第392話 女好きの貴族と試食会
勲章を貰って、叙勲式は終了かと思われたが、続きがあった。幾つもの酒樽がアイテムボックスから取り出され、並べられるや否や、ギルドマスターがいの一番に飛びついた。そして、並々にワインを注いだジョッキを掲げて宣言する。
「ギルドからの祝い酒である! 新しいギルド騎士を祝福し、皆も飲むが良い!!」
そう宣言して、一気飲みをした。ついでに、どこから湧いてきたのか、天狗族の皆さんも乾杯している。あ、ベルンヴァルトが巻き込まれた……まぁ、良いか。あそこに巻き込まれては、俺では太刀打ちが出来ない。
叙勲式に結構な人数が集まったな、と思っていたが、タダ酒の効果もあったようだ。ただし、ガっついて飲んでいるのは、天狗族の一団だけである(数樽確保)。他の観客は、受付嬢から配られたワイングラスを片手に談笑していた。
ここの第1支部は言うまでも無く、貴族街にある。したがって、観客の皆さんも貴族の縁者や、それに類する立場の人達だ。タダ酒にがっつく人は少ない。むしろ、カクテルパーティーのような社交場になっていた。
もちろん、主賓?の俺にもワイングラスを片手に挨拶回りがやって来る。最初に「この度は、おめでとうございます」と話しかけてきたのも、老舗の酒造店の人らしい。
「このように、叙勲式で酒を振舞うようになったのは、今のギルドマスターになってからなのですよ。貴族ならば、自前でパーティーを開いてお披露目するのですが、平民上がりではそうも行きませんよね?
グントラム様は、新人騎士の交流の場になれば良いと、酒代の半分を払ってまで開いて下さっているのですよ。
ザックス殿も、パーティーを開くようなことがあれば、お酒の手配は是非、当店にお任せ下さい」
営業トークだったけど、面白い事も聞けた。うん、天狗族がじゃんじゃん飲んでいるけど、ギルドマスターが自腹切っているのなら、文句も出まい……いや、飲み過ぎて半分負担させられたのが、真相な気もするけど……
それから、引っ切り無しに挨拶に来た。錬金術師の人は銀カードのレシピを欲しがっていたし、大通りに店を構えている人は「ウチでも販売させてくれれば、他の町にも販路が広げられる」とか……遠回しな話も織り交ぜてきて面倒な相手であったが、〈交渉術〉と〈営業スマイルのペルソナ〉のお陰か、なんとか言質を取らせずに済んだ。「ぜひ、機会がありましたら」と受け流したり、「後援してくれている伯爵家にも相談してみます(意訳:上に話通せや)」と威を借りたり。実に面倒だ。これ以上、手間を増やしたくないっての。
この他にも、他パーティーのリーダーが挨拶に来た。大半は若い子(二十歳未満)ばかりであり、ギルドマスターが話していたように、顔繫なぎとして軽く挨拶をした程度である。中には、年配の採取パーティーが「俺達を雇わないか?」みたいに売り込みに来たり、レスミアの爆走で一気に追い抜かれた低レベルパーティーが嫌味を言いに来たりしたが、一番面倒なのに比べれば可愛いものである。
俺が他の人と挨拶を交わしている隙に、その面倒なのがレスミアに近付いていた。その男は、するりとレスミアの手を握ると、甘い声で囁いた。
「あぁ、レスミア嬢、舞台の上で輝く君は、まるで光の女神の様であった。やはり、貴女のような宝石髪の乙女は、相応しい身分の男と一緒になるべきであろう。泥を引っ掛ける酷い輩など捨てて、私の元に来るが良い。なに、平民などでは想像もつかない贅沢な暮らしを約束しよう」
「いえいえ、オルトルフ様、あの泥を被ったのは私の提案で、ザックス様は少しも悪くないのですよ?」
「あのような成り上がり者を庇うとは、心まで美しい。私の愛人になる栄誉を「はいはい、そこまでにして下さい。後、手を放せ……」」
無遠慮にもレスミアの手を握っていた男の手首を掴み、目で威圧する。すると、強く掴んだ訳でもないのに、オルトルフはバッと離れて、手首を痛そうに摩った。
おっと、笑顔でお引き取りを願っただけであるが、貧弱な魔道士の耐久値では痛かったようだ。危ない危ない。
身なりの良い服に、装飾過多のマントを帯びた青年の名は、オルトルフ・イクザーム。何を隠そう、レスミアをナンパするのは、これで3回目である。
「オルトルフ殿、私の女……婚約者に手を出すなと申し上げた筈ですよね? 学園で学んだのは勉強だけですか?」
「様を付けろ、様を!
