第364話(閑話)OPアクト2、最新の英雄譚と舞台の村

「何これ? 手書きの本みたいだけど、剣でかぼちゃを収穫するの? それとも、農村の童話か何か?」

「いや、実話を元にした小説らしい。同族の商人が貸し本屋に納品しているところに出くわしてな。新作だって言うから、買ってみたんだ。読んでみりゃ、普通に面白い英雄譚だったぜ。

 公演に使えそうなエピソードは、最初の山賊か、村娘とのラブロマンスか、最後のかぼちゃ戦も外せない……」


 リーヴェスがペラペラと話し始めたが、中身を読んでいないアタシには、ちんぷんかんぷんだ。先に本の方をパラパラと捲ってみる。すると、平民街で売るような本にしては珍しく、色付けされた挿絵まで入っていた。ただ、こっちの絵は表紙の赤い大剣でなく、煌びやかな宝石で彩られた剣を構え、更に光る短剣を投げている。


 ……貴族向けの本にしては、質素な作りだけどね。革表紙も無いし。

 ただ、肝心の挿絵の意味が分からない。


「色とりどりの短剣を投げて戦うの?

 変わった戦士が主人公なんだ」

「いや、魔道具の聖剣で、光る剣を生み出して攻撃するんだぜ。英雄譚ってのは、こうでないとな」

「何それ? さっき、実話が元って言ってなかった?」

「まぁ、売るための脚色だろうな。農村なんだ、スキルが2つも付いた武器なら、聖剣みたいなもんだろ。

 それで、かぼちゃ型のレアな魔物を倒したってのを、大袈裟に書いたのさ」


 私達は吟遊詩人なので、色々な物語や曲を知っているし、地味な話は客受けを考えて改変する事もある。この小説も、それと同じに違いない。


「取り敢えず、来週くらいには新作として使いたい。2冊買ったから、その本は餞別にやるよ。その代わり、公演に使えそうな歌として、何本か作ってみろよ。俺は物語として再編してみる」

「ん~、分かった。貰っとくよ」





 それから数日後、新作として公開した歌と物語は、予想以上に好評を得た。日を重ねる毎に、会場としていた酒場や食事処の客は増え、旅費としては十分なほどに懐が暖まった。ダンジョンに入って居た頃より、儲かったかも!



 そして、2週間後。

 アタシは商業ギルドに来ていた。ここから出る定期便で北の領地に帰るリーヴェスの見送りに来たのだけど……、


「あー、半年くらいだけど世話になったね。娘のフリをして世話もしたけど。まぁ、お幸せに……」

「うふふ、ありがとうね」


 リーヴェスとガッチリ腕を組む一人の女性がいる。アタシの記憶が確かなら、随分前に娘のフリをして振った筈の女性だ。彼女のお腹が少し大きくなっているのは、そう言う事みたい。捕まったから、田舎に帰る覚悟を決めたのだろうなぁ。


「クッ、そっちもな。あの話が本当かどうか分かったら、手紙くらいは寄越せよ」


 そんな捨て台詞を残して、リーヴェスは馬車へと引っ張られて行った。妊婦さんで馬車旅は心配だけど、転移門で移動できるので、移動時間はそれほど長くないので大丈夫だと、彼女さんは言っていた。


 ……恋?する女は強いなぁ。アタシには、まだ分かんないけど。なにより、あんな遊び人のどこが良いんだか?


「ま、良いや。アタシも出発しよ!」


 旅装は整えたし、ダンジョンギルドへ転出届も出した。アタシはロバに乗ってアドラシャフトの外へ向かう。その先の目的地は、ランドマイス村だ。

 次の行き先候補を調べている内に、あの本の舞台となった村が意外と近くにあることを知った。他に行く宛も無いので、実際に見に行くことにしたって訳ね。


 ただ、定期便も無い田舎なので、移動手段として老ロバを格安で購入したの。稼いでおいて良かった。歩いていたら、何日掛かるか分かったもんじゃない……ロバでも3日は掛かるらしいけど、のんびり行きましょ!


