第363話(閑話)OPアクト1、吟遊詩人兼踊り子のフィオーレは追い出された

「ガアアアア!!!」

「怯むな! お前等は周囲を囲め! 先ずは俺が相手だ!」


 魔法陣から現れたのは、アタシの身長の倍はありそうな熊型魔物。心が竦みそうになる咆哮を受け、足が止まっていた前衛の男性陣は、リーダーの一喝で我に返ると、ワラワラと左右へ散った。


 前衛のリーダーを含む3人の戦士が、各々手にした剣や短槍で攻撃する。しかし、熊の毛皮が厚いのか、あまり効いた様子はない。

 初めて戦う相手なので、何の踊りにするか、決めあぐねていたのだけど、


 ……攻撃力ダウンで良いかな?


 敏捷値ダウンと迷ったけれど、見るからにパワーファイターな熊なので安全策を取ろう。

 頭の中でメロディを鳴らし、リズムを取る。


「〈脱力を誘うキューピッド〉!」


 そして、アタシはまじないの踊りを始める。スキルのお陰で半自動セミオートでも踊れるけど、自前で動くと効果が高くなるの。お母さんに教わった基本の踊りだから、身体が覚えている。幸福だった頃を思い出して、軽やかに舞った。


 皆が戦っている場所から、かなり後方がアタシのステージだ。誰も見ていない寂しいステージだけど、踊りに込められたスキルの効果は着実に、魔物の力を蝕んで攻撃力を低下させていた。



「グガアアアア!!」

「な、速いっ。ぐぇ!」


 膠着していた戦況が、熊の咆哮で傾き始めた。先程の咆哮がスキルだったのか、熊爪が緑色の光を纏う。そして、吠えた熊は両手を高速に振り回し、全周囲を威嚇すると、最後にリーダーを連撃した。盾で防いでいたリーダーだったが、光る爪の猛攻を押さえきれず、胴体に一撃喰らい吹き飛ばされてしまう。


「カバーに入る! 癒やしを頼む!

 オラッ、吹き飛べ〈フルスイング〉!」

「任せて! 光の女神よ、我が祈りを捧げ、光の癒しを賜らん…………〈ヒール〉!」


 アタシと同じく後方待機していた僧侶の女の子が、杖の先に魔法陣を灯し、神様への祈りを捧げながら前に走った。そして、倒れたリーダーの元へ行くと、癒やしの奇跡を発動させる。

 〈ヒール〉で治る程度の軽傷だったのか、直ぐに起き上がった。暫し見つめ合う2人。


「くっ、油断したぜ。ありがとな」

「ううん。無事で良かったわ。無茶はしないでね」


 ……戦闘中にイチャつくな!

 残る戦士2人に加えて、スカウトが弓援護し(ついでにアタシのデバフも加えて)、何とか熊と押し止めているのが、見えていないの?


「俺は前に戻るから、お前は下がっていろよ。何、絶対抜かせやしないさ」

「うん、頑張って!」

「全員、熊の光る爪には注意しろ! 攻撃力は耐えられる程度だが、吹き飛ばし効果が有る!」


 ……成る程、それならデバフは敏捷値に替えよ。

 踊りをキャンセルし、頭の中のメロディを切り替える。スローテンポな踊り〈スローアダージオ〉!


 踊りの効果は、程なくして現れた。熊の動きが鈍ったのである。効果が出ているのを見て、パーティーに貢献しているのを実感した。


 ……おっと、集中、集中!

 踊りが大きく外れると、効果が切れてしまうからね。誰も見ていなくても、踊りは真剣にしなきゃ!



