第380話 後始末とルイヒ村

「おーい、終わったぞ~」


〈敵影表示〉の赤点が無くなってから、岸の上に戻ると、そこではフィオーレがくるくると踊っていた。何かのスキルだろうか? 先ほど助けてくれた時も踊っていたからな。

 魔物を殲滅した事を伝えると、踊りを止めて手を振り返して来た。


「流石は英雄だね! あんなに沢山の魔物を一人で倒すなんて!」

「いや、フィオーレも援護をありがとうな。あの注目のナントカって踊りのお陰で、窮地を脱せたよ」

「アハハッ! アタシは援護しか出来ないからね~。おっと、忘れるところだった」


 手をバタバタと振って謙遜するフィオーレだったが、アイテムボックスを開いて小さなギターを取り出した。そして、軽くギターをチューニングしてから、徐に「〈癒しのエチュード〉!」とスキルを発動させる。引き始めたのは、何処かで聞いた事があるような、明るく優しい雰囲気のメロディの曲だ。思わず聞き入っていると、なんとなく疲れが癒されるような?


「もしかして、体力回復効果のあるスキルなのか? 癒しって言っていたよな?」

「そーだよ~。OPオープニングアクトの祝福の楽曲スキルでね。聞いている人の傷を癒したり、疲れを取ったりするの。まぁ、練習曲だから効果は低いけどね」


 何となく口に出した疑問に答えが返って来た。ギターを弾きながらでも、会話が出来るとは凄い。と感心していたのだが、苦笑で種明かしをされた。スキルで弾くと自動で指が動くらしい。なるほど、武器で攻撃するアクティブスキルと同じか。

 なかなか面白い。バフを掛けるOPアクトか……興味が湧いた。どんなジョブなのか色々と聞こうとしたのだが、フィオーレにやんわりと止められる。


「散々練習した曲なら指が覚えているけど、真面目に弾くと効果が高くなるんだ。弾いている間は集中させて」

「了解。邪魔して悪かったな。魔物がドロップ品に変わるまで、休憩させてもらうよ」


 流石に疲れたので、小休止とした。戦闘時間はそれほど長くはなかったが、序盤の囲まれた時は全力で応戦したからな。久々に命の危機を感じたし。取り敢えず、ミスリルヘルムを取って、一息ついた。



 5分程で演奏は終了した。練習曲なので効果は低いと言っていた通り、疲れが飛ぶという訳ではなく、疲れが軽くなる程度だった。まぁ、音楽を聴いているだけでも癒されるので、殺伐としたダンジョン内では有用なジョブだろう。

 その一方で、周囲のオタマジャクシの死体は残ったままである。普段ならとっくに消えて、ドロップ品に変わっている筈なのに……こういうパターンは、魔物パーティーを全滅させていない時に起こる。隠密が得意なシルクスパイダーで偶にあったからな。ただ、今回のケースだと、そもそも魔物の数が多すぎて、パーティーだったかも不明だ。

 そして、よくよく考えなくても、ここはダンジョンではない。


「ああ、そう言えばダンジョン外だと、ドロップ品に変わらないんだったか?

 いや、ちょっと待て、あの魔物はドロップ品を持っていない……そういう意味合いだったのか」

「あー、そんな事を幼年学校で少し聞いたような? え? この惨状を片付けるの?!」


 岸の上でさえ泥とオタマジャクシの死体が散乱しており、酷い状態だ。更に池の下は〈ウインドウォール〉で細切れにされた魔物のミンチが広がっている。これは、〈ライトクリーニング〉を使って、一からやり直しかなぁ。

 なんか、徒労感を感じてしまった。ただ、早く清掃の仕事をしないと、村に行く前に日没になってしまう。


「しゃーない。もうひと頑張りするか。俺は〈ライトクリーニング〉で浄化して回るから、フィオーレはさっきの曲を弾いてくれないか。もしくは、やる気が出るような曲」

「あはは、頑張ってね。えーっと、元気が出るのは、これかなぁ? 〈猛き戦いのマーチ〉!」


 ギターがリズミカルな音を奏で始めた。マーチは、行進曲だったか? アップテンポで確かに戦闘BGMには良いと感じた。ついでに俺も〈赤き宝珠の激励〉を呼び出して、やる気を上げてから作業へ乗り出した。



 ミスリルフルプレートを着たままで良かった。泥の上を歩きながら、オタマジャクシの死体を回収する。ある意味、これがドロップ品だからな。食べるつもりはないけど、なにかの素材になるかも知れない。オタマジャクシと蛙の皮とか? 蛙の肉は鶏肉っぽいとは聞くけど、絶対コカ肉の方が美味しいよなぁ。


 岸辺の泥は後回しにして、先に池の中の浄化を始めた。水を入れるにしても、魔物の肉片と体液で汚れていては、汚染されているのと同義だからな。〈ウインドウォール〉を張った辺りを念入りに浄化して回った。


 そして、残りの泥沼にも着手する。念の為に警戒していたのだが、泥を浄化すると稀に魔物が出て来た。蛙の大合唱が聞こえていなかったのか、戦闘した所から遠い程出て来た。ただ、1回の〈ライトクリーニング〉で、1匹出るか出ないか程度なので、ミスリルソードで楽に倒せたけどな。蛙の卵まで出て来たのは辟易した。ちょっと可哀想だけど、生きているとストレージに格納できないので、一粒ずつ(ただし、30cmくらいある)剣で突き刺して止めを刺した。



 池の中を全部浄化し終える頃には、MPが大分目減りしてしまった。それに、時間も結構使ってしまい、時間的にもそろそろ出ないと行けない。岸の上の泥は明日へ回す事にした。


「どの道、完了報告でギルドの職員に現地を見てもらわないといけないからな。水を入れるのはその時でも良いか。俺は土木工事の事は分からんから、本職の人に見てもらった方が良いだろうし。ここの泥も、その時に浄化するよ」

「お疲れ~。じゃあ、アタシ達も村に戻ろっか。今度は揺らさないように走ってよ」

「いや、山道は無理だって。麓の街道までは我慢してくれ」


 ミスリルセットを解除して、いつもの装備に着替え直した。オタマジャクシに喰い付かれたグローブと、ジャケットアーマーの袖には穴が空いていたので、鍛冶師の〈簡易手入れ〉で修復しておく。在庫に雷玉鹿の革が残っていたので、それを少し消費する事で、穴も塞がった。ただし、硬革部分の削れたのは直らなかった。硬革処理は別素材扱いらしい。まぁ、これは街に帰ってから修理に出すか。

 そして、再度フィオーレをおんぶして、バイクで山道を下った。




 街道を北上している内に日が暮れてしまい、〈サンライト〉を光源にしてひた走る。うん、バイクの夜間用ライトも忘れていたな。まぁ、この世界じゃ電灯の類はないけど、街灯に使っている魔道具があるのでなんとかなるだろう。MP負担が増えるかもだが。

 そして、19時頃、ようやくルイヒ村へと到着した。

 結構、大きい村らしいが、防護が緩いのが第一印象だった。1m程の柵があるだけだからなぁ。丸太の防護柵が並ぶランドマイス村を知っていただけに、心配になる緩さだ。


 ここでも、バイクが珍しいのか門番をしていた自警団に警戒されてしまった。新型魔道具と説明するも、なかなか信じてもらえない。そんな時、フィオーレが助け舟を出してくれた。


「もう! ザックスはアタシを盗賊から助けてくれたんだから、怪しくないって!」

「ん? そういう、君は……今朝、ロバで出発した娘か?」


 フィオーレを覚えている自警団の人が居たお陰で、信用してもらう事が出来た。そして、そのまま自警団の事務所へ案内され、盗賊(山賊?)の調書を取る事になる。ただ、遺体も炭になり、証拠が全くない。俺が鑑定しているので、〈人物図鑑登録〉から、名前だとかジョブだとかは分かるのだが……


「おーい、誰か! この辺で赤字ネームの盗賊が出るって聞いた事あるか?」

「いや、知らんな。聞いていたら、もっと騒ぎになっていただろ」

「襲われたって話もなぁ。騎士団に討伐された蛙の魔物なら兎も角……ああ、その名前も騎士団からの手配書の中には、無いな」


 自警団の人達には寝耳に水な話であったようで、誰も心当たりが無い。結局、証拠不十分で有耶無耶になりかけた時、考え込んでいたフィオーレが一石を投じた。


「あの……アタシが出発した後、貴族が乗るような豪華な馬車の一行は、この村を通った?

 今日出発する商人は居ないって聞いていたから、アタシは一人で出発したんだけどさ。あんな騎士みたいな人達って宿にも泊ってなかったよね?」

「……補足すると、フロヴァルトと言う名の妖人族の男が中心の一行です。彼らが捕縛しようとした山賊達を魔法で炭にしたのです。馬車が1台に騎兵が3騎、一人はミスリル製の槍を持っていたので、貴族かと思いましたが」

「妖人族? なんだそりゃ?」


 今日の門番担当にも聞き込みをしてくれたのだが、誰一人として見覚えが無いらしい。加えて妖人族と言うのも、一般的でないようで、耳が尖っていると説明しても、首を傾げられてしまった。


「あー、そうだな。隣の村からヴィントシャフトの街に急ぐ際、街道の無い部分を近道として通る事は稀にある。騎士団が急ぐ時とかな。そいつらも、ウチの村を通らずに近道して、街道に出たんじゃないか?」

「確かに、急いでいるとか言っていましたけど……」


 結局、こっちも有耶無耶になって終わってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る