 辺り一面、牧場の長閑な風景を楽しみながら、歩みを進めた。





 4日後、漸くランドマイス村へと到着する。

 いえね、予想以上にお爺ちゃんなロバだったみたいで、アタシと荷物を載せたら遅い遅い。休みを挟んでいたら、こんなに掛かっちゃった。でも、ロバのお陰で野宿でも、暖かく寝られたのは良かったかな?

 本格的な冬の前で良かった。



 農村にしては立派な門で手続きをし、宿の場所を教えてもらう。広場に一軒しかない、宿屋兼酒場らしい。吟遊詩人としてはお誂え向きの場所なので、公演の許可も貰おう。

 中に入ると、店員らしき女の子が掃除をしていたので、チェックインをお願いした。


「ええと、きみ1人? 親御さんは?」

「簡易ステータス!」


 子供に間違われるのは慣れているので、簡易ステータスを見せる。それに目を通した女の子は、慌てて頭を下げた。


「フィオーレさん、ビルイーヌ族の20歳?!

 ごめんなさい、見た目で勘違いしてしまいました」

「いいよ、別に。慣れっこだから」

「すみませ~ん。そうそう、この村にもビルイーヌ族は居るよ。広場を挟んだ向かい側の雑貨屋さんの店主さんなので、覗いてみたらどうかな?」


 若いビルイーヌ族は好奇心のままにフラフラするので、大抵の町には居て、珍しくはない。商人ジョブに就いて、行商の旅にでるビルイーヌ族も多いし……いや、年老いてもフラフラしていたリーヴェスは例外だと思う。


「明日にでも行ってみるね。今日は疲れたから休みたいの。ちょっと早いけど、夕飯の注文出来る?」

「はーい、大丈夫だよ。あ、さっき間違えちゃったから、デザートを一つおまけしとくね!」


 パタパタと足音を鳴らし、カウンターの奥に行った女の子……レニがメニュー表と、お皿を持って戻ってくる。


「はい、私のオヤツのお裾分けだから、遠慮なく食べてね。それと、夜のメニューはこっち。ウチはエールと豚肉料理がオススメだよ~」

「ありがと」


 出されたお菓子は、ベリーが見え隠れする小さ目のマフィンが2つ。アタシはそれに目を奪われていた。


 ……お菓子! 貧乏生活していたから、久し振りだよ!

 新作の公演で稼いだ分も、旅の準備とかロバで使っちゃったからなぁ。甘い物なんて、糧食の干し葡萄くらいだったよ。


 メニューを見ながら、一口食べた……あっっっまい! でも、美味しい!

 齧った瞬間はトウモロコシの香りがしたので、小麦粉じゃなくてコーンミール(トウモロコシ粉)かとガッカリしたけれど、中のベリージャムを噛むと、尋常でない甘さが口いっぱいに広がる。


「甘くて美味しい! これ、只のベリージャムじゃないよね!」

「ふっふっふ~。良いでしょ! ウチの村のダンジョンで取れる、プラスベリーと蜜リンゴのジャムだよ!

 最近は沢山取れるから、看板メニューにしようって色々作ってるんだ~。デザート系も安くしとくから、注文してね!」


 レニが指指したメニューのデザート欄を見てみると、確かに安い。アドラシャフトの街と比べると、半額くらいなので、アタシの懐具合でも注文出来そう。


 ……あっ! 豚肉料理も安い! 美味しそう。

 そう考えたら、不意にお腹が『ク~』と鳴ってしまう。中途半端にマフィンを食べたせいか、余計にお腹が空いてきた。

 お腹の音が聞かれなかったか気にしながらも、平静を装ってレニを呼ぶ。


「注文良い? 豚のシュニッツェルとパンのセット。極太ウインナーの野菜スープ。後は、デザートにベリーのタルト、それとアップルパイ」

「はーい、毎度あり~。一緒にエールは飲まない? 20歳なら飲めるよね?」


 お酒は苦手だから要らない。そう断ったのだけど、言葉巧みにデザートにアップルティーを追加注文させられてしまった。蜜リンゴが悪い。



 久し振りにお腹いっぱいに食事を堪能した。そして、宿屋の大きなお風呂で汗を流すと、疲れもあったのか早々に寝てしまうのだった。



 翌朝、日も高くなってから起きる。たっぷり寝たので、体調も快調!

