第365話(閑話)OPアクト3、物語の登場人物達とリアルな姿

 レニから色々聞き出した後、宿を出てダンジョンギルドへ向かった。ザクセスとミーアが居ないのは残念だけど、村人から客観的な話も聞きたい。レニは子供だし、1人の意見じゃなくて複数の情報は必要だよね。物語は見る視点によっても内容がガラリと変わることもあるから。


 ついでに、蜜リンゴ食べたい。その為には、ダンジョンギルドで転入届を出さないと。




「あー、済まないな、お嬢ちゃん。今、騎士団と自警団で、とある任務を遂行中でな。この村のダンジョンは、関係者以外立ち入り禁止なんだ」


 ギルドにいた僧侶のオジさんに手続きをお願いしたところ、転入届を突き返されてしまった。

 残念。こんな田舎の農村に、騎士団が常駐しているとは珍しい。もしかしたら、侵略かぼちゃの影響かも?

 ここでも本を見せて、話を聞いてみた。


「おーおー、その本! 本当に観光客が増えるとはなぁ。

 何を隠そう、俺もその本に出ているんだぜ。ナイスミドルなギルドマスターにして司祭とは、俺の事よ!」

「えぇ、ナイスミドルって、どこが?! 挿絵を美化し過ぎでしょ!」


 最後の方、討伐パーティー結成シーンの挿絵には、司祭も描かれているけど、髭があって身体が大きい以外は別人である。

 段々と本の信憑性が怪しくなってきた。取り敢えず、気になっていた事を聞いてみる。教会の司祭なら、ザクセスのジョブについて知っているはず。


「ザクセスの『英雄』ジョブって、実在するんですか?

 剣も魔法も使えて、スカウトみたいに罠も見破れるとか、お伽噺みたいですよね?」


 聖剣に次いで、おかしな点である。最初読んだときは、戦士と魔法使い、スカウトの3人分を統合したのが、ザクセスなのかと思った程だ。

 アタシの指摘に、一瞬詰まったギルドマスターだったが、直ぐに後頭を掻いて誤魔化しに掛かる……ように見えた。


「あー、その本の通りといえば、その通りなんだが、あまり詳しくは話せんなぁ。他人のジョブの話だからな、聞きたきゃ本人に聞くことだ」

「本人って、アドラシャフトに居るんだよね?

 アタシは平民街に居たけど、噂にもなってないよ。貴族街に居るの?」

「いや、アドラシャフトから移動したと聞いたぞ。

 何処だったか……おーい、ムッツ!居るか!」


 ギルドマスターは、側面の壁にある扉に向かって声を上げた。向こうからガタガタと音がしたあと、男の子を抱えた女性が扉を開けて入ってくる。


 ……あ、人族の男の子じゃなくてビルイーヌ族だ!

 向こうと目が合うと、感覚的に分かった。何で抱っこされているのか不思議だけど。


「おや、この村にビルイーヌ族とは珍しい客だね」

「まぁ、可愛らしい子じゃない。あなた、知り合い?」

「いや、知らないけど……あの本を持っているって事は、アドラシャフトで買った観光客、もしくはファンってところじゃないかな」


 ……鋭い!

 どうやら、夫婦みたい。どっちも30歳くらいの新婚さんかな?

 取り敢えず、疑問は飲み込んで、挨拶をした。


「ええ、アドラシャフトから来たフィオーレです。吟遊詩人なので、小説の舞台となった村を見に来たの」

「お前等、客が来ている時くらい、イチャつくのは辞めろよ」

「嫌よ。もうすぐ、旦那が街に納品に行っちゃうんだから、その分だけイチャイチャしたいじゃない」

「あははは、まぁ、いつもの事だよ」


 ムッツと呼ばれていたビルイーヌ族は、達観しているのか、されるがままだ。まぁ、新婚さんなら、少し離れるのも寂しいのだろう。

 話が進まないので、ギルドマスターに目配せすると、思い出したように手を打った。


「こっちの嬢ちゃんが、ザックスに会ってみたいらしくてな。お前、前回街に行った時に、噂を集めて来たって話していたろ?

 あん時、酒場で飲みながら話したせいか、うろ覚えでな。アドラシャフトから何処に行ったんだ?」


 すると、ムッツはあからさまに溜息をついた。話し甲斐がないとか、飲み過ぎだ、みたいな非難する目である。そして、その目がこちらに向いた。目踏みをするような眼であったが、直ぐに笑顔で話し始める。


「フィオーレだっけ?

 君は何のために、ザックスの行方が知りたいんだい?」

「ザックスって、小説のザクセスの本名?

