第371話 不意打ちと殺意

 午前中いっぱい30層を周回してお肉を仕入れ、休憩所で昼食を食べてから、31層へと足を踏み入れた。

 第1ダンジョンは、洞窟や遺跡階層が多かったが、ここも洞窟のようだ。天井や壁にはヒカリゴケが斑に生えており、真っ暗ではないが、光源には濃淡がある。

 いつもならば、ヒカリゴケを採取してランプに入れるのだが、地味に邪魔なんだよな。光属性も解禁されているので〈サンライト〉で光の玉を浮かべた。掛けた対象に追随してくれるから、便利である。


「あ、私は要りませんよ。闇猫の時は、〈猫目の暗視術〉で暗闇もへっちゃらですから。壁を走って〈不意打ち〉してきます! 〈宵闇の帳〉!」

「それじゃ、闇猫のままで良いのか。レスミアは魔法を充填する魔物が居たら、優先的に頼む。ヴァルトは……」

「初めての階層だからな。防御重視で重戦士にしとくぜ」



 さて、俺の方は、魔法戦士と武僧、軽戦士、スカウトをメインにして、残る1枠は状況に応じて付け替えよう。

 おっと、忘れる前に地図も再確認しておかないと。普段ならば、階段までのルート確認と、寄れそうな採取地を選定するのだが、31層からは少し変わる。

 ギルドの半分採取ルールが撤廃されるので、取り尽くす事も可能であり為、取り尽くされた採取地は消滅し、同階層の何処かへ移動してしまうからだ。その為、ギルドで買った地図には、採取地は載っておらず、候補地を示すマークがあるのみ。

 ただ、俺にはこのスキルがあるので、宛もなく彷徨い歩く必要はない。


「〈サーチ・ストックポット〉!」


 フィールド階層で使った時は、採取出来る物を感知するスキルであったが、通常階層では少し効果が違う。採取地のある方向が分かるのだ。

 レーダーのように返ってくる強弱で、なんとなく距離も分かった。それらを地図で照らし合わせると、大体の位置が絞り込める。


「反応が2つ有るけど、どっちも遠いな。取り敢えず、階段へのルートを進みつつ、適宜スキルを使い直して、場所を洗い出すか」

「別に無理して寄る必要も無いんじゃねぇか。銀カードで稼げてんだろ?」


 地図を覗き込んできたベルンヴァルトが、不思議そうに言う。まぁ、スキル付きの武器を、ポンッと買えるくらいには、稼げている。ぶっちゃけ、1日中〈フェイクエンチャント〉をしているだけで、採取の数倍以上は楽に稼げるからなぁ。代わりに、延々と作業をしていると病みそうになるけど。MPが2割を切ると頭痛がして、嫌になるし。


「ダンジョンを進むだけじゃ、味気無いだろ?

 気分転換になるのに加えて、徘徊する魔物が採取地に来ないから、小休止にもなるって訳だ」

「私は採取も好きですから、寄るのに賛成ですよ。食材もタダで手に入りますから!

 ヴァルトだって、お夕飯やお摘みが増える方が良いでしょ?」

「どっちかつーと、肉の方が好きだから、魔物刈りが良いんだが……午前中に肉は確保したから良いか。ルートは任せるぜ」



 そんな訳で、31層の洞窟を進み始めた。


 〈サンライト〉の光が、薄暗い洞窟を白日の下に晒しだす。いや、晒し出した所で目新しい物も無いけどね。少し罠が多いような気もするけれど、〈罠感知中級〉があるので赤いポップアップで丸分かりである。

 そんな中、新しい罠も発見した。



【罠】【名称:槍落し穴】【アクティブ】

・落とし穴の底に、多数の槍を設置した罠。穴の蓋は、元々の地面を魔力で固めた物であり目立たないが、耐荷重性能は殆ど無い。小動物が乗っただけで崩れ落ちる。



 定番の罠だな。自重により串刺しになるのだから、重い敵ほど効果がある。只の落し穴では足止めの意味合いが強かったが、槍付きならば攻撃手段としても期待出来る。罠術にも欲しいなぁ……等と考えていたら、身体が勝手に後ろに一歩下がり、上半身を後ろに仰け反らせた。


