第400話 エリンギ料理と危険で美味しい摘まみ食い
あらすじ:危険な植物達を従えた魔王様が、沢山実っていた。
【素材】【名称:ゴーストペッパー】【レア度:C】
・ダンジョンのマナで辛さを強化されたトウガラシの一種。そのまま食べると『辛さに悶絶して死に、幽霊になっても地獄の辛さを味わい続ける』と言う、逸話を持つ。その為、食用にはならず、主に錬金術で薬品へと加工される。
なお、素手で触るのは非常に危険。取り扱う場合は革手袋を何枚も嵌めるか、耐酸性の手袋を使う事。
解説文が物騒過ぎる。確かに世界で上位の辛さを誇るジョロキアだけど、死ぬのは言い過ぎ……いや、『マナで辛さを強化された』なんて記述が怪しい。下手をすると、世界1位に返り咲く程、辛くなっている可能性だってある。これも、買い取り所で聞いてから、どう扱うか決めた方が良いな。
レスミアが「変わった形のトウガラシですね~」と、手を伸ばし掛けたので、その手を握って止める。そして、鑑定結果を教えてあげると、分かり易く後退った。
「これが、『毒キノコよりも、長く苦しんで死んでしまう』と噂のトウガラシですか……
わぁ、初めて見ましたよ~! カレーに使っている獄炎スパイスと、どっちが辛いのでしょうね?!」
「そんな噂になっているのかよ。
まぁ、ダイスの実でハズレを食べても、死ぬほど辛いだけで実際に死ぬわけじゃ無いからね。鑑定文と噂が本当なら、ゴーストペッパーの方が辛いんだろう……いや、アレは『ハズレの獄炎スパイスミックス』だから、ゴーストペッパーの粉末が入っている可能性もあるな」
一欠けらを入れれば、鍋いっぱいの辛いカレーが出来る程なのだ。辛さ的には十分あり得る話だな。ついでに、ダイスの実があるのに、辛い料理が広まっていない理由も、なんとなく思い付いた。このゴーストペッパーのせいだろう。そりゃ、食べたら死ぬなんて噂が広まっているのだから、辛い料理は避けられる。ダイスの実のハズレなんて、度胸試しみたいな扱いだからなぁ。
因みに、この街の騎士寮においても、カレーがメニューに加わったのだが、甘口クラスしかない(食べたルティルト談)。皆さん辛さ耐性が低いので、甘辛でも十分辛いのだな。偶に、負けず嫌いな男性騎士が獄炎スパイス追加の激辛を頼むが、撃沈されているそうだ。なんにせよ、辛い物が広まるには時間が掛かるだろう。
いや、別に自分が食べたいだけで、普及までは考えていなかったのだけどね。
取り敢えず、何かの薬品の材料になるのは確かなので、ゴーストペッパーも収穫しておいた。〈自動収穫〉が効いたので、手で触ったり、グローブに辛み成分が付いたりする事もなく安全に終わった。ペッパーだからコショウとかピーマン類、〈野菜農家の手腕〉辺りが効いたのだろう。
収穫の最後には、所々に生えた歩きマージキノコの幼体を〈自動収穫〉した。成体の方が、あちらこちらで胞子をバラ撒いて行ったのか、色んな所に生えており、周囲の素材のマナを吸収して大きくなっていたのだ。ただし、〈自動収穫〉には『収穫時期でない物や傷んでいる物は除外して収穫する』と言う効果があるので、小さい物は対象にならない。ぽつぽつと、エリンギサイズが残されたのだった。
その後、樹液が溜まるのを待ちながら、昼休憩にしようとした時、時間があるならとレスミアが料理をしたいと言い出した。それは、〈自動収穫〉で採れなかった歩きマージキノコの幼体が勿体ないからだそうだ。
「小さいと言っても、普通のエリンギくらいの大きさがある物があったので、10本ほど採って来ました。これで炒め物でも作りますよ」
