第390話 追加報酬と蛙の痕跡

 事務員のお姉さんが出ていってから程なくして、シュトラーフさんがペンを置いて書類を片付け始める。先程、持って行かせたのが急ぎの仕事だったのだろう。手早く片付けたシュトラーフさんは、自分のティーカップを持って、俺達の居るテーブルの上座に座った。


「待たせたな。時間も無い事であるし、早速本題に入る。

 騎士団が沼地の中に潜んでいた魔物を見逃したのは確かである。それを単身ながらも討伐し、村の危機を救ったザックスには追加で報奨金を授与する。

 ……ダンジョンギルドからの苦情もあったのでな。君からの報告書と、魔物の死骸を証拠として出されたのでは、言い逃れもせんよ」

「ふんっ! 所属する探索者を守るのもギルドの仕事だからな。この蛙魔物の一件じゃ、こっちの探索者にも被害が出ているのだ。見落としで、ザックスまで死んでは敵わん。コイツは、例の銀カードで重要人物になっているのだからな」


 ……おお! ギルマスがギルドマスターっぽい!

 自力で交渉するつもりでいたのに、先に交渉してくれているとは助かる。貴族であり、騎士団としての面子もあるシュトラーフさんとの交渉は難航するかもと、考えていたからだ。只の酒飲みのオジさんではなかったようだ。いや、ギルドマスターっぽく仕事をしているのを見るのは、初めて会った時以来だからね……


「うむ、それに関しては、不幸中の幸いであったな。まぁ、プラズマランスという切り札を持っているのだ。そこまで心配はいらないと思うが……話を戻すぞ。

 こちらからも条件は付けさせて貰う。今回の件に関しては、騎士団の汚点となりかねない。そこで、君は騎士団の1部隊と共同で任務に従事した事にしなさい」

「……了解しました。元より広めるつもりもありませんし、魔物も卵の状態で沼地に隠れていたのですから、発見自体が難しかったのだと思います。〈敵影感知〉や〈敵影表示〉にも引っ掛かりませんでしたので、俺も奇襲を受けましたから」


 あの沼地を掻き分けて中に入り、魔物が居るか調査するなんて考えないよなぁ。俺でも〈ライトクリーニング〉がなけりゃ無視するよ。

 おっと、後でフィオーレに釘刺しておかないと。昨日の帰り道に話した分だと、大分改変されていたから大丈夫だとは思うが……親玉のクイーンまで聖剣で倒した事になっていたからなぁ。いや、これだと騎士団側の功績を乗っ取る事になるのか? 知らんけど、創作だと言い張ればワンチャン?


「追加報酬に関しては、表向き魔物素材の買い取りした事にする。蛙型魔物の死骸全てで金貨1枚だ」

「おお、確かに大盤振る舞いですね。数が多いとはいえレベル28の魔物ですから。

 因みに、何か使い道があるのですか?」

「いやいや、これは大盤振る舞いじゃなく、元々の予算だぜ。ほれ、元々の依頼料は、村とギルド、騎士団で各金貨1枚だっただろ?」


 横から茶々入れをして来たギルドマスターのお陰で思い出した。そう言えば、騎士の叙勲への推薦状を貰ったので、ギルドと騎士団は金貨1枚分浮いたのだ。なるほど、それなら追加報酬も出しやすい訳だ。

 シュトラーフさんはギルドマスターを睨み付けて黙らせると、使い道について教えてくれた。


 騎士団が討伐した巨大なクイーン蛙の方は、皮に効果が付いていたそうだ。それも、泥や池(流れの穏やかな水面のみ)の上を歩けるという効果らしい。現在、ブーツに加工できないか、錬金術師協会と専属職人が研究中なのだとか。


「レベル50を超えた地上の魔物は脅威ではあるが、討伐すれば実入りも大きいのだ。皮以外にも、骨や肉、内臓も使えないか調査中だ。骨は鍛冶師がスキルで合金化し、肉は薬品や調合用……後は食用だな」

