第375話 騎士団とギルドからの依頼

 32層まで降りた後、〈ゲート〉で脱出し帰路についた。今日の採取物やドロップ品は、自分で確保しておきたい物ばかりなので、混み合う買い取り所はスルーする。餓鬼の装備品とかいうゴミ(折れたり錆びたり)があるけど、空いている時に売却すれば良いか。


「 『夜空に咲く極光』パーティーの皆さん、お帰りなさいませ! ちょっと、良いですか~」


 だが、第1支部から出ようとしていた時、受付嬢から呼び止められた。朝も聞いた声に振り向くと、メリッサさんが手招きしている。またしても、その笑顔に嫌な予感しかしないのだが、人通りの多いカウンター付近でパーティー名を連呼されては、無視するわけにもいかない。


「お疲れ様です、夜空に咲く極光パーティーの皆様。今、お時間宜しいですか?

 リーダーのザックス様宛てに指名以来が入っています」

「またですか……銀カードの納品はお断りしたはずですけど」

「いえいえ、別件ですよ。あ、ギルドマスター、ザックス様が帰ってきましたよ」


 カウンターの奥、一番奥のデスクに座っていた巨漢がこちらにやって来た。天狗のような大きな黒い翼のギルドマスターである。


「おお、待っていたぞ。実はダンジョンギルドと、第2騎士団、連名での指名依頼があってな。力を借りたい」


 そう言うと、巨漢に似合わず、ひらりとカウンターを乗り越えたギルドマスターは、俺の肩をバンバンと叩いてくる。


「いえ、まだ受けるとは……騎士団も絡むなら詳細を」

「良いから、騎士団本部に行くぞ。こんな所で話す内容じゃない」


 有無を言わさず、肩を組まれて連行されてしまった。急な展開に驚くが、騎士団絡むとなっては、大人しく従う他無い。驚きながらも後に付いてくるレスミアへ声を掛ける。


「俺はバイクで帰るから、レスミア達は馬車で先に帰っていてくれ!」

「はい、分かりまし……お気を付けてーーーー」


 急にレスミアの姿が小さくなっていった。否、俺の方が空を飛んでいるのだった。

 正確には、背中から俺を羽交い締めにしたギルドマスターが空へと跳躍したのである。途中からは羽ばたきの音が聞こえているので、ジャンブではなく翼で飛んでいるのは間違い無い。ギルドマスターも、俺もガタイがいいので重い筈なのに、良く飛べるものだ。


 万が一に備えて、ジョブに遊び人をセットしていると、南の外壁が近づいてきた。直ぐ隣だからな。

 その3階にある窓の1つに近付いて、足でノックする。しばし、ホバリングしていると、中から窓が開かれた。中に居たのは、若干呆れ顔の第2騎士団、団長のシュトラーフさん。ルティルトさんの父親だ。


「グントラム殿、窓から入ってくるなと、前にも注意したのだがな」

「ハッハッハッ! 細い事は気にするな! なに、緊急時の連絡手段の確認と思っておけ。第一、階段で登って来るのは遠回りだろう?」

「天狗族はこれだから……まあ、良い。入ってソファーに掛けていなさい。お茶の準備を頼んでくる」


 ここは、騎士団長の執務室である。普通に入って来れば事務員さんがお茶の準備をしてくれるのだろうけど、窓から入ってくる客に対しては無理に決まっている。

 騎士団長が部屋を出て行った後、来客用のソファーで待たせてもらいながら、ついでに今朝の指名依頼に付いて苦情を入れておく。


「ああ、すまんかったな。アレはギルドへの出資者からの依頼で、断り難かったのだ。指名依頼は、探索者が断れば問題無いからな。キャンセルする口実にもなった」

「……あの、それだと、ウチのパーティーへの悪印象になりますよね。どこの貴族か商人か知りませんけど」


「それなら、大丈夫だ。キャンセルするのは交渉が得意なフンドミルに任せてきたからな。上手いこと調整してくれるだろうよ」


 フンドミルとは、パーティーを登録した時に会った、犬族の第2支部の支部長さんである。確かに、ギルドマスターに任せるより、彼の方が仕事出来そうだけどな。


 そんな話をしていると、シュトラーフさんが戻って来た。直ぐに女性の事務員さんがお茶を持って来てくれる。

 彼女が退室してから、本題へと入った。


「第2騎士団、及びダンジョンギルドの連名にて、探索者ザックスへ指名依頼する。内容は、とある池の浄化だ」

「池の浄化? ああ、〈ライトクリーニング〉で綺麗にして欲しいって事ですか?

