第381話 ルイヒ村での用事と健啖家
その後、自警団の詰め所を出る前に、ダンジョンギルドの場所を聞くと、直ぐ隣だと言うので寄る事にした。フィオーレが通っていたというので案内してもらったが、本当に直ぐ隣である。所変わればだな。ダンジョンの管理を自警団がしているからだろう。ギルドの中では、まだ職員が残っていたようで、カウンターで書類仕事をしていた。
「こんばんは! まだやってる?」
「ああ、いらっしゃい。 ん? 君は昨日、転出届を出してなかったか? 街に行くって」
「あはは、色々あって途中で引き返して来ちゃったよ。まぁ、明日には再出発だけどね。それより、こっちの依頼の話を聞いてあげて」
「ヴィントシャフト騎士団からの依頼で来ましたザックスです。この依頼の件なのですが……」
依頼書を見せて、沼地に魔物が居た事を話すと、ギルド職員が椅子から転げ落ちた。
「あの池に魔物が居た?! 騎士団がデカい蛙魔物を討伐した後、周辺も見て回ってくれた筈ですよ?」
「多分、そのデカい蛙魔物の子供です。まだ小さい蛙やオタマジャクシだったので、騎士団が見て回った時は、泥の中で卵だったのでしょう」
「数も凄かったよね。80匹くらいだっけ?」
「80匹?! そんな、直ぐに騎士団を呼ばないと!」
「いや、討伐済みですって」
ギルド職員が驚いて話が進まないので、証拠を見せた。ストレージにしまってあるオタマジャクシと蛙、それに卵を5個ずつ程だすと、驚きながらも信じてもらえた。やっぱり、物証があると説得力があるな。
ただ、普段からドロップ品の買い取りしかしていないので、この死体は買い取り不可だそうだ。
「すみません。ウチでは価値があるのかも分かりませんので……ヴィントシャフトへ帰るなら、そちらで見てもらった方が良いと思います。後、この依頼書ですと魔物退治ではないので、池の浄化分のみの報酬となってしまいますが、宜しいですか?」
「ええ、魔物の討伐に関しては、見逃した騎士団に苦情を入れますから。それよりも、明日の朝、現地確認をお願いしたいのですが」
「はい、それは当方としても助かります。あの池が使えないと、村民からも苦情が多いので、早めに水を貯めてしまいたいです」
それから、翌朝の予定を話しておいた。村長の方には、ギルドから報告しておいてくれるそうなので、お願いしておく。もう夜も更けて来たからな。だが、まだナールング商会のお使いが残っている。そこで、フィオーレに頼んで、先に宿を取って来てもらうようお願いした。
「うん、良いよ。広場の所の宿屋ね。あ、お風呂付の高い部屋でも良い?」
「ああ、構わないよ。代金は俺が払うから、2部屋頼んだ」
「わーい! ザックス、太っ腹!」
後で聞いた話であるが、かなり貧乏な生活をしていたらしい。宿屋も共同の大部屋で、お風呂も共同浴場を2、3日に一度使っていたとか。ちょっとくらい、甘やかしても良いじゃろ。
フィオーレに聞いたナールング商店に向かったのだが、既に店は閉まっていた。ただ、クローズの札は掛かっているものの、店内には明かりが見える。早い方が良いとリスレスさんは言っていた事であるし、ノックして呼びかけた。
「夜分にすみません。ヴィントシャフトのナールング商会からお届け物です!」
少しして、ドアが開かれた。顔を出したのは壮年の店員さんで、俺の顔を見ると首を傾げた。
「定期便にしちゃ早いと思ったが、初めて見る顔だな。こんな夜更けに来るとか、本当にナールング商会の者か?」
「いえ、只のお使いです。取り敢えず、リスレスさんから書箱を預かって来ています。年末の税金に絡む資料だとか……後は、中身は知りませんけど大きい木箱が5箱ですね」
先に書箱を渡して、中の手紙と書類を確認してもらった。その間に、店内を見回してみたところ、食料品が多い様だ。フルナさんの雑貨屋から武具の類を無くして、日用雑貨や保存食を増やした感じである。売れ残りっぽい茶色のバゲットが有る辺り、パン屋も兼ねているのかな。
「あの若奥様の縁者だったのか。まぁ、お疲れさん、こちらとしても資料は助かるよ。
ああ、木箱はそこの隅に出しておいてくれないか?」
「分かりました。
…………それと、報酬として食料品を値引きしてくれるのですよね?」
「ああ、手紙にも書いてあったよ。何が欲しい? もう夜も遅いから、明日までに準備しておこう」
「蜜リンゴが有るだけ欲しいですね。後は、この村で取れる旬の野菜とか」
蜜リンゴはダンジョンで取れるので、買い占めても直ぐに収穫できる。ただ、畑の野菜はそうではないので、買い占めずに余剰在庫のみでお願いしておいた。村で需要がある物まで買い占めては反感を買うだけだからな。細かいところは、在庫を把握している店員さんにお任せしておいた。
「今年はサツマイモや白菜が豊作だったからね。箱ごと買って行ってくれ。
それじゃ、明日の朝までには用意しておくよ。こっちの荷物もね」
「こっちの荷物?」
「ん? ルイヒ
そう言って、店員さんが手紙の最後の方を見せてくれた。そこには『定期便担当は休ませるから、代わりにザックスに荷物を持たせて帰しなさい』と書かれていた。
……やられた!
気付かない俺もアホだけど、そりゃ往復するなら、荷物を持たせるよなぁ。いや、別に大した手間でもないから構わないけどさ。
「分かりました、帰るついでなので持っていきますよ。荷物の明細書は用意しておいて下さいね」
「ハハッ、その様子じゃ良いように使われたみたいだな。あの若奥様、結構なやり手だぜ。若旦那も尻にひかれて、あちこち飛び回っているとか。この前来た時なんて、『稼げるけど、子供と嫁さんと会える時間が少ない』って嘆いていたからな」
そう言えば、旦那さんを見た覚えがないと思えば、そういう事か。リスレスさんは休日になるとウチへ遊びに……いや、アレは商談か、商売のネタ探しだ……しに来るけどなぁ。
人使いの荒い若奥様だと笑いあってから、残業をする店員さんにスタミナッツのお菓子を差し入れておいた。
宿へ向かう途中に、鐘の音が鳴り響く。6の鐘(20時)だ。朝が早い人はもう寝る時間である。宿屋も広場にあるので、直ぐ近く。足早に向かうと、3階建ての大きな宿が見えてくる。農村にしては大きいのだが、領都への街道の通る要所のため、商隊が泊まる事も考えての大きさらしい。
宿屋に入ると、ここも1階は食堂兼酒場になっていた。既に夜も遅いのだが、カウンターやテーブルには、ぽつぽつと酒を楽しむ人達が居る。泊り客だろうか?
そんな中、入り口から一番手前のテーブルには、フィオーレが頬杖を付いて座っていた。そして、テーブルの上には茶色い丸パンと、チーズとナッツが盛られた皿がある。何故かパンを突いているけど……夕飯でも頼んでおいてくれたのかな?
「お待たせ。部屋は取れた?」
「あ~、お帰り。うん、お風呂付は埋まってて取れなかったけど、普通の部屋は2階に二部屋取れたよ。たださぁ、料理人が帰っちゃって、料理が頼めなかったぁ~」
今日は団体客が泊まっているらしく、殆どの料理やスープなどが売り切れてしまったらしい。残っていたのは、硬くなってしまった全粒粉パンと、おつまみのみ。フィオーレのテンションが駄々下がりなのは良く分かる。
「ザックスの火魔法で、パンとチーズを炙ってよ。チーズパンにすれば、大分マシになるからさぁ」
「それはそれで美味しそうだけど、二人でその量は足りないだろ。俺が持ってきている料理を食べないか?
ただ、持ち込みになるから、他の人目が無い部屋に行こうぜ」
「サンドイッチでも持ってきてるの? 分けて分けて」
余程お腹が空いていたのか、フィオーレに急かされて、2階の1室へと入るのだった。
……良し! 都合よく二人きりになれた!