「食用ですか?!」

「うむ、珍味であるな。討伐した騎士が野営で味見したらしいが、肉が固いものの味は良かったそうだ。

 ザックスが討伐した小さい蛙では、効果付きの素材は無さそうであるが、肉は柔らかい。そちらを期待している者も居るな……グントラム殿のように」

「なんだ、知らんのか。水辺で野営する時には、蛙は簡単に捕れて、美味しい食材だぞ」

「一応言っておくが、騎士団でも食料が枯渇した際の、緊急時の食料調達だからな。普段から食べるものではない」


 ……おおう、騎士団もサバイバル技術の一環として食べるのか。

 いや、ウシガエルの後ろ脚は鶏肉みたいで美味しいとか、高級フランス料理だとか聞くが、食べたいとは思わない。だって、口が4つに裂ける魔物だぜ? 実際に戦った俺としては、蛙と言うよりエイリアンなイメージが強い。

 ストレージがある俺は、食料が枯渇する心配はないので、食べなくても良いな!



 結局、小蛙とオタマジャクシ、その卵は全て引き取ってもらった。手持ちに残すと、料理したがる娘が2人も居るからな。後腐れは無い方が良い。

 そして、ここでもアイテムボックスが使える女性隊員さんが嫌がったので、代わりに男性隊員が大きめのボストンバッグに詰めて持って行った。そう、〈アイテムボックス〉が付与された魔道具、アイテムカバンである。ダンジョン産しかない為、1個、何千万円もすると聞いた覚えがあるが、有る所には有るもんだ。



 報酬の金貨1枚を頂き、終了かと思いきや、まだ話の続きがあるそうだ。シュトラーフさんは俺が提出した報告書の一部分を指差し、念押しするように質問してきた。それは精霊に関する記述の部分である。

 一般的に、精霊なんて御伽噺の存在なので、突っ込まれる事は承知の上である為、事前に答えも準備してきた。


「ええ、記載通りです。今回は俺以外の現地確認に来たギルド職員の皆さんも目撃していますから、裏取りならば彼らにも聞いて下さい」

「ああ、勿論ギルド経由で報告書は提出してもらうが、本題は其処ではない。精霊が『魔物を外に出さぬよう力を使った』と言ったのは本当の事か?」

「はい、あの池を守護しているような口ぶりでしたね。ギルド職員さんが言っていましたけど、昔から女神像に安全祈願をしていたようです。感謝のマナで守護出来るとも言っていましたし、古くからあの地を守護していた精霊なのでしょう」


 俺の答えを聞いた2人は、暫し考え込む。そして、「どうする? 信じて中止にするか?」、「人手が足りんからな」などと、2人だけで話を進めていた。事情が分からない俺にはサッパリだったので、無粋なのは承知で質問する。

 すると、少し迷った素振りの後、シュトラーフさんが教えてくれた。


「……巨大蛙の方を討伐してから、侵入経路を調査していたのだ。周辺の町や村のダンジョンが溢れたとの情報は無い。それならば、南の魔物の領域から着た筈である……が、しかしだ、あれほどの巨体なうえ、水場を泥に変えるなどと言う分かり易い習性があるにも関わらず、移動した痕跡が見つかっていないのだ。

 現在の巡回路に穴があるのならば、それを防がねばならん」

「俺の部下の天狗族が空から見ただけの、大雑把な調査だけどな。ルイヒ村から南のジゲングラーブ砦まで、大きな河川や池が泥だらけになる様な異常は無かったそうだ。次は地上の細かい痕跡探しに騎士団を派遣するかって時に、お前が魔物の群れを討伐したと、知らせが来た訳だ」

「うむ、優先するのは領民の安全である。繁殖して増えているならば、あの池の周辺に散らばった事も考慮して山狩りを検討しなければならない……のだが、精霊が外に出ないよう抑えているなど、信じて良いものか……」


 ……そりゃ、俺自身も証明する手立てがないので、信じてくれとしか言えない。

 なにせ、精霊の光の玉は他の人にも見えるが、声が聞こえていないからだ。水属性の祝福持ちである、サファイアの宝石髪ソフィアリーセ様が居れば、聞こえた可能性は高いが、今更である。



 結局のところ、山狩りは中止となり、痕跡調査に人員が割り振られた。

 俺の報告から、池の周辺を見て回り〈ヘイトリアクション〉で挑発しても魔物が出てこなかった事を踏まえて、同様の事を自警団にやらせて経過観察するそうだ。そのついでに、女神像へ感謝の祈りも捧げられるので、中々良いと思う。




「ん? お前達、次の予定があるのではなかったか?」


 シュトラーフさんが何気なしに確認した懐中時計を、こちらに見せてくる。その針は、15:55を指していた。


 ……ヤバッ! 話し込んでいる内に、時間を忘れていた! 後5分で遅刻だ! 責任者ギルマスはここに居るが、遅れて良い理由にはならないだろう。

 騎士の叙勲が行われる第1支部は直ぐ隣であるが、3階のここから移動するのは少し時間が掛かる。慌てて立ち上がり、この場を辞する挨拶をしようとしたのだが、腕を引っ張られた。


「窓から飛べば間に合う。行くぞ!」


 ギルドマスターに強引に引っ張られ、窓際まで連れて行かれた。窓を開ける時には解放されたので、その隙にシュトラーフさんへ挨拶を行う。一応、貴族のマナー……いや、別れの挨拶は一般的なマナーだからな。


「シュトラーフ騎士団長、本日はお時間を頂きまして、ありがとうございました。今回の依頼は色々ありましたが、戦力の増強に、水の祝福、そして騎士のジョブを得られる事ができましたぁぁぁぁぁっぁぁっ」

「ああ、気を付けて行きなさい!」


 腹の辺りに太い腕を回されて掴まれたと思いきや、急に上に持ち上げられた。視界は驚くシュトラーフさんから、天井に移り変わり、そのまま青空、反転した逆さまの街並みへと変わる。そう、プロレス技のジャーマンスープレックスで投げられ、そのまま窓の外に落ちているのだった。

 数m程、自由落下をしてから、背中の方でバサッと羽ばたく音が聞こえてくる。背中に組み付いたままのギルドマスターが翼を広げた音だった。程なくして、視界が再度回転し滑空状態となる。グライダーの様に第1支部の入り口へと向かいながらも、苦情は入れておいた。


「いきなり投げ技を掛けないで下さいよ!」

「ちんたら話している方が悪い。それに、こっちの方が早いだろ?」

「窓から自由落下する方が怖いですよ! 空を飛べない人間の気持ちも考えて下さい!」

「なら、レベルを上げろ。騎士のサードクラスになれば、屋上から落ちても無傷でいられるぞ」


 脳筋な答えに、思わずがっくり来てしまった。先程までは頼れるギルドマスターだったのに……飛べる人は、それが当たり前の行動だけに、理解しにくいのだろうか?


 夕方という事もあり、入口の大扉付近は多くの人々が行き来している。その上の方を飛んで大扉を潜った。

 中も人が多い。それというのも、受付用の大部屋の一角には舞台が作られ、その分だけが狭くなっているからだ。その舞台に目を移すと、その周囲には見知った顔が沢山居る。目立つのは白銀の髪のレスミアと肩車されているスティラちゃん。そして、周囲から頭2つ分は飛び出ている背の高いベルンヴァルトだ。他にもテオのパーティーや、知り合いのパーティーも居る。


「あ、来ましたよ! ザックス様~、こっちですよ~」「こっちにゃ~」

「遅い、遅い! 遅刻ギリギリだぞ~」


 手を振る猫姉妹の近くで、手だけが見えているのは背の低いフロヴィナちゃんか。みんなに手を振り返していると、舞台の上でホバリングした後、急に放り出された。

 一瞬の浮遊感の後、落下する。いや、それほどの高さは無いので、慌てる必要は無い。逆さまなら兎も角、足が下を向いているのだから。

 ただ、実際には、両足だけでは衝撃を殺しきれずに、片手を突いてなんとか着地するのだった。


 顔を上げると、周囲の視線を感じた。知り合いだけでなく、受付部屋に居合わせた人達が、こちらを注目していたのだ。そこで、ふと気が付く、注目を集めるために落としたな!

 思わず、上のギルドマスターに目を向けると、ホバリングしたまま舞台の近くにいる受付嬢……メリッサさんに指示を出していた。すると、メリッサさんはメガホンの様な物を、口の前に構えて「総員傾注!!!」と叫んだ。それは、大部屋の隅々まで響くような大声で、皆の注目を集めた。メガホンな見た目通り、拡声器の様な役割の魔道具なのだろう。


「この場に居る者は、緊急の用事がある者以外、参加するように!

 これより、新しいギルド騎士の叙勲式を始めます!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る