 でも、騎士団にもギルドにも、銀カードやブラックカードを納品していますよね。足りませんでしたか?」


「うむ、池といっても、村が農作物用の貯水池として使っている大きな物でな。回数制限のあるカードでは、何枚あっても足りないのだ。

 池は泥沼に汚染され、溢れ出る泥が周辺の川や用水路まで流出している」


 事の発端は、その池に魔物が住み着いたせいらしい。ヴィントシャフトの街よりも北側に魔物が出るのは珍しいが、魔物の領域から人里を迂回して来たと推察されていた。

 魔物は街道を通っていた筈の大工の作業者8名を襲い。その行方不明となった大工の捜索隊、見習い騎士4名、及び地元の探索者4名にも犠牲を出したそうだ。


「魔物の正体は、レベル50の蛙型魔物2匹であったが、第2騎士団のサードクラスを4部隊派遣して、討伐済みだ。

 ただ、その魔物は泥を生み出す力を持っていたらしくてな。池が丸ごと泥沼へと変わってしまった。

 討伐に行った騎士が1日様子を見たが、魔物を討伐しても戻らないのだ。あの規模の池を、土木工事で戻すには、村人と騎士団を動員しても何ヶ月掛かるか分からない。

 そこで、君の出番だ。君の範囲が広く、連続使用可能な〈ライトクリーニング〉に期待している。

 村の為にも、指名依頼を受けてもらえないだろうか?」


 ……なるほど、魔物の脅威は排除したけど、後処理に困っているのか。

 正直に言うと、銀カードの件でゴタゴタが終わって、ようやくダンジョン攻略に復帰したところである。こっちに集中したい。

 ただ、大規模工事で数ヶ月の手間を、俺1人で片付けられるという実績は良いかも知れない。騎士団とギルドに、それだけ期待されている=恩を売れると言う事でもあるからだ。

 頭の中で算盤を弾きつつ、交渉の筋道を考え始める。



「……ええと、心情的には引受けたいのですが、私としても年末までに40層を攻略すると言う、タイムリミットがありまして……あまり、遠出をする時間が無いのですよ」


「おう、それなら、まだ一月も有るじゃねぇか。それに、目的地までは馬車で2日ほどだ。お前の魔道具ならもっと早く行けるんじゃないか?」

「うむ、以前のレースで活躍したバイクなら、軽騎兵と同じく1日でルイヒ村まで行けるだろう。魔力さえあれば疲れ知らずなのだ、もっと早いかも知れないな」


 テーブルに地図を広げられて、件の村の位置を教えてもらった。確かに、ヴィントシャフトの街を囲むように点在する村や町の中では、比較的近い位置にある。加えて、馬車が行き来する街道は石畳が整備されているので、走りやすいそうだ。


 それから、肝心の池の位置や大きさ、周辺の接続されている川や用水路、村の様子などの情報をもらった。十数年ぶりに外の魔物被害が出て混乱はあったものの、討伐後は日常へと戻って行っているそうだ。

 そして、一番肝心の報酬の話となる。


「村からギルド経由で来た依頼の報酬は、金貨1枚。それに加えて、騎士団とギルドからも金貨1枚ずつ出そう。計3枚でどうだろうか?」


 金額で言うと300万円。個人への依頼とするなら高額だけど、土木工事費として考えれば安いって感じかな?

 まぁ、これくらいの金額なら直ぐに稼げるので、それほど魅力は感じない。俺はお金じゃ買えない物が欲しいのだ。


「お金よりも、以前却下された騎士の叙勲が欲しいです。ギルドマスター、第1ダンジョンも31層まで攻略しましたし、この件の貢献を加えれば十分ですよね?

 ホラ、簡易ステータス!」

「そう来たか……う~む、確かに攻略の印があるな」


 以前、銀カードをギルドへ納品する事が決まった時にも、頼んだのだが、却下されたのだ。

 その際、交渉に同席していた……と、言うか、主に交渉していた第1支部長さんがルールに厳しい人で、色々と理由を付けて断わられてしまったのだ。

 やれ、活動期間が短いだの、第1ダンジョンでの活動実績が無い等々。


 おねだりしたものの、ギルドマスターは腕を組んで難しい顔をしてしまう。ならばと、矛先を変えてみた。


「シュトラーフ騎士団長も、気になりませんか?

 武僧のような複合ジョブが、騎士にも存在するかも知れません。私に騎士のジョブがあれば、検証も楽ですよ?」

「あぁ…………確かに気になる話題ではあるな。

 騎士団所属の若い司祭を数人転向させたが、武僧は武器を使うスキルを覚えない事に目を瞑れば、十分に強いジョブであった。貴族に相応しい強さのジョブが増えるのは、こちらとしても有り難い。

 ……良し、騎士団からの報酬は、騎士への推薦状にしてやろう。

 グントラム殿、私の推薦状があれば、ギルド内の処理もしやすかろう?」

「……そうだな。騎士団の推薦状があれば、俺の指名枠に押し込めるだろう」


 シュトラーフ騎士団長の後押しもあって、ようやくギルドマスターが折れてくれた。

 ……念願だった、騎士ジョブまで後一歩!

 これで、依頼への意欲が出るってものだ。


 シュトラーフ騎士団長がデスクから持ってきた依頼書に、報酬等を書き加えてから書名する。そして、また窓から飛んで戻り、ギルドの受付を通して、正式に受領したのだった。

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