第373話 ワンダリングきのこ

 それからは、斥候役の餓鬼に注意しながら、先に進んだ。あいつら斥候役が戻ると臨戦態勢になるが、戻らない場合はだらけて座り込んだり、寝転んだりしているので、こちらから奇襲が掛けやすいのだ。

 もっとも、〈潜伏迷彩〉で姿を消す、採取師餓鬼が一番の脅威になるとは思わなかったけど。


 レスミアは〈宵闇の帳〉で隠れつつ、〈猫耳探知術〉で索敵するので狙われ難い。俺は自動回避系のスキル〈格闘家の勘所〉があるので、そうそう当たる事はない。ベルンヴァルトに至っては重装甲なので、顔面に当たるとかでなければ矢では効かない。

 採取師餓鬼に不意打ちされても、何とか対処は出来るが、万が一があるからな。警戒しながら進んだ。





 そんな注意しながら進んでいる時だった。レスミアが小声で注意を発した。


「(次の十字路、右から足音が聞こえます)」

「(〈敵影表示〉には何も無い。〈潜伏迷彩〉か?」」

「(いえ、餓鬼の足音とは違うような……のっしのっしって重そうな足取りなんですよ?)」


 レスミアには、心当たりはないそうだ。ただ、図書室の本によると、31層で登場する魔物は小角餓鬼のみらしいので、増々正体が分からない。

 取り敢えず、魔法を充填した状態で、手鏡を使って角からコッソリ覗いてみる事にした。


 すると、角の先には、白い酒樽が歩いていた。いや、茶色い傘があるので、横に太いエリンギか?

 1mくらいの大きなエリンギが、手足を生やして歩き回っている。


「おおっ! もしかして、アレが歩くキノコか?」

「わ~、私も歩いているのを見るのは初めてですよ。マナポーション用のは、普通のエリンギの倍程度ですから」



【植物】【名称:歩きマージキノコ】【レア度:C】

・マナを過剰に内包したキノコであり、育ち切ると繁殖の為に歩き出す。こうなると、キノコ自体が筋張って固くなり、胞子を溜め込むので、食用や調合には不向きとなる。

 大人しく見送って、繁殖した幼体を採ろう。



「種別が植物で、魔物でもないから放置で良いってさ。踊りエノキの親戚かな?」

「なんだ、驚かせやがって」

「でも、あの顔、ちょっとだけ愛嬌があって可愛いかも?」


 レスミアが指さしたのは、胴体にある3つの黒丸の事である。丁度、両目と口の位置にあるだけの、シミュラクラ現象にしか見えないけど。


 のっしのっしと歩いてきた、歩きマージキノコは、俺達の存在など気にも留めず通り過ぎていく。

 いや、十字路の真ん中で、斜めに進路変更する。俺から見て対角上にあるヒカリゴケが多く生えている角……そこに、突っ込んで激突し胞子を撒き散らした。

 そして、そのまま連続ヘッドパッド、辺りは胞子の煙で見えなくなるほどであった。

 傍から見ていると、壁にぶつかったイライラで頭突きをする変な奴だが、胞子をばら撒く繁殖行動なのだろう。


 暫くして煙が薄くなると、歩きマージキノコは方向転換して、奥の通路へと歩いて行った。


 ……なんか、行動が生物と言うよりロボット……ぶつかって方向転換とか、ル○バっぽいよな? いや、掃除をせずに胞子で汚していくので、真逆だけど。



 折角なので、小休止にして経過観察させてもらうことにした。15時のオヤツを頂きながら、胞子がばら撒かれたヒカリゴケ付近を見る。すると、5分ほどで変化が現れた。ヒカリゴケの間から小さな白いキノコが十数本も生えてきたのだ。

 そして、10分を経過する頃には、子供のエリンギくらいには育った。まるでTV早回し映像のようで面白い。

 代わりにヒカリゴケが枯れていっているが、これは栄養を取られたからだろう。


 15分もすると、立派なエリンギが何本も育った。周辺のヒカリゴケは絶滅している。



【素材】【名称:歩きマージキノコの幼体】【レア度:C】

・採れ頃のマージキノコ。マナをふんだんに含んでおり、薬品や料理にすると、効率良く接種出来る。胴体に顔が浮かぶと採れ頃であり、手足が生えると固くなり始める。その前に収穫しよう。



「顔が浮かぶと採れ頃……ああ、薄っすらと丸い模様が出来ているな」

「実家で取り扱ったのは、もう少し大きかったですから、もうちょっと、待った方が良いかも?」


 レスミアの助言で、もう少し待つことにしたけれど、その後の成長はかなり遅くなっていた。恐らく、ヒカリゴケのマナを吸収していたから急成長出来たのであって、吸い尽くし枯れてからは地面ダンジョンから得られるマナだけになったせいだろう。


 既に小休止どころか、大休止に近くなってきたので、顔がハッキリしてきたところで切り上げる事にした。

 1本を残し、残りを収穫する。山菜採りと同じく少し残しておけば、成長したマージキノコが歩き回って繁殖してくれるに違いない。

 顔さえ気にしなければ、美味しそうなエリンギだからね。大いに繁殖して増えて欲しい。

 レスミアに夕飯の献立に使うようお願いして、先に進んだ。




 この時、今までの道中にキノコが生えていなかった事実には、気が付いていなかった。ヒカリゴケ込みで、あれだけ成長するのならば、もっと生えていそうなのに。

 この疑問と答えを得たのは、直ぐ後であった。




 通路の先の小部屋に、赤点が4つ居るのを発見した。珍しく斥候役の餓鬼が居ないパーティーなのだろう。そんな当たりを付け、魔法を充填しながらコッソリと近付いた。

 そして、中の様子を伺うと……宴会が行われていた。


「(アレ、さっきの歩きマージキノコですよね? 食べられちゃったのかぁ)」


 レスミアが小声で残念そうに言う。そう、小部屋の中では、小角餓鬼達が食事中だったのだ。

 もちろん、火を使った調理などでは無く、鉄剣やナイフで切り分けた物を生で頂いているようだ。歩きマージキノコをバラバラに割き、4匹が取り合いながら思い思いに齧り付いている。鑑定文には『筋張っていて固い』とあるのに、よく食えたもんだ。食欲が旺盛な餓鬼だからか?


