第399話 採取地の危険物と魔王様

 デリンジャーレモンは、見た目は普通のレモンにしか見えないけど、素手で触れないほどの劇物であった。見た目が変だけど美味しい環金柑とは真逆だな。

 まぁ、木に実る果実なので〈果物農家の手腕〉の対象になる。〈自動収穫〉で楽々収穫する事が出来た。普通の探索者だと、収穫するのも一苦労なんだろうな。複数ジョブに感謝である。

 採取袋を取り替えつつ、根こそぎ頂く。30層を超えているので、ギルドの半分ルールも気にしなくていいからな。

 作業を進めながらレスミアにデリンジャーレモンの事を聞いてみたのだが、どうも薄めた物しか流通していないらしく、噂程度の話でしかなかった。


「紅茶に入れたり、お菓子に使ったりするレモンは地上産の物を使うので、混ざらないようにしているって聞きますね。

 危険だからギルド系列の業者が加工して販売しているそうですよ」

「やっぱり、危険物扱いか……そう言えば、毒物を取り扱う時は、届け出が要るとか聞いているな。いや、薄めれば調味料として使えるのだろうけど、家で料理に使う前に買い取り所で相談してみよう」


 興味深そうにデリンジャーレモンを見ていたレスミアへ釘を刺して置いた。


 〈自動収穫〉でデリンジャーレモンを全て収穫し終えて、他の木に実る環金柑やプラスベリーを収穫しに行こうとレスミアに声を掛ける。しかし、振り向いた彼女は、「これ、ちょっと嗅いで下さい!」と、手に持っていた葉っぱを俺の鼻に突き付けて来る。不意の事だったので、そのまま息を吸い込むと、レモンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「普通のレモンの葉っぱは、お茶にしたり、料理にも使ったりするのですけど、この葉も使えそうな香りがしますよ。

 ちょっと〈詳細鑑定〉で見て頂けませんか? 私の〈初級鑑定〉では名前しか分からないので……」


 ふむ、果実は危険だったけど、葉っぱも危険かどうかは分からないか。念の為、〈詳細鑑定〉を掛けてみる。



【素材】【名称:レモンリーフ】【レア度:F】

・デリンジャーレモンの葉ではあるが、性質は地上の物と大差はない。ダンジョン産は葉が柔らかく、レモン成分を少し多めに含んでいるだけである。



 レア度が最低のFなので、本当に害は無さそうだ。念の為にと幹の方にも掛けてみたが、魔力が通りやすい程度の普通の木である。特殊な幹を持つ魔絶木とは違うのは、マナによる変異の仕方の違いかな? デリンジャーレモンは果実の方にマナを全振りしたのだろう。ついでに、葉っぱも薄い。木の葉と言うより、大葉おおばのような柔らかさである。

 レスミアに鑑定結果を教えると、「へ~、柔らかいのは良いですね。一袋分だけ摘んでいきます」と、喜んで手摘みをし始めた。俺も手伝おうかと迷ったが、今更手摘みをするのも面倒なのだよな。楽を覚えてしまった。なので、悪足掻きに〈自動収穫〉を使ってみたところ、葉っぱが勝手に千切れて飛んできたのだった。


「葉っぱにも効果があるのか!……〈葉物収穫の手腕〉が効いたのか? 葉物と言えば葉物だしなぁ」

「それなら、もっと収穫しましょう! 〈自動収穫〉! あ、ザックス様が収穫した分には、〈フォースドライング〉で乾燥させて下さい」


 大袋がいっぱいになってから〈フォースドライング〉を掛けると、カラカラに乾燥して体積がぐっと減る。そこに追加で〈自動収穫〉で葉を収穫、〈フォースドライング〉のコンボで、詰め込んでいったのだった。ただ、大袋に4つは取り過ぎかな?


「しかし、こんなにあっても使いきれないんじゃないか? まぁ、ストレージに保管しておけば問題無いけど」

「いえいえ、お茶以外にも使えますからね! これだけ柔らかいなら料理で使える幅が増えますし、香りも良いから粉末にして、クッキーとかの焼き菓子に混ぜたり出来るかも? あ、精油してオイルにするのも有りですね!」


 新しい食材を得て、ニコニコ顔のレスミアである。環金柑やプラスベリーを収穫している間も、これらの木の葉も使えないかと聞きに来る程であったが、レモンリーフとは違って普通の葉っぱだった。分厚いので、食用にもなら無さそうで、〈自動収穫〉にも反応が無かった。うん、素材じゃ無いっぽい。