 まぁ、純粋な好奇心だよ。この小説を元に、物語を詠ったんだけど、お客さんの受けが良かったの。

 それなら、舞台となった村で情報を集めれば、もっと良い物語に出来ると思った……だけど、宿屋のレニから聞いたところに依ると、小説は殆ど実話で、お伽噺みたいな聖剣が実在するんだよね?

 本当なら、見てみたいじゃん!」


 ビルイーヌ族は、音楽と踊り、旅とおしゃべりが好きな種族である。結婚して子供が出来れば、落ち着くなんて言われているけど、ムッツなら新婚だろうし、アタシの気持ちも分かるはずだ!

 そんな思いを込めて主張すると、苦笑で返された。


「まぁ、良いか。アドラシャフトでも噂になっていたから、調べれば分かる情報だしね。

 ザックスは今、ヴィントシャフト領に行っているらしいよ」

「ヴィントシャフト領? え~っと確か、西の領地だっけ?」

「違う、南だぞ」


 そうだ、西は何とかっていう猫の国だった。

 アタシは北生まれなので、この辺の地理には詳しくない。ランドマイス村に来る前に調べたけれど、あれはアドラシャフト領の地図だったから、領外までは知らないの。

 アタシが首を捻っていると、ギルドマスターが簡易地図を出して教えてくれた。それによると、


「遠いなぁ。陸路で行くなら、アドラシャフトに戻って、町や農村を3つ経由して、領境を跨ぐ街道に出ないと行けないのか~。アドラシャフト領は大き過ぎだよ。しかも、ヴィントシャフト領に入ってからも同じくらい遠い……」

「いや、アドラシャフトから転移ゲートを使えばいいだろう?

 領地外まで飛ぶのは高額になるが、アドラシャフト領内ならそこまでじゃないぞ」

「いや、アタシからしたら、十分高いよ」


 転移ゲートは誰でも使えるわけでなく、商人しか使えない。だから、普通の人は商人に連れて行ってもらうしかないけど、運賃として高額を要求されるんだ。

 その為、故郷を出る時に使った以外は、陸路で移動している。行く先々で、旅費を稼ぎながら、南下してきたってわけ。


 ……さて、どうしよう? ザクセスを追っ掛けるのを辞めたとしても、この村のダンジョンに入れないなら、冬を越しの長期滞在は厳しい。宿代は街程高くないけど、3か月以上も滞在する程のお金は無い。それに、都会程人が多くない村では、歌や物語の公演で稼ぐのにも限度があるからだ。レパートリーはあるけど、そのうち飽きられてしまう……他の村か町に行く?

 アタシが地図を見て悩んでいると、ギルドマスター達はザクセスの話題で盛り上がっていた。


「あの本、売れ行きが好調みたいでね。熟練職人の奥様方には、量産するようお願いしたくらいだよ。

 次は別の街にも売りに行こうと思うんだ」

「まぁ、これから農閑期だから、丁度良いんじゃねぇか。

 それにしてもよ、ザックスの奴、何で態々ヴィントシャフトに行ったんだ?

 アイツ、ウチの領主様が後援してた筈だろ」

「ああ、うん。色々と噂は流れていたけど、信憑性があるのは、元婚約者とよりを戻す為に、向こうのダンジョンを攻略しに行った……かな」

「何だそりゃ?」「何それ?! ミーアはどうなったの?!」


 思わず叫んでしまった。だって、婚約者に振られたから、村に傷心旅行、そしてミーアと運命的な出会いをして結婚(正確には婚約)したのに! 他の女と縒りを戻すの?!


「ああ、いや、レスミアも付いていったらしいよ。お貴族様だから、嫁は何人でもいいし。

 まぁ、噂だから正しいかはね。本当のところは、本人にでも聞いてみるしかないさ」

「むぅ、気になるじゃない!

 続きがあるなら、やっぱり、追い掛ける事にする!」


 ……ハッピーエンドが覆されるなんて、我慢がならない!

 2巻を盛り上げる為にしても、やりようなんて他にあるでしょ!

 ルートを見直す為に、改めて地図を覗き込む。すると、不意に頭を撫でられた。いつの間にやら、ムッツから離れた奥さんが、アタシの頭に手を伸ばしていたのだった。その目は、まるで子供を見るように優しい。


「仕方がないわね。あなた、次の納品に、この子も連れて行ってあげなさい」

「ん? ……良いのかい? そりゃ、僕も考えなかった訳じゃないけど。フルナが寂しがりそうだから、言わなかったんだよ?」

「うん、だから連れて行くのは実家の町まで。それなら、元々の予定と同じだもの。

 いくら同族とはいえ、こんな子供に手を出す訳は無いわよね?」

「出す訳ないだろ。僕は1人で手一杯だよ」


 またしても抱きしめ合い、イチャつき始める2人だった。なんとも目のやり場に困るのだけど、ギルドマスターは呆れた顔をすると、奥さんの実家の場所を教えてくれた。領境に近い町なので、大幅に短縮できそうだ。


