第369話 カラフルな羊

 ダンジョンギルド第1支部は、第2支部と比べて混雑している。これは貴族用と平民用に分かれていないからだけでなく、単純に儲かるから人が多いと言うのもある。街中から集まる実力者だけでなく、業者が抱えている採取パーティー、それに引退したけれど下の階層で狩りや採取を楽しむ人。

 下の階層への転移ゲートの順番待ちをしていると、様々な人が並んでいた。煌びやかな装備品のパーティーは学園の卒業生だろう。毛皮のコートを羽織っている人達は、噂の雪山フィールドかな?

 年季の入った傷だらけの鎧に、背負籠を背負ったおじさん達もいる。多分、探索者を引退した採取組だろう。採取と言っても、魔物のドロップ品を集める人達は良い装備をしている。見覚えのある文様の槍は、ウーツ鋼製に違いない。



 俺達が降り立った30層にも、そんな武器持ちのパーティーで混雑していた。ボス階層なので、つづら折りの道の先が見える。少なくとも5パーティーくらいは居そうだ。


 しかも皆さん、道すがらの小部屋にも寄り道して、狩りを楽しんでいるもよう。


「カラフールは一昨日刈ったから、無視してショートカットで良いよな?」

「ラムチョップは美味しかったので、有るに越したことはありませんけど、コカ肉が優先ですよね」

「だな、待機部屋が混む前に、行こうぜ」


 満場一致でショートカットを進んだ。

 その途中、小部屋の中に大きな毛の塊が見える。赤青黄色と3匹並んだそれが、羊型の魔物カラフールだ。



【魔物】【名称:カラフール】【Lv30】

・大型の羊魔物。その豊かな毛で斬撃、及び打撃に強い耐性を持つ。個体毎に違う色の毛を持ち、その色の属性に対しても耐性を持つが、弱点の風属性の緑色は存在しない。主に頭突きによる攻撃と、軽い睡眠効果のある鳴き声で攻撃してくる。ただし、鳴き声は他の魔物にも効く無差別仕様。仲間の鳴き声で眠ってしまう事もある。

・属性:土

・耐属性:水、毛色に対する属性

・弱点属性:風

【ドロップ:カラフル羊毛】【レアドロップ:ラムラック】



 要は村にも居た豚肉……もとい、ジーリッツァのパワーアップ版だな。脂に塗れていないけど、その代わりに毛の量が増量されている。どれくらいかというと、体高が1mの羊に毛を増量して、ワゴン車サイズにした感じである。もはや、毛だらけで、どこに脚が埋もれているのか分からない程。


 鑑定文にある通り、分厚い毛のせいで斬撃や打撃は通らず、槍による刺突でも、威力が減衰されてしまう。そして、泣き声に睡眠効果は有ると言っても、「メェ~」と聞いただけでは欠伸がしたくなる程度。

 防御に全振りな魔物なのだった。



 周囲の戦闘を観戦しながら進むと、半数くらいは魔法を使っているのが見える。範囲魔法の〈ストームカッター〉で盛大に毛刈りされては、巻き上げられているので分かりやすい。

 弱点である風魔法を使っても一撃とはいかないが、毛は簡単に散髪出来る。そこを前衛に倒してもらう訳だな。実は〈ウインドジャベリン〉を頭に打ち込み、胴体を貫通させれば一撃なのだが、大量の毛のせいで狙い難い。正面に立つと頭突きをして来るし。


 そして、魔法使いが居ないパーティーは、長柄のハンマーを振り下ろし、角を狙って打撃していた。

 カラフールで唯一見えているのが、頭に生えている巻き角であり、これを武器に体当たりしてくる。そこを逆手に取り、角を打撃して脳を揺さぶり、気絶させるのが狙いなのだ。固いので相応の膂力がないと、大変そうだけどね。


 ドロップ品のカラフル羊毛は、衣服を始めとした布製品全般に使われており、町での需要は多い。ついでにレアドロップで、ラムラック(子羊の骨付きロース肉の塊、切り離すとラムチョップ)も取れるから、業者には人気な魔物である。今、30層において狩りをしているパーティーが多いのも納得だな。




 さて、ショートカットも終点である。大扉の前の広場は、小部屋以外で魔物が出現するポイントであるが、そこでも先客が戦っていた。

 黒い鎧の青年が、淡く緑に光る剣を振るい、盛大に毛刈りをしている。剣閃が振るわれる度に、毛がバッサリ切られると、中の羊が出血していた。


 恐らく、アレは風属性が付与された武器なのだろう。魔法を使わずとも弱点が付けるのが利点であるが、値段が高いのが難点。ついでに、魔物の属性によっては、威力が減ることもあるので、属性毎に使い分ける。もっとも、全属性揃えるとかブルジョアジーなので、大抵は難所と呼ばれる階層を突破するのに用意するそうだ。


 ……俺には魔剣術があるから、必須では無くなったんだよな。改良したロングソードで、十分強いし。



 そうこうしている内に、青年が首筋に剣を突き立て、止めを刺していた。残る魔物は、盾を構えた少年戦士が抑えている内に、うさ耳魔法使いが〈エアジャベリン〉で串刺しにしている。


 うん、知り合いだな。戦闘が終わってから声を掛けた。


「おーい、テオ! お疲れ~。

 こんな所で奇遇だな。この間、34層に行ったとか言っていたのに」

「お、先週ぶりじゃねーか。もう、30層まで駆け抜けて来たのかよ。相変わらずはえーな。

 ま、俺達はアレだよ、メンバーを増やしたからな」


 テオが親指で指した先には、先程の盾を構えていた少年がいる。それに加えて、背負子を背負った壮年の男性もいるので、いつの間にやら6人パーティーになっていた。つまりは、新メンバーのレベリングなのだろう。


