第372話 色々な小角餓鬼
人型に対する躊躇と湧き出る殺意に翻弄され、俺は動きを止めてしまった。
それが隙に見えたのか、盾から顔を出した戦士餓鬼が剣を振り上げて斬り掛かって来る。
その遅い斬撃を、ステップを踏んで回避する。絶好のカウンターのチャンスであったが、あまりにも見え見えなので見送ってしまう。
戦士餓鬼は、そのまま剣を振り回すように追撃してくる。それも遅い攻撃だ。誘いと分かっていて踏み込むのは危ない。
だが、カウンターが出来ないよう、武器を弾けば良い。
向こうの振り回しを回避し、腕が伸び切ったところを狙い、ロングソードで切り払う。
「ギャギャ!?」
ジャキンッと金属音を奏でて宙を舞ったのは、錆びた鉄剣の半分。切っ先の方が宙を舞い、クルクルと回転して地面に落ちる。それを見た戦士餓鬼が、狼狽えて耳触りな声を上げた。半分になった鉄剣を二度見している。
「もらった!」
その隙に踏み込み、ロングソードで斬り掛かる。そして、戦士餓鬼の剣を持つ右腕を、肘から切り飛ばした。切断面からドス黒い血が溢れ、撒き散らす。赤とか赤黒いじゃなく、もっと黒よりなのだ。思わずギョッとして、追撃が出来ず、バックステップで距離を取った。
腕を斬られた戦士餓鬼は、盾を落とし左手で止血を試みている。最早、戦意喪失しているようだ。耳触りな泣き声を上げ、こちらを睨んでくる。またもや、躊躇と殺意が同伴するが、ここで斬らなければどうしようもない。意識を殺意へと傾けた。
「〈一刀唐竹割り〉!」
スキルを使う必要も無さそうだが、確実に止めを刺す為に使用した。ロングソードを振りかぶりながら軽くジャンプ、大上段からの振り下ろしは、戦士餓鬼の頭から股間までを一直線に切り裂いた。
当然、黒い返り血を浴びてしまう。くそっ、カラフールは分厚い羊毛に吸われて吹き出さなかったから、油断した。
臭い血の臭いに辟易していると、戦士餓鬼への敵愾心が消えている事に気がつく。それと同時に、魔法使い餓鬼を放置してしまった事も。
「しまった! 魔法が……」
「おー、そっちも終わったか」
小部屋の方へと振り返ると、同じく返り血で黒く汚れたベルンヴァルトが佇んでいた。いつの間にか俺を抜かして、小部屋の魔法使い餓鬼を倒していたようだ。
そして、小部屋の中では、レスミアも元気無さげに座り込んでしまっている。
「ザックス様~、〈ライトクリーニング〉をお願いします~」
怪我とかでは無いようだ。黒い血の臭いが嫌なのは俺も同じだ。取り敢えず、3人合流して、〈ライトクリーニング〉と〈ヒールサークル〉で回復してから反省会をした。
ただ、レスミアの顔色が少し悪い。休憩用の敷物を小部屋に広げて座らせた。
「〈潜伏迷彩〉をしていた魔物は、風に煽られたお陰で、直ぐに見つけて〈不意打ち〉したのですけど……
人型を殺したってだけで、嫌な気分です。背の高さ的に、見習いの子供に勘違いしそうで。いえ、見れば灰色の肌なんて、魔物だって分かるんですけど」
「ああ、それはしょうがないよ。俺も少し戸惑ったし、魔物だって、自分に言い聞かせて慣れるしかないかなぁ」
レスミアを抱き寄せ、頭を撫でて慰めた。不安定な時は、人肌の温もりがあった方が安心するのだ。
その間に、ベルンヴァルトが何時追い抜いて言ったのか聞いてみると、不思議そうな顔をされた。
「いや、普通に追い抜いただけだぜ?
