第383話 水の祝福

 翌朝、目が覚めると6時だった。寝坊ではないが、村を出る予定の7時まで余裕はない。慌てて着替えを済ませて、部屋を出た。ついでにフィオーレの部屋にもノックをしたが、返事はない。まだ寝ているようだ。一応、二十歳の女性の部屋なので、中に入って起こすのは少し気が引ける。モーニングコールでも頼むか。


 1階の食堂で朝食を取るついでに、ウェイトレスのおばちゃんに頼んだところ、快く請け負ってくれた。追加料理と大銅貨1枚のチップのお陰とも言うが。


「たっぷり蜜リンゴのパンケーキを2つ、お連れさんの202号室に届けるのね」

「ええ、寝ていたら、叩き起こして下さい。7時には村を出発するので」

「アハハッ! 任しといて! 伊達に毎朝、子供達を起こしてないからね!」


 おばちゃんは豪快に笑うと、俺の肩をバシバシと叩く。うん、歴戦の肝っ玉母さんみたいで頼もしい。フィオーレのことはおばちゃんに任せて、俺はナールング商会へと向かった。



 ナールング商会の店に入ると、木箱が山積みになっていた。昨日、俺が届けた分よりも多い。狭くなった店内を進むと、カウンターには昨日の店員さんが居た。若干お疲れの様子で、俺の姿を見るとカウンターに肘をついたまま手招きした。


「おお、待っとったよ。お早うさん」

「お早うございます。また、随分と木箱が多いですね。もしかして、これ全部ですか?」

「ああ、1の鐘から従業員総出で準備させたんだ。年末の祭り用に色々と送らないといけないのでな。君に売る分は、今裏の倉庫で準備している。先に、ここの木箱をしまってくれ」


 ……1の鐘(4時)からとは、ご苦労様です。

 店内にあった10箱をストレージに格納し、伝票と合っているか確認する。その後、倉庫に案内されて、食材を購入させてもらう。保存の効くものばかりではなく、朝採れの野菜も多い。豊作と言っていた白菜にほうれん草、葱等など。

 従業員の皆さんが、これもアレもと勧めてくるので、色々と買わせてもらった。


「昨晩、あの後に馴染みの農家に声を掛けといてな。日持ちがしない野菜も、朝一に持ってきてもらったんだ。

 ただ、若奥様の指示だったから準備したが、輸送の時間を考えたら、塩漬けやオイル漬けの方が良いと思う。ちょっと、割高になるけどな」

「いえ、生野菜で構いませんよ」

「そうか。まぁ、もう冬だからな。ヴィントシャフトまでくらいなら、アイテムボックスに入れておけば持つ。向こうでは、早めに使うようにな。

 身内価格で3割引だ。じゃんじゃん買ってくれ」


 街で買うより安いうえ、3割引とは助かる。蜜リンゴはもとより箱買いし、他の食材も仕入れさせてもらった。レスミアとベアトリスちゃんの喜ぶ顔が目に浮かぶな。




 7時前、門の前で立ち会いのギルド職員3名と合流して、打ち合わせを行う。件の池まではそこそこ遠いので、馬車ではなく全員馬での移動となる。まだ少し泥が残っているので、それはで浄化すると説明しておいた。


 粗方の打ち合わせが終わった後、ようやくフィオーレがやって来た。ただし、ウェイトレスのおばちゃんに、腕を支えられてふらふらと歩いている。


「ホラ! しゃんと歩きな! アンタのお兄ちゃんが待ってるよ」

「zzz、ひゃい、お兄ちゃん?」


 半分、夢うつつ状態のようだ。頭をカクンと、落としそうになっていて、見ているこっちも怖い。俺の方から近付いて声を掛けると、おばちゃんは安堵してフィオーレを押し付けてしてきた。



「このお嬢ちゃんってば、起こしてパンケーキを食べた後に2度寝したみたいでね。寝ぼけているところを無理矢理着替えさせて連れてきたんだよ」

「それはお手数をお掛けしました。手間賃です」

「まぁ! 悪いわね~。まぁ、子供なんて手間が掛かるもんよ。アンタも頑張んなね」


 チップとして追加に大銅貨を渡すと、おばちゃんは上機嫌に宿屋に戻って行った。残されたのは、脱力して俺にもたれ掛かるフィオーレである。余程眠たいのか、自力で立つ様子も無い。


「おい、フィオーレ、起きろー。もう出発の時間だぞ!」

「……ザックス、まだ眠い。後5時間……」

「そりゃ寝過ぎだ!

