第391話 騎士の叙勲式とデモンストレーション

 メリッサさんの開会の宣言により、ざわついた声が収まっていく。そして静かになったところで、2mくらいの高さでホバリングしたままのギルドマスターが声を張り上げた。拡声器も使っていないのに、馬鹿デカい声である。


「ギルドマスターのグントラムである!!

 この度、ギルドの厳しい審査を通り抜け、新たに2名のギルド騎士が誕生した!

 共に、新しい力の誕生を祝おうではないか!

 パーティー名『夜空に裂く極光』、そのリーダーであるザックス! 並びにパーティーメンバーのベルンヴァルト!

 壇上に上がれぃ!」


 ……最初っから、舞台の上に降ろされているんですが?

 ベルンヴァルトが上がって来ると、拍手が巻き起こったので、仕方なく俺も手を振ってアピールしておく。俺もここにいますよっと。


 舞台の上で2人並び、拍手が収まると、今度はメリッサさんが俺達の功績を読み上げる。第2ギルドで沢山の依頼をこなしたとか、30層ボス素材を沢山納品したとか、フィールド階層に陣取っていたレア種の超大型サソリ魔物を討伐したとか……。

 自分達のやって来た軌跡ではあるものの、こうも大勢の前で話されるのは少し恥ずかしい。ただ、それと同時に、名声ってのは、こうして広まるものかとも思う。今までは、地道に依頼をこなしていたのだが、今日だけで今まで以上に名前が売れた気もする。大きな功績を上げて、叙勲を受ける……図書室の武勇伝本に、俺も勲章が欲しいとか一発逆転とか書いてあったが、こういう事らしい。


「そして先日、北のルイヒ村にて多数の犠牲者を出していた大型の蛙型魔物を、騎士団と共に討伐! 大いに活躍したとの事です!」


 観客から大きなどよめきが走る。少しは噂になっていたのだろう。いや、レベル50の魔物相手に、格下である俺達が参加した事になったせいか? 騎士団との契約があるので、訂正する気も無いが。


「以上の功績を持ちまして、騎士の証である勲章を授与……「ちょっと待て、追加がある」」


 上から降りて来たギルドマスターが、メリッサさんのメガホンを取り上げた。予定になかった行動なのか、呆気にとられるメリッサさんを余所に、再び飛び上がったギルドマスターは話を続けた。


「夜空に咲く極光パーティーの功績について、付け加えるべき重要な事柄がある。それは、最近噂になっているこれだ!」


 ギルドマスターはポケットから取り出した銀カードを、観客に見せ付ける。それに見覚えがある観客も居るのか、少しざわめき始めた。


「これは、誰でも込められた魔法が使える魔道具である! サードクラスの探索者に販売されているので、知っている者も居るだろう! そして、何を隠そう、このザックスが銀カードの開発者なのである!」


 ……別に秘密にしている訳ではないけど、こんなに人が居る場所で暴露されるとは。

 先日、『銀カードを納品して欲しい』と指名依頼があったように、耳聡い人(大店の商人とか)には知られている。ただ、出荷を絞っている状況の中で、広められて大丈夫だろうか? 事前に相談して欲しかったな……

 ざわめきが大きくなっていく中で、ギルドマスターはメガホンを使って話を続けた。


「ギルドに納品されている分は、試練のダンジョンに挑んでいるサードクラスパーティーに販売しているので、一般販売の予定はない。ただ、ザックスが経営しているお菓子屋で、浄化の銀カードのみ、枚数限定で販売しているそうだ。

 詳しくは……ザックス! 店の宣伝時間をやろう!」


 不意に、上からメガホンを投げ渡された。思わずキャッチしてしまうと、観客の視線が一気に俺の方へと向く。

 ……急に宣伝とか言われても!

