第360話 ダイヤモンドの交渉結果とご褒美
臨時開催されたレースは終了となり、観客も解散していく。実況をしていた天狗族も騎士団員だったらしく、旗を回収するついでに「年末も期待しているぜ!」と、俺に声を掛けて上機嫌に飛んで行った。ルティルトさん曰く、ヴィントシャフトの街では祭りの度に、騎士団主催のレース大会が開かれるそうで、年末は特に大規模なレースなんだとか。先程のスロープだけでなく外壁の上を走るコースや、外壁の外を走る障害物コース、街中を走るコース、天狗族の空中レースなど色々あり、盛り上がるらしい。
……いや、年末はアドラシャフトに帰省するから、参加するつもりは無いんだけどね。
ソフィアリーセ様のゴーレム馬車が登って来るのにも時間が掛かるので、先に屋敷へと案内される。よくよく見ると、護衛騎士の中に見覚えのある青い隊服と鎧装備が4人おり、ノートヘルム伯爵の周囲を固めていた。アドラシャフトの第1騎士団のようだ。
屋敷まで行く間に、ノートヘルム伯爵が此処にいる理由を教えてくれた。
「王都から戻るのも転移門を使うのでな。エディング伯爵の許可さえあれば、移動も大した手間ではない。
お前をアドラシャフトに呼ぶことは出来んので、こうして出向いた訳である。ダイヤモンドの顛末は直接話した方が良いと思ったのでな」
「ご足労いただき、ありがとうございます。
……ええと、追加で相談したいことがあったので、渡りに船ですよ」
「なんだ? ああ、バイク事なら追加予算は出せんぞ。負けて悔しいのは分かるが、改良したいのならばランハートの工房に自分で出資するなり、素材を送ってやれ」
「それも、気になる話ではありますけど、別件です。ジョブを色々と育てる内に新発見が出ましたので、後ほど会議の時に相談させて下さい」
俺の言葉にノートヘルム伯爵は深く溜息をつくと、少し離れて護衛騎士に囲まれているエディング伯爵へと声を掛けた。
「エディング、ザックスから又、相談事があるそうだ。会議の時間は長めに頼む」
「ハッハッハッ! そう疲れた声をだすなノートヘルム。お前の息子が持ってきた話は、ジョブもダイヤモンドも良い利益になったのだ。次は何の話か楽しみではないか」
エディング伯爵は顎髭を撫でつけながら、笑い飛ばす。それに対して、ノートヘルム伯爵は表情を崩して疲れたような顔を見せた。
「王都でも会議だったのだ、疲れもする。それと……息子ではない、元だ。今は、子飼いの探索者である」
「公式の場でもないのだから、建前は要らんのだぞ。その点、俺の娘のソフィと婚約、結婚すれば義理の息子であるからな。価値のある情報を出すならば、優遇するのもやぶさかでない。
おお、そうだ。先程のバイクと言う魔道具、我が領地でも購入させてもらおう。馬は増やすのも騎手を育成するのも限度があるが、魔道具ならば敷居は下がる。それに、平民でも扱えるように改造するとも聞いているからな、今後はレースの規模も大きくなり、盛り上がるに違いない。レシピ販売はいつだ?」
「未定だ、未定! アドラシャフトの工房でも試作段階であり、改良中である。街中を走るルールの明文化も検討中だ。
他領に売れるのは数年先だろう」
そう、突っぱねられたのだが、エディング伯爵は護衛騎士を掻き分け、ノートヘルム伯爵に近付くと、おもむろに腕を回して肩を組んだ。思っていたよりも仲が良く見えるが、不意に思い出した。そう言えば、トゥータミンネ様のお兄さんだったか。見た目は全く似ていないけれど。
「そう固い事を言うな、義弟よ。バイクが街中を走る危険性は、ウチの第2騎士団からも上がっている。先程のレースで勝利したルティルト嬢の父親、シュトラーフ騎士団長が気にしておったからな。アイツに任せればいい。ジョブと同じく、共同で検証するだけの話だ!」
「え?! 私が、でありますか??」
不意に指差された護衛騎士が反応した。ルティルトさんと連れ立って歩いていたシュトラーフ騎士団長である。
以前話した時には、俺が走る分だけの大枠なルール(努力義務レベル)を決めたけれど、「細かいところはアドラシャフトに任せましょう」で終わったのだ。急に仕事を振られれば、驚くのもしょうがない。
そんなシュトラーフ騎士団長に更なる刺客が牙を剥いた。笑顔で手を握って来る愛娘ルティルトである。
「お父様、良い提案なのではありませんか? ザックスの物と同じ試作品が数台あれば、検証もレースも可能です。
それに、今日のレースも急遽開催した割には、盛り上がりましたもの。次は私がバイクに乗って差し上げますわ」
「くっ……待ちなさい。唯でさえ混雑する年末なのだ。警備だけでなく、他の騎馬や馬車が混乱するかもしれない。馬がバイクを怖がる可能性もあると報告したのはお前だろう?
