第379話 泥に塗れたアウェイゲーム

【魔物】【名称:シュラムロッシュ】【Lv28】

・ダンジョンから外に出て、地上に適応した蛙型魔物。クイーンが産む大量の卵から産まれ、手足となって働く。水場よりも泥の中を好み、成体になると水を吸って泥へと変換し、環境を作り変える。この泥は粘性が高く、獲物を捉える時にも使用されるほか、身に纏う事で全ステータスがアップする。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:無し】【レアドロップ:無し】



 大量の卵……ここに魔物が居る原因は分かったが、後回し。ジョブを入れ替えて、付与術で各種ステータスアップのバフを全種、僧侶の〈ホーリーシールド〉で防御力を上げ、〈ムスクルス〉攻撃力アップする。もちろん、〈無充填無詠唱〉で連打している。ついでに〈ストームカッター〉を魔物の群れの居る沼地へ放つ。


 風の刃がミキサーのように回転して、蛙共を斬り刻んでいくが、泥の中に逃げる者も居て、一網打尽とはいかない。レベルはそこそこ高いが、弱点の風魔法の一撃で倒せるのは有り難い……泥の中から、ワラワラ湧き出て来るので、焼け石に水感が強いが。


 この間にも前の方に居たオタマジャクシが近付いてきている。抜刀したロングソードにランク0〈ブリーズ〉の魔法陣を灯して、直ぐに魔剣術を纏う。そして、直ぐ様〈エレメント・チャージ〉の力を借りて、急速充填する。


 〈無充填無詠唱〉は魔剣術に使えないのが痛い。魔剣術は充填が完了した魔法陣が要るので、念じるだけで即座に発動して消える〈無充填無詠唱〉とは相性が悪い。



「てやあっ!」


 ロングソードを振るい、飛び掛かってきたオタマジャクシを横一文字に両断する。そして、そのままの勢いで身体を捻り、回し蹴りで別のオタマジャクシを蹴り飛ばす。ただ、ゴム毬みたいな感触で、あまりダメージにはなっていない。

 それでも別の魔物に当たれば、それだけ近寄ってくるのを遅らせられる。


 ……多対1の訓練をしておいて良かった!


 ワラワラと集まるオタマジャクシに囲まれないよう、徐々に岸から後退つつ、確実に1匹ずつ仕留めていく。ランク0の魔剣術は数回斬っただけで効果が切れてしまうが、〈エレメント・リロード〉が自動発動して、魔法陣が刀身に纏わりつく。ランク3の魔法陣だから、今度は長持ちする筈だ。


 迫りくるオタマジャクシを切り捨て、囲まれそうになったら〈稲妻突き〉で離れた敵を攻撃しつつ、距離を取る。

 ただ、奥の沼地から次々と増援が来るので、切りが無い。既に10匹以上倒しているが、続々と岸に上がってくる。


 鑑定文には『卵』とあったから、無限湧きでは無い筈だ。ここはダンジョンではなく、地上なのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、戦闘に集中していると、ふと蛙の汚い鳴き声が止んでいることに気が付いた。

 戦闘の合間に沼地の方に目を向けると、蛙たちが整列して水を飲んでいるのが見える。そして、でっぷりと腹を膨らませてから、こちらに向かって口を開く。


「ゲボゲボゲボッ」


 汚い音と共に、横一列に並んだ蛙たちから大きな泥の球体が口から斉射された。放物線を描いて飛んでくる泥は、岸の上にまで届き、着弾した辺り一面を泥で汚す。

 俺はなんとか斉射の隙間に入り込み直撃は避けた。ただ、左右の至近弾が跳ね回り、ブーツを泥で汚す。


 一方、オタマジャクシ共は泥が嬉しいのか、転げ回って泥を被っていた。泥を纏ったオタマジャクシは、地面を滑るように移動し、襲い掛かってくる。

 水を得た魚のように、2匹が同時に飛び跳ねた。


 俺は、サイドステップで避けてカウンターを……入れるつもりだったが、脚が重くて半分も跳べていない。しかも、着地した左足が泥に踏み入れて、ズルリと滑る。

 なんとか堪えて、転けるのは免れたが、飛び掛かってきたオタマジャクシを避けるのは間に合いそうにもなかった。


 右から来る1匹には、ロングソードを掲げて盾とする。大口を開けたオタマジャクシが食らいつき、金属の嫌な音をたてた。次の瞬間〈エレメント・カウンター〉が発動、〈エアカッター〉の風の刃の反撃。ロングソードに噛み付いたまま両断した。


 そして、左から襲ってくるオタマジャクシに対しては、左手で殴り飛ばす事にした。ただ、左右同時に対応したせいか、目測を誤り、左の拳はオタマジャクシの口の中へと吸い込まれた。