 50人、いや100人近くいそうな観客の視線を浴びて、少しパニくってしまう。取り敢えず、新興商人のジョブを付けておいて良かった。〈営業スマイルのペルソナ〉のお陰で笑顔だけは維持出来ている。助けを求めて、メリッサさんに顔を向けると、「どうぞ、どうぞ」と言わんばかりに、手のひらを上に向けてジェスチャーを返してくる。ベルンヴァルトに至っては、首を振られた。

 やばい、味方が居ない……いや、呼べばいいのか。

 思い付いた閃きに掛けて、メガホンを構えた。


「あー、宣伝の許可が下りたので、お時間を頂きます。

 ただその前に、私がオーナーを務めるお菓子屋『白銀にゃんこ』の、可愛い従業員もこの場に来ているので、宣伝を手伝ってもらいましょう。

 レスミア! フロヴィナ! 壇上に上がってくれ!」

「……ええ! 私達もですか?! 「ほら、上がって、上がって」 もう、仕方がない人。ヴィナ、行こう」

「え~、今日は休みなのに~」


 舞台の下にいるレスミア達に声を掛けて、上がってくるように手を振ると、渋々ながら従ってくれた。ただ、流石は接客に慣れている2人である。舞台に上がる頃には、営業スマイルで観客に愛嬌を振りまいていた。


「おっ! 確かに可愛い娘達だ!」

「うむ、酒場のお姉ちゃんだったら通っていたな」

「ちょっと! あのくらいなら……受付嬢にも沢山居るわよ。そっちよりも、肩車してもらっている猫ちゃん可愛い~!」


 ついでにスティラちゃんも上がって来てしまったようだけど、注目を集めているから良いか。

 みなの視線が俺から外れたのを感じてから、後ろ手でこっそりと、ストレージからワンドを取り出す。そして、〈カームネス〉のスキルで、頭を冷やした。冷静になった頭をフル回転させて、宣伝方法を考える。



 ……ただ、この宣伝はやり過ぎになる事も、考慮しておかないといけない。現状、銀カード目当てのお客さんが朝一で並んでいるのだから。

 ケーキがたくさん売れて、レスミアとベアトリスちゃんが喜べば良い、そんな考えでポイントカードのキャンペーンを始める事にしただけなのになぁ。ただし、ここで宣伝は要らないと断ると、ギルドマスターの面子を潰す事になる。

 レスミア達が舞台の中央に来る頃には、何とか考えがまとまった。3人に小声で指示をする。


「先ずは俺が銀カードの紹介とデモンストレーション……使い方の実演をするから、レスミアはケーキ販売について説明を頼む。フロヴィナとスティラちゃんは、ケーキの話になったら、このポスターを広げて見せてくれ」

「実演って何をするんですか? 汚れていそうな人でも壇上に上がってもらうとか?」

「あー、いや、観客を巻き込むまでは考えていなかったな。ここの床を泥で汚して、浄化するつもりだったけど」

「それなら、私に良い考えがありますよ」


 レスミアの意見はインパクトがあるものだった。ちょっと、俺には提案し難いものであるが、本人が直ぐに浄化されるから良いと言っているので、採用する事にした。

 簡単な打ち合わせを終えて、皆で観客へと向き直る。


「私共は、お持ち帰り専門のお菓子屋兼、魔道具店『白銀にゃんこ』を営んでいます。場所はここからは少し遠いのですが、街の東側中央の貴族街への勝手口の前なので、分かり易いでしょう。

 そして、魔道具の方の目玉商品は、先程ギルドマスターから紹介して頂いた、浄化の魔法が使える銀カード!

 ただ、噂で浄化するなんて聞いてもピンと来ない人も多いと思います。今から実演して見せましょう!」


 手持ちの銀カードを掲げて、周囲に見せびらかす。観客の視線が集まるのを感じながら、ここまでスラスラと言葉が出る事に自分で驚いていた。新興商人の〈交渉術〉か、遊び人の〈口軽話術〉、もしくは〈噺屋〉のどれかが影響しているのだろうか?


