第396話 32層の攻略と甲殻弾
「バイクでの〈ランスチャージ〉は気分が上がったが、流石にあのヒヨコを片手で支えるのは無理だったぜ……」
「あれ? アタシの曲は聞こえなかった? あれくらいの部屋なら、届くと思ったのに」
「いや、フィオーレの祝福の楽曲で筋力値を上げたと言っても、焼け石に水だったんだろう。あれだけ大きなヒヨコなんだ、100kgや200kgはあるだろう。それを、片手で持つのは無理って話だよ」
ボスの周回後、31層の休憩室で反省会を開いた。実際、飢餓の重棍などを振り回して、多少吹き飛ばす事は出来ても、持ち上げ続けるのとは訳が違う。それよりも問題は、またしても斧まで刺さって抜けなくなった事である。たった一回の突撃で使えなくなるのは、経戦能力に問題があると言わざるを得ない。俺だったら槍を何本もストックしておいて、突撃する度に槍を突き指したままにして別の槍に持ち替える、なんて戦法も出来るが、ベルンヴァルトには無理な話だ。
いっその事、〈ランスチャージ〉で刺しに行くよりも、長柄斧として振り回した方が強いまである。ただ、気になるのは、騎士団でもハルバードは人気と言う点だ。もしかして、使い方を間違えている?
「あー、騎士団じゃ見習いだったからな。そこまで教えてもらえなかったぜ。乗馬の訓練は有ったが、警邏中に戦闘になったら、馬から降りて戦えと言われていたぞ。まぁ、騎士が訓練をしているのは遠目に見た事があるから、ジョブを得た後に教えてもらえる技術が有るのかもな」
「それなら、次の休みにでもルティルト様に聞いてみるか。第2騎士団長の娘さんだし、学園でも何かしら習っていると思う。
それまでは、重量級の相手に〈ランスチャージ〉をした時は、さっさと手放して予備の武器に持ち替える事。まぁ。小柄な魔物なら、そんな心配も要らないと思う。小角餓鬼くらいなら、ハルバードで真っ二つになりそうだからね。ついでに〈強行突破〉の効果も試してみたい」
「おっ、それも良いな。この後の32層でも大部屋が有ったら、バイクを使ってみようぜ!」
小角餓鬼は中学生の子供くらいの大きさなので、〈ランスチャージ〉で突き指したら、一溜まりも無いだろう。丁度、フィオーレが似たような大きさなので目を向けると、お菓子をバクバク食べながらレスミアと談笑していた。まぁ、バイクの話題だと、興味は湧かないか。レスミアの場合、猫耳がこっちを向いているので、話だけは聞いているパターンだな。新人の餌付けが楽しいようでなにより。食べるのが好きな娘と、作るのが好きな娘で需要が嚙み合っているようだ。ただし、試作品を食べたら食べたで感想を、言わないといけないけどな。
「え~、どっちも美味しいよ?」
「うん、美味しいって言ってくれるのは嬉しいよ。ただね、どっちの方が好みだとか、こうして欲しいとかあると参考になるの」
「う~ん……こっちの方が甘くて良い!」
味に対するストライクゾーンが広いのかな? 今のところ、出した料理もお菓子も、なんでも美味しいと食べている。ついでに量が有ると嬉しいらしい。この辺はベルンヴァルトに似ている(+酒だけど)。
なんにせよ、何でも美味しく食べられるのは利点だろう。ただ、何でも美味しいで完結して食レポ出来ないのは、レスミア的に美味しくない。結構、個人の好みを聞いては調整をしたり、改良を加えたりするからな。売り物は兎も角として、普段食べる料理は、俺の好みに合わせてくれる確率が高いので、愛を感じる。いや、料理の半分以上はベアトリスちゃんだから、気のせいかも知れんけどね。