 数瞬後、目の前を矢が通り過ぎて行く。咄嗟に〈格闘家の勘所〉が仕事をしてくれたと勘づいたが、驚く前に声を上げた。


「敵襲だ! 警戒しろ!」

「あっちです! 前方、右の角で弓を引き絞る音が……」

「〈カバーシールド〉!」


 第2射は、ベルンヴァルトがスライド移動してきて、大盾で弾く。その後ろから敵の姿を視認すると、小柄な鬼が弓を構えているのが見えた。灰色の身体に剥げた頭、その額には小さな角が生えている。ベルンヴァルトの角と比べれば貧相な物だが。

 そして、特徴的なのが、ガリガリな身体なのに、大きく膨らんだ腹である。

 その特徴で、直ぐにピンっと来た。


 ……小角餓鬼! さっきまで、〈敵影感知〉と〈敵影表示〉には居なかったのに!


 こちらが臨戦態勢になったせいか、1匹だけで不利と悟ったのか、小角餓鬼は背中を見せて逃げ始める。その背中に、〈詳細鑑定〉が間に合った。



【魔物】【名称:小角餓鬼(採取師)】【Lv31】

・小柄な人型タイプの魔物。常に腹を空かせており、採取場を荒らし、探索者に襲い掛る。直前に食べたもので、少しだけステータス補正が入る。

 半裸で簡素な武器を持ち攻撃してくるが、レベルが上がると武器の質や腕前が上がる。その際、戦士、スカウト、魔法使い、僧侶、採取師、商人のジョブいずれかと、似たようなスキルを使うようになる。ただし、厳密にはジョブではなく、模倣したスキルである。

 この個体は、植物採取師を模倣したスキルを使用する。採取地で手に入れた食べ物を配り、仲間を強化。そして、姿を消した状態で弓による奇襲を行う。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:餓鬼の小角、同階層の採取物】【レアドロップ:装備品、大銅貨】



 ……〈潜伏迷彩〉か!

 弓で攻撃したから、迷彩が解けたのだろう。その逃げて行く先を見ると、赤い光点が3つ有る事に気がつく。


「レスミア、止まれ! 待ち伏せされているぞ!」


 小角餓鬼を追い掛け始めたレスミアを呼び止めた。壁走りを止めて、ふわりと着地すると、戻って来る。

 全員集まってから〈詳細鑑定〉の情報を共有した。


「隠れて攻撃してくるって聞いていましたけど、〈潜伏迷彩〉も使うんですか!?」

「今、合流して4匹になったけど、直ぐに1匹消えた。又、迷彩状態でかくれたんだろう」

「……それなら、私の〈猫耳探知術〉で探し出しますよ。足音でも、弓を引き絞る音でも聞き逃しません!」


「接敵と同時に魔物の多い所へ〈ストームカッター〉を打ち込むから、巻き込まれるなよ。

 俺とヴァルトで、残った奴を」

「おう、任せとけ!」



 簡単に打ち合わせしてから、前に出た。歩きながらロングソードの先端にランク0の〈ブロア〉の魔法陣を灯し、即座に魔剣術を使用する。そして、改めて〈エレメンタル・チャージ〉の力で〈ストームカッター〉の魔法陣を急速充填する。


 魔剣術の裏技かな?

 ランク0を付与しても、戦闘に使えば直ぐに切れてしまうが、〈エレメンタル・チャージ〉の効果を使うだけなら十分である。普通に充填するよりもかなり早いので、ランク0の消費MP程度であれば安いものだ。


 緩いカーブの通路を進むと、小部屋に陣取る魔物達が見えた。入口に1匹、後方に2匹。後ろに点滅魔法陣をロックオンして、魔法を発動させた。

 ボロボロのローブに、節くれだった杖を掲げる……魔法使い型の小角餓鬼か!


