第376話 合流する街道

「明日から遠出ですか!

 も~、もっと早く教えて下さいよ。着替えとか準備しなきゃ!」

「待った、待った。明日は俺1人で行くから、レスミアとヴァルトはお留守番な。バイクで休まず走るから、馬だと追い付けないだろうし」


 食後のお茶の時間で、依頼に付いて話したところ、レスミアが早合点しかけた。立ち上がったレスミアの手を握り、押し留めて詳しく説明する。


「む~、バイクに2人で乗ったら駄目なんですか?

 魔物が出た場所なんですから、1人では危ないですよ」

「後部座席が無いから、座る所が無いよ。背負って行くのも短距離なら兎も角、長距離は厳しいと思う。

 まぁ、池を〈ライトクリーニング〉するだけだから、俺1人で十分だって。レスミアはゆっくりしてなよ」


 一泊二日程度であり、騎士団が討伐した後だと説得して、なんとか説得出来た。ついでに、「あ、私なら小さいから乗れるかも、にゃ!」と言ってきたスティラちゃんも、危ないからと断っておく。いつだったか、フロヴィナちゃんのように背負籠に入れば、行けそうな気もするけど。



 その一方、ベルンヴァルトも複雑そうな顔をして、酒を飲んでいる。さっきまで騎士に成れると喜び、一気飲みしていたのに……どうしたのかと、ツマミを追加してやりながら聞いてみると、少し口角を上げて自嘲気味に笑う。


「いや、スキル付きの装備品を買えるほど稼いだり、貴族と交渉したり、年下のリーダーに色々任せっきりだと、痛感してな」

「まぁ、それは適材適所というか、俺が色々と手を伸ばしているせいだけどな。

 ベルンヴァルトはダンジョン攻略に専念してくれよ。盾役として頼りにしているし、騎士になったらもっと頼りになるよな?」


 第1ダンジョンの攻略は、任せっきりにした部分も大きい。

 それには、ベルンヴァルトが酒場で仕入れてきた情報も多かったので、走り抜ける階層と、戦って進む階層と分けられたのだ。

 特に〈宵闇の帳〉を見抜く、匂い感知の動物魔物の情報は助かった。そんな話題で励ましてやると、再びジョッキを一気飲みし始めた。


「クッハァ……任せとけ!

 ホラ、リーダーも飲めよ。前祝いだ!」

「あー、明日は朝早くに出るから、1杯だけな」


 上機嫌に戻ったベルンヴァルトに付き合って、ワインをチビチビ飲み始める。そして、雑談する内にパーティーメンバーの追加をどうするか、と言う話になった。

 31層では小角餓鬼が4匹出現するが、あまり強くないうえ斥候をだすので、そいつを先に倒してしまえば数的有意差は無い。その為、今のままの3人パーティーでも、問題無く進める。

 しかし、それも33層までだろう。34層からは、飢餓の重根の素材に使われている餓鬼が登場するからだ。リーダー役の大角餓鬼が統率することにより、連携を取ってくるらしい。


「俺達3人共、餓鬼なんかに遅れをとるとは思わねぇが、2対1の状況は作らない方が良い。となると、やっぱ増員だな。

 仕方ねぇ。休みの間に、俺も探してみるぜ。どんな奴が良いんだっけか?」


 以前、お断りしたようなレスミア目当てとか、ソフィアリーセ様への擦り寄りだとかも無し。これは前提条件として、ウチに欲しいのは後衛担当である。

 後々に加入するソフィアリーセ様とルティルトさんを含めて考えても、純粋な後衛はソフィアリーセ様1人なのだ。レスミアはスカウトで弓を使うけど専任ではないし、弓矢が効かない敵も多い。俺も魔法を開幕に使って、前に出るからなぁ。魔剣術を覚えてからは、前で戦った方が強いまである。

 それらを踏まえて話した。


「盾役は俺を入れて3枚あるから、前衛は要らないな。後衛の僧侶か魔法使い、もしくは、それに類する種族専用ジョブか。ああ、荷物持ちは要らないよ。ストレージがあるからね」

「難しい注文だぜ。どっちも取り合いになるジョブじゃねぇか。

 種族専用ジョブで後衛ってのも……ああ、天狗族が居たな。アイツら風の魔法は使えるらしいぜ」


 確か、天狗族の少女ヤパーニとレルフェが言っていたな。あの2人、郵便配達の担当が平民街なので、ウチの家にも手紙を届けにくるそうだ。フロヴィナちゃんは手紙の受け取りで顔見知りだったらしく、世間は狭いと笑った覚えがある。


