第366話(閑話)OPアクト4、北の村の異変と安全な街道?

 ムッツの馬の脚は早く、行きの半分の時間で移動し、アドラシャフトへと到着した。

 そして、休憩も取らずに転移ゲートの列に並び、移動する。たった2日で領境に一番近い、ムッツの奥さんの実家がある町へと到着した。街もアドラシャフトの領都程ではないが、そこそこ大きく、そこの老舗だと言う錬金術の店『エルナート』も大きかった。

 そこで、アタシがムッツの妹だとか隠し子に間違えられるアクシデントがあったけど、そのお陰で一泊させてもらえたので、ラッキーと思っておこう。

 そして、翌朝。居心地が悪いのか、奥さんが恋しいのか、早速とんぼ返りするムッツに連れられて、この町の商業ギルドへとやって来た。


「僕の知り合いに頼んで、ヴィントシャフトの領都行きの商隊に加えて貰える事が出来たよ。ただし、陸路で転移ゲートの無い小さな町や村を経由して行商して行くから、10日ほどかかるけど。まぁ、そのロバで直接向かうより、速くて安全だろう。

 君は乗客じゃなく、余興役って事にしたから、休憩時間とか夜には歌や踊りで楽しませてやってくれ。ただ、旅費と相殺になっているから、お金の請求はしない事、いいね?」

「おお! ありがと!

 昨日の今日で手配するなんて凄いね! 助かったよ!」

「ハハッ、商人として昔拠点にしていた街だから、これくらいはね。

 それと、これはザックス宛の手紙、こっちは僕の奥さんからレスミア宛て。間違えないように。

 二人とも挿絵の通りだからすぐにわかると思うよ。赤髪と銀髪で目立つからね」



 ムッツには改めてお礼を言い、アタシは商隊の馬車で出発した。

 商隊は馬車3台で、荷物には余裕があるそうなので、アタシも乗せて貰えた。足の早い商品や重いものはアイテムボックスに入れ、嵩張るけど軽い物や、腐らない物を馬車の荷台に乗せるらしい。アタシくらいの重さなら乗っても負担にならないってさ。ついでに、アタシのロバは、売る時間も無かったので、馬車にくっ付いて歩いて来ている。う~ん、買ったのは失敗だったかなぁ。



 それから1週間かけて、2つの村を巡り、1つの町で商いをして回る。行く先々で、歌を披露し、かぼちゃの物語を語った。好評なのは良いけど、収入が無いのが厳しい。ランドマイス村で稼いでおいて良かった。でないと、町で買い食いも出来なかったよ。


 そして、漸く4つ目のルイヒ村へ辿り着いた。ここは道程の中でヴィントシャフトの領都に一番近い村であり、馬車で2日くらいの距離らしい。最後の休憩であり、補給でもある。この村の農作物や、工芸品、ダンジョン素材等を買い取り、満載にしてヴィントシャフトで売るそうだ。

 つまり、かなり狭くなってきた荷台には、アタシが乗るスペースは無い。まぁ、3つ目の村の後からは、馬車から追い出されてロバ移動になっているんだけどね。売らないでセーフ!


 ルイス村の北の簡易防柵(獣避け)にある自警団の詰め所を抜け、畑道に出た。この村も中心部の広場に宿屋等の施設が揃っているらしいので、そこに向かうらしい。アタシもロバに揺られながら、後を追う。


 ……秋播きの野菜が収穫時期かぁ。白菜とかスープにすると、トロトロで美味しいよね。寒くなってきたし、宿のメニューに有ったら頼もうかなぁ。

 そんな事を考えながら進んでいると、途中から前の馬車の速度が遅くなり、しまいには止まってしまった。

 何かあったのかと、馬車をぬかして前に向かい、御者のオジさんに聞いてみると、


「分からん。広場に人集りが出来て、進めんみたいなんだが……祭りって時期じゃないんだよなぁ」

「アタシが前に行って見てくるよ!」


 ロバの手綱を馬車の端に括り付け、アタシは単身前に向かう。前の車両を追い抜かすと、人が増えてきた。その口々に、「魔物が来たって本当か?」「街に行ったパーティーが連れて来たってさ」「おいおい、自警団はどうしてる?」なんて声が聞こえてくる。


 広場に入るとそこでも何台かの馬車が止まっている。しかし、人集りが多いのは正面南門(柵)の方。身体の小ささを活かして、人混みの下を擦り抜けて、前に向かう。


 すると、人集りの中心には泥だらけの人が4人。同じく泥だらけの馬が2頭居た。髪の毛からブーツに至るまで、服の色も分からない程泥に塗れて無事なところはない。その内の1人が、自警団に喰って掛かっているが、泣き声のようで聞き取れない。

 そこに、自警団の人が、水の入ったバケツを持って駆け寄る。


「おい! 先ずは頭を冷やせ! ぶっ掛けるぞ!」

「わっぷ、こんな場合じゃ! ゴホッ、ゴホッ」


 用水路から組み上げられた水が、次々に運ばれて来ては掛けられていく。泥の中から現れたのは、革鎧の弓持ち男が2人、僧侶の法衣の青年が1人、そして僧侶と抱き合い泣きじゃくる女の子が1人。

 そして、先程まで喚いていた弓使いが、落ち着いたのかゆっくりと話し始める。


「俺はヴィントシャフトの第1騎士団の見習いだ。ギルドからの要請で、行方不明者の捜索にあたっていたところ、魔物に襲われてパーティーの殆どがヤラレちまった。村に巡回の騎士団はいるか?

 居なけりゃ、街の騎士団に連絡をしてくれ!」

「落ち着け! この村まで魔物は来そうなのか? ウチのダンジョンには何も異常は起こっていないぞ!」

「い、いや、生き残りの馬で、振り切って来たから、ここまで来るとは……ただ、街道を使うと襲われるかも知れん。そこまでは追い掛けてきた」



 男への聴取が続くに連れて、周囲の野次馬のざわめきも消えていく。

 曰く、行方不明者を捜索している内に、村の南にある綿花畑用の取水池が、沼地に変わっている事を発見。

 泥の中から現れた大型の蛙型魔物2匹に不意を突かれ、パーティーメンバーが次々と踏み潰され、喰われていった。後方に居た弓使いと僧侶、荷物持ちの少女は、泥の波に飲まれたものの、何とか逃げ出せたらしい。


「俺達を追ってきた魔物は、街道に置いておいた馬車を押し潰す程の大きさだ。見習いに……いや、合同調査していたパーティーはセカンドクラスだったが、それでも手も足も出なかったんだ。街からサードクラスの騎士団を呼んでくれ!」

「こんな北の方まで、魔物が流れて来たのか?!

 ううむ、仕方ない。街への街道は、騎士団が討伐するまで、通行禁止にする!

 聞いている村民は、話を広げてくれ。間違っても、街に買い出しに行くんじゃないぞ!」


 こうして、街道は封鎖され、アタシ達は足止めされるのだった。






 それから、4日が経った。

 便乗していた商隊は、他の村や町を周る遠回りルートで、ヴィントシャフトの街を目指し旅立って行った。


 その一方、アタシはこの村に残る選択をしたのである。

 うん、商隊と一緒に行った方が安全だし、楽なんだろう。

 ただし、商隊に居る間は収入が無い。そして、村で宿屋に泊まれる時は、ベッドで寝たいので、宿泊費は必要になる。

遠回りで2週間の旅程は、懐事情が厳しかったんだ。


 それに、騎士団に救援を出したのだから、1週間もあれば魔物は討伐されると、ギルド職員が言っていた。それならば、街まで2日の距離なので、待っていた方が早いよね?


 待っている間は、夜に酒場で公演を開いているけど、この村にもダンジョンがあるらしく、そっちでも金稼ぎをする事にしたのだった。





「フッ……当たらないよ!」


 呪いの踊り〈スローアダージオ〉で、動きが鈍くなった魔物の攻撃を、踊りながら小さくステップして避ける。そして、くるりと回転しながら、手に持っていたナイフで魔物の胴体を切り裂いた。

 しかし、武器がアタシでも持てるナイフなので、傷は浅い。その場でピルエット《回転》して、2度3度と連続で切り付けてから、踊りの振り付け通りにジャンプで離れる。


 ……これぞ、ビルイーヌ族の得意なソードダンス!

 まぁ、子供みたいな体格じゃ、ナイフくらいしか持てないので、威力は低いんだけどね。リーチが短いので、踊りながら敵の間合いを計るのも難しいし、踊りの振り付けから外れると、呪いの踊りの効果も切れちゃうから難しい。


「ええーい!」


 アタシが胴体や腕を切り刻み、魔物の動きが鈍ったところで、新しいパーティーメンバーの女の子がダガーを両手持ちして斬りかかる。ナイフよりも重く、威力のある振り下ろしが、藁人形を縛るわら紐を切り裂いた。


 こうして、魔物は藁をバラバラと溢しながら、倒れたのだった。


「ふう、昨日より楽に倒せるようになったね。

 フィオーレさんの踊りのお陰だよぉ」

「アタシも1人じゃ倒すのに時間が掛かるからね。クンナが居て助かるよ。

 それより急ご! 折角早起きしたんだから、一番乗りで蜜リンゴを収穫しましょ!」



 現在、朝の5時。ダンジョンの3層で採取地を目指していた。

 そう、このルイヒ村でも、蜜リンゴが取れるの。


 ……うん、そうだよ。商隊に付いて行かず、待機を選んだのは、甘味があったからだよ!

 採取でお金にもなるし、宿に持って行けばデザートにもなる。最高じゃない!


 そして、魔物のストロー何とかと言う、藁人形を倒しつつ採取地に到着した。その部屋の端には4本の木が生えており、枝には赤や黄色、蜂蜜色に輝くリンゴが沢山実っている。


 ……良し! 一番乗りだから、半分の2本分も採れる!


「採取なら私に任せて、〈自動収穫〉!」


 大きな採取袋を広げたクンナが、スキルを発動させた。すると、一番近くの木からリンゴが飛んでくる。独りでに枝から取れて宙を舞い、袋に飛び込んで来る様は、魔法のよう。

 レアなジョブ、植物採取師は噂には聞くけど、実際に見るのはアタシも初めてである。


 クンナはダンジョンギルドで紹介された。ただ、アタシを含めて戦闘力が子供並みなので、3層を勧められたのだった。


 ……うん、4層からは一角ウサギらしいから、アタシじゃ勝てない。逃げ回れば、死ぬことは無いと思うけど。

 アタシもクンナもレベル20を超えているのに、変な話である。他の探索者をパーティーに入れられたら良かったんだけど。ううん、3層以下なら13か14歳の見習いでも良い。

 それすら出来なかったのは痛いけど、楽に収穫出来るから良いか。クンナが収穫している間、アタシも蜂蜜色の蜜リンゴを枝から採り、早めの朝食にした(只の丸かじり)。


 ……あ~! 甘熟の蜜リンゴは甘くて最高! 蜂蜜を齧っているで、癖になるよ!


「あっ、フィオーレさん。流石に蜜リンゴの丸齧りは、身体に悪いですよ?」

「ヘーキ、ヘーキ。踊り娘は、舞台の前に甘い物を食べるものなのよ。ずっと、踊るのも大変なんだから」


 女の子なのだから、甘い物には目がないのは、しょうがない。アドラシャフトからここまでの道中でも、お菓子を買い食いしてきたけど、蜜リンゴの甘さは別格だもの!



 それから、2層、1層へと帰りながら採取地にも寄る。朝一に来たお陰で、どの採取地にも一番乗り。クンナがこの村出身なだけあって、最短距離を案内してくれたのも助かったよ。


「最近は街の方で、蜜リンゴのお菓子が流行っているみたいでね。雑貨屋さん、ナールング商店でギルドより少し高く買い取って貰えるの。

 沢山取れたからね。ええと、2人で分けても、3万円くらいになると思うよ」

「おお~、こんな低層とは思えない程、稼げるのね。助かるよ~。流石、植物採取師!

 っと、前から誰か来るよ」

「うん、多分、村の人だと思う」


 進行方向から、ランタンの光が見えた。最短距離を歩くのならば、同じ村人なのは自明の理である。その予想は当たっており、照らされる距離まで近付いてきたのは、籠を背負った見習いの子供3人だった。


 本来なら挨拶を交わして擦れ違うとこだけど……クンナにフードを被せて、アタシだけ挨拶した。


「ご武運を~」


「お疲れ……お前は昨日の余所者! 後の奴、クンナだろ!

 おいっ、ここの藁人形は弱いけど、村まで連れて行くなよ!」

「ちょっと止めなよ。そんなの関係無いでしょ」「だってよ! コイツのせいで……」


 子供達同士で騒ぎ始めたのを見て、アタシはクンナの手を引いて駆け出した。昨日も揉めた子供とは、運が無いね。


 そう、クンナは先日の魔物騒ぎの生き残りである。その為、一部の村人から、『魔物をいたずらに刺激して、村の近くまで連れて来た元凶』などと糾弾された。もちろん、自警団の調べで、村の近くには魔物は追っかけては来ていないと分かっている。それで、大部分の村人は運がなかっただけと分かってくれたが、一部の村の外で仕事をする人が声を上げているのだった。


「クンナだって、仲間を亡くした被害者なのにね。

 やっぱり、騎士団が来るまで、家で大人しくしていた方が良いんじゃない?」

「ううん。お兄ちゃんだって、仲間の葬儀に回っているんだもん。アタシだけ隠れているのもね……それに、動いている方が、気が紛れるし、午後からは親戚の畑を手伝いに行ってくるよ」


 ……ほんと、早く騎士団が魔物を倒してくれれば良いのに。




 そんな願いは、意外と早く叶えられた。

 翌日、ナールング商店で買い取りをしてもらっている時、従業員らしき青年が飛び込んで来た。そして「騎士団が、来たぞ! しかも、来る途中で魔物を討伐してきたそうだ! 街道の安全が確保されたぞ!」と、声を上げる。

 すると、歓声が上がった後、店の中が急に慌ただしく動き始めた。馬車を回せとか、倉庫から何々を取ってこいとか、指示が飛び交う。この店も、街への輸送が出来なくて困っていたのだろうと分かる。


 不意に袖を引っ張られた。

 何かと思えば、寂しそうな顔をしたクンナである。


「よかった……けど、フィオーレも行っちゃうの?」

「あーーー、ヴィントシャフトの街じゃ、蜜リンゴのお菓子が流行っているんでしょ?

 沢山食べたいから、もうちょい稼いでからにするよ」

「……うん! ありがとう」



 こうして、しばらく滞在することになった。

 街道が開放されたことにより、クンナへの批判の声は消えていった。ダンジョンで言いがかりを付けてきた男の子も、母親に叱られたらしく、クンナへ謝罪に来ていたし。

 元々いた女友達との縁も戻ったようで、一緒にアタシの公演を見に来てくれたりもした。


 ……稼ぎが欲しかったのも、ホントだけどね。

 友達を加えた女の子グループで採取に行くのも楽しかった。藁人形が楽に倒せる代わりに、一人分の分前が減るのが痛かったけど。まぁ、ピクニックのついでに小銭が稼げたと思えば良いかな。


 それに、クンナの親戚の畑仕事の方も、今では収穫時期の畑を抱える農家に、引っ張りだこ状態らしい。


 クンナに笑顔が戻ったのを見届けてから、出発することにした。



「フィオーレさん、本当に一人で大丈夫?

 街に行く他の商人を待って、一緒に行った方が良いんじゃない?」

「ううん。宿も引き払っちゃったし、このまま行くよ。街まで2日程度の距離なら、一人でも大丈夫。旅慣れているからね」


 フィオーレの他にも数人、見送りに来てくれた。クンナの友達からは、蜜リンゴのクッキーを携帯食として頂き、宿の女将さんからは、他の吟遊詩人が忘れていったと言う楽譜を頂いた。


「街から帰る時は、ウチの村に寄ってね! また、歌を聞かせてよ、フィオーレ!」

「アハハ、探し人以外、予定なんて何もないからな~。風の吹くまま気の向くままってね。

 それじゃ、またね~」


 アタシは老ロバに乗り、出発した。



 魔物騒ぎがあったとは思えない程、街道は平和だった。林の中を通る道なのに、鳥や小動物すら見掛けない。


 ロバに揺られてポカポカと進む。太陽が上を向く頃には、昼食を食べて休憩。ポカポカと暖かい日差しに眠りへと誘われそうになったけど、夜の野宿の事を考えたら、予定のキャンプポイントまで行きたい。

 欠伸を噛み殺し、先に進んだ。




 ロバに乗りながら、3時のオヤツのクッキーを食べている時だった。

 ヒューっと、風を切るような音がする。何の音?と周囲を見回す前に、ロバの頭に矢が突き刺さった。


「え?! きゃぁ!」


 脚から崩れ落ちるロバの背中から、放り出されてしまった。速度が遅かったのと、落ちた先が路肩の草叢だったのが幸いして、地面を転がるだけで済んだ。

 慌てて起き上がり、ロバに駆け寄るが、既に事切れていた。


 ……一体何なの?! 街道は平和になったはずなのに、狩人の流れ矢? 


 混乱する中で、周囲を見回す。すると、街道脇の木々から、がさりと音を鳴らし、大きな人影が姿を表した。それも3つ。


「おっしゃー! 子馬を仕留めたぜ! 今日は肉にありつける! 」

「ホントだぜ。ご主人様の命令とはいえ、山ん中で監視とかつまんねーもんな。俺は女を攫う仕事の方が良かったぜ」

「おい、ちょっと待て! 馬じゃねえ、ロバだぞ!

 しかも、ガキが居る!」


 明らかに狩人じゃない。ボロボロの服に革鎧、生えっぱなしの髭面、ザンバラな髪、凡そ品性と言うものが感じられ無かった。耳が尖っているから、人族のようで違う種族かも知れないけど……どう見ても、盗賊である。


「チッ、ガキじゃ楽しめねぇだろ。殺るか?」

「ゲヒヒヒヒ、俺はイケるぜぇ。あれくらいの方が、締りが良いんだよ」

「お前のが小さいだけだろ。おい、取り敢えず攫っておくぞ。持ち場を離れたのも、商品の仕入れと、言っとけば良い」


 連中の声は半分も聞こえなかったが、最後の攫うと聞こえた時点で、アタシは無我夢中で森の中に逃げ込んだ。



 しかし、走れど、走れど、引き離す事が出来ない。時折、矢が射られて、行く手を阻むせいだ。無視して走ろうものなら、至近弾が飛んでくる。


「うろちょろすんじゃねぇ! 次は当てるぞ!」

「足と腕くらい、撃っちまえよ。尻さえ無事なら使えっからな」

「バカ共が、生け捕りだ! 商品にするって言っただろ!

 ポーションだってタダじゃねぇんだぞ!」


 そうして、逃げる方向を誘導され、3人の方位から逃げ惑っている内に、街道に戻ってしまった。


 ……ヤバッ! 障害物も無い所じゃ、格好の的だ!


 もう一度、森に逃げ込もうと、街道を横切って反対側に逃げ込もうとした時、足を取られて転んでしまう。

 慌てて身を起こすと、足にロープが絡みついていた。


「ハハッ、可愛い小鳥ちゃんを捕まえたぜ。動くなよっと」


 盗賊の1人が、石を括り付けたロープを振り回し、それを投擲した。野鳥を捕まえる猟具のボーラだ。

 追加で投擲されたそれは、足を縛られて避けられないアタシの胴体と腕に絡み付く。ついでに、ロープの先端の石が身体を強打し、倒れ込んでしまう。


 咳き込む視界の向こうには、下卑た笑いをする盗賊が近付いてくる。


 ……怖い!……犯される? 殺される? アタシはまだ何も成し遂げて無いのに!

 お母さんの楽器を弾くことも! 劇団に入ってステージに立つ事も! まだ見ぬ英雄譚を歌う事も!


 あまりの理不尽に、折れかけた心に火がついた。


「絶っったいに、諦めない!!!」


 縛られたまま横に転がり、少しでも盗賊から離れる。

 後ろからバカ笑いが聞こえるが、無様でも良い、最後まで足掻くんだ。

 この道の先には、ヴィントシャフトがある。誰かが、通りがかる奇跡だって……




 涙で前が歪む……その目に赤い閃光が映った。続いて、青い光、茶色の光が一条の線を描いて飛んでくる。

 それは、アタシの頭上を通り越し、後ろから汚い悲鳴が上がった。


 後ろなんて、もうどうでもいい。アタシは目の前の光景に目を奪われていた。


 それは、奇妙な馬?に乗った青年が、横滑りに止まるところだった。馬を消した青年は、剣を突きつける。

 赤髪に、色とりどりの宝石が付けられた宝剣、宙を浮かぶ光る短剣は、挿絵の通り。物語の英雄の登場に、アタシは胸を躍らせていた。


「赤字ネーム共! お前等は光剣に包囲されている! 無駄な抵抗は止めて、武器を捨てろ!

 お前らには黙秘権も無いし、弁護士を呼ぶ権利も無い! 殺さないだけ、ありがたく「ザクセス! 本当に居たのね!!」」


 感極まって、呼びかけてしまった。しかし、期待した返事はなく、ザクセスは困惑した表情を見せる。


「え?! 俺の事? いえ、人違いですよ?」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――

騎兵隊登場!と言ったところで、閑話は終了です。

次回は、時系列を2日前に戻して、本編を再開します。


時系列的な小ネタ

●フィオーレの軌跡、()内は本編の時系列

・アドラシャフトにやって来る (本編開始前、4月頃、レスミアが村に住み始めた)

・パーティー結成(本編開始前、7月頃、レスミアは麦の収穫に駆り出されていた)

・3ヶ月でパーティー追い出し(175話花火大会、メイドトリオで花火鑑賞)

・1週間バイト後に、かぼちゃ公演開始(188話ヴィントシャフトへ移動、お揃いの服でウキウキ)

・ランドマイス村へ移動(321話ダイヤモンドを作った辺り、初めて見る宝石を予約出来て、内心舞い上がり)

・フルナの故郷の町と、実家のエルナート商会(338話30層ボス辺り、新作メイド服作りを手伝う)

・ルイヒ村到着(スキップ期間、第1ダンジョン攻略中、暗幕状態で爆走して魔物に間違えられる)

・盗賊の襲撃(ギルドからの依頼を受けて、ザックスのみ移動。今後の話)

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