休憩後に、もう1回周回を重ねる。ラムラックとカラフル羊毛、ジューシーコカもも肉などを狩っていると、騎士のレベルが25に到達した。覚えたスキルは〈ヘイトリアクション〉と、〈盾術の心得〉。どちらもパーティーの盾役となる騎士にとっては重要なスキルである。ただ、既に重戦士と戦技指導者で、同じスキルを覚えている俺としては拍子抜けだったけど。
同時にフィオーレの楽師も上がったので、こちらで知識欲を満たそう。レベル20で〈風精霊のプレリュード〉、レベル25で〈土精霊のプレリュード〉と精神力を上げる〈僧侶のコラール〉を覚えた。
【スキル】【名称:風精霊のプレリュード】【アクティブ】
・味方全体の風属性耐性を上げる祝福の楽曲。演奏している間、永続して効果が続く。
【スキル】【名称:土精霊のプレリュード】【アクティブ】
・味方全体の土属性耐性を上げる祝福の楽曲。演奏している間、永続して効果が続く。
「属性耐性は全部プレリュードって名前だけど、どれも属性をイメージした曲調と歌詞が付いていて、別物だよ」
「今度、聴き比べでも面白いな。
そうそう、範囲魔法を充填している魔物を見掛けたら、属性耐性に適宜切り替えてくれよ。前衛としても、なるだけ発動させないようにするけど、距離があると防ぎきれないからな」
「え~、属性なら魔法陣の色で分かるけど、範囲魔法かどうかなんて分かんないよ?」
「それこそ見れば分かるよ。これがランク1の単体魔法の魔法陣で……これがランク3の範囲魔法の魔法陣。直径が倍も違うだろ。ついでにランク4のジャベリンは、その間くらいの大きさだ。まぁ、魔法陣が大きければ大きい程、警戒しろって事だな」
【スキル】【名称:僧侶のコラール】【アクティブ】
・味方全体の精神力を上げる祝福の楽曲。演奏している間、永続して効果が続く。
「休日に教会で歌う、神様への讃美歌だね。教会の無い小さな農村で歌うと、信心深いお年寄りがおやつとかお駄賃をくれるんだ。密かに、おやつ巻き上げの歌なんて、呼んでたね~」
「流石にそれは、神様に対して不敬過ぎないか? まぁ、ストリートライブの対価としての、おひねりなんだろうけど。
それは置いといて、精神力が上がるって事は、魔法のダメージも減るんだよな? プレリュードと比べて、どっちの効果が高いんだ?」
「さあ? 知らないよ。どっちかと言ったら、プレリュードの方が弾いていて楽しいかな?」
フィオーレは興味なさげに、顔を横に振った。楽曲の感想を言う辺り、何処かズレている娘だ。まぁ、数日の付き合いで分かったけど、芸事と食欲に全振りといった感じだからな。
祝福の楽曲の効果については、今後の戦闘でゆっくり情報を集めるしかないか。
ゲームと違ってダメージ数値が見えないからな。実際に受けた痛みや、HPバーの減り具合で推察するしかない。実際に被弾して比較するとしても、こんな前線寄りではなく、もっと下の方の弱い魔物が使う単体魔法で試した方が良い。誰だって、痛いのは嫌だからな。
32層に降りて来た。騎士と楽師はまだレベル25であるが、道中戦っていれば追い付くだろう。目標の40層まで、後9層。ぼちぼち、先に進まないと行けない。取り敢えず、今日は32層を終わらせよう。
ただ、小角餓鬼に関しては、歩きマージキノコの残骸で完封出来るのだが、簡単すぎるのも問題である。食欲に支配されたアイツ等は食べる事に夢中になってしまうので、ほぼ一方的な虐殺になってしまうのだ。
ついでに、色々とスキルが増えたので、実験しつつ進むことにした。
「〈サンライト〉!