 レスミアが前に歩み出る。そして、観客に向かって貴族の礼を捧げた。スカートの裾を摘まみ、優雅に礼をする様子は貴族の子女そのものである。

 礼を終えたレスミアは、くるりと俺の方に向き直り、両手を広げる。このままハグをしたい衝動に駆られるが、グッと堪えて話を続けた。


「ダンジョン探索に汚れは付き物です。汗や土汚れのみならず、魔物の返り血を浴びて、辟易とする人も多いでしょう。例えば、このように……」


 ストレージから取り出す勢いのまま、レスミアに泥をぶちまけた。そう、蛙魔物を回収するついでに、一緒に入ってしまった泥である。レスミアの衣装が泥塗れになっただけでなく、顔や髪にも泥が跳ねて汚れてしまう。しかし、それを意に介さず反転したレスミアは、泥に塗れた手で髪を梳く。白銀の輝きが汚れてしまう様に、観客からは驚きや、落胆の声が上がった。特に女性からの同情の声も多い。


「皆さん、ご安心ください。こんな時こそ、この銀カードを使うのです……〈ライトクリーニング〉!」


 周囲の声が収まるタイミングで、銀カードの〈ライトクリーニング〉を発動させた。自前の〈ライトクリーニング〉より効果範囲は狭いが、デモンストレーションなので、実物を使って見せた方が良い。でないと、誇大広告になってしまうから。

 レスミアの足元に現れた魔法陣から光が溢れ、キラキラと点滅する光の粉が乱舞する。その光の粉が泥にくっ付くと、マナの煙となって泥を消し去った。

 光が収まる頃には、泥を掛ける前の状態に戻っている。ついでに、お出かけ用に薄っすらとしていた化粧も落ちているが、元が可愛いので問題はない。


「あ、この浄化は化粧まで落としてしまうので、女性の方は気を付けて下さいね」


 レスミアが髪をかき上げて、綺麗になった白銀の髪をアピールすると、歓声が上がった。予想以上の大盛り上がりである。


「おおっ! 噂より凄いじゃないか!」

「泥汚れが消えちまった……おいおい、アレ人以外にも使えんだろ? 汚れ放題の馬小屋とかに使いてぇ」

「ダンジョンの後に、シャワー室を使わなくて良いのは助かるわね」

「やだ、綺麗~! あれって、宝石髪って言うのでしょ? 私もあの魔道具を使ったら綺麗な髪になるのかな?!」



「静粛に! 静まれ! 

 横から言わせてもらうが、その魔道具は作るのが大変らしくてな、1日の販売個数を限定しているそうだ。

 そうだな、白銀にゃんこ?」


 ヒートアップし過ぎた盛り上がりは、ギルドマスターの大声で大分鎮静化した。ただ、それでもひそひそ話は続いているし、限定販売でも欲しい等と言う声は聞こえてくる。


 ……やっぱり、こうなったか。ここにいる約100人の盛り上がりを見ていると、限定10枚では酷い取り合いになりそうだ。

 仕方がない、一時的にでも数を増やすしかない。ただし、あんまり増やすと今度は王族とか伯爵とかギルドが、『余裕があるなら、ウチの取引も増やして』と言いかねない。これ以上、自由時間が無くなると、寝る暇も無くなってしまう。


「はい、騎士団とギルドにも納品していますので、販売できる個数が10枚までと、限られています。

 ただし、今回このような場で宣伝させて頂いた事と、明日からケーキ販売を始めるにあたって、私も頑張って準備しましょう。しばらくの間は、2倍の20枚を販売いたします。それに加えて、ケーキ販売のキャンペーンを行います。

 レスミア、ケーキの説明をよろしく」

「はい!

 白銀にゃんこのケーキは、アドラシャフト伯爵家御用達の牧場から買い付けている、生クリームやバターを使用しています。濃厚な味が……」



 ケーキやお菓子の説明が続いたが、反応は半々と言ったところか。言うまでも無く、女性の関心を引いているが、男性の方はそうでもない。ただそれも、ポイントカードの説明に入ると、喰い付く人も増えてくる。明らかにポスターを掲げている所へ人が集まっていたからだ。

 そして、説明が終わった後でも囲みが解けない為、ギルドマスターにお願いを立てる。すると、あっさりと許可が下りた。


「うむ、依頼の掲示板の横にでも掲示すると良い。メリッサ、案内してやれ」

「かしこまりました。

 はい、皆さん道を開けて下さい! 向こうに掲示するので、順番に見ると良いわ!」


 フロヴィナちゃんとスティラちゃんが説明役として付いて行くと、入れ違いに別の受付嬢が壇上に上がって来た。その手のトレイには、勲章が2つ乗せられている。彼女はメガホンでざわめきを注意すると、式の進行を始めた。