 歩きマージキノコの仇とは言わないが、これはチャンスだな。2人に合図を送り、充填済みの点滅魔法陣を餓鬼の宴会場へ向ける。


「〈ストームカッター〉!」


 小部屋の中心に、風が吹き荒れる。緑の風の刃が回転し、範囲内の餓鬼達を斬り刻む。ただ、突風で歩きマージキノコの破片が外に飛ばされていくと、1匹の餓鬼が追いかけて行った。結果的に魔法の範囲から逃げ出しているけど、壁に打つかったキノコを拾って食べ始めているから、何も考えてないな。


「私が行きます!」


 レスミアが暗幕状態で小部屋に突入し、魔法の範囲内に入らないように駆け寄り、食事に夢中な餓鬼の首を跳ね飛ばした。


 ……魔法を撃たれた=敵襲なのに、食欲に支配されすぎだ。

 利用出来そうだから、こっちには好都合だけど。


 そして、魔法の効果が切れた。俺達も残敵掃討をするため中に踏み込むと、意外にも3匹とも生き残っているのが見えた。

 今までなら、魔法使い餓鬼以外は倒せていたはずなのに?


 頭を過った疑問であるが、直ぐに答えを思い付いた。歩きマージキノコを食べていたせいだろう。マナが豊富なキノコなので、魔法ダメージを軽減する効果を得ていたのかもしれない。

 ただ、杖とローブ装備の魔法使い餓鬼以外は手傷を負っている。盾持ちの戦士餓鬼は右腕が無い。


「ギャギャギャギャ!」


 それでも盾役の仕事をしたのか、〈挑発〉の効果で注意を引き付けられた。足の速さでは、ベルンヴァルトよりも俺の方が早いのでしょうがない。さっさと片付けよう。


 ロングソードを振り上げると、餓鬼は盾をかざして内側へと隠れる。

……盾しか無いなら、そうするしかないよな!


 俺の振り上げもフェイントである。そのまま剣を下げ、下段斬りへ変化させた。盾の下に見える足を両断する。そして、剣を振り抜きつつ、倒れ掛かる餓鬼の盾を下から蹴り上げた。

 バンザイしながら背中から落ちる餓鬼。その無防備な胴体へロングソードを突き立てて、止めを刺した。


 残りの餓鬼もベルンヴァルトが雑草の様に刈り取っており、楽勝である。黒い返り血が臭いのは、辟易とするけどな。

 〈ライトクリーニング〉で浄化してから、ついでにキノコの残骸も集めてもらった。


「ああ、大きいのだけでいいよ。細かいのは捨てちゃって」

「はーい。でも、何に使うんですか? これだけ固いと食べられませんよ?」

「いやいや、食べないって。只の囮だよ」


 回収したキノコはゴムよりも固い……ハード系のグミとか、ベーコンの塊くらいか? 

 2人に活用方法を話しながら先に進み、実験してみせる事にした。


 通路の端の岩陰に赤点を発見。お誂え向きに、斥候のスカウト餓鬼が待ち伏せしいているようだ。その岩陰の横合いに、キノコを放り投げる。すると、食欲に支配されたスカウト餓鬼が岩陰から飛び出して来て、キノコに喰らいついた。


「〈ウインドジャベリン〉! で、楽に倒せるって寸法だ」

「なんつーか、哀れな魔物だなぁ」


 その後も何度か試したところ、残りの3匹の所にキノコを投げ込めば、先を争うように食い付いた。他にも、〈潜伏迷彩〉で隠れていそうな角や岩陰などがあれば、その都度キノコを投げる。すると、〈潜伏迷彩〉で隠れている採取師餓鬼も食い付いたのだった。何もいないハズレの場合あるものの、奇襲で矢を撃たれるよりマシである。ずっと警戒しているのも、疲れるからな。



 キノコによる餓鬼釣りを始めてから、楽に進めるようになった。餓鬼のスキルにさえ気を付けていれば、弱い部類の相手だ。

 ただ、折角〈サーチ・ストックポット〉で見付けた植物系採取地を、餓鬼共に食い荒らされていた時は、〈挑発〉を受ける前から殺意が湧いたけどな。大部屋の採取地をたった4匹で食い荒らすとか、害悪過ぎる。食材になる物だけでなく、毒キノコ系食い散らかされていたし、魔絶木ですら樹液を飲み水替わりに飲んでいた。悪食過ぎる。


 たらふく食べた餓鬼は、さぞかしパワーアップしているかと少し警戒したが、夢中になって食べ続けていたので、不意打ちでアッサリと倒せた。ただし、黒い血で周囲を汚すのは頂けない。〈ライトクリーニング〉で浄化できるとはいえ、黒い返り血がベッタリと付いたプラスベリーとか食べる気にもならず、無事な所を少し採取するだけで、放置した。

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