「痛っ!! この野郎!!」


 左手を飲み込んだオタマジャクシの口内から、ガリガリと音と削られるような感触が響く。雷玉鹿のグローブの甲側は、硬革処理がされたパーツが付いているので、防御力は高い。しかし、逆の手首側は普通の革であり、そこから鋭い痛みが走ったのだ。

 咄嗟に盾にしていたロングソードに、左手に喰らいついたままのオタマジャクシを擦り付けた。魔剣術と〈ムスクルス〉で強化された刃は、黒く滑る体を易々と斬り裂く。噛み付きが止まったところで左腕を振るえば、外れて転がって行った。ただし、左腕の出血が酷い。グローブやジャケットの袖には穴が開いて、血が滲み出している。出血量から動脈まで達していないが、怪我を意識すると酷く痛む。〈ヒール〉を掛けつつ、近付くオタマジャクシに向かって剣を振るい、〈エレメント・スラスト〉の風の剣閃を飛ばして牽制する。


 左腕の痛みが消えて、反撃に出ようとした時だ、またもや、ゲロを吐くような不快な音が響く。嫌な予感がして、沼地の方を見ると、泥の球体の2射目が飛んで来ていた。今度は横一列ではなく、全弾俺の方へ向かって来ている。これを避けようとするが、数が多すぎるうえに、足元の泥に阻まれて逃げられない。結局、ロングソードを翳して盾にするしかなかった。



 泥の球体が次々に着弾し、その勢いと泥の重さに押されて尻餅をつく。いや、既に周囲は田んぼの中のように泥で埋め尽くされている。オタマジャクシ達は益々元気になり、泥の中を泳いでいた。


 ……泥で身体が重過ぎる!

 不味い! 数の暴力を甘く見すぎていた! 加えて、泥は向こうにとってホームグラウンドだ。いっその事逃げるか??


 泥に埋もれながらも、治った左手を腰裏に回し、ベルトに挟んでいたワンドを握った。


「〈カームネス〉!」


 混乱していた頭が、スッと冷静になる。思考をフル回転させて打開策を模索する。


 ……さて、どうする?

 撤退は……駄目だな。退路には川があり、村まで続いている。最悪の場合、オタマジャクシ達を連れていきかねない。

 かと言って、泥というデバフを喰らい、数に囲まれていては危うい。向こうにとって泥は敏捷値アップのバフなのだ。

 戦闘前にバフを山盛りにしたけど、完全に帳消しにされている。このままアウェイで戦うのは不味い。この構図を逆転させるには……


 〈ライトクリーニング〉連打で泥消すのはいいが、泥の範囲が広すぎるし、また泥の球体を撃たれたら元の木阿弥だ。出来れば、水もセットでなんとかしたい。

 落とし穴を作る魔法〈ベリィ・ピット〉で、穴を開けて水を落とし込む? いや、アレは生き埋めまでがセットなので、意味が無い。罠術はダンジョンでしか使えないし。

 火属性魔法で蒸発させる? 〈フレイムスロワー〉は火炎放射だけど、一瞬では無理だよなぁ……あっ!水分を抜くなら、アレがあった!



 ただ、悠長に考えている時間は無かった。周囲の泥の海をオタマジャクシの群れが泳いで来ているからだ。先ずはアイツ等からなんとかしないと。

 自身を中心にして〈ライトクリーニング〉を発動した時だった。後ろからフィオーレの声がした。


「〈注目のペザント〉!」


 すると、泥の中を泳いでいたオタマジャクシ達が一斉に動きを止めた。しかも、泥から顔を出して、後ろの方を見ている。予想外の出来事に釣られて俺も後ろを見ると、そこではスポットライトを浴びたフィオーレが踊っていた。頭上の中空から〈サンライト〉のような光が三角に照射される様子は、まるで劇の一幕のようだった。


「ちょっと! アタシが注意を引いている内に、早く!!」


 踊るフィオーレと目が合うと、怒られてしまった。恐らく、名前からして注目を集めるスキルなのだろう。俺にも効果があったのかは、定かではないが。

 オタマジャクシ達が動きを止めている内に立ち上がり、反撃の一手を使用した。


「〈緊急換装〉!」


 次の瞬間、視界が狭くなり、左手と全身が少し重くなる。

 そう、ミスリルフルプレートと癒しの盾、ミスリルソードを装備したのだった。


 これは、似非貴族のフェアズーフが敵だった場合に準備していたセットだ。ミスリル装備にはミスリル装備をってね。

 3点セットで発動する〈緑閃光の揃え〉の効果でステータスアップし、硬革を抜けないオタマジャクシの噛み付き程度ならミスリルフルプレートで完全防備になる。

 更に〈接地維持〉の効果で泥に足を取られることもないからだ!


