第398話 粘着網からの救出とデリンジャー

あらすじ:ベルンヴァルトが虫取り粘着シートに引っ掛かった。


【罠】【名称:麻痺かすみ綱】【パッシブ】

・視認し難い細い糸の網。粘着性のある透明な麻痺毒が塗られており、顔や体に巻き付いて行動不能にする。慌てて救助しようものなら、粘着性の糸が手に絡み、二重被害を巻き起こす。

 壁との接合部は緩く、少し引っ張れば外れる程度。



 バイクごと粘着網にぐるぐる巻きにされたベルンヴァルトは、倒れたまま口を開く。しかし、息も絶え絶えにしか声が出ない。


「あっ……ま……ヒって……うごけ……ねえ」

「ちょっと待ってろ……〈ディスパライズ〉!」


 ジョブに司祭をセットし直し、麻痺治療の奇跡を使用した。魔法陣から光の粉が舞い、ベルンヴァルトへと降り注ぐ。すると、麻痺が治ったのか、もぞもぞと動き始めた。網を引き千切ろうと腕に力を込めているが、破れる様子はない。いや、そもそも、腕が粘着質のせいであまり動いていないのだ。


「おいおい、何だこの網! かってぇ!」

「いや、網と言うより、粘着質の方だな。ちょっと動くなよ」


 ストレージで回収しようとしたが、吸い込めなかった。密着しているせいで、ベルンヴァルトの物と認識されているのだと推測する。ストレージ君、他人が着ている装備品などは、勝手に入れられないからね。

 二次被害注意とあるので、俺も直接は触りたくない。適当に出した木の棒で、網の端を引っ張ってみるが、粘着質が強くて剥がれそうになかった。


 ……いや、この粘着力は覚えがあるな…………ああ!蜘蛛の糸だ!

 思い出すと、芋づる式に対処法が出て来た。熱を通せば、粘着力が弱まる筈だ。確か、あの時はフライパンを熱したり、ブラストナックルで熱したりしたな。

 取り敢えず、ブラストナックルを装備した。これなら仮に引っ付いて取れなくなっても、ポイントに戻せば消せる。魔力を少しずつ込めて、発熱してから麻痺かすみ網に触る。最初はくっ付いてしまったが、徐々に火力を上げていくと、ぺりぺりと剥がれ始めた。ただし、火力を上げ過ぎると、ベルンヴァルトから苦情が来る。


「お、剥がせそうだぞ」

「アッツ! 待て、待て! 硬革部分は兎も角、普通の革の所は熱いぞっ!」

「少しくらい我慢しろって。火傷くらいなら〈ヒール〉で治る……あー、顔の部分はどうしようか……熱めのお湯を試してみるか?」


 二人でギャーギャー言い合いながら、作業を進めていると、難所にぶち当たった。バイクとか装備品の上から温める分には良いが、剥き出しの顔にくっ付いている分は流石に酷だよな? いや、お湯くらいで剥がれるなら、いっその事、風呂桶にお湯を貯めて丸ごと放り込むか?


「あ~、やっと追いついたよ~」

「お待たせしました……って、ヴァルトが罠に掛かったんですか?」


 その声に振り替えると、女性陣が追いついていた。ついでに、フィオーレの姿を見て、妙案を思い付く。


「フィオーレ、〈火精霊のプレリュード〉を弾いてくれないか。火耐性を上げれば、熱に強くなるから、ブラストナックルのまま作業が出来そうだ」

「え? 何々? あ、そのガントレット、話に聞いた熱くなる奴だよね? 面白そう!?」


 フィオーレが喰い付いたので、2人に簡単な現状を説明した。フィオーレがギターを〈小道具倉庫〉から取り出して、構えた時、待ったが掛かった。レスミアが少し気まずそうな顔で、おずおず言う。