 そして、朝からコーンミールホットケーキなんて贅沢をしてしまう。蜜リンゴの蜜をたっぷりと吸ったホットケーキは、貴族の食べ物に違いない。これがダンジョンで手に入るなんて、稼ぎ次第では春まで滞在するのも良いかも?


 丁度、レニが休憩に入ったみたいなので、ここのダンジョンについて聞いてみた。


「あー、蜜リンゴなら1層から取れるよ。でもね、3層までは婦人会の管轄だから、外の人は4層以降にして欲しいかな。

プラスベリーなら、新しい21層だけど……」

「分かった。村の取り決めだと面倒だもんね。ただ、4層以降だと微妙……前衛が欲しいかな。21層もレベル的に行けなくもないけど、スカウトと戦士が居るかな?

 ダンジョンギルドで募集掛けてみるか~。この村に居ると良いんだけど」


 ついでにギルドの位置も教えてもらった。窓から見えているくらいには近いけど、昨日教えてもらった雑貨屋の隣らしい。田舎は店が少ないけど、施設が纏まっているのは便利だよね。


「あ、そうだ。今夜、酒場の一角を貸してもらえる?

 アタシ、吟遊詩人もやっているから、歌や物語の公演をしたいの」

「吟遊詩人?! わぁ、久し振りだよ~。

 お父さんに確認しとくけど、多分大丈夫! 私が説得するし、村の皆にも宣伝もしといてあげるね!

 それで、どんな歌があるの?」


 余程、娯楽が無いのだろう。テーブルから身を乗り出して、詰め寄って来た。定番物から、アドラシャフトの流行りの歌が歌えると教える。そして、そのついでに、あの本についても聞いてみた。


「街でビルイーヌ族から買った本らしいけど、『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』、この村で起こった実話が元になったって本当?」


 餞別に貰った本を見せてみると、レニは一瞬硬直した後に爆笑し始めた。


「ぷっ! アハハハハハッ! その本、売れたんだ! しかも、やっぱり疑われてる! クククッ」


 ひとしきり笑ったレニは、目頭に浮かんだ涙を拭ってから、本に付いて教えてくれた。

 それは8割方実話であり、創作したのは主人公の心情と、結末くらいだとか。


「かぼちゃが植物型のレア種ってのは、あるかもだけど……主人公のザクセス(※小説上の名前)が使う聖剣は? あれこそお伽噺なんだけど?」

「あれも本当だよ。私も実際に見たもん。宴会の時に光る剣を飛ばして、酒瓶を切るパフォーマンスをしてくれたよ。大盛り上がりだったよ。あ、表紙の赤い大剣もね。私の身長よりおっきいんだよ」

「宴会芸なの???

 いや、ちょっと待って……それが本当なら、ザクセスとミーアは、この村に居るの? 最後に結婚して幸せに暮らしましたって」


 ……お伽噺の様な聖剣が実際にある?! 見たい!!

 小さい頃から歌を聴いたり、物語を読んだりしたアタシにとって、正に夢なのである。だって、子供の頃に何度夢想したことか。


 しかし、アタシの淡い期待は無惨にも砕かれた。


「アハハ、結末が違うって言ったでしょ。結婚じゃなくて、口約束の婚約だけして、アドラシャフトの街に帰ったの」

「え、え?! アドラシャフトに居たの?!」


 ……聖剣を持った探索者なんて、噂にもなっていなかった様な?

 う~ん、ザクセスが居たのが、貴族街側のギルドだったから、平民街まで噂が流れて来なかったとか?

 なんだか、来た早々にアドラシャフトへ戻りたくなっちゃった。







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小ネタ

 多分、レニちゃんの出番(セリフ量)は、この1話だけで本編の登場分を超えたと思うw

 当初は13歳で『ジョブ選定の儀』を執り行うキャラだったけれど、色々練り直した後に、その役目はトゥティラちゃんへ移行。レニちゃんは只の名有りのモブになってしまいました。(´・ω・) カワイソス

 今回の閑話でリベンジになったかな?

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