「騎士の証である勲章を授与致します。対象の2名は真ん中に戻って下さい」


 受付嬢がメガホンを振ると、音楽が流れ始めた。授与式に相応しい感じの荘厳で華やかな曲である。思わず音のする方を見ると、舞台の後ろの方にバイオリンを奏でる女性が居た。因みにフィオーレではなく、また別の受付嬢である。貴族の子女が受付嬢になる事も多いらしいので、音楽の教養持ちの娘なのだろう。


「では、ザックスをギルド騎士に任命すると共に、この勲章を授与する」


 ギルドマスターが右胸に勲章を付けてくれた。オッサンより受付嬢の方が良かったなと思わんでもないが、ギルドのトップなので名誉な事なのだろう。そう思い込んでおく。

 そして、ベルンヴァルトの勲章授与をする間に、受付嬢が小声で説明をしてくれた。この勲章が有れば、受付の優先カウンターを利用できるし、購買やレアショップ等の待遇が良くなるそうだ。

 まぁ、これは村で貰った『銀盾従事章』があるので、既に享受済みである。今回貰った勲章は銀製のメダルに馬に乗った騎士が描かれている。一目で騎士と分かるな。

 そして、騎士っぽい利点もあった。それは、ダンジョン内に馬を持ち込む許可が下りたのである(パーティーの人数分OK)。村の調査の際、軽騎兵のルイーサさんが馬を持ち込んでいたように、フィールド階層のような広い場所を移動するのに使われるそうだ。もちろん、騎士と言うだけあって騎乗していると強くなるのも理由の一つらしいけど、通常階層だと狭くて使い難いので、持ち込む人はそれほど多くない。


 そんな、説明を聞いていると、ベルンヴァルトの方も終わったようだ。


「ギルド騎士の重要な役割を話しておこう。普段は特別、これと言って義務はないのだが、魔物の氾濫が起きた時などの緊急事態には中核パーティーとなってもらう。これは騎士を要するパーティーを中心として、複数のパーティーを配置し、組織的に動くためである。騎士を擁していないパーティーは、特に良く覚えておくように!

 では、新たなる騎士の誕生に、光の女神と闇の神の祝福を賜らん!」

「「「「祝福あれ!!!」」」」


 割れんばかりの拍手で祝福をされた。それに手を振り返しながら、こっそりとジョブ欄を確認する。



【ジョブ】【名称:騎士】【ランク:2nd】解放条件:戦士Lv30以上、一定以上の権力者から騎士に任命される。

・権力者より、その土地を守ることを任じられた特別な戦士。動物と心を通わせ、騎乗することが出来るため、騎乗する事で真価を発揮する。また、重装備で盾の扱いに秀でるため、パーティーの盾役も出来る。状況に応じて使い分けよう。


・ステータスアップ:HP中↑、筋力値中↑、耐久値中↑、敏捷値小↑

・初期スキル:戦士スキル、装備重量軽減、カバーシールド、騎馬強化



 解放条件は『一定以上の権力者』か……ギルドマスターが平民な事を考えれば、貴族でなくても良い様だ。ギルドって組織の権力者だからな。

 そして、ステータス補正が中アップしかなくて地味……と思ったが、重戦士も最初はこんなものだったな。途中から大補正になったので、レベルを上げれば見劣りしなくなるだろう。いや、複合ジョブと比べちゃいかんよ。

 覚えた初期スキル内の2つは、重戦士で覚えたものと同じだ。そして、初見のスキルは〈騎乗術の心得〉とは違うものであった。


【スキル】【名称:騎馬強化】【パッシブ】

・騎乗している動物の全ステータスを強化し、更に騎士の装備重量の半分だけ筋力値と耐久値が上げる。また、一部のスキルは動物にも効果を及ぼす。



 どうやら、動物版の〈装備重量軽減〉のようだ。フル装備の重い騎士が乗っても、その分馬が強くなるとか、そりゃレースでもフル装備で出られる訳である。

 バイクは動物じゃないから、効果がない! これはハンデじゃないか?!






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1個目、(=゚ω゚)ノPピコーン

2個目、(+o+)ノ ∧oボキッ

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