「本当におチビちゃんは、気楽で良いわよね。踊っているだけでいいもの……ふふっ、本当にバフ効果なんて有るのかしら?」


 アタシの踊りを見ている人が居た。戻って来た僧侶女である。ただし、リーダーと話していた時のような笑顔でなく、見下すような冷たい目で見られていた。


 ……無視、無視。踊りに集中しなきゃだし、あの娘に説明しても、理解する気がないもの。男の前だけ、猫被っているのも好きじゃない。

 アタシは戦況を見ながら、踊りデバフで支援を続けるのだった。




 戦い続ける事20分、硬い毛皮とタフさに苦戦しながらも、なんとか20層のボスを討伐した。前衛の皆は抱き合うようにして喜び、僧侶女も走って輪に加わりに行く。


 アタシも加わりたいけど、最後の仕事が残っている。アイテムボックスの亜種である〈小道具倉庫〉から、子供用のギターを取り出して肩に掛けた。そして、弦にピックを当てて〈癒しのエチュード〉のスキルを発動する。

 これは、音色を聴いた味方の体力とスタミナを少しだけ回復させる祝福の楽曲。激戦の後にはピッタリの曲だよ。


 ……うん、アタシってば、十分パーティーに貢献しているね?

 このパーティーに入って3ヶ月、最初は12層で進みあぐねていた所に加入して、ここまでやって来たの。色々あったけど、皆の鉄製装備を買い替えるのに、各々の取り分を減らしてパーティー資金を貯めたのが、一番大変だった。生活費にも困って、酒場の臨時雇いで働くとかさ……

 まぁ、ここ2年くらい足踏みしていたアタシのレベルも、漸く20になったから良しとしよう。ひとまずの目標のセカンドクラスも、見えてきたからね!


 上手く行っている手応えを感じて、ギターを引く手にも興が乗る。1曲分優しい音色を奏でて、戦いの疲れを癒やすのだった。





 ……ただし、手応えを感じていたのは、アタシだけだったみたい。





「……と言う訳だ。パーティーの総意として、フィオーレにはパーティーを出て行ってもらう。今まで、ありがとう」

「…………いや、何言ってんの! アタシを追い出す?! 何で?!」


 ボスの熊の毛皮が高値で買い取って貰えた事もあり、よく行く酒場で祝勝会を開く事になったのだけど、テーブルに付いたところで、リーダーが栃狂った事を言い始めた。


「21層からは、採掘で稼げるらしいからな。アイテムボックス持ちの採取師をパーティーに入れることにした。そして、誰を外すかと考えたらな……お前のアイテムボックスは期待外れだったしよ」

「それは加入前にも言ったでしょ。楽器関連しか入らないって。それに、アイテムボックス持ちを増やすにしても、サポートメンバーにすれば良いよね?

 何でアタシが、追い出されなきゃならないの?!

 今日のボス戦でも、デバフを掛けて援護したじゃない!」


 アタシは貢献していたと言う自負がある。攻撃力ダウンを掛けていたから、リーダーの怪我はたいした事がなかったし、敏捷値を下げたから、戦いやすくなった筈。

 そう主張して、周囲のメンバーに目を向け、同意を求めると、


「ああ、いや。鉄の盾なら防げる攻撃だったしなぁ」

「熊の動きが鈍ったのは、俺が脚を刺し続けたお陰だろ? 勝手に自分の手柄にすんなよ」

「それに、デバフって言っても、本当に効果が有るのか? 実感した事、殆ど無いよな?」


 男共はアタシから顔を背けて、次々に批判した。思わず目の前が真っ暗になる。この3ヶ月、仲良くやって来たと思ったのに……


「いくら、おチビちゃんだからって、後ろで踊るとか、楽器を引くだけのお荷物を置いておく余裕なんて無いのよ。

 それに、この先は魔物も強くなるから、子供を守るのも大変なの。私達なりの優しさなのよ?

 成人するまで、安全な地上で働いていなさいな」


 リーダーの肩に、しなだれ掛かる僧侶女は、口を三日月状に歪め、見下すような目で笑う。周囲の男共が顔を逸しているから、一時的に猫を被るのを辞めたのだろう。アタシを煽る為だけに!


 ……このクソ女! 誰よ、僧侶だから清純で、か弱いとか騙されていた奴! 女狐の間違いだよ!