リーダーが盾持ちの相手をしたから、余っている奴をってな」
「全然気付かなかった。いや、あの戦士餓鬼に殺意が湧いて仕方がなかったせいか?」
思い返すと、不自然過ぎる。ベルンヴァルトから見た俺の様子も聞いて、色々考察してみると直ぐに結論は出た。うん、戦士だもんな。
「多分、あの『ギャギャ』って鳴き声が〈挑発〉だったんだろうな。目が離せなくなって、優先的に倒さないといけない気にされたんだ」
「ああ、確かにスキルの効果は、そんな感じだ。
自分が使うには頼りになるスキルだが、魔物が使って来ると厄介だな」
今まで、魔法を使う魔物は居たが、スキルを使う奴は少ない。厳密には、花乙女ポージーの花粉や、カラフールの睡眠効果の鳴き声みたいな元の動植物の特徴を活かした魔物はちょくちょく居る。しかし、人類側のジョブと同じスキルを使ってきたのは、小さくて赤いサボテンのギャンブルスキルくらいなものだ(一応レア種)。
30層を超えて、魔物も強化されたのだろう。
「まぁ、厄介ではあるけど、餓鬼自体は弱いぞ」
「そうなのか? 俺は魔法を貯めてた奴を、叩き斬っただけだから、良く分からん」
「盾持ちの餓鬼だから、小さいヴァルトと想定して戦ってみたけど、剣も盾も扱い慣れていない……見習いレベルだった。多分、1対1なら余裕で倒せるよ」
先程の戦闘は、慎重に行き過ぎた。あからさまな隙を付けば、もっと早く終わっただろう。
そんな話をしていると、餓鬼の死体が消えていき、ドロップ品が残された。額に生えていた小角が2つに、真ん中で折れた鉄剣が1つ、大銅貨が1枚である。折れた鉄剣は、レアドロップの装備品なのだろうけど……ゴミじゃん。
【素材】【名称:餓鬼の小角】【レア度:D】
・餓鬼の怨嗟が籠もった角。鉄と同程度の強度があり、鉄よりも魔力の通りが良い。初心者向けの武具に加工するか、そのまま
30層まで来て、いまさら鉄と同程度ではなぁ。鏃なら、使い道はあるが……最近はチタンの鏃にしていたうえ、ウーツ鉱が安定して手に入れば、そっちに換えようと思っていたのだ。
角の形が円錐状なのも気になる。取り敢えず、使用者に聞いてみよう。
「うにゅ、私も使った事が無いので、分かんないなぁ。魔力を使うスキルって〈ツインアロー〉しかないし。後で試し打ちするから、何本か作ってぇ」
「了解、試作しておくよ。
ところで、そろそろ大丈夫か?」
「……もうちょっと」
ずっと抱き寄せ、撫で撫でしているので、ベルンヴァルトの視線が痛い。呆れられているとも言うが。
精神的な疲労なので、無理強いは出来ないが、何度か戦って慣れるしかないのだよなぁ。心の持ち用の……良い事を思い付いた!
ジョブを入れ替えて、スキルを発動させる。
「〈赤き宝珠の激励〉!」
頭上に赤い勾玉が出現し、光り始める。この光を浴びると、元気と勇気が湧いてくるのだ。
少しすると、レスミアもムクリと起きた。その顔の血色も良くなっている。立ち上がると、両手を広げて光を浴び始め、何故かガッツポーズ。
「うわぁ、なんだかやる気が出て来ました!
砂漠で使ったときより、効果あるんじゃないですか?!」
「多分、レスミアが精神的に弱っていたせいだと思う。それじゃ、効果が続いている内に進もうか」
若干、言動が幼くなっていた状態から、急に元気になると、効果があり過ぎる気がする。まぁ、変な薬ではなく、スキルなので大丈夫だろう。多分。
笑顔で歩き始めたレスミアと赤い勾玉を追って、先に進んだ。
2度目の接敵は、直ぐにやって来た。それと言うのも、今度は〈敵影感知〉に1匹だけの反応があったのだ。〈潜伏迷彩〉だと、引っ掛からない筈なのに?