 お邪魔かもしれないけど、お礼を言っておいた。すると、ムッツがおっぱいに埋もれながら、手を伸ばす。その手は3本の指が立てられていて、


「連れて行くには条件が3つある。

 1つは、転移ゲートの利用料1万円は自分で払う事。仕方ないから、運賃は負けとくよ。

 2つ目、出発までの毎晩、酒場で『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』を公演して欲しい。村人の中には本を読んでいない人も居るし、読んでいる人もどう改変されたか気になると思う」

「うん、元々旅費稼ぎに公演するつもりだったから、良いよ。レニにも場所を貸してもらうよう頼んだし」


 本当は街の流行の歌とかを披露するつもりだったけど、別段かぼちゃでも構わない。どっちも了解した。


「3つ目は、ザックスに手紙を届けてくれ。現住所が分からないから、こっちからは送りようが無くてね」

「まぁ、手紙の一つも寄越さないのは残念だが、お貴族様の相手じゃ、アイツも忙しいんだろ?」

「あーいや、それもあるんだけど……重要なことを忘れていたと、今しがた思い付いたんだ。

 ザックスとレスミアに、本にして売ると、話を通していない」


 少しの沈黙の後、「あっ!」と言う声がハモった。


「あ~、名前を変えたから大丈夫じゃねぇか?」

「そう言えば、本で出番のある人は、村長の奥さんに要望を聞かれたものね。私は名前だけじゃなく、美少女錬金術師にしてもらったけど」

「ああ、うん。僕も長身な青年商人に……って、それは良いんだけど、ザックス達はそのままの描写なうえ、挿絵も有る。見る人が見たら、誰か直ぐに分かると思うんだ。

 それに加えて、実話って触れ回ったのも、良くなかったな。

 ほら、現にファンが押し掛けて来ている……」


 ムッツがアタシの方を見ると、他の2人の視線もこっちに来た。


 ……ファンかなぁ? 物語の続きと、聖剣が知りたいだけで、ザクセスには興味は無いよ。だって、ミーアと大恋愛していたんだからね。仮に色恋があっても割り込めないって。

 う~ん、もしかしたら今頃は、貴族のお嬢様も入れて三角関係? そっちの方が、気になるよ!




 その晩、宿屋の一階にある酒場には沢山の村人が押し寄せて来た。レニとムッツが宣伝してくれたのか、席が足りずに立ち見客まで居るほど。


 ……1人での公演は久し振りだけど、演目自体は何度もやったから大丈夫! うん、いける、いける!

 ギターの調律をしながら、精神統一する。そして、舞台(木箱で作った簡易な物)に上がった。


「では、始めさせて頂きます。今宵の演目は、この村を舞台にして書かれた小説『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』より、第1幕『断罪する聖剣の輝き』です」


 周囲のざわめきが消えていき、代わりにギターの音色が酒場を満たす。そこに、アタシの声で物語に息を吹き込んだ。





「ガハハハッ! 聖剣のあんちゃんが、あんなキザったらしい事を言っていたとは知らなんだぜ!」

「レスミアちゃんの惚気には無かった気がするけどねぇ? それはそうと、アンタの出番はまだなのかい?

 せっかくアメジストのネックレスを着けてきたのに」

「そうじゃのう。儂らはレア種討伐にしか参加しとらんから、最後の話じゃろ。戦利品と自慢するなら、明日か明後日か」


 予想以上に受けた。今夜の公演を終了しても、周囲は感想を言い合い、思い出話をする人でいっぱいだ。

 そしてアタシの方も、大いに稼げただけでなく、差し入れの料理やお菓子がいっぱいテーブルに並び、ニッコニコである。農家のおばちゃん達が「これを食べて大きくなりなよ!」と言って、あれもこれもと持ってきてくれた。こういう時だけは、この子供のような体格で良かったと思えるよ。




 そんな公演を3日行い、4日目には出発の時がやって来た。


「公演を手伝ってくれて、ありがとね。楽しい3日間だったよ、レニ」

「ううん、ウチの酒場も儲かったからお互い様だよ~。

 はい、これ差し入れ。お昼に食べてね。フィオは小さいんだから道中、気を付けるんだよ!」

「いや、アタシ年上だって」


 友達になったレニに別れを告げて、ムッツと一緒に出発した。

 アドラシャフトまでの道中、アタシの老ロバでは、馬の速度に付いて行けなかったので、途中からムッツの馬に同乗させてもらった。アタシを降ろした途端に元気になり、馬の後を付いて来るのは釈然としない……アタシはそんなに重くないよ!

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