「〈ストームカッター〉!」

「〈ギャギャ、ギャ〉!」


 緑と茶色の閃光が辺りを走ると同時に、身体に伸し掛かるような衝撃を受けた。範囲魔法の属性ダメージだ。そして、茶色は土属性。ちらりと上に目を向けると、天井いっぱいの釣鐘岩が落ちてくるところであった。


「受け止めるぞ! 来いやああああ!」


 一緒に範囲魔法のダメージを食らっていたベルンヴァルトが、大盾を構える。その直後、金属が悲鳴を上げた。

 通路狭いこともあり、〈ロックフォール〉の釣鐘岩は少し小さ目である。それでも数トンはありそうな岩を、ベルンヴァルトは受け止めきった。


 ……流石は鬼人族! 

 内心喝采を贈りつつ、俺はストレージの黒枠を出し、釣鐘岩へと手を伸ばした。黒枠を接触させて、格納する。

 HPの減り具合は俺が1割強、ベルンヴァルトが3割弱、回復の奇跡は後回しでいいな。


 前を見れば、魔物の数が減っているが、ボロいローブの魔法使い餓鬼は健在のようで、杖を掲げている。

 魔物達の方でも、俺が撃った風の刃がミキサーとなって吹き荒れたのだが、倒れているのは1匹のみ。魔法使い餓鬼は、精神力ステータスの高さでダメージが軽減されたのだろう。

 杖の先に魔法陣が現れた。


 ……先ずは、奴から倒さないと!

 レスミアの姿は見えないので、小部屋内の死角に居るのだろう。魔法では、また軽減されてしまうと考え、剣で仕留めることにした。


 小部屋までの距離は遠くない。走れば直ぐである。

 ただし、入口に邪魔者がいた。小柄な身体に鉄の胸当て、短い剣と四角い鉄の盾を持った、戦士餓鬼だ(多分)。

 鉄の装備品がボロボロに錆びているが、盾を構えているのがいただけない。相手にしたら充填が完了してしまうからだ。


 ……アレの相手はベルンヴァルトに任せて、俺は魔法使いに行くか。


 幸いにも敵の武器はショートソードよりも短い。斜めにステップして、剣の届かない位置から素通りした。


「ギャアアア、ギャアア!」


 部屋の中に突入した着後、後ろから耳触りな泣き声がした。その声があまりにも不快で止めたくなり、急停止からの反転をする。

 そして、改めて灰色の餓鬼を見たら、殺意が湧いて来た。あの突き出た腹や、ハゲ頭が目障りでぶち殺したくなる。


 頭の中で冷静な部分が「充填阻止が優先!」と言っている気がしたが、本能的には目の前の戦士餓鬼から、目が離せない。

 仕方がないので、腹を決めた。


 ……速攻で倒せば、問題無い!


 ロングソードを振りかぶり、斬り掛かる。しかし、錆びた鉄の盾に阻まれ、嫌な金属音を奏でる。流石のウーツ鋼製でも、厚めの盾は両断出来ない。深い切り傷は残せたので、3回くらい同じ箇所を斬ればイケるかも?

 返す刀で横一文字に振るが、これも防がれる。と、言うより盾に隠れたままだ。


 ……落ち着け! 亀みたいに縮こまっているだけだ!

 ベルンヴァルトとの模擬戦のように、剣を盾で弾いたり、シールドバッシュしてきたりした訳でもないが、無理に力押しをしてカウンターでもされたら不味い。

 冷静になれと自分に言い聞かせ、息を吐いてロングソードを構え直す。

 よくよく考えたら、武器を使う魔物は初めてだ。模擬戦でもない真剣勝負、加えて人型なのがやり難い。クラウソラスの光剣で山賊は殺したが、自分の手で斬り殺した事はないのだ。


 ……散々、動物型の魔物を殺しておいて、今更だけどな!

 灰色の人間など居ない。アレは魔物だと、重ねて自分に言い聞かせるのだが、餓鬼の姿を見ると殺意が溢れてきてしょうがない。良く分からない自分の感情に、翻弄されるのだった。

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