 この調子じゃ、おんぶしてバイクは難しいよな? 仕方無い、あの手で行くか」


 ストレージから、背負籠を取り出し、クッションを幾つか放り込む。そこにフィオーレも詰め込んだ。いつかの籠入り娘状態だな。


「むうう、ザックス、眩しい」

「ほら、追加のクッション。これで顔隠しとけ」


 籠入り娘を背負い、ギルド職員さん達に合流すると、一部始終を見ていたのか苦笑で迎え入れられた。


「ハハハッ、眠たいって愚図る子供にゃ勝てんよな」

「あのぐらいの歳になると、大人のマネをして夜更かししたりな」

「幼年学校を卒業する頃には、親に冷たくなるから、覚悟しとけよ」


 ……籠入り娘は二十歳なんですけどね!

 皆さんアラサー以上に見えるので、当然子持ちのようだ。子供の話題で和やかな雰囲気になった後、出発した。


 騎乗した職員さん達が前を走り、俺のバイクはその後を追う。馬の前を走ると驚かせたり、対抗心を湧かせたりするので、後ろのほうが安全なのだ。

 それに、馬が街道を移動する場合、速歩はやあしで1時間ほど走り、休憩を兼ねてのんびり並足で1時間、回復したら速歩で走る。人間で言うところの、走ったり歩いたりするジョギングみたいなものだ。

 そんな、馬の速度に合わせてのんびりとバイクを走らせた。速度もそれほどではないので、背中のフィオーレはぐっすり眠っていた。



 休憩を挟みつつ進み、昼前には池への山道に入る。この辺から、川底が泥で汚れていたので、馬に合わせてのんびり徐行しながら〈ライトクリーニング〉連打で浄化しておいた。


 そして、池の前も昨日の戦闘跡の泥が残っている。これも浄化し始める。


「すげぇなぁ。それが街で流行ってる浄化の魔道具か。前に来た騎士様も、アレは凄かったと酒場で盛り上がる訳だ」

「ええ、この銀カードを使えばこの通り、〈ライトクリーニング〉!」


 うん、銀カードをカモフラージュに見せているだけで、自前の魔法なんだけどね。わざわざ明かす必要もない。他の皆さんには池のチェックに回ってもらった。

 ん? フィオーレなら、籠の中でまだ寝てるよ。まったく、夜更かしし過ぎだ。


 泥を浄化して消し去った後、魔物が潜んでいないか周囲を見回ったが、取り越し苦労に終わった。適当に〈ヘイトリアクション〉で挑発しても出てこないから、昨日の分で全滅したと判断付ける。


 職員さん達の方のチェックも、1点を除き問題無く終わった。

 その問題はと言うと、池の中の石柱にあるらしい。


「ああ、水を入れる前に、池の女神像を直したい。昔からある女神像でな。村の者がこの池に来ると、安全を祈願していたんだ。このままにしておくのは忍びない。手伝ってくれ」


 池の中に石柱が沈んでいたのは、昨日も気付いていた。泥の中に埋もれていたからな。ただ、ひっくり返すと光の女神様が彫り込まれているとは、分からんよ。

 岸辺の一番高い所に台座があり、そこに鎮座していたそうだ。恐らく巨大蛙の魔物が壊したのだろう。


 男4人がかりで持つのがやっとの大きさだった為、一時的にストレージに入れて岸辺の上の台座まで運んだ。


「ふむ、根本から折れているだけで、破損はしとらんな。これなら私でも直せそうだ。〈メタモトーン〉!」


 職員さん達の1人が熟練職人らしく、修理を試みた。断面を〈メタモトーン〉で柔らかくして接着する方法だな。ただ、気になる点がある。


 ……魔物が壊したにしては、断面が綺麗過ぎるような?

 半分くらいが刃物で切ったかのように、真っ直ぐなのだ。ただ、全面ではないので断定も出来ない。偶々パッカリ割れただけの偶然かも知れないかも?


 〈メタモトーン〉で柔らかくした後は、4人で女神像を持ち上げて、向きに気を付けて接着する。〈メタモトーン〉の効果が切れるまで支えておけば修理完了だ。ついでに〈ライトクリーニング〉も追加で掛けておく。


「おお、見違えたかのように綺麗になったな!

 光の女神様、今後ともこの地をお守り下さい」


 職員さん達が手を合わせて、祈り始めた。それを真似て、俺も手を合わせる。2礼2拍手1礼とかは、やらなくていいようだ。お寺の仏像かな?