 ……天狗族、風属性魔法は使い勝手が良いけど、属性一つじゃなぁ。他に後衛要素があれば問題ないが。

 そんな懸念を話すと、ベルンヴァルトは良いアイディアと言わんばかりに、膝を打つ。


「天狗族なら、酒場に行きゃ見つかるだろ。明日、探して聞いてみるぜ」


 酒場なら任せろと、サムズアップするベルンヴァルトだったが、横合いから茶々入れが入る。片付けの為に、空の皿を回収に来たフロヴィナちゃんである。


「アハハッ、それベル君がお酒を飲みに行く口実じゃないの~。お給料が出たから、貴族街の酒場の開拓もしたいって言ってたもんね~」

「うっ! 酒はついでだっての。聞き込みにゃあ、酒が入ったほうが、口が軽くなるからな」


「ハイハイ、ベル君は休みの間に、手紙も書きなよ。折角、騎士に成れるかも知れないんだしさ。シュミカさん、きっと待っているよ~、ニャハハッ!」

「あ、いや……それは実際に叙勲を受けてからでいいだろ」


 また添削してあげると、フロヴィナちゃんが笑う。すると、ベルンヴァルトは照れたのを誤魔化すように、ジョッキを一気飲みするのだった。





 翌朝、5時起きした。白銀にゃんこの営業時間であるが、俺は1人で先に朝食を済ませ、出発準備をする。今日はルイヒ村に行く前に、途中にある泥で汚染された池とやらを浄化してしまいたい。その為、日が昇る前に出発する予定なのだ。


 他のみんなは店の営業であり、ベルンヴァルトはこんな早くに起きて来ない。見送りが誰も居ないのは少し寂しいが、しょうがない。行きますか。


 家の庭先にバイクを取り出す。軽く状態をチェックして、問題が無い事を確認していると、チャイムが鳴った。

 こんな朝早くに誰だと思いながらも、他に対応できる人は居ない。仕方無しに門の方へ見に行くと、そこにはリスレスさんが居た。


「ああ、良かった、まだ居たわ!

 おはよう、ザックス君」

「おはようございます。こんな朝早くにどうしました?」

「貴方がルイヒ村に行くって聞いてね……ついでにお願いがあるのよ。この書類を持って行ってくれないかしら?」


 リスレスさんがアイテムボックスから取り出したのは、1つの木箱である。なんでも、ルイヒ村にはナールング商会が経営する雑貨屋があるそうだ。


「ええ、それくらいでしたら、構いませんよ。急ぎの資料なのですか?」

「ウチの定期便でも間に合うのだけど、年末の納税に関する資料だから、早めに回すと助かるのよ。

 そうそう、ちゃんとお礼もあるわ。ルイヒ村の食材を身内価格で売るように手紙に書いておいたから、好きなだけ買い物してきなさい。あなた達が好きな蜜リンゴが採れる村だから、気に入る食材も多いと思うわ」


 既にナールング商会からは身内価格で食材を購入しているが、現地で買ったほうが、送料分だけ安くなるそうだ。

 最近は儲かっているので、多少の値引きはどうでもいいが、輸送の分だけナールング商会が楽になるなら、向こうで購入する方が良いかも?


「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰います。ついでに持って行く物があれば、一緒に配達しますよ? 俺のストレージなら、沢山入りますから」

「あらっ、本当!? 助かるわぁ。

 それじゃ、これも一緒にお願いね」


 そう言って、リスレスさんが笑顔で出してきたのは、1m四方の大きな木箱×5個。明らかに、ついでの量じゃない。恐らく、初めから持って行かせるように、準備していたのだろう。俺から提案しなくても、アレコレお願いされて持っていくことになったのは想像に難くない。


「まぁ、余裕で入りますから、良いんですけどね。今回だけですよ、依頼で村に行くついでなんですから」

「ふふふ、ありがとう。頼りになる義弟で助かるわぁ。

 また、遠出をする事があったら教えてね」


 ……次も宅配役にする気だ!