「まぁ、周囲の素材がないと、育つのもゆっくりだからな。休憩中に大きくなるとは思えないし、良いんじゃないか」
今日は朝から30層の周回をしていたので、2層分を進む時間は無いだろう。その為、今いる32層さえ攻略出来れば良いので、時間には余裕がある。料理についてOKをだした。
すると、レスミアがもじもじしながら、お願いをして来た。
「それと、レモンがあると美味しいレシピなので、先程のデリンジャーレモンを使わせて欲しいな~と……やっぱり、どれだけ酸っぱいのか気になるじゃないですか! これも、検証ですよ、検証!」
「あー、うん。いつも付き合わせているのは俺の方だから、それを言われるとなぁ。まぁ、ゴーストペッパーよりかは、マシか。酸っぱいだけだし……ただ、いきなり原液を使わずに、ある程度薄める事は守ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
レスミアが要望する材料や、調理器具セットを取り出すと、早速料理を始めた。折角なので見学させてもらう。うん、彼女がエプロンを身に着ける時の仕草って、グッとくるよね。専用の形容詞が欲しいくらいだ。
エリンギを縦に薄切りにし、コカ胸肉を一口大にカット。鶏肉に塩コショウや、ハーブ(今回はタイムらしい)の粉末をねりこむ。そして、コンロの魔道具で熱せられたフライパンに投入された。皮目を下にして、カリカリに焼くそうだ。
「焼けるまでは少し掛かりますので、今のうちにデリンジャーレモンを切ってみましょう!」
「あ、一応、用心としてコレを身に着けてからな」
素手では危ないので、装備品のグローブを着けさせ、追加でマスクとゴーグルも顔に身に着けさせた。万が一、目に入ったら洒落にならないからな。
準備が整ったレスミアは、まな板の上に置いたデリンジャーレモンの端の方を、包丁の先端で切り分けた。そして、包丁の先を、水が入ったコップへ入れる。包丁に付いた果汁分だけで、何処まで酸っぱくなるか試すのだ。
グローブを外して、コップの水へと手を伸ばし、一舐めする。
「あ~、大分濃いめのレモン水ですね」
「うん、食事のお供に飲むには酸っぱいな。飲めなくはないけど」
そこから更に、切り分けたデリンジャーレモンの切れ端を、コップへと絞り入れる。すると、今度はかなり酸っぱいレモン果汁へと変貌した。いや、レモンをそのまま齧ったより酸っぱい気がする。用意していた口直し用の水を、一気飲みしてしまった。レスミアも、口に水を含みつつ、考え込んでいる。
「酸っぱい! ……これ、市販されているレモン果汁より、酸っぱいですね。こんなちょっとの切れ端で……」
「何か良い匂いがすると思えば、ダンジョンの中で本格料理してる! 鶏肉が良い音と匂いで、美味しそ~」
鑑定文の通りだったと、二人で恐れおののいていると、フィオーレがひょっこり顔を出して来た。さっきまで、ひたすら踊っていたのに、いつの間にか匂いに釣られてきたようだ。
「あ、こっちのコップの分を料理に使いますね。そろそろ、鶏肉を取り出さないと。
……あっ! フィオ! 摘まみ食いしないの!」
「うま~」
カリカリに焼けた鶏肉を一旦お皿に取り出し、今度はエリンギが投入される。
ただ、レスミアの注意がフライパンへと向けられた時、猛禽類のように狙っていたフィオーレが摘まみ食いしては、怒られていた。仕方がないので、デリンジャーレモンの話でもして、フィオーレの注意を引く事にした。
「へ~、お店で売っているレモン果汁の素なんだ」
「ああ、予想以上に酸っぱかったぞ。デンジャーなレモンなだけはあるよな」
「ふぅん……アタシも味見!