 そうこうしている間に、オタマジャクシ達が動き始めた。

 ミスリルソードを抜刀し、近場の1匹を泥ごと切り捨てる。次いで2匹目は俺を無視して、後ろへと向かい始めた。周囲のオタマジャクシ全部が、後ろの踊っているフィオーレへと殺到している。


「え!? もう、効果が切れたの!」


 その様子はまるで、〈挑発〉を掛けたようである。なら、対処法も同じはず。重ね掛けすれば良い!


「お前等の相手は俺だ! 蛙のなり損ない共が、付いて来い!」


 〈ヘイトリアクション〉で、魔物の敵愾心を俺に上書きした。小角餓鬼に〈挑発〉を喰らった経験からよく分かる。俺から目が離せなくなる筈だ。

 泥の中を泳いでいたオタマジャクシ達が一斉にUターンした。


 ……掛かった! 後は、泥だらけのココよりも、戦いやすい場所に!


 戻って来るオタマジャクシに背を向けて、池の方へと走り出す。滑らないまでも、泥の中を掻き分けて行くつもりであったが、良い意味で裏切られる。ミスリル製の具足は泥に沈み込まず、上に乗れたのだ。


 ……〈接地維持〉って、凄いな! もしかして、このまま水の上でも走れるのか?


 つい先程まで、邪魔で仕方がなかった泥が、只の段差になった。ただし、オタマジャクシは普通に泥の中を泳いで追ってくるので、ここで戦う意味はない。

 前に走り、池の中へ駆け下りた。ここは最初に〈ライトクリーニング〉を掛けた所なので泥はない。踝までの浅い水溜りなのだ(流石に水の上は走れなかった)。


「先ずは〈ウインドウォール〉!」


 一番奥の一列に並んだ蛙共に重なるよう、竜巻の壁を生み出した。竜巻に巻き込まれる者、逃げ惑う者、半々といったところだ。

 これは、蛙共の逃げ場を無くすためと、時間稼ぎである。奥の泥の中に逃げられたら面倒だからな。


 更に、走りながら足先で〈フォースドライング〉を連続発動させていた。



【スキル】【名称:フォースドライング】【アクティブ】

・対象の水分を抜き、急速乾燥させる。火風魔法の亜種。



 錬金術師の便利スキルだ。何時だったか、雨上がりの泥道を乾燥させながら歩いたっけ。あの時は魔力の扱いを練習する為に足で使っていたが、練習しておいて良かった。今なら大分慣れたので、こんな芸当も出来る。


 〈フォースドライング〉で水を乾燥させて消し去る。魔物達を〈ヘイトリアクション〉で引き連れて池の底を走り回り、水を消して回る。ついでに、上に登れそうな傾斜の緩い箇所には〈ウインドウォール〉も設置しておく。

 偶に、苦し紛れに蛙が泥を吐いてくるが、躱してから〈ライトクリーニング〉で消し去ってやる。


「アタシも援護する! 〈スローアダージオ〉!」


 泥の無い池の底部分を一周する頃には、水は殆ど消え去っていた。

 泥も水も無い空間なので、オタマジャクシ達は動きを鈍らせている。飛び跳ねてしか移動できないうえ、動きもかなり遅い。蛙共は水が無くて泥を吐き出すことも出来ない。


 ……さっきまでとは違い、今度はお前等がアウェイになる番だ!


 蛙共は、僅かに残った水溜りに集まっていた。それを無慈悲に〈フォースドライング〉で消してあげると、一斉に俺の方をみる。両生類の表情なんて読めないけど『マジかよ!』と言っているかのように見えた。

 ついでに、蛙共の身体も乾燥して、苦しそうにしている。


 ……ああ、両生類って乾燥すると不味いんだっけ?


「そりゃ、好都合。反撃開始と行くか!!」


 蛙を蹴り飛ばして、〈ウインドウォール〉へゴールを決めた。ミキサーの如く風の刃が回転する竜巻に吸い込まれた蛙は、ミンチとなって向こう側へと排出されていった。


 動きの鈍った魔物を次々と蹴り入れ、ミスリルソードも振るって切り刻む。まだ元気な蛙は飛び掛かって来るが、各種バフに加えて〈緑閃光の揃え〉で強化された俺の敵ではない。動きが遅く見えるので、楽々〈カウンター〉出来るし、避けるだけでも〈エレメント・カウンター〉で反撃できる。ついでに、不意打ちでも〈格闘家の勘所〉で自動回避してカウンターのコンボを叩き込む。

 〈接地維持〉で足元が確かなお陰だな。最初も泥さえなければ、これくらいは無双出来たんだぞ!


 自分に言い訳しつつも、オタマジャクシも蹴り飛ばす。黒くて丸いから、実質ボールだ。ボールならゴールに入れないと。数だけは居るので、外に逃げ出さないように、あの世行きのゴールへと叩き込むのだった。

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