「アタシは成人済みだ! ビルイーヌ族を馬鹿にするんじゃない!」

「幼年学校に通えそうな見た目で、パーティーに居る方が迷惑なのよ。酒場に入る度に簡易ステータス見せたりするのも、うんざり。

 パーティーの総意って分かったでしょ。さようなら」

「取り決め通り、パーティー資金の六分の一は返却する。後は、今日の分の稼ぎもだ……達者でな」


 リーダーが小さな小銭袋を、アタシの手元に押し付けてくる。そして、小銭袋の軽さで呆気に取られた隙に、胴体を掴まれて小脇に抱えられてしまった。


「え?! たった銀貨5枚?!

 皆の装備を整えるのに協力したのに、揃えた後は用済みなんて酷い!」


 無理矢理外に連れて行かれる間にも、周囲の客に聞こえるように声を張り上げたのに、厄介事はゴメンだと顔を逸らす人達ばかり


 酒場の少し離れたところでアタシを降ろしたリーダーは、一度も振り返る事なく戻って行った。



 怒りで頭に血が上っているのが、自分でも分かる。こんな銀貨5枚なんて、どっかで散財してやろうか!

 他の酒場にでも行って、好きでもないお酒飲めば、忘れられるかも……なんて考えた時、不意に頭上が光った。


 不意に顔を上げ、夜空を見上げるが、何もない。あるのは、いつもの星空だけ……気のせいかと思って首を傾げると、小さな破裂音と共に、光の円が広がった。まるで、星が爆発したみたい。その光も、直ぐに消えて行ってしまう。


 ……なんて、幻想的な光なの。

 それから、次々と光の円が広がり始めた。もっと大きく見たいと思ったアタシは自然と大通りに出て、光が上がっている方向、貴族街へと足を向けた。

 アドラシャフトのお祭りなのかと思いきや、大通りにいる街の人もポカンと口を開けて上を見たり、アレは何だと騒いだり、巡回の騎士団員に詰め寄ったりしている。

 平民街と貴族街を隔てる中央辺りまでやって来ると、光の円も少し大きく見えた。夢中になって夜空を見えていると、騎士団から魔道具の試験運用だと皆に知らされる。それにより、騒ぎは沈静化していき、アタシと同様に空を見上げる人も増えていった。


 幻想的な時間は、直ぐに終わってしまった。空を見上げ続けても、もう光は広がらない。

 でも、アタシの脳裏には焼き付いている。目を閉じれば鮮明に思い出せる。そして、周囲の観客を魅了していた事も。


 ……凄い魔道具だよね。あんなのを公演に使えれば、話題になるかも?!

 まぁ、錬金術師に伝手は無いんだけどね。平民街の薬を売っているような所じゃなく、貴族街に行けば売っていたりしないかなぁ。



 なんて考えながら帰路についたら、パーティーから追放された事など、どうでも良くなっていた。






 ここは大陸中央平原から少し南にあるアドラシャフト領、その領都。そして、アタシは北の領地から流れて来た旅の吟遊詩人兼、探索者でビルイーヌ族のフィオーレ。お母さん譲りの艶のある黒髪が自慢だ。


 ビルイーヌ族は人族と比べて成長が遅い種族でね、二十歳なのに見た目は十歳くらいにしか見えないの。どこに行っても子供扱いされる反面、歳を取っても若いままでいられるから、羨まれる事も多いらしい。お母さんもそうだった。

 アタシは子供扱いされるのが嫌で、探索者としてレベル上げをしているの。何故かと言えば、種族専用ジョブのOPオープニングアクトのレベルを上げてセカンドクラスになると、身体が成長するからね。


 ただし、OPアクトは戦闘力が無いのが問題。

 パーティーメンバー全員にバフを掛ける祝福の楽曲。

 魔物パーティー全体にデバフを掛けるまじないの踊り。

 どっちも強力ではあるのだけど……低層を彷徨くような初心者パーティーだと、バフの重要性を解ってくれないのよ!


 最初は田舎町だったから、解ってくれる人が居ないのかと思って、北から転々と拠点を変えつつやって来たのが、都会なアドラシャフト。そこで漸く見付けて加入した……パーティーを追い出されちゃったね。どうしよう?