いや、疚しい理由じゃないぞ。見た目が10歳の子供にどうこうするつもりもない。フィオーレが目的と言えば目的だけど、勧誘の方だ。今日の戦闘でも見せてくれた、注意を引き付ける踊りに、体力回復の音楽。OPアクトと言うジョブが気になっていたんだよ。
ただ、部屋の中は狭く、ベッドが一つにポールハンガーが一つ立っているだけ。お風呂が無いどころか、グレードが低い部屋のようだ。うん、幸運の尻尾亭と比べるのは酷だな。
「座るところも無いのか……ちょっと片付けるよ」
ベッドをストレージに格納して、跡地に〈ライトクリーニング〉を掛ける。俺達自身も範囲に入っているので、お風呂替わりにする。まぁ、汚れが落ちるだけで、さっぱり感はないけどな。そして、空いたところにダンジョンで使っているテーブルと椅子を並べ、料理もいくつか取り出す。蟹クリームシチューに、エノコロ小麦を使ったもちもちロールパン、そしてメインは8本のあばら骨が並んだ大きな塊肉……ラムラックの香草焼きである。
【食品】【名称:ラムラックの香草焼き】【レア度:D】
・子羊のあばら肉に各種香草とオリーブオイルを練り込み、フライパンで表面に焼き色を付けた後、オーブンで焼き上げた肉料理。外側はカリカリで香ばしく、中は赤い薔薇色のレアが楽しめる。骨付きなので豪快に齧り付き、骨周りの美味しい肉まで頂こう。
・バフ効果:睡眠耐性小アップ、麻痺自然回復小アップ
・効果時間:25分
「おおお! ナニコレ! おっきいお肉~!」
「ほら、座った、座った。切り分けてやるから、好きなだけ食べなよ」
骨と骨の間に包丁を入れて切り分けるだけなので、俺でも簡単に出来る。一緒にオーブンで焼かれたジャガイモやニンジンと一緒に皿に盛り付け、ハニーマスタードソースを掛ければ完成だ。ハニーマスタードソースは、羊肉に定番のソースらしい。粒マスタードと蜂蜜、サワークリームを混ぜたソースであり、まろやかな甘みと酸味の中に、マスタードのピリッとした辛さがアクセントとなって、羊肉に良く合うのだ。
盛り付けた皿を差し出すと、もう待てないといった様子のフィオーレは、骨を掴んで豪快に噛り付く。歯で噛み千切り咀嚼すると、目を輝かせて食べ始めた。余程気に入ったのか、口に詰め込む様にして食べていて、話し掛け難い。まぁ、落ち着くまで食べさせるか。
骨までしゃぶりついていたフィオーレだったが、食べる部位が無くなってようやく口を話した。
「美味しい! お代わり!」
「はいはい、切り分けるから待ってな。付け合わせの野菜とか、スープを先に食べてなさい」
「はーい……んん? このパン、焼き立て?! カリカリもちもちで、これだけでもうま~」
「そりゃ、時間が止まるストレージに、焼き立てで入れておいたからな。アレ? 例の小説には書いてなかったのか?」
「ずずっ、スープも初めて飲む味だけど美味しい……あ、沢山入るアイテムボックスを使っていたけど、時間が止まるとは書いてなかったかな?」
ふむふむ、俺の情報が筒抜けでは無い様だ。内容が気になるので読みたいような、読みたくないような。
フィオーレは、その小さな身体に見合わず健啖家なようで、切り分けたラムチョップを5枚に、スープもお代わりした。OPアクトについて聞けたのは、食後のデザートに入ってからだった。
「アタシのジョブはね、音楽を弾いてパーティー全体を強化する祝福の楽曲と、魔物全体のステータスを下げたり邪魔したりする
「ほー、パーティー全体にバフ効果、魔物全体にデバフ効果か……強いな」
「あはは……そうでもないよ。弾いている間、踊っている間しか効果がないから、アタシは他に動けない。役立たずって言われてパーティーを追い出された事もあるんだから」
そう言って、自嘲気味に笑う。なにか慰めの言葉でも掛けようかと思ったが、環金柑のハチミツロールケーキに噛り付くと、直ぐ蕩けるような笑顔に変わった。
……ロールケーキって、恵方巻みたいに丸ごと嚙り付くもんじゃないんだがなぁ。ほんと、良く食べる子だ。
だが、聞いた限りでは、OPアクトは面白そうだ。某ゲーム風に言うなら、吟遊詩人+踊り子といった具合だな。俺がチマチマと全員に付与術を掛ける手間も無くなるし、魔物へのデバフ手段も他に殆ど無いから、唯一無二と言える。なにより、後衛だ。
フィオーレがロールケーキを食べ終わったのを見計らって、勧誘を試みた。
「フィオーレさえ良ければ、俺のところのメンバーに入らないか?」
「メンバー? …………良いね! 一緒に『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』を広めよう!
ザックスとミーア本人が演者になれば、リアリティが出てウケる事、間違いなし!
あ、アタシが座長で音楽担当するよ~」
盛大にすれ違った。
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