 レスミア似の笑顔で頼まれると、弱いのは自覚しているが、どうしようもない。荷物を回収してバイクに跨ると、見送りしてくれた。


「ルイヒ村の魔物は討伐されたって聞いたけど、万が一があるわ。気を付けて、行ってらっしゃい。魔物が出たら、その魔道具で逃げるのよ」

「ええ、じゃあ、行ってきます」


 まだ暗い夜道を、街灯を頼りに出発した。

 ダンジョンギルド第2支部までの横道は、日の出前な事もあって人通りは少ない。しかし、大通りに出ると、貴族街へ向かう人が増えてきた。白銀にゃんこの朝のお客さんのように、貴族街で働く人達だろう。時折、騎乗した人や馬車が通るので、トラブルを避けて、少し離れた所を徐行した。


 平民街の北門にて、バイクに驚いた騎士に止められてしまったが、スロープの通行許可証を見せると、「噂の魔道具か!」と、直ぐに通してもらえた。


 ここは、貴族街へ繋がる中央門とは違い、特にチェックもなく出入り出来るそうだ。騎士が門番をしているが、見た目が怪しいやつ(バイクに乗った俺とか)や、挙動不審な奴に声掛けする程度らしい。

 それもその筈、外壁の外には大規模な農場や、牧場が広がっているからだ。平民街に住み、外壁の外で農作業をする人や、外の牧場に住みながら街に納品に来る人など、人の行き来が多いから、全員をチェックしていては時間が掛かり過ぎる。加えて、ヴィントシャフトの街の北側に点在する村や町からの往来も多いそうだ。


 ルイヒ村への街道を地図で確認しながら進んでいると、空が白み始め。朝日が顔を出した。思わずバイクを止めて、日の出に見入る。丘の上の何台も並んだ風車は、朝日を浴びながらプロペラを回しており、壮観な光景を見せていた。


 ……街の時計塔の上から見た覚えがあるけど、近くで見るとデカいな!

 風車なんて、じっくり見るのは初めてだけど、結構格好良い。街のシンボルにするわけだ。


 太陽が地平線から離れると、冷たく澄んだ朝の空気に日の温かみが加わる。南の領地のせいか、息が白くなるほどではないが、太陽の温かさは有り難い。バイクで走ると、意外と風が冷たいもんな。いつものジャケットアーマーの下に少し着こんできたが、風を切ると耳が少し寒い。レスミアが編んでくれたマフラーを巻き直して、耳の防寒をしてから走り出した。


 日が出たせいか、牧場にも動物達が姿を現し始める。通りすがりに見る分には豚と馬が多いのかな?

 馬だけでなく、豚さんまでもが元気に走り回っているのは面白い。イメージ的にもっともたもたしているかと思っていたから。豚肉ことジーリッツァよりも、動きが機敏なのかもな。


 街道を走り続けると、10時過ぎには中間点である野営地に到着した。少し早いが昼食休憩をとる事にする。

 ここまで順調に来られたのは、バイクの速度が出せたお陰だろう。街道は石畳で舗装されており、砂漠フィールドの荒野とは雲泥の違いだ。それも、石畳と聞いてイメージするような、表面が平らな石を敷き詰めたのではない。3m程の正方形な石のプレートが横に2枚並べられ、計6m幅の道になっているのだ。3m毎に切れ目はあるが段差は殆ど無く、アスファルトと比べても走りやすい。

 そう、これは〈ストーンウォール〉で生み出した石壁を使った道路なのだ。〈ストーンウォール〉は設置個所の周囲を平らにして、石壁が生える。それを切り出して、横に並べていくって寸法である。


 ……まぁ、石材が現地調達出来るのは楽だけど、村までの距離を考えると、大変な事には変わらないよなぁ。

 こういう街道の整備も領主様の仕事なのだから、大変そうだ。



 午後も走り続ける。既に人里は遠くなり、街道以外は自然ばかりになった。 

 そして、問題の池がある森に近付いてきた時だった。〈敵影表示〉のマップに、光点が映る……緑が1つに赤が3つ?!

 緑の光点はパーティーメンバー以外の人。赤点は魔物だ。

 目を凝らして進行方向を確認すると、小柄な人影が倒れたところであった。そして、それを追うように現れる男たち。


 ……魔物じゃない?

 不審に思い、念の為に特殊アビリティ設定を変更、〈詳細鑑定〉を男達に掛けてみる。すると、全員に『赤字ネームのため攻撃可』の文字があった。殺人を犯した赤字ネームは魔物扱いなのか!?

 赤字ネームの対処は覚えている。殺害するか、捕縛して騎士団へ突き出す。

 ただ、既に対人戦を経験済みとか、人型の餓鬼を倒しているからといって、好き好んで殺人はしたくない。なので、初陣の時と同じ方法を取る事にした。


 特殊アビリティ設定を変更し、聖剣クラウソラスを取り出す。そして、右手でハンドルを握りながら、左手のクラウソラスを振って鞘を捨てる。抜刀しないとスキルが使えないし、どうせ鞘は自動回収されるからポイ捨てして良いのだ。


「〈プリズムソード〉! …………行け!!」


 ロックオンして狙うは、男達の足である。敵の数と同じく3本召喚した光剣を、投射した。

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