 果物系を採取した後は、その木の下に生えるキノコ類を採取する事にした。地味に気になっていたんだよ。視界にダンシングするのが入って来るから。

 あ、フィオーレじゃないぞ。白くて、くねくね踊るアイツ……でもなく、その近くで競うように踊る茶色のキノコである。踊りエノキと同じく傘を振り回し、激しく踊っているのだが、こちらは更に酷い。表面がテラテラと光る粘液を纏っているようで、隣の傘とぶつかる度に『ぬちゃぬちゃ』音と粘液を撒き散らすのだ。そのせいで、このキノコが生えている周囲は粘液まみれである。近くに生えていた踊りエノキも巻き込まれて、ぬちゃぬちゃしている。



【素材】【名称:踊りなめこ】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで変質したナメコの亜種。マナを多く含んだヌメリ成分には、各種効能を強める効果があり、錬金術の材料として人気がある。ただし、マナが多いほど踊りが激しくなり、周囲にヌメリ液をまき散らすので、採取する際には足を滑らせないよう気を付けよう。また、動かなくなるとマナが抜けた証拠。動かない物は素材にはならないので、食材にしてしまおう。



 うん、傘が数㎝と、大きく開いた茶褐色のキノコだったので気が付かなかったが、ヌメヌメなキノコと言えば、なめこだな。味噌汁に入っている小さい物イメージがあったので、大きいのは驚きだ。

 鑑定文にある『マナを多く含んだヌメリ成分には、各種効能を強める効果があり』この部分から、踊りエノキの上位互換だろうと推測する。踊りエノキも色々な調合に使う、ブースト的な役割があったからな。

 因みに、既に飲んだことがある薬品にも使われている。それは、砂漠フィールドの攻略に使った、体温を下げるフリッシュドリンクである。


【薬品】【名称:フリッシュドリンク】【レア度:C】

・氷属性で強化されたハスカップが主成分の飲み物。長時間の間、体を冷やし火傷を防ぐ。飲んだ量によって効果時間が長くなるが、飲み過ぎても冷やす効果は一定。

・錬金術で作成(レシピ:氷結樹の実+水筒竹+踊りなめこ)


 フリッシュドリンクが、粘性のある液体だったのは、この踊りなめこのせいだろう。まだ、『氷結樹の実』が手に入っていないので、自作も出来ないけどな。いや、錬金術師協会でも素材として買えるけれど、緊急に必要な物ではないので、レシピも買っていないのだ。現状、既製品で十分であるからね。


「踊りエノキと同じなら、バフ料理の効果も上がりそうですね。採取した分から、分けて下さい! なめこはスープにするととろみがあって美味しいですから、寒い日には持って来いですよ!」

「うん、今まで通り、半分は好きに使うと良いよ」

「ありがとうございます! 何を作ろうかな~、〈自動収穫〉!」


 キノコなので〈キノコ採り名人の手腕〉の対象だ。くねくねと踊りながら宙を舞い、手にした採取袋へと放り込まれていく。いや、飛び立つときに糸を引いているのが、何とも言えない気持ちになる。うん、気にしたら負けだな。



 採取を続けて、今度はハーブエリアへと突入した。30層までで収穫できるハーブは何度も見て覚えたのだが、見覚えのない草が何種類か増えている。黄色い花は初めて見るので、新種だろう。残りは雑草にしか見えないが……


「わぁ! ペパーミントが生えてますよ! 良い香り~」


 流石は料理人、食材に関しては詳しい。早速、葉っぱを1枚摘んで、匂いを嗅いでいた。俺も名前には聞き覚えがある。確か、歯磨き粉とか、チョコミントの材料だよな? レスミアが駆け寄って来て、葉っぱの匂いを嗅がせてくれる。すると、記憶が鮮明に蘇った。この清涼感はそこそこ好きなので、夏場になると食べたくなる味だったなぁ。

 おっと、デリンジャーレモンの例があるので、鑑定しておかないと……



【素材】【名称:加速草智かそくそうち】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで変質したペパーミントの亜種。摂取した者は、頭へのマナの巡りが良くなり、一時的に思考が加速して知力値が上がる。摂取量により効果時間が増減するが、食べ過ぎると頭痛を引き起こす。



 ……奥歯に仕込んで、噛めば良いのだろか?