「そこの角に赤点が一つ、餓鬼が隠れているな。多分、さっきと同じで、後方に残りが居る筈。弓に警戒しつつ、斥候役を合流させないよう、先に倒そう」
「それなら、私が壁を走って奇襲します。〈潜伏迷彩〉を使われても、足音で分かりますから」
「なら、俺は矢を防ぐのと、〈挑発〉だな」
俺も念の為に魔法を充填し始める。そして、レスミアが〈宵闇の帳〉で隠れてから、走り出した。その後を追うように付いて行く、赤い勾玉。いや、赤い光で暗幕が浮き彫りにされているから、意味無いな。
レスミアが壁伝いに近付くと、角に隠れた餓鬼がこちらを覗き込んだ。その手には、既に引き絞られた弓矢がある。
「ギャギャ!」
「くっ! 逃がしません!」
暗幕に向かって矢が射られたが、レスミアは壁を蹴り、天井を蹴り、三角飛びで回避する。
そして、弓を射った餓鬼は、直ぐ角の奥へと逃げ去る。その後を追って角を曲がるのだが、急に見えたポップアップに急停止する。
「ヴァルト、止まれ! 罠が3つもある!」
【丸太の罠】、【落し穴】、【くくり罠】と3つ並んで通路を塞いでいたのだった。落し穴以外はスイッチを踏まなければ大丈夫だが、罠の位置が見えていないベルンヴァルトには酷な話だ。先に進まないように、手で押し留めた。
一方、レスミアは壁走りで罠を避けている。餓鬼の逃げ足も早いが、追い付きそうだ。直線の通路なので、こちらからも狙える!
「レスミア! 魔法を撃つぞ! 〈ウインドジャベリン〉!」
魔法陣から撃ち出された緑色のクリスタルな槍が、一直線に飛ぶ。そして、餓鬼の身に付けていた革鎧ごと貫通し、腹に大穴を開けた。汚い悲鳴を上げ、転ぶ餓鬼に対して、黒い影が上から襲いかかる。暗幕が餓鬼と交差して駆け抜けると、首が切り落とされていた。
返り血を浴びたくなかったのだろう。早業である。
トレジャーハンターのスキル〈罠解除初級〉で通路を塞ぐ罠を消し去り、合流する。まだ残りの敵は3匹いるが、〈敵影表示〉のマップに映る光点は動く様子がない。これなら、こちらから奇襲がかけられそうだ。
おっと、その前に〈詳細鑑定〉っと。
【魔物】【名称:小角餓鬼(スカウト)】【Lv31】
・小柄な人型タイプの魔物。常に腹を空かせており、採取場を荒らし、探索者に襲い掛る。直前に食べたもので、少しだけステータス補正が入る。
半裸で簡素な武器を持ち攻撃してくるが、レベルが上がると武器の質や腕前が上がる。その際、戦士、スカウト、魔法使い、僧侶、採取師、商人のジョブいずれかと、似たようなスキルを使うようになる。ただし、厳密にはジョブではなく、模倣したスキルである。
この個体はスカウト技能を有している。敵の位置を把握し、弓で奇襲するだけでなく、ダンジョン内の罠を動かし、好きな位置に配置出来る。
・属性:土
・耐属性:水
・弱点属性:風
【ドロップ:餓鬼の小角】【レアドロップ:装備品、大銅貨】
ジョブ毎に文面も変わっている……通路を塞ぐ罠とか、やけに都合が良いと思ったけど、コイツの仕業か!
そして〈潜伏迷彩〉で隠れないのではなく、スキルが無かったせいである。
進行方向に居る残りの3匹はこちらに気付いて居なかった為、奇襲で〈ストームカッター〉を叩き込み、生き残った残った餓鬼を倒してアッサリと片付いた。斥候要因が戻らなければ、魔法の充填もしていない。
魔法の撃ち合いになると厄介だから、スカウト餓鬼を先に仕留めて正解だったわけだ。ついでに、他の餓鬼も鑑定してみる。
戦士餓鬼:この個体は戦士技能を有しており、他より良い装備を身に着けている。〈挑発〉で敵を引き付け、後衛を守る。
魔法使い餓鬼:この個体は魔法技能を有している。ランク4までの魔法を使い熟す。
商人餓鬼:この個体がいると、お金の力でパーティー内の連携が強まる。また、仲間が傷付くと薬草や、ポーションで癒やす。
戦士、魔法使い、スカウト、商人というバランスの取れたパーティーだったようだ。いや、商人が雇った護衛パーティーかな?
まぁ、回復役の商人餓鬼は〈ストームカッター〉に巻き込まれて死んでいたので、脅威でもなんでもなかったけど。
おっと、そうだ、商人餓鬼はドロップ品も少し違っていた。
【ドロップ:餓鬼の小角】【レアドロップ:銀貨】
レアドロップが装備品ではなく、銀貨を落とすのだ。ぶっちゃけ、錆々の装備品よりも良い。戦闘力は無く、ドロップ品も良いとは、商人餓鬼が居たら当たりだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます