第395話 ランスチャージとバイク突撃

「「〈ランスチャージ〉!」」


 本日、30層の2周目である。

 俺とベルンヴァルトは小部屋に降り立った後、別々のカラフールに対してスキルを使用した。すると、手にしていた黒豚槍……フェケテシュペーアを腰だめに構えてから、身体が勝手に走り始める。敏捷値が上昇しているのか、普段の全力疾走よりも、更に早い。〈稲妻突き〉や〈疾風突き〉に近い早さのまま、長い距離を走れるようだ。

 そんな事を考えていると、あっという間に接敵した。小部屋なので、なるだけ離れた所に降りても、距離など高が知れている。槍の微調整くらいは出来るので、こちらを向いた頭……角と角の間を狙って、槍ごと体当たりした。


 しかし、刺さる直前に角が動き、槍の穂先と接触してしまう。それで軌道が少しずれ、そのまま突き刺さった。突進エネルギーを全て槍に込めているのか、肉に突き刺さる感触と共に突進は止まる。


「ヴェェェ! ヴェェェ!!」


 ……倒し損ねた!

 魔法の時と同じく頭を突き刺して一撃死を狙ったのだが、ものの見事に外れてしまった。しかも、かなり深く刺さったので、槍を持つ手の近くに角がある。角を振られたら、こちらに当たりそうで怖い。しかも、スキル後の硬直で動けないのだ。


 ひやひやしながら、硬直が解けるのを待つ。カラフールの方も、深々と刺さった槍が痛いのか、汚い鳴き声を上げるばかりである。多少は動いても、こっちも槍を握ったまま硬直しているので押さえつけているのと同じだ。綱引きと言うよりは、相撲で組み合ったまま膠着が続いているようだ。

 このままでは、水入りになる……訳ではないが、スキルの硬直が解けた瞬間に、槍を手放して右手を振り上げた。


「〈断空手刀〉!」


 高速の手刀でカラフールの角を殴打した。ここで、角を切断すると格好良いのだが、そこまでの威力は無い(黄金の牛さんじゃないしね)。それでも〈衝撃浸透〉の効果もあり、鳴き声が止まった。

 その隙に、再度槍を掴み、捩じりながら引き抜く。そして、そのまま狙いを定めて2度目の〈ランスチャージ〉を使用し、今度こそ頭を串刺しにした。


【スキル】【名称:断空手刀】【アクティブ】

・手を刀に見立てて、空を斬り裂く程の速度で放つ打撃技。

 別段、切断力は無いので、実際に斬れる訳ではない。

スキル後の硬直が殆ど無い



「よー、お疲れさん。ちょっと途中で、介入しようか迷ったぜ」

「なんとかな。結構、硬直が長くて、1撃目を外した後は焦ったよ。そっちはどうだったんだ?」


 ベルンヴァルトは自身あり気に、親指でもう一匹を指す。すると、そこにはハルバードが刺さったままのカラフールが事切れていた。しかも、ハルバードの先端の槍が刺さっているだけでなく、その下の斧部分まで埋没していたのだった。片角が折れている事から、俺と同じような状況だったと推測できるが、ハルバードの重さと面積で押し切ったらしい。

 槍は点で攻撃すると言うが、ハルバードは線で突き指すのか? いや、〈ランスチャージ〉と嚙み合った末の破壊力だろう。威力が高過ぎて、斧まで突き刺さったに違いない。

 そんな考察を話すと、ベルンヴァルトは上機嫌に笑った。


「はっはっはっ! 俺も槍が抜けなくなる程、刺さるとは思わんかったぜ!

 〈一刀唐竹割り〉で両断するのも良いが、〈ランスチャージ〉でぶっ刺すのも良いな。こうなるとだな……騎乗するとどうなるか気にならないか?」

「馬を連れてきていないから……ああ、バイクか」


 何か、チラチラとこちらの様子を伺うような物言いに、首を捻ってしまったが、ベルンヴァルトが何を言いたかったのか気付いた。

 ……そう言えば、ベルンヴァルトもバイクに乗るのが好きだったな。

 歩き以外では、馬か馬車で移動する事が多いベルンヴァルトであるが、2度ほどバイクを貸した事がある。ただし、移動手段ではなく、只の街乗りだけどな。

 何故、気軽に貸せないかというと、現状のバイクにはセキュリティシステムが全くないのが原因だ。要は鍵も無いし、ハンドルを握って魔力を流せば、誰でも乗れてしまうのだ。加えて、魔道具なので、アイテムボックスに入ってしまう。便利にも見えるが、目線を変えると窃盗しやすいとも言う。軽犯罪を重ねれば灰色ネームになると言っても、出来心で盗む奴が居ないとも限らないから、用心するに越した事は無い。