 俺的に光の女神様って、貴族の挨拶に使う婉曲表現でしかない。信仰しているかと言われると、周りに合わせて「勿論です」と答える程度である。一神教……もとい、忘れられがちな闇の神も合わせて二神教か。なんでもかんでも同じ神様に感謝したり、お願いしたりするのがピンとこないのだ。まだ、あらゆる所に神様はいるって考えの、八百万の神の方がしっくり来る。この世界に来て3ヶ月強、まだ俺は日本人のようだ。

 そういえば、何処にでも居る精霊の方が、八百万の神に近いかも?


 手を合わせながら、そんな事をつらつらと考えていた時だった。不意に青い光が弾けた。


 女神像から、青い光の玉が飛び出して来たのだ。青い光の玉は女神像の周りを飛び回り、俺達の前にふわりと止まる。

 その玉は薄っすらと透けて中が見えた。それは、人形サイズの女性……いや、下半身が魚の人魚である。上半身はウロコのビキニアーマーで、トライデントを携えて仁王立ちしている辺り武人っぽい。


「(祝福を持つ者よ。泥の汚染除去、感謝する)」

「おおっ! なんだコレ?!」

「魔物……じゃないよな?」

「おい、念の為、逃げたほうが良いじゃないか……」


 職員さん達にも光の玉は見えているようだが、声は聞こえていないっぽい。俺にだけ聞こえているパターン、それに祝福と言った。それなら精霊に違いない!

 取り敢えず、手を横に出して、職員さん達を静止させてから、話し掛けた。


「色合いから水の精霊様ですよね? この池で何があったのですか?」

「(なれど、魔物を外に出さぬよう力を使った為、感謝のマナが足りぬ。周囲の人間に伝えよ。女神像に祈りを捧げよと。

 さすれば、この地を守護する力を取り戻さん)」


 いや、言葉が通じて無いな。またもや一方通行で話している。しょうがない、通じていない事は百も承知だが、職員に聞かせるように返事をした。


「分かりました。今まで通り、女神像に祈れば、この地を守ってくれるのですね!」

「(これは餞別である。我が祝福を授けよう)」


 水の精霊入りの光の玉が頭上に飛び上がり、くるくると旋回する。すると、青い光の粉が降り注ぎ始めた。光の粉は俺だけに降り注ぎ、勝手に出て来た聖剣クラウソラスにも吸収されていく。


 光の粉が収まると、精霊は女神像の中に飛び込んで消えて行った。あそこが家なのかね?

 しかしまぁ、今回は精霊の姿が見えたし、言葉もカタコトじゃなく流暢に聞こえたな。違いは何だ?

 口振りからして、この土地に根差した精霊だからか?

 今までの精霊は魔物や魔道具に囚われていたから、弱っていた可能性もあるな。リプレリーアから聞いた精霊や妖精の御伽話は、属性の偏りが強い所(雪山とか)が舞台であった。池ならば水属性が強いので、顕現できるだけのマナを蓄えていたから、見えたのだろう。


 次いで聖剣も消えて行くと、池に静寂が戻った。聞こえるのは迂回路の水路を流れる水音のみである。

 しかし、その静寂も直ぐに破られた。我に返った職員さん達が騒ぎ出したのである。


「お、おい! マジもんの精霊様なのか?!」

「アンタは精霊と話せるのか?! 何て言ってたんだ? 怒ってなかったよな?!」

「ちょっと、落ち着いて! 俺が魔物を駆除して、泥を浄化したのでお礼を言われただけですよ」


 興奮した様子を治めるべく、掻い摘んで説明しておいた。要は、土地神みたいな精霊が居るから敬うように、池も綺麗に使うようにって話なだけだ。(聖剣に関しては面倒なので、知らぬ存ぜぬですっとぼけた)


「ああ、婆さまのお伽噺で『精霊様がいる池だからお参りしなさい』なんて言ってたけどよ。真面目に聞いときゃよかったな」

「はは~。魔物が村まで来なかったのは精霊様のお陰か。ありがたや、ありがたや」

「光の女神様が、精霊様を遣わして下さったんだろう。どっちも拝む様に、村の連中に広めないとな」


 3人共、熱心に女神像へ祈りだした。


 ……宗教が広まるのってこんな感じなのだろうな。実際に見えて実益まで有るとなると、女神信仰、精霊信仰が強くなる訳だ。




 職員さん達のお祈りが終わってから、川の水を堰き止めている石壁を壊して、池に水を入れた。下流側も同じく石壁を取り除いてミッションコンプリートだ。水が貯まるには時間が掛かるが、後は現地の人に任せよう。

 依頼書に完了のサインを貰って、達成となった。

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