……って、酸っぱ!! いや、痛いって!!! 痛たたたたたたた!!!! 水、みず!!!!」
俺の話に興味を引かれたのか、フィオーレはスッと手を伸ばし、デリンジャーレモンの絞った切れ端に指を付け、一舐めした。そして、最初は酸っぱそうに口をすぼめるのだったが、直ぐに痛いと騒ぎ始める。口直しの水を渡すと、直ぐに一気飲み。しかし、2杯飲んでも痛がっているので、口の中に〈ライトクリーニング〉と〈ヒール〉を掛ける事で、なんとか落ち着いたようだ。
隣で料理を続けていたレスミアは、ぐったりしたフィオーレを見て苦笑していた。
「も~、摘まみ食いするから、そんな目に合うんですよ~」
「ううう……ごめんなさい」
狙っていた訳ではないが、実験台になってくれるとはな。デリンジャーレモンの原液を舐めると、酸っぱいを通り越して痛いのか。うん、小角餓鬼に目潰しとして使ったら、効果がありそうだ。ただ単に原液を振り撒くだけだと、自分に影響が出そうで、危ないけど。
因みに、この事が懲りたのか、フィオーレが摘まみ食いをする頻度は減っていくのだった。0にならないのがミソだな。
料理の方はと言うと、エリンギがしんなりとしたところで、鶏肉がフライパンへと戻される。そして、バターとレモン果汁、蜂蜜を入れて、全体を炒め合わせて完成だ。
【食品】【名称:マージキノコとコカ肉のレモンバターソテー】【レア度:C】
・マージキノコの幼体を薄切りにし、レッサーコカトリスのゴロゴロ胸肉と共に炒めたお手軽料理。カリカリに焼かれた鳥皮とコリコリ触感のマージキノコが楽しい。また、タイムの香りとバターのコク、レモンの酸味が良く合い、パンだけでなく酒にも合う。
・バフ効果:HP小アップ、MP自然回復力小アップ
・バフ効果:25分
「はい、こっちは出来ましたよ~。ザックス様、スープ鍋とパンを出して下さい。フィオはヴァルトを呼んで来て、あっちで隠れて飲んでいるから」
「はーい」「了解。まな板とか包丁に〈ライトクリーニング〉も掛けておくよ」
一悶着あったが、昼食となった。早速、マージキノコのレモンバターソテーを頂いてみるが……うん、食べた感じは、本当に只のエリンギだな。歯応えが良い。それに、コカ胸肉は鶏肉よりも味が濃いうえ、バターレモンが良く合うし、エリンギと一緒に食べると丁度良い。健啖家の2人も気に入ったのか、争うようにしてバクバク食べている。
「くぁ~~。この鳥とバターの美味さを、エールで流し込むのがたまんねぇぜ!」
「うんうん、鶏肉も美味しいし、エリンギも美味しい。これから、毎日取りに行こうよ!」
「お前等喰い過ぎだろ。MP回復のバフ効果があるんだから、俺が多く食べるべきなのに」
「ふふん、早い者勝ちだよ!」「だなぁ」
「アハハ、気に入ったのなら、マージキノコを使ったMP回復料理を色々考えてみますね。そうそう、大きい方のマージキノコも料理に回してくれると嬉しいなぁ」
「……マナポーションの材料だからなぁ。検討しておきます。
取り敢えず、ヴァルトとフィオーレは、食べ終わったら残っているエリンギの採取、手伝ってくれ」
「しゃあねーな」「分かったから、スープお代わり!」
食後、皆でキノコ狩りとなった。あまりに小さすぎるのは残して置くけどね。時間が経てば大きくなって、また徘徊して胞子を振り撒いてくれるだろう。
その合間に、樹液採取していた樽を回収。魔絶木も伐採して、半透明な木材も回収する。聖剣を出したついでに、大きそうな木も伐採して木材として収穫しておく。目ぼしい物は回収したかなと、周囲を見渡した時だった。残っていた草木や雑草が一斉に消滅し始め、マナの煙となって消え始めたのだ。
……あ、全部収穫すると採取地は消えて、別の場所へと移る。こういう事か。
消滅の波はあっという間に部屋全体に広がっていき、一時は霧のように立ち込めていたマナの煙も、壁や床にしみこんでいくように消えていく。残されたのは、俺達と小さなエリンギだけ。先程まで林や畑だったのが幻想だったかのように、只の土壁の部屋に戻るのだった。
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