 ベルンヴァルトもアイテムボックスの使えるジョブに替えれば貸し出すのに、職人とか商人に変えるのを嫌がるんだよな。


 おっと、それは置いておいて、今も貸せないかな。


「うん、試してみたいとは思うけど、この小部屋じゃ狭すぎるな。それに、上の土手道なら走れる直線道が有るけど、他のパーティーを驚かしてしまうし、何より魔物が出ない。

 ボス部屋なら多少広いから、そこで試そう」

「よっしゃ! そうと決まれば、さっさと行こうぜ!」


 丁度、死体が消えていき、ハルバードが重い音を立てて地面に転がった。それをベルンヴァルトが拾い、軽く振り回す。穂先や斧に付いた返り血を振り払う、血振りの動作であるが、それだけでも空気を切る音が重い。うん、敵にこんな大物を振り回す騎兵が居たら、逃げたくなるよ。味方で良かった。多分、〈アブソーブシールド〉以外で喰らったら、一溜まりもないに違いない。



 ドロップ品を拾ってから土手道に戻ると、聞こえてくる音楽が変わっている事に気が付いた。昨日からずっと〈癒しのエチュード〉を弾いて、指のリハビリを行っていた筈なので、変えたと言う事は、ある程度動くようになったのだろうか?


「うん、〈癒しのエチュード〉を弾き続けたお陰で、ちょっとはマシになったかな? 自前で演奏するのはもうちょっと掛かるよ。今、弾いているのは、新しく覚えた〈癒しのララバイ〉、折角覚えたんだから、色々弾いてみても良いでしょ?」

「ああ、選曲は任せるよ。今のところ、苦戦するような魔物でもないし。おっと、ステータスを見せてもらうぞ」



【スキル】【名称:癒しのララバイ】【アクティブ】

・聞いている者の怪我を癒す祝福の楽曲。回復効果は高く、回復の奇跡に匹敵する。ただし、自然回復力を上げている訳ではないので、スタミナは回復しない。〈癒しのエチュード〉と使い分けよう。


「全体回復とか、範囲回復である〈ヒールサークル〉の立場が無いな……多分、回復量とか、消費MPに差はあるんだろうけど。

 フィオーレ、MPの消費具合はどうだ?」

「めっちゃ多くて、発動に手間取ったよ! 大体、〈火精霊のプレリュード〉の5倍くらいかな?

 子守唄なのに、気軽に弾ける曲じゃないね……」

「いや、子守唄として弾くときは、スキルを使わずに演奏すれば良いだけじゃないか?」

「あ……ザックス、あったま良い~」


 照れ隠しに、明後日の方向を向いてしまった。取り敢えず、戦闘終了後は大怪我でもしない限り、〈癒しのエチュード〉でお願いしておいた。地味に疲れが取れるから、こまめに使うと馬鹿にならないくらい探索に余裕が出るのだ。歩き回る時間が多いだけに、非常に助かる。ただ、小腹が空き易くなる気がするけど。まぁ、自然回復力を上げていると言う事は、食べた物のエネルギーを効率よく変換して回復に回しているのだろう。フィオーレが健啖家なのも、この辺に理由があるのかもしれない。


 他にも楽師レベル15では、2つの祝福の楽曲を覚えていた。



【スキル】【名称:水精霊のプレリュード】【アクティブ】

・味方全体の水属性耐性を上げる祝福の楽曲。演奏している間、永続して効果が続く。


「やっぱり、属性耐性は各種類を覚えるのか……フィオーレは水属性の適性がないけど、使えるのか?」

「ん? さあ? まぁ、弾いてみれば分かるんじゃない?」


 そんな疑問であったが、問題無く効果は発動した。視界に映るHPバーの横に、アイコンが点灯したからだ。水滴のようなマークに上の矢印が付いている。演奏を止めたら消えたので間違いない様だ。祝福の楽曲には属性適性は関係無しっと。



【スキル】【名称:毒消し草のパストラル】【アクティブ】

・味方全体の毒耐性を上げる祝福の楽曲。演奏している間、永続して効果が続く。


「毒消し草農家の喜劇を歌った曲だね……これ、冷静に考えると大根農家の話なのかな? ダンジョンの外じゃ毒消し草は育たないよね?」

「歌詞を聞いてみないと何とも言えないな。ダンジョンに採取に行く話の可能性もあるとか?

 まぁ、なんにせよ、毒に対する予防が出来るのは良いな。毒に掛かった後なら、解毒薬とか〈ディスポイズン〉があるけど、予防はバフ料理(解毒大根を使った料理)しかなかったからな」


 戦闘の合間に各曲のコメントだとか、使用感を聞いておいた。それにしても、ここまでで覚えた祝福の楽曲は9曲、この全てを既に練習して覚えているのだから、地味に凄い。セミオートで弾けるとは言え、自前で弾くときは楽譜も見ていないのだからな。母親に教わったと聞いているが、英才教育でも受けていたように思えた。



 そして、先を進みボス部屋前の待合室で、順番待ちをしながら小休止をする。〈癒しのエチュード〉のお陰で疲れてはいないが、小腹が空くのでおやつタイムという訳だ。本末転倒な気もするけど、どの道おやつタイムは有るので問題ない。ついでに、バイクを使った戦術についても打ち合わせをしておいた。


 俺達の順番が回って来て、ボス部屋に入ると、早速配置に付いた。ベルンヴァルトが後方に居る以外は、いつもと同じである。俺がボスの側面で妨害役、レスミアは背後でレッサーコカトリスの尻尾のヘビ狙いだ。


「それじゃあ、行くよ~〈猛き戦いのマーチ〉!」


 フィオーレが後方で運動会の行進曲を弾き始めると、地面のボス登場魔法陣が光始めた。意外とBGMがマッチしていて良いな。気分が上がる。

 そして、登場したデカいヒヨコ……レッサーコカトリスの横顔に麻痺煙幕玉をぶつけて麻痺させる。それと同時に、お供のカラフールの1匹に〈ウインドジャベリン〉を放って仕留める。レスミアも〈不意打ち〉でヘビ尻尾を切り落としたようだ。お膳立ては終了、後ろに向かって手を振ると、バイクが走り出す音が聞こえた。

 ゴーレム駆動でエンジン音が無いので、タイヤが地面を踏みしめる音だけが響く。バイクのガソリン替わりである魔力供給は右手のハンドルから行われる。その為、武器であるハルバードは左手のみで支えなくてはならない。それを補うための、筋力値アップの祝福の楽曲だな。もちろん、〈付与術・筋力〉も掛けてある。


 大部屋と言っても、部屋の中央に出現したレッサーコカトリスまでは、バイクで疾走すれば直ぐである。未だに麻痺しているデカヒヨコを前にして「〈ランスチャージ〉!」と声がすると、更に加速した。

 次の瞬間、ハルバードが当たったデカヒヨコが、ダンプにでも轢かれたように後ろに弾かれる。

 しかし、吹き飛ばしたのではない。ハルバードの中ほどまで突き刺さり、ハルバードの先にくっ付いたままなのだった。数秒ほど、バイクにくっ付けたまま走っていたが、重さに耐えかねたのか、ベルンヴァルトは槍ごと下に取り落として走って行ってしまった。


 その一方で、俺は観戦をしながら、残りのカラフールと戯れていた。いや、体当たりを盾で押さえているだけだけどね。〈ウインドジャベリン〉の充填が溜まるまでの繋ぎだ。

 それは兎も角、地面に落ちたレッサーコカトリスが未だに生きているのが見える。麻痺のせいか、ハルバードがぶっ刺さったままの怪我のせいか、震えているからだ。


「ヴァルト! まだ、生きているぞ! 止めを刺しに戻ってこい!」


 走り去ったベルンヴァルトに届くよう声を張り上げるが、大部屋の端まで走って行ってしまったので、Uターンして戻って来るのには少し掛かりそうだ。それよりも早く、レスミアが動いた。


「さっきの攻撃、急所が外れています! 私が……!」


 闇猫のスキル〈狩の本能〉で急所を見抜いたのだろう。駆け寄ったレスミアは、耐麻のウーツサーベルを腰だめに構えると、そのまま体当たりをした。それは、ハルバードが刺さった辺りの少し横。〈不意打ち〉の効果で深々と刺さったサーベルが引き抜かれると、ドバドバと血が溢れ出す。程なくして、レッサーコカトリスは往生するのだった。

 いや、ここだけ見ると、鶏(ヒヨコ)が絞められたように、見えなくもないけどな。

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