それじゃ、隊列としては、俺が先頭で罠の消去と、小角餓鬼の斥候が隠れていないか、キノコで釣り出すよ。
少し離れてベルンヴァルト。まだ走れないフィオーレを重点的に守ってくれ。
その後ろにフィオーレ。奇襲する時は、祝福の楽曲を弾くのを待つように。曲を魔物に聞かれたら、奇襲が気付かれてしまうからね。
最後尾はレスミア。後方の警戒と、猫耳での索敵を頼む。〈潜伏迷彩〉で隠れている奴だけでなく、歩きマージキノコもね。後2本しか在庫がないから、補充したいんだ。小角餓鬼に手持ちの食料品を差し出すのも勿体ないからさ」
「ああ、あのずんぐりむっくりしたキノコですよね? 足音が分かり易いので、覚えています。
それに、食べられる食料を使わないのは賛成です! 無駄遣いするくらいなら、私が料理に使いますよ」
流石は、野菜の切れ端まで、出汁取り等に使う家庭的な女の子である。色々と稼げるようになったのだが、贅沢に使ってゴミを増やすよりは、節約する方が性に合っている。貧乏くさいとか言うなかれ、スープの味が深いのも、そのお陰なのだ。俺も手伝いに駆り出されて、野菜の皮とか切れ端を〈フォースドライング〉で乾燥野菜にする事もある。更に良い野菜出汁が出るそうな。
その為、家から出るゴミは少なく、小角餓鬼の餌になる物も殆どない。(ダンジョンに捨てているので、ストレージにも無い)
今から考えると、シュラムロッシュ……蛙の死骸が残っていたら、餌に使っても良かったな。全部売り払ったので、今更であるが。
その後、俺の試したい事を話してから、先に進んだ。ベルンヴァルトがバイクに乗りたがったので、大部屋を経由するルートである。
暫く進むと、通路の壁が崩れて岩が山になっているのを発見した。通路の半分は無事なので避けて行けば住む事ではあるが……怪しいので岩山の横に裂きキノコを投擲する。すると、案の定、飛び付く人影があった。それと同時に〈敵影表示〉に赤点が灯ったので、〈潜伏迷彩〉した採取師餓鬼だろう。
一心不乱にキノコを頬張る小角餓鬼に対し、右手の中で弄んでいた弾丸を構え直し、親指で弾き飛ばす。戦技指導者の〈指弾術〉と〈パワースロー〉で、撃ちだした猟師
「ギャギャァァァ! ギャ! ギャ!」
汚く叫びながらも転がり回るが、キノコは掴んだまま。壁にぶつかって止まった瞬間を狙い、2発目を撃つ。今度は肩を撃ち抜いた。碌な防具も身に着けていない……ボロ布のような小角餓鬼ならば、十分な威力を発揮する様だ。肉はおろか骨も貫通している。それならば、と3発目は頭を狙った。しかし、額のうえ辺りに当たった弾丸は、肉を抉りながらも斜めに跳弾して行く。小角餓鬼は黒い血を吹き出しながら倒れ伏す。頭の一撃で気絶してはいるが、まだ死んでいない。
……ふむ、骨を貫通する威力があるけど、頭蓋骨のような曲面だと厳しいか。
倒れた小角餓鬼の頭を狙い、4発目。今度は角度も気にして撃ったので、見事頭を貫いた。
これは、使い道の無い猟師蠍の甲殻を加工して作った通常弾である。以前、試作したように手作業でコネコネして作るのが面倒くさいので、撃ち出し易い形状を決めた後は、錬金調合でまとめて作った物だ。
【武具】【名称:甲殻弾】【レア度:D】
・ビュスコル・イエーガーの甲殻を加工して作られた投擲用の
・錬金術で作成(レシピ:猟師蠍の甲殻)
先を尖らせた銃弾型なので、〈指弾術〉で尻を押すように射出しないと意味は無いな。量産した際にベルンヴァルトにも試してもらったが、〈指弾術〉と〈パワースロー〉のセットでないと、ここまでの威力にはならない。ただ筋力値が高いだけでは、狙いは付けられないし、弾が真っ直ぐに飛ばないのだ。
その為、現状では、戦技指導者と軽戦士の両方をセット出来る俺専用だな。距離があると威力と命中率が下がるので、10m以内の中距離、近距離用切り札と言ったところか。図らずとも拳銃と似たような運用になったが、市場に出回る心配がないのは良い。誰でも使える武器ではなく、術者依存の威力なのだから。
ただ、難点は、使った弾丸の回収が面倒な事だ。小角餓鬼を貫通した弾は壁や床に減り込んでしまっている。掘り出しても黒い血塗れだし、消耗品と割り切った方が良いかもなぁ。
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