「あの~、先に〈ライトクリーニング〉を試してはどうですか? 毒なのだから、浄化出来る気がするんです」

「「「あっ!」」」


 盲点であった。レスミアの提案の通りに〈ライトクリーニング〉を使うと、粘着質の毒液部分だけが浄化されて消えていき、只の網になったのである。

 ……おおう、最初に粘着質から色々連想したせいで、肝心な浄化魔法を忘れていたよ。

 只の網になったので、巻き付いた部分は簡単に外す事が出来た。ベルンヴァルトとバイクから網を外しながら、謝罪の言葉を掛けておく。


「すまん、ヴァルト。アレコレと難しく考えすぎたみたいだ」

「ああ、いや、こっちもすまん。元はと言えば、指示を無視して先走った俺の自業自得だからな」


 ベルンヴァルトから何があったのかと話を聞いた。

 斥候のスカウト餓鬼を、〈ランスチャージ〉で一蹴出来た事に興奮し、先の方に見えた3匹の餓鬼もまとめて殺れると確信したそうな。ただ、〈ランスチャージ〉では1,2匹しか貫けないので、今度は斧部分を使った薙ぎ払いで、3匹をまとめて両断したらしい。

 ……バラバラ死体は見掛けたけど、薙ぎ払い一撃でアレか。無双ゲームに出られそうだな。


 そして、戦果に意気揚々と、Uターンして戻ろうと減速したところに、麻痺かすみ網に掛かったそうだ。

 幸いにも減速していたので、転んでも怪我も無く、バイクも擦り傷が出来た程度である。ただ、転がったせいで、ぐるぐる巻きになってしまった訳だ。

 確かに、走っている時しか〈強行突破〉は発動しないので、方向転換に減速したら効果を得られない。そして、罠は総じて見つけ難い。かすみ網は近くでも視認し難いし、スイッチ系で作動する罠は、地面に偽装されている。つまり、


「罠が見えないヴァルトは、通路でバイクに乗るのは禁止だな。大部屋とか、減速せずに旋回できる広さが有る所なら貸す事にするよ」

「しゃーねーな。それでも良いから、偶には貸してくれよ。そろそろ、俺の分のバイクも欲しいんだがな……あっ! その条件だと、罠が見えるリーダーは通路でも乗れるじゃねぇか! ずりぃな!」

「はっはっはっ、複数ジョブはこういう時の為にあるのさ。あ、乗る時はハルバードを貸してくれよ?

 一騎当千ごっことか面白そうな事、俺にもやらせろって」


 少し険悪なムードになりかけたが、ベルンヴァルトとは仲直りする事が出来た。互いに小突き合いながらも、笑い合い先に進む。その後ろでは、レスミアとフィオーレが「仲良いよねぇ」と、クスクスと笑っていた。





 先に進み、採取地の反応が近くなって来た。地図と照らし合わせて、場所の当たりを付けて進んでいると、後ろのレスミアが声を上げた。


「あっ! 前からキノコの足音が聞こえます。こっちに向かって来てますよ!」


 ……キノコの足音って、事情を知らないと意味不明だな。

 それは兎も角、魔物でもないので、警戒する必要も無い。見逃さないように捕獲して、裂きキノコにするだけだからな。

 そのまま進むと、樽型エリンギがのっしのっしと現れた。


 取り敢えず、マスクをした俺とベルンヴァルトの二人掛りで捕獲し、通路のヒカリゴケが生えている所にぶつける。すると、もうもうと胞子が立ち込める。1匹頂くので、種付けしておいたのだ。山菜と同じく、取りつくすのではなく、次が生えてくるようにしておかないとな。


 それから、キノコにナイフを入れて、縦に裂いた。切れ目を入れると、手でも裂ける。あまり細かくすると、あっという間に小角餓鬼に食べられてしまうので、ある程度の太さと長さは要る。傘の部分が残っている方が、喰い付きが良いしな。

 因みに、フィオーレも喰い付いた。


「おっきいキノコ! これだけあれば、大きなキノコ串……ううん、キノコステーキになりそうだね! 今日のお昼に焼こうよ!」


 焚火を起こそう! と、張り切るフィオーレには悪いのだが、硬くて美味しくない事を伝えると、あからさまに肩を落とした。

 まぁ、丁度良い時間でもあるので、この先の採取地で作業を終えたら昼食にしようと伝えると、手の平を返して「早く行こう!」と笑顔に戻るのだった。



 そんなフィオーレに急かされてやって来た所は、植物系の採取地であった。大部屋サイズで、中には木々がたくさん生えており、林の一角を切り取ったようだ。


 ……良かった、小角餓鬼に荒らされていない。けど、やけにキノコが多いような?