「ミーア、この間教わったラムチョップ、上手く焼けた」

「まぁ、オリーブオイルと塩コショウで焼いただけ……教わったソースはアタシが焦がしちゃってね」

「う~ん、美味しければ良いじゃない? 肉汁を使ったソースも、分量を守って少し煮込むだけだから、何度かやれば慣れるよ」


 女性陣は、ウチで料理教室をしているか、早速料理の話をし始める。取り敢えず、立ち話も何なので、ボス前の待合室へ行くよう促した。


 待合室には誰も居ないが、ボスへの扉は閉まったまま。誰かが戦闘中のようだ。休憩するには早すぎるので、備え付けの椅子に座り情報交換だけした。テオのパーティーは、星泡のワイングラスを手に入れた功績により、実家からの支援を貰えたそうだ。それが、分家筋の少年戦士と、庭師をしていた採取師らしい。それに、腰に差している剣を少しだけ引き抜き、刀身を見せびらかしてくる。独特な模様はウーツ鋼だ。


「腹違いの2番目の兄貴のお下がりだけどな。ウーツ鋼製なうえ、風属性付きなんだぜ! ふっふっふっ、良いだろう?」

「おっ! やっぱり、属性付きか。羨ましい……

 まぁ、俺もウーツ鋼製に武器を改良したけどな!」


 見せびらかしに対して、こっちも自慢し返す。腰に佩いていた、長剣を引き抜いた。



【武具】【名称:雷のロングソード】【レア度:C】

・ウーツ鋼製のロングソード。サンダーディアーの角を芯材に使用しており、魔力を流すことで雷属性を帯びるが、追加ダメージを与える程度。相手を麻痺させるには威力が足りない。

・付与スキル〈雷〉



 調合と〈フェイクエンチャント〉に掛かり切りで、ダンジョンに行けない日々が続いていたので、空いた時間でツヴェルグ工房で武器を改良して貰ったのだ。ウーツ鉱石は、まだ手に入れていないので、素材と改良費とお金が掛かったが、あぶく銭があるので問題ない。

 そして、芯材となっているが、要は今まで使っていた雷のホーンソードに、ウーツ鋼を被せて大型化した物である。ロングソードと名の付くように、長く太く重くなって攻撃力は増した。少し重いが、重戦士の〈装備重量軽減〉か、武僧の筋力値ステータス補正大アップがあれば、バフ無しでも振り回せる。


「オーダーメイドとか、金持ちめ。まぁ、店が評判だしな。

 それより、そっちはまだ3人なのか。この先の、34層から大角が出てきてキツくなるから、戦闘要員を増やした方が良いぞ。ただでさえ、31層からは魔物が4匹出てくるんだ」

「ああ、増やすつもりだったんだけど、レスミア目当ての奴が多くてね……断ってばかりだ」


 20層未満の低層は、レスミアに任せて駆け抜けて貰ったのだ。闇猫の〈宵闇の帳〉で身を隠し、〈猫体機動〉で壁を走れば、魔物もやり過ごして駆け抜けられる。スティングレイブーツの付与スキル〈接地維持〉もあるから、落ちる心配もない。〈ゲート〉を付与した銀カードがあれば、いつでも脱出出来るからこその、単独行動なのだった。

 ただ、難点として、ギルドで単独行動するレスミアが、ナンパされる事が増えた。


 ただまぁ、貴族街なのでガラの悪い勧誘ではなく、ソフィアリーセ様の仲間だと言えば諦める程度である。

 それでもナンパは人によってはしつこいので、ベルンヴァルトを送り迎えに付けて、虫除けにした。その後、20層を超える頃には俺も〈フェイクエンチャント〉の仕事が一段落したので、3人で攻略した訳である。


「ハハッ、一時期、噂になっていたもんな」

「うん、ナンパされてたの助けた」

「あの時は、ありがとうね。

 本当に、例のドレス装備を着ていなくて正解でしたよ」


 着ていたら注目の的になるのは間違い無いからな。

 そんな訳で、ギルド経由でパーティーメンバーを募集しても、無駄に終わった。いや、レスミア目当て以外の人もいたが、伯爵の後援だけが目当てだったり、最初からサポートメンバーで寄生をしようとしたり、碌なのが居なかったんだ。ただでさえ、第1ダンジョンで活動している人は、既にパーティーを組んでいる事が多い。その為、ソロでいる探索者は、一癖も二癖も多い人が目立ったのだ。



 そんな話をしていると、ボスへの扉が開いた。コカ肉の為に周回したいと話し、先に入らせてもらう。

これが初戦なので、少し心配されたが、情報は仕入れてあるし、対策も取ってある。肉が人気のボスなので、既に楽な倒し方が確立されているのだ。

 ストレージから取り出した魔道具をテオに見せた。



【魔道具】【名称:麻痺煙幕玉】【レア度:D】

・強い衝撃を与えると、麻痺粉を周囲に撒き散らす。煙幕玉より効果範囲が狭いので、撹乱目的には不向き。麻痺の状態異常用と割り切ろう。

・錬金術で作成(レシピ:煙キノコ+フクロトビタケの麻痺粉)



「麻痺煙玉のレシピを買って、量産してあるから大丈夫だって、万が一の時は切り札を使うし」

「ああ、ソレがありゃ楽勝だわな。寧ろ、余っているなら10発くらい売ってくれ」

「毎度あり。友達価格で5千円にしとくよ」


 錬金術師協会への納品した場合の価格が5千円なので、売店で買うよりは安い。

 そんなやり取りの後、ボス部屋に突入した。

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