 いや、加速するのは思考だけっぽいので、高速移動は出来そうもない。知力値アップは良いけど、食べ過ぎると駄目なのは、薬品っぽいな。これは、料理よりも錬金術の材料かなぁ? デリンジャーレモンと同じく、ギルドの買い取り所で聞いた方が良いやつだ。


「え~、ミントティーくらいなら大丈夫そうですよ。さっきのレモンリーフと合わせて、お茶にしてみましょうよ」

「まぁ、お茶なら成分的に少ないか。ただし、お茶を飲む前に鑑定するからね」

「は~い! 早速、お昼ご飯の時に淹れますね」


 次いで、気になっていた星のような形の黄色い花を鑑定してみた。



【素材】【名称:激昂草身】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで変質したセイヨウオトギリの亜種。摂取した者は、肉体へのマナの巡りが良くなり、一時的に筋力値が上がる。ただし、食べ過ぎると気分まで高揚し、攻撃的になってしまう。



 加速草智が頭へのマナの巡りを良くするのに対して、こっちは肉体の方か。ただ、名前が意味不明である。草身?……身体だからか?

 ただ、筋力が上がって気分が高揚するとか、ヤバいクスリのようで、気軽に使い難いな。レスミアも初めて見るようで、使い道は知らないようだ。これも調べてからだな。



 取り敢えず、既存のハーブ類と、上記の2種を〈自動収穫〉しておいた。そして、残った植物にも〈詳細鑑定〉を掛けておく。本当に只の雑草もあったが、一つ当たりがあった。ススキのような細長い葉が、丸く密集した植物である。



【素材】【名称:シトロネラ】【レア度:D】

・別名、虫除け草。葉の成分に虫が嫌がる臭いが含まれているが、そのまま生えているだけでは香りはしない。抽出し、精油する事で強い昆虫忌避効果が生まれる。ダンジョン産は特に効果が強まっている。



 何故か、レア度が低かった。このパターンは偶にあるが、ダンジョンのマナで変異していない、地上の植物と同じ物な場合だな。ダンジョンで採取出来るので、季節に限らず通年出回るのが利点であるが、普通の物と大差がない。まぁ、変異するとデリンジャーレモンのように扱い難くなる場合もあるし、一長一短である。

 ただ、鑑定文を読むに、食用にはならなさそうであり、且つ冬場なので虫除けも必要ないな。偶にハーブ類を精油して、自作オイルを作っているレスミアも、要らないそうだ。


「あはは、シトロネラってレモンの香りが強いので、スティラとか猫族が嫌がるんですよ」

「あぁ……猫族だもんな。それだと、柑橘類を使った料理とかお菓子も、避けた方が良いのか?」

「いえ、そこまで猫じゃないので、香り付け程度なら大丈夫ですよ。香りが強いと嫌そうな顔をしますけど。

 ドナテッラの方だと、虫除けも柑橘類の香り以外の物が売られていましたね」


 ややこしいが、猫ではなく、猫族(人類)なので大丈夫らしい。確か、ネギとか紅茶とか猫にはNGだった筈だ。俺達と同じ食事をして大丈夫な辺り、今更だろう。

 取り敢えず、虫除け草は必要ではないけど、収穫しておくか。買い取り所で売っても良いし、来年の夏用に虫除けを作っても良い……いや、薬品系は市販品を買った方が良いかもな。スティラちゃんに嫌われたくないし。




 採取を続けて行き、最後は畑エリアへと向かった。解毒大根とか、水筒竹な。いや、水筒竹は既にベルンヴァルトに収穫されており、フィオーレの踊りを見ながら一杯飲んでいるようだ。

 それは兎も角、気になる物を見つけた。いつもなら大根しか植わっていない畑であるが、その一角には赤い物を実らせる植物が生えているのだ。それは、赤いピーマン? いや、太目なトウガラシか?



【素材】【名称:ゴーストペッパー】【レア度:C】

・ダンジョンのマナで辛さを強化されたトウガラシの一種。そのまま食べると『辛さに悶絶して死に、幽霊になっても地獄の辛さを味わい続ける』と言う、逸話を持つ。その為、食用にはならず、主に錬金術で薬に加工される。

 なお、素手で触るのは非常に危険。取り扱う場合は革手袋を何枚も嵌めるか、耐酸性の手袋を使う事。



 ……何処かで聞いたような名前……トウガラシの一種? あっ!魔王様の別名じゃないか!

 異世界にまで進出……侵略してくるとは、流石は魔王様。







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小ネタ

 ゴーストペッパー(ブート・ジョロキア)の名前の由来ですが、本編内に登場したのは創作なので、間違えないようにお願いします。

 元々、アッサム語で「ブータン(地名)の胡椒(ペッパー)」を意味する名前だったのですが、「ブータン(地名)」と「ブータン(幽霊の意味)」が同音異義語だった為、誤って混同されたそうです。


 個人的に魔王ジョ〇キアと暴君ハバ〇ロでは、暴君の方が好みでしたね。どっちも辛いけど、魔王の後引く辛さがちょい苦手で、最初の1回以外買ってないや。

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