 それから一週間が経った。

 アタシは定宿の女将さんに頼み込んで、昼は食事処の給仕を紹介してもらえた。そして夜は、吟遊詩人の助手として働いている。

 空いた時間でパーティー加入について、ダンジョンギルドに相談しているけれど、音沙汰無し。

 それと言うのも、あのクソ女司祭が「フィオーレがサボり魔だから、仕方なく追い出した」と、噂を流しているからだ。受付嬢が1件斡旋してくれたけれど、アタシの名前と容姿を知ると、直ぐさまお断りされてしまったのだ。知り合いの受付嬢さんには事情を話して、ギルドからの評価が下がることはなかったけれど、噂はどうしようもない。


 ……ハァ、この街も潮時かなぁ。都会なだけあって同族も多くて、物価が高い以外は住みやすい街だったんだけどなぁ。

 う~ん、貴族生まれの人なら教養はある筈だから、バフの重要性を分かってくれるかも?

 いやいや、そもそも貴族街側のギルドには行けないから、接点が無いよ。


 お昼の食事処の営業と後片付けも終わり、テーブルでぐったりして疲れを癒やしている。こんな時は、お母さんの形見の楽譜を読み直すに限るね。子供な体格のせいで、大人用の楽器が使えないけど、セカンドクラスになれば身体も大きくなって弾けるはず。早くお母さんの楽器を使ってみたいなぁ。



 頭の中でメロディを奏でていると、誰かが食事処に入ってきた。準備中の札は掛けたよね?


「フィオーレ、ちょっと良いか?」

「ん? その声はリーヴェスさん? いーよぉ」


 対面の席に座ったのは、同じ吟遊詩人のリーヴェスさん。夜の仕事のパートナーである。見た目は人族で言うところの30過ぎのオジさんだけど、ビルイーヌ族なので実際は60過ぎのお爺さん。ただ、渋いオジさんで吟遊詩人な事もあり、女の子を引っ掛けては遊んで回っている。ついでに酒の飲み過ぎで手が震え、楽器が上手く弾けない。アタシが助手なのは、そういった理由だった。伴奏担当って事ね。


「それでなに? また娘のフリをするならやだよ。ナンパした女の子を振るダシに使わないでよね~。いつか刺されるって」

「いや、一晩相手をしただけで、彼女面する女なんて面倒だろうが。っと、今日はそっちじゃねぇよ。

 実は、北にある故郷に帰ろうと思ってな」

「……ああ、しつこい女を振り切るために「違うわ!」」


 ちょっとからかい過ぎたかな?

 いつになく真面目なので、こっちも身体を起こして聞く態勢をとる。


「俺も歳だ。故郷が懐かしく思う事も増えてな。田舎でのんびりするってだけだ。

 それと、お前がパーティーを組めなくて困っているのは知っている。何なら俺に付いて来るか?

 故郷で仕事の口利きをするくらいならできるぞ」

「えっ!」


 予想外過ぎて驚いた。娘のフリを何度もしたことで、父性でも湧いたのだろうか? いや、それは無いかな。同族への同情? う~ん、分かんない。

 取り敢えず、天涯孤独の身としては嬉しく思う……けど、


「いや~、辞めとくよ。これから冬になるって言うのに、もっと寒い地方に行くとかさ。アタシ、寒がりだから、南にでも行くよ」


 あっけらかんと、答えてあげた。

 コレは半分本当。残り半分は、私の生まれ故郷も北の領地だから、近付きたくないだけ。


 アタシの答えを聞いたリーヴェスは、安堵の溜息をついた後、一言「そうか」と呟いた。


「俺の借家の期限が後2週間、それまで夜の公演は続けるから頼んだぞ。

 最後に稼いでおきたいからな。新しい物語も用意した」


 そう言って、テーブルに置かれたのは1冊の本。大きなかぼちゃに、赤い大剣を突き立てる青年が描かれた表紙には、タイトルだけが『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』と書かれていた。

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