しそうな匂いが漂ってくる。いの一番に反応したのはフィオーレだ。演奏を放り投げ「わーい! ご飯、ごは~ん!」と、家の中に駆け込んで行く。今日は1日ダンジョンだったので、気持ちは分かる。でも、俺達は模擬戦後なので、先に浄化してからでないとな。
続こうとしたベルンヴァルトの首根っこを掴んで引き留めつつ、〈ライトクリーニング〉の準備をするのだった。
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