 採取地で実る物は、種類別にエリア分けされて生えている事が多い。水を放水するザフランケの木は真ん中に生えている事が多いが、果物系の木、ハーブ等の草も混在せずに仲間同士で集まっているのだ。例外は木の下に生える事が多いキノコ類だが……今回に限っては、至る所にエリンギが生えていた。木の根元はもとより、畑エリアとか、ハーブエリアの中に混じるようにエリンギが点在しているのだ。


 うん、エリンギに見えるけど正体は『歩きマージキノコの幼体』だ。つまり、先程遭遇した歩きマージキノコの成体が、ここで胞子を撒き散らしていったに違いない。


「これだけ生えて入れば、お料理にも使えそうですね。全部収穫しましょう!」

「ま、レベル30で〈キノコ採り名人の手腕〉を覚えたから、〈自動収穫〉で回収できるからな。俺とレスミアで樹液採取の樽を設置してから、自動収穫するか」

「お、端の方に水筒竹も生えてんじゃねぇか! 俺が収穫してくるから、背負籠を出してくれ」


 目敏く見つけたベルンヴァルトは、意気揚々と採取に向かって行った。俺も樽を出して準備を進めていると、袖を引っ張られた。フィオーレである。そう言えば、フィオーレ込みでの採取は初めてだ。役割分担が決まっていない。


「ああ、フィオーレはどうしようか? 休憩しても良いし、採取を手伝ってくれても良いし」


 ここまでは元気に歩いていたように見えたが、新しいパーティーで無理をしている可能性もある。リハビリ中なので、無理はするなと言う意味で提案すると、首を振られた。


「それなら、ジョブをソードダンサーに替えてよ。踊りの練習をしたいんだ!」

「別に急がなくても良いんだぞ? 数日もリハビリすれば、感覚も戻るんだろう?」

「ここまでも歩けていたでしょ。へーき、へーき。

 それに、楽師の方が一気にレベルが上がったから、ソードダンサーも準備しておかないと!」


 アメリーさんに教えてもらった、スキルのセミオートで踊り、身体に馴染ませる方法だな。アクティブスキルでもそうだが、オートで動く分には身体の負担も少ない(発動時の魔力が影響していると思われる)ので、練習する分くらいなら大丈夫だろう。

 念の為、踊り過ぎないよう釘を刺しておくが、「うん、お昼ご飯が美味しくなるように、踊ってお腹を空かせておくよ!」などと返って来る。まぁ、良いけどさ。


 短い下草が生えているだけの一角が有ったので、そこで練習出来るように、周囲のエリンギを〈自動収穫〉しておいた。胞子が飛んで来ていたのか、ぽつぽつと生えていたからな。練習の邪魔になるし、踏まれてしまうのも勿体ない。〈自動収穫〉を使うと、エリンギがロケットの如く飛んで来て袋に入る様が面白いのか、フィオーレは草の上で笑い転げていた。




 レスミアと二人で樹液採取の樽をセットした後、近くの黄色い果物が実る果樹に向かった。それは、初めて見るレモンの木である。レモンは身近ではあるけど、スーパーに陳列された状態しか知らなかったからね。蜜柑のように実るとは知らなかったな。

 思わず取ってみようと手を伸ばしたところ、レスミアが腕にしがみついて止めに来た。


「危ないですよ! ダンジョンのレモンと言ったら、デリンジャーレモンなんですから!」

「え?! デリンジャー? 有名なのか?」

「はい、お店で売っているレモン果汁は、デリンジャーレモンを物凄く水で薄めた物なんです。私も聞いた話でしか知りませんけど、切った包丁を一晩放置すると錆サビになってしまうとか、素手で触ると手が痛んで夜寝られなくなるくらいとか……」


 ……それは、塩酸レベルの劇薬ではないだろうか?

 グローブをしているので、多少は大丈夫だとは思うが、止めてくれた事にお礼を言ってから〈詳細鑑定〉を掛けた。



【素材】【名称:デリンジャーレモン】【レア度:C】

・デンジャー&デリシャスなレモン。ダンジョンのマナで、酸っぱさが強化され過ぎてしまった。ただし、薄めて使う分には、普通に美味しいレモンである。果汁を100倍以上、水で薄めてから使用しよう。

 なお、果実の皮も強酸性であり、素手で触ると危険。取り扱う場合は革手袋を何枚も嵌めるか、対酸性の手袋を使う事。



 ……やっぱり、劇薬じゃねーか!




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余談ですが、本日100万PVを達成しました!

皆様、読んで頂きありがとうございます。

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