第385話 歓迎会と母の一喝

 フィオーレが歌ったのは、ギターの音に合わせた詩の朗読のような物であった。吟遊詩人なのであるし、詳しくは知らないが詩吟と言う物なのだろう。歌と言うと、Jポップを想像していたので、ちょっと驚いた。ただ、聞いていると、盛り上がりに合わせて音楽も臨場感を演出しているようで、中々面白い。


 ……自分が題材にされていなければな!


 予想以上に、こっぱずかしい。最初はあっけに取られていたレスミアも、詩を聞くうちに題材が何かと思い至ったようで、猫耳を立てて驚いていた。ただ、フロヴィナちゃんに耳打ちされて揶揄われていたかと思いきや、その後は普通に楽しんでいる。俺と違って恥ずかしくは無い様だ。

 そこで、ふと思い出した。そう言えば、アドラシャフトに帰った時のお茶会で、ソフィアリーセ様やトゥータミンネ様に色々語り聞かせていたな。噂話とか惚気話が好きな女性にとって、詩の題材になるくらいは大した事ではないのかも知れない。


 1曲が終わると、女性陣は挙って拍手と歓声を上げた。ベルンヴァルトは口元を押さえて笑っているが……その反響に喜んだフィオーレが、2曲目に入ろうとしたところで待ったをかける。夕食の前であるし、キッチンからベアトリスちゃんが顔を覗かせていたからだ。取り敢えず、先にテーブルに料理を並べて貰い、全員揃ってからフィオーレを紹介した。


「なんだ~。てっきり、ザックス君が貴族みたいに、お抱えの吟遊詩人を雇ったのかと思ったよ~」

「いやいや、自分の武勇伝を歌わせるとか、恥ずかしいだろ。純粋にダンジョン攻略要員だよ。フィオーレのOPアクトは、味方全体の強化と、魔物全体の弱体化を使えるから、敵が増える今後は頼りになるはずだ。

 おっと忘れていた。フィオーレ、フルナさんからレスミア宛ての手紙を預かって来ているんだろ?」

「あ、ザックスに預けたカバンの中だ!」


 ストレージから出してやると、フィオーレは手紙を探し出してレスミアへと手渡す。その時、カバンに一緒に入っていた本をフロヴィナちゃんが目敏く見つけた。


「あ、その本は、さっきの詩の素になった小説だよ。ザクセスとミーアの物語の続きが知りたくて、追っかけて来たんだから。気になるなら読んでみる?」

「わっ! 良いの?! 読む読む~。表紙の絵も結構上手いね、ザックス君にそっくりじゃん」


 食事を中断して、読み始めたフロヴィナちゃんは、挿絵を先に見たいのかパラパラと捲り始める。そこに、気になっていたのかベアトリスちゃんが席を立って、フロヴィナちゃんの後ろから覗き込む。更に、手紙に目を通したレスミアまでもが、本を覗き込んだ。ついでにスティラちゃんも、猫の様に下から潜り込む。

 その隙にと言う訳では無いだろうけど、フィオーレはテーブルの中央に置かれた大皿の山盛りコカ唐揚げを口に詰め込んでいた。揚げたてアツアツなので、ハフハフ言いながらも口を休める事は無い。本当に良く喰う娘だ。その様子に触発されたのか、ベルンヴァルトまでもがエールジョッキを片手にコカ唐揚げを食べ始める。いや、こっちはいつも通りか。


 しばし、本に夢中になっていたレスミアだったが、苦笑交じりに話し始めた。


「この本の内容、私が村長の奥さんとかフルナさん、村の友達に話していた内容を物語風にまとめた感じですね。作者は村長の奥さんですよ。あの人、村中の噂話とか集めていたからなぁ」

「うっわ~! ザックス君ってば、こんな甘い言葉で口説いてたの?! 意外!?」

「どれの事? ああ、これは言われた覚えが無いような……あ、違う、これって友達と話した『どんなふうに口説かれたいか』って盛り上がった時に話した奴だ。多分、私が言われたって事になったんだと思う」


 どうやら、事実を基にしただけでなく、作者の趣味も入っているようだ。益々、俺とは分からないように改変させないと。レスミアに、ムッツさん宛てに抗議の手紙を出す事を伝えると、ちょっと残念そうにされた。


「私はそこまで恥ずかしくないですよ。ソフィアリーセ様も貴族として自分の功績を周囲に話すのは大事だって言ってましたし……まぁ、ザックス様が嫌がるなら、改変してもらいましょう」


 レスミアも妥協してくれたようで、ホッとしていると、横合いから不意打ちする者が居た。フォルコ君とフィオーレである。


「いえ、ザックス様、一度旦那様……ノートヘルム伯爵に本を見て頂きましょう。アドラシャフトの街では、ザックス様を快く思わない下級貴族も居ます。そんな中で、街中で本が販売されたとなると、どう影響があるのか分かりません」

「あ、さっきの詩なら、アタシが十日間くらい公演を開いちゃったよ。平民街の馴染みの酒場と宿屋で歌ったけど、結構評判が出てね。最後の方は満席に立ち見が出るくらいに人気だったんだ。本屋のオジさんも、お陰で在庫が飛ぶように売れたって……えーっと、もしかして、マズかった? あっ! ここまでの道中でも公演してきたけど、アドラシャフトじゃないからセーフ!」


 頭を抱えたくなった。よもや、既に広めているとは思わなかったぞ。詩が出来ている時点で怪しむべきだったよ!

 ベルンヴァルトが他人事だからか、腹を抱えて笑っており、八つ当たりに殴りたい。フォルコ君も眉間を押さえて難しい顔をしていた。


「貴族街に広まっていないと良いのですが……取り敢えず明後日、ブラックカードの納品にアドラシャフトへ帰還しますので、その本も一緒に持っていきます。フィオーレさん、明後日から暫くお借りしてもよろしいですか?」

「良いよー。アタシは暗記しちゃったから」

「あ、それなら私もじっくり読んでみたいかな~。フィオ、今晩貸して」「私も!」「それなら私も」「お泊りにゃ~」


 次々と女性陣が喰い付いた。今晩はレスミアの大部屋で、女子会と言う名の朗読会をする事になったそうだ。ついでにフィオーレも引っ張られていった……食後のお菓子に釣られただけとも言うが。


 そんなこんなで、フィオーレは無事、新メンバーとして迎え入れられたのだった。半分くらい、本の話題だったけどな。





 翌朝、女性陣はそろって寝坊してきたが、白銀にゃんこは定休日なので問題無し。朝食の準備くらい、俺とフォルコ君でも出来るからな。女性陣も普段頑張っているので、これくらいで目くじらを立てる必要も無い。

 朝食後、今日は大型冷蔵庫……魔道具の搬入と配線工事があるので、立ち合いはサポートメンバーに任せ、俺とベルンヴァルトはダンジョンギルド、第2支部へと向かった。小脇に二度寝したフィオーレも抱えているけどね。ギルドにて、パーティーメンバーの登録と、セカンド証を発行してもらわなければ、フィオーレが貴族街に入れないからである。

 レスミアも付いて来ようとしていたが、眠そうだったので留守番を頼んだ。ナールング商会の荷物もあったので、お使いを頼んだのだ。料理人ジョブに変更すれば、アイテムボックスが使えるからな。




「あら? ご無沙汰しております。夜空に咲く極光パーティーの皆様。第1支部でのご活躍も耳に入っていますよ。

 こちらには、どのようなご用件でしょうか?

 丁度、花乙女の花弁の納品依頼が来ていまして、5枚ほど取って来てくれませんか?」

「アメリーさん、流れるように仕事を押し付けないで下さいよ。5枚くらい、在庫は有りますけど」

「助かるわぁ。ベアトリスさんがお菓子の納品依頼に来てくれるけど、貴方達も偶には顔を出しなさいよ」


 最初は受付嬢らしい対応だったのに、直ぐに気安い口調に戻っていた。まぁ、色々お世話になっていたので、偶に在庫を出すくらいは良いけどね。花乙女の花弁をカウンターに出して、依頼書にサインをしつつ、こちらの要件を伝えた。小脇に抱えたフィオーレ(眠)を見せると、一瞬考え込んだ後、ビルイーヌ族と見抜く。同族ならではの見分ける方法でもあるのだろうか?


「うん? 無いわよ、そんなの。見れば何となく分かるでしょ?」

「いや、分かりませんよ。子供の体格で働いていると、ビルイーヌ族かな?と思う程度です。そもそも、アメリーさんの年齢も、娘さんのメリッサさんに騙され掛けなければ、分かりませんでしたよ」

「ふふふ、私は見た目通りの年齢よ。

 はい、パーティーメンバーの登録をするから、その子を起こして簡易ステータスを出させてね……ところで、なんでこの子は寝ているの? 疑いたくはないけど、攫ってきた子供じゃないわよね?」

「違いますよ! ちゃんと勧誘しましたって。昨日、新人歓迎会の後、女子メンバーだけで夜更かししたらしくて、二度寝から起きないだけです。

 おい! フィオーレ! 起きろ!」

「う~ん……ほわわわあああぁぁぁ」


 フィオーレを両手で持ってシェイクしてやると、大欠伸をしてようやく起きた。ただし、寝ぼけまなこを擦りながらなので、立つ事も覚束なさそう。仕方なく、抱っこしたままカウンターへ、もたれ掛けさせた。手間のかかる子供のようで、苦笑したアメリーさんは、フィオーレの手を握り、登録用の魔道具へと乗せる。


「はい、フィオーレさん、パーティーに登録するから、簡易ステータスを使って下さい」

「あー、お母さん?……いや、オバさん誰? ああ、同族……zzz」

「寝ぼけてないで起きなさい!!!

 目は覚めた? 私はギルド職員のアメリーよ。ザックスとパーティーを組むのなら、そこに手を置いて簡易ステータスを出しなさい」

「ひゃい!」


 不用意な発言をしたフィオーレは、頬を抓られ、母の雷を落とされて、何とか覚醒した。うん、流石は子育て経験者だ。頼りになる。若干、涙目になったフィオーレは、言われるがままに登録作業をするのだった。



 セカンド証も手に入り、次は例の依頼の報告をした。依頼書には先方のサインを頂いているので、完了だと分かって手続きに入ったが、魔物が潜んでいたと追加で報告書を出すと、その手が止まった。


「大量の魔物は討伐済みね……貴方達が無事で良かったわ。前に送り出した人達は帰って来なかったから……

 ふぅ……そうね。この件の処理は一旦中断し、依頼の発注に関わったギルドマスターと、第2騎士団へ報告を上げます。魔物を見逃した騎士団の責任もある事だし、追加で交渉して報酬を分捕って来ると良いわ。

 それと、念の為、地上に魔物が居たって証拠はある? ドロップ品に変化しないから、丸ごと死体が残る筈だけど」

「はい、細切れになった物は浄化してしまいましたけど、剣で斬った分は回収してきました。1匹ずつ出しますね」


 カウンターの上にギリギリ乗るサイズではあるのでシュラムロッシュ……蛙の死骸を取り出した。すると、周囲から悲鳴が上がる。


「きゃあ! ちょっと、蛙なの?! 気持ち悪い!」

「何の騒ぎだ! って、魔物か?」

「うわぁ、何あれ……」


 朝方なので、周囲のカウンターにも人が多いのが災いした。続いてオタマジャクシと卵を取り出すけど、どんどん遠巻きにされる。男の探索者は興味深そうに見ている人も居るが、受付嬢は全滅だ。皆、カウンターの奥に隠れてしまっている。アメリーさんでさえ「私のアイテムボックスに入れるのは嫌よ!」なんて言う始末だった。

 結局、押し出された男性職員さんがアイテムボックスに回収して持って行ってくれた。ただ、置いていてカウンターも、血で汚れたと嫌がられたので、銀カードを周囲に見せて〈ライトクリーニング〉しておいた。銀カードも、そこそこ知られるようになったのか、浄化具合を見にカウンターに近付いてきた人も多い。


「はぁ、もう、驚かせないでよ……まぁ、この調子で魔物を見せれば直ぐに動いてくれるでしょう。ザックス君達は、この後ダンジョン? 戻ってきたら、カウンターに寄ってね」

「あ、はい、フィオーレのレベリングだけなので、午前中で終わりますよ。おっと、そうだ。今回の報酬に、騎士の叙勲が受けられる事になっているんです。ギルマスには、そっちの催促もお願いします」

「あら、そうなの?

 2カ月も経たずに騎士叙勲とか最速じゃないかしら?

 夜に咲く極光パーティーの頑張りは私も良く分かっているわ。二人とも、おめでとう」


 この街に来てから、ずっと担当してくれていたアメリーさんに言われると、達成感もひとしおである。

 うん、だから塩漬け依頼を回そうとしないで下さい!

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