仮に、レースにバイクを導入するならば、もっと規模の小さいところから試した方が良い筈だ」
ルティルトさんのおねだりを躱し、推進派のエディング伯爵ではなく、慎重派のノートヘルム伯爵へと視線を巡らせた。すると、ノートヘルム伯爵は大きく頷き、肩に回されていた手を払い除ける。
「そちらの騎士団長の言う通りであるな。先程も言ったが、試作段階であり他領には出せん。
そもそも、ジョブの検証は王族への報告が必要なので急務であったが、バイクは違う。馬関連の業種にも影響がある為、慎重に進めるべきだと、私は考える」
ノートヘルム伯爵がバッサリと切って捨てると、エディング伯爵を含めたヴィントシャフトの護衛騎士達からは、落胆の声が上がった。
アドラシャフト領は牧場が多く、そこで育てている家畜は牛豚鶏などの食用だけでなく馬も多い。急激にバイクを普及させたら、馬が余るくらいならまだしも、牧場が潰れるなんて事もあるだろう。為政者として、慎重になるのは当然だ。
南の防壁の上に建てられた屋敷へと案内された。今日は、その中の大きな部屋で会議なのだ。来客向けなのか豪奢な部屋の中央には、1辺で10人は並べそうな大きな長方形のテーブルがある。挨拶を交わした後、各々席に着いた。
俺達の対面にはノートヘルム伯爵とエディング伯爵だけでなく、年配の文官も2人座る。そして、その後ろにはシュトラーフ騎士団長を始めとした護衛騎士が並び、文官の後ろにも部下らしき人達が資料を抱えていた。もちろん、お茶の準備をする側仕えも居るので、非常に大人数に見える。
対して、こちら側は5人のみ。俺を真ん中にして、左右に合流したソフィアリーセ様とレスミアが席に着き、後ろには護衛のルティルトさんと、給仕のマルガネーテさんのみである。
圧倒的アウェー感だ。いや、事情聴取や査問会に来た訳でもないので、気圧される必要は無い筈なのだが……特にレスミアが緊張しているのか、笑顔のまま硬直してしまっている。先程、ソフィアリーセ様が俺達を皆に紹介してくれたのだが、その時もギクシャクしたカーテシーを返すのが精一杯のようであった。
テーブルの下で左手を伸ばし、レスミアの手に重ねて、安心させるように声を掛けた
「レスミアは座って、笑顔で居るだけで良いから頑張れ。会議中は、俺とソフィアリーセ様で応答するからさ」
「……が、がんばりましゅから、もうちょっと、このままで」
よく考えたらレスミアは、男性貴族と挨拶を交わすのが初めてだったので仕方がない。アドラシャフトの離れに居た時も、トゥータミンネ様やトゥティラちゃんとお茶会しかしていないから、格式ばった会議自体も初めてなのかもな。
取り敢えず、笑い掛けて安心させていると、不意に反対の右手を誰かに握られた。何事かと思い、反対側を見ると、何故かソフィアリーセ様が同じように手を伸ばしていたのだった。
目が合うと、にこりと笑顔を深める……何も言わないと言う事は、察しろって事か。『わたくしも混ぜなさい』とか、かな?
テーブルの下では、両手とも横に伸ばして手を握り合う、奇妙な状況であったが、周囲に気取られぬよう笑顔で誤魔化した。〈営業スマイルのペルソナ〉をセットしておいて良かった。
暫くして準備が整い、会議が始まった。
エディング伯爵が事の起こり(俺の開発した宝石が、偶々王家の国宝に似ていた)を話し、議題を共有する。それに続き、文官の人が王都での交渉内容を報告してくれた。長々と王族とのやり取りの説明が続くが、大体はソフィアリーセ様から聞いた通りである。
王族との交渉内容を省き、簡単にまとめると、こんな感じだ。
国宝の
更に、将来レシピ販売をする際は、必ず王族からとするように。
「……これが『魔道具屋ザックス工房 & お菓子屋白銀にゃんこ』当ての発注書です。アクセサリーへと加工する時間も必要なので、2週間以内に納品するようにとの事です」
立っている方の文官(部下)が持ってきてくれたので、早速拝見……そこには『商品名:イミテーション・ダイヤモンド、数量20個、単価50万円、発注総額1千万円』と書かれていた。
「1個50万ですか?!」
「うむ。新開発の宝石で珍しいカットをしてあるので、強気に交渉したのだが、粒が小さい事やレア度が低い事、効果も無い只の綺麗な宝石などと突かれてしまってな。大分減額されてしまった。
ただその代わり、個数を増やす事は出来たのだ。アクセサリーにする以外にも、カットの研究用に欲しいらしい」
ノートヘルム伯爵が、少し残念そうに教えてくれた。俺としては高額な事に驚いたのだが、貴族目線だと安いらしい。1千万円もあれば、欲しかったスキル付きの武具も5つくらいは買えるし、床に設置する大型錬金釜も……いや、アレは確か3千万円……ん? なんだか少なく思えてきてしまった。