ふっ、婚約だけであれば、問題なかろう。子爵家の私が口説いて、落ちない平民など居ないのだからな。
おっと、挨拶が遅れたな。騎士の叙勲、おめでとう。平民の成り上がり者にしては、快挙ではないのか?
しかし、だ。最強のジョブである魔法使い系を捨ててまで、騎士ジョブを取る意味など無いぞ。学園で学んでいない平民には分からんかも知れんが、深層に行くほどに魔法の重要性が上がるのだ。私が攻略中の火山フィールドでは……………………」
適当に相槌を打つだけで、べらべらとアドバイスを話始めた。うん、悪い人ではないんだよね。無類の女好きで、手当たり次第に口説くのが厄介だけど。他にも、口調が微妙に偉そうで、事ある毎に平民とは違うと比べてくるのだが、これは彼が子爵家の長男だからである。
貴族の男子は、15歳で貴族籍ではなくなる(学園在席時は貴族と扱われるが例外)。その為、ダンジョン攻略を果たすまでは平民と同じなのであるが、貴族生まれのプライドから平民を見下すような言動になるらしい。つまり、貴族男子が発症する中二病みたいなものである。いや、コイツは既に二十歳といい大人であり、妻子持ちらしいけどな。
何故俺がここまで詳しいと言うと、情報源から聞いたのである。
丁度その情報源が、近くの酒樽からワインを貰っているのが見えたので、手招きをして呼び寄せた。そして、近くに来た彼に、オルトルフとレスミアを指差して見せると、直ぐに察したようで溜息を突く。その溜息をワインで押し込んでから、オルトルフの肩を叩いた。
「オルトルフ
「む、テオバルトか。フリーの宝石髪の乙女を口説かないなど、貴族の男としての礼儀が欠ける行いではないか。
それと、ウチの妻には黙っていて下さい。今、2人目がお腹にいるから、怒らせるのは身体に良くないのだ。
ああ、ピリナ嬢も来ていたのか。この後の予定は空いているか? このワインよりも良い物を出すレストランがあるのだ。是非、一緒に行こう」
「お断りだよ。アンタ、アタシを口説くの何回目だと思っているんだい? そろそろ、懲りなよ」
そう、テオの知り合いなのだ。以前、テオやプリメルちゃんが、レスミアがナンパされている所を助けたなんて話が有ったが、その時の相手がオルトルフである。
オルトルフのイクザーム子爵家と、テオの実家であるヴァロール男爵家は親戚関係にあるらしく、子供の頃から面識があるそうだ。長男で学園を卒業したオルトルフは、家を追い出されたテオに色々と助言をしたらしく、今でも従兄弟として慕っている。ただし、オルトルフの奥さんとも知り合いであり、浮気(内緒で愛人を増やす事)をしたら教えるよう言い付けられているとも……。
オルトルフの行動は、少し行き過ぎているものの、貴族が第〇夫人を持ったり、愛人を持ったりする事に関しては問題ない(養える財力とか、遊びを許容してくれる正妻とか条件はあるけど)。言うまでも無く、魔法使いの解放条件『魔法使い系の血筋』せいだな。
特に、貴族で魔法使い系の男性は、子供を多く作る事を推奨されている程だ。テオに聞いた話だと、お兄さん(魔法使いジョブ確定)が15歳になると、女に慣れる為にとメイドが宛がわれたらしい。いや、それ何てエ〇ゲ?状態だ。
ただ、肝心の属性適性が個々人による物なので、正妻の子でも足りないとか、愛人の子供なのに全適応とかあって、色々と大変らしい。俺の知り合いにも属性適性で泣いている人も多いので、手当たり次第に子供を作るのが良いとも思えないな。
オルトルフの愛人8人は多すぎると思うけど。
閑話休題。
オルトルフの口説きからピリナさんを守っていたテオが、思い出したかのように手を叩いて、こちらへ振り返った。
「そういや、プリメルの奴が、ケーキの件で興奮してな。ポスターの方へ行ったっきり戻ってこないんだ。ちょっと、見て来てくれないか?」
「……ああ、そうだな。挨拶も一段落したから、様子を見てくるよ」
ポスターの方にはフロヴィナちゃんとスティラちゃんを配置したので、話が盛り上がっているだけな気もするが、テオの気遣いに甘える事にした。面倒なオルトルフの相手をしてやるから、他に行けって事だ。テオが今度遊びに来たら、良い酒と料理でお返ししよう。
レスミアをエスコートして、その場を離れる。既に宴会が始まって1時間も経過しているが、沢山酒が運び込まれただけでなく摘まみも持ち込まれており、未だにそこかしこで盛り上がっている。いや、天狗族の所は宴会だけど、それ以外は貴族の社交場って感じだ。
ただ、受付嬢の皆さんが臨時のウエイトレスとして働いているのが気になった。ギルドマスターは宴会に参加しているのに、受付嬢は働けとか酷だよねぇ。後でケーキでも差し入れしておこう。
レスミアにも相談して、貴族受けしそうな試作ケーキの種類を何種類かピックアップしていると、ポスターの前に人だかりに辿り着いた。
その中心では、プリメルちゃんとスティラちゃんが、代わる代わる撫でられている。周囲のお姉さん達は、装備品を身に着けたままの探索者や、貴族の装いのお嬢様、使用人っぽいお仕着せの人など様々である。共通するのは、だれもワイングラスを持っていない事だ。
察するに、お酒を嗜まない人や人前で飲みたくない人が、ケーキの話題に喰い付いたのだろう。そして、マスコットが居たので、愛でると。
「わぁ、ふわふわ、もふもふで良い触り心地~。ウチの猫よりも良いかも~」
「にゃ~、お姉さんの撫で撫でレベルは8にゃ! これなら多分、飼い猫さんも喜んでいるよ!」
「アタシは17歳で子供じゃない……まぁ、撫でられるのは悪くないけど……
あ、ザックス来た! 遅い!」
俺を見つけたプリメルちゃんが、両腕とウサミミを振り上げてぷんぷんと怒る。別段、約束をした訳でもないけど、何を怒っているのやら。そんな様子を苦笑して見ていたフロヴィナちゃんが、経緯を教えてくれた。
なんでも、お嬢様っぽい人達が「銀のカードは欲しいけれど、平民街のケーキ屋なんて、口に合いませんわ」的な事を言ったらしく、偶々来ていたプリメルちゃんが反論したのが切っ掛けで、宥めている内に何故か小さい子を愛でる会になったそうな。
……撫で撫でレベルが気になる。いや、万が一低かったら泣くぞ。
それはそれとして、ウチのメンバーが次々と主張する。
「ミーア姉ちゃんのケーキは美味しいから大丈夫にゃ。新入りのフィオが、1ホール丸ごと食べちゃうくらい美味しいの」
「ま~、大通りの高級カフェと比べるのは厳しいけど、ギルドのカフェテリアとは良い勝負だと思うよ~」
「そうそう、一口食べれば分かる。本当に舌が肥えていればね……ザックスお願い」
プリメルちゃんが何を言わんとしているのか、分かった。以前、店を開く前に試食のお菓子を配ったように、ケーキを試食させろと言う事だろう。
現状、宣伝し過ぎな気もするのだけど、3人の主張は周囲の女性陣にも聞こえている。ここで駄目と言えば、味に自信がないと取られかねない。それに、折角俺達の叙勲式に参加してくれたのに、飲まない人には恩恵が無いのも寂しいな。
「よし、急な話だけど、ここで試食会を開こうか!」
ストレージからテーブルを取り出し、刺しゅう入りテーブルクロスで見栄えを良くする。そして、その上にホールケーキを5つ並べると、周囲からきゃあきゃあ黄色い声が上がった。
「レスミアとフロヴィナはケーキを二口サイズくらいに切り分けて、スティラちゃんとプリメルちゃんは列の整理。
すみませんが、ケーキの試食が欲しい人は2列に並んで下さい!
大丈夫、ここにいる人達分くらいは有りますから、慌てないで下さい」
やはり、ケーキの魔力は凄い。文句を言っていたと言うお嬢様まで、大人しく列に並んでいる。そのついでに、何故か列に並んでいたフィオーレを見つけて引っ張り出した。
「え~、アタシだって、ケーキ食べたい~」
「帰ったら、夕飯のデザートに付けてやるから、手伝えよ。ほら、お皿に切り分けたのを配って。
あ、食べ終わったら、お皿とカトラリーは返却して下さいね」
流石に何十枚も皿は持ち歩いていない。回収した分に〈ライトクリーニング〉を掛けて、使い回すのだ。意図せず、デモンストレーションになってしまったが、仕方がない。
その後、騒ぎを聞きつけた受付嬢の皆さんにも、別の試作ケーキを差し入れておいた。
発端となったお嬢様も「まぁ、平凡な味だけど、悪くないわ」なんて美味しそうに食べていたし、プリメルちゃんとも和解して満足げに笑って終了した。
結果として、概ね高評価を頂く事が出来たので大成功と言えるだろう。
さて、デモンストレーションとケーキの試食で、ダブルで宣伝をしてしまった訳だが、明日はどうなることやら……
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