「納品に関しては、本来なら手数料を取るところであるが、丁度学園に行っている者が居るだろう? ついでに持って行ってもらえるように頼むと良い。ソフィ?」
「ええ、お任せくださいませ。休日にはヴィントシャフトへと戻って参りますので、その際に預かりましょう。
実際に持っていくのは……マルガネーテ、ルティルト、頼みましたよ」
「「かしこまりました」」
ソフィアリーセ様が後ろの2人に指示を出すと、恭しく一礼した。その際、マルガネーテさんが小声で「銀カード1枚」と俺の方へ呟く。手数料と言うか、手間賃らしい。それくらいならば安いものなので、こっちも小声で「了解」と返すと、笑顔を深めながら頷き返してくれた。交渉成立である。
「最後に、王家から献上品に対する返礼品を受け取って来た。これをザックスへ。
しかし、このような安物で良かったのか? ノートヘルムの意見を採用したのだが……」
「手紙で相談を受けたのだが、アドラシャフトでは流通していなかったのだ。それを、偶々思い出して要望を出したところ、王国騎士団の武器庫に有ったらしい。
むしろ、向こうからも『スキル付きでなくてよろしいのですか?』と聞かれたくらいでな」
『献上品に対する返礼』とは、上に貢物をする事は一方通行ではなく、ちゃんと労いの意味を込めてお返しが来る風習?の事らしい。俺が出した報告書のついでに、アドラシャフトで日本刀が流通していないか質問を出していたのだが、それを覚えていてくれたそうだ。
執事さん経由でマルガネーテさんが受け取ってきてくれたのは、黒塗りの鞘に、少し地味な拵えの日本刀であった。四角い鍔に、長目で曲線を描く鞘は、確かに太刀である。抜いて刀身を見たいのだが、流石にこの場で抜刀するのは不味い。代わりに〈詳細鑑定〉で本物か確認した。
【武具】【名称:鉄斬り丸】【レア度:D】
・鉄を独自の製法で鍛え、鉄を斬り裂く程の鋭さを得た太刀。ただし、鋭い反面、薄刃なため扱いが難しく、正しく刃筋を立てなけば、斬り裂く前に刃
……おお! フェッツラーミナ工房のリウスさんに納品するには、丁度(解析に壊しても)良い塩梅だ!
これで、スキルが付いていたら、納品せずに自分で使いたくなってしまうからな。
ノートヘルム伯爵にはお礼を返し、有難く頂くのだった。ダイヤモンドを献上して良かったよ!
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小ネタ
今更かもしれないですが、貴族に仕える職業の分類を明記しておきます。メイドは解説したような覚えが有りますけど、全部は解説してないような?気がしたので。
リアルだとごちゃごちゃしているので、シュピダン向けにローカライズしています。メイドだけで10種類も要らんよw
・護衛騎士:貴族個人に仕える騎士団員。騎士団に属しては居るが、業務は完全に別。主を最優先で護衛する。公の場で護衛する事も多いので、腕っぷしだけではなく教養と礼儀作法も必要。大抵は貴族出身者。
・文官:主の仕事を手伝う専属の役人。書類仕事や、他貴族との交渉やすり合わせ(事前打ち合わせも)、情報収集など。貧乏な家で人手不足だと、執事が兼ねる場合もある。
・側仕え:貴族個人に専属で付くメイドや執事。この下に、部下の下級使用人が付くが、側仕えには含まない。
・上級メイド:貴族出身者で側仕えの候補であり、下級メイドを統率する。一通りの仕事は出来るが、貴族や客の身の回りを整えるのが主な仕事。お茶会や食事会で給仕をするのも、見目が良い方が選ばれる。貴族の子供の子守りや、家庭教師もする。
・下級メイド:平民出身者で、主に家事全般の雑用。得意な事があれば配属先に影響がある程度。ただし、誰でもなれる訳では無い。貴族の屋敷に出入りする以上、身元は調査されるし、信頼のおける紹介がいる。
・料理人:基本的には下級使用人の仕事であるが、料理人のジョブを得て、且つ貴族が満足できる料理を作れると、料理人として昇格する。料理好きな上級メイドが兼務していることも。
・執事:主人の秘書役。主に仕事関係をサポートする。会食や会議では給仕も行う。
・従僕(下僕):執事見習いで部下。大抵は下級貴族出身者。使いっ走りやメッセンジャー。見目の良さも重要。
・下男:従僕の部下であり、力仕事や雑用をする。大抵は平民出身。ただし、誰でもなれる訳では無い。貴族の屋敷に出入りする以上、身元は調査されるし、信頼のおける紹介がいる。
・使用人:屋敷で仕事をするメイド系と執事系の総称。上級使用人、下級使用人に大別される。外に出る事も多い護衛騎士と文官は入らない。
・側近:貴族個人が抱える側仕え、護衛騎士、文官の総称。
因みに護衛メイドは居ません。ルーシェ(トゥティラの側仕え)の自称ですw(178話)
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