第359話 レースの勝敗と懐かしい顔

あらすじ:急遽、馬とバイクでレースをする事に。坂道を高速で駆け上がるには馬力が足りず、バイクの限界を感じた。




 トップからビリに落ちてしまったが、直ぐに転機も訪れる。折り返しのヘアピンカーブだ。先行の馬達は、一様に速度を大幅に落とし、大回りに旋回していた。3頭の馬の蹄が踊り場をかき鳴らし、煩い程に壁に反響している。


 ……なるほど、広場の緩やかなカーブなら兎も角、この急カーブは馬には厳しいよな。


 それらを尻目に、俺は思いっきり内側で回る。元々坂道で速度が落ちていた事もあり、楽に回れた。この速度ならば、もっと無理しても回れそうだ。

 そして、また加速してから次の坂へと侵入した。


『おおっと、またもや以外! ドンケツに落ちた筈の4番が、トップで曲がったぞ!!』


 まだ、下の階層だからか、実況の声が聞こえる。背中に立った旗で、順位を把握しているのだろう。

 ただ、思いっきり加速したのに、やはり坂道では馬力が足りずに速度ダウン。後続に、ごぼう抜きにされてしまう。そして、次のカーブでは後輪を滑らせてドリフトし、更にインベタ(インコースに張り付く事)で、トップを取り返す。そんな一進一退が続いた。




 九十九折のスロープを走り続け、終盤になって漸く状況が動いた。

 坂道で抜かされて行くのを歯痒く見送っていたところ、3番の栗毛馬だけ抜かしていかない。不審に思い、後ろをチラリと目を向けると、そこには明らかに疲れ切ったという顔をした馬が、坂をノロノロと歩いている。ついでに悔しそうに顔を歪めるオッサンも。


「クソッ! お前のせいでペースを乱されたわ! 次の本番を見ておけよ!!」


 要は、俺が毎回カーブで抜かしていくから、抜き返そうと躍起になったせいで、スタミナ配分を間違えたのだろう。騎乗しているオッサンも重そうだから、馬も大変だ。

 脱落者は置いておき、前に向き直る。すると、横合いから実況の声が響いた。


『3番が失速したぁぁぁ! 最早挽回は不可能、脱落と見ていいでしょう! 年末までに痩せとけよ!!』


 ……うるせぇ! こんな高さにまで声が聞こえると思ったら、天狗族かよ!

 スロープの坂道は、街側には柱しかないので、外が一望できる。その声のした方をチラリと目を向けると、翼を広げた人影が見えたのだった。なるほど、この高さまでくると、下からは見えない。その為、レースの様子を下に伝えるための、空飛ぶ実況のようだ。余りに声が煩いので、魔道具か何かで拡声しているのかね?

 おっと、レースに集中しないと。




 そして、次のカーブでも波乱が起きた。

 2番が大回りでなく、インコースを攻めたのだ。ずっとトップを走るルティルトさんを抜かそうと無理をして急カーブを曲がり、馬体が大きく揺れる。


「うわあああぁぁ!」


 騎手である青年が振り落とされた。遠心力に耐えられなかったのか、背中のリュックから外側へ飛んで行ったように見える。幸いにも壁がある側だったので、外に投げ出される事は無く、壁にぶつかって地面へ転がってくる。


 ……無事でなによりだが、そこに倒れると、邪魔だ!


 今までの様にインベタでドリフトすれば、彼を轢いてしまう。仕方なく、インコースから少し離れた所で曲がる。そして、加速し直して坂に入る時、後ろから声がした。


「飛びなさい! ヴァイスクリガー!!」


 思わず後ろを見ると、白馬が宙を舞っていた。正に人馬一体。倒れた騎手を避けるため、ジャンプして飛び越したようだ。そして、華麗に着地を決めた白馬は、勢いを落とさず追随して来る。


『2番が転倒!!! その隙に4番が追い抜き……1番が華麗にジャンプして転倒者を避けた! これは美しい!

 騎手が美少女な事も相まって、芸術点を入れたいほどです。 見えない下の人達は残念!』




 睨み付けるような目で見てくる白馬が、ぐんぐんと差を縮め、追い付き、徐々に抜かされていく。

 少しの間、並んだ状況でルティルトさんが弾んだ声を投げかけて来た。


「後はわたしと、貴方の一騎打ちね! ここまで付いて来るとは思わなかったわ!

 なかなか頑張ったじゃない!!」

「まだ、勝負は終わってない! 勝った気でいるなよ!!」


 言い返しつつも、徐々に追い抜かれていく。しかし、最初はあっという間に抜かれていたので、白馬の方も速度は落ちているようだ。ただし、ゴールの屋上は直ぐそこである。具体的言うと、次のカーブが最後だ。


 バイクの利点は、魔力があれば疲れなど無い事。そして、小回りが利く事である。しかし、ここに来て逆転する策などない。スキルや魔法が使えれば別なんだが、ルール違反になるからな。

 マッド博士のランハートにニトロとか、加速装置とか、ダッシュキ〇コとか教えておけばよかった!(理論は知らない)



 最終コーナーをギリギリに攻めて、ドリフトする。距離を稼げるのはこれが最後、右手に魔力を集中させるが、銀線からなかなか流れて行かないのがもどかしい。

 タイヤの焦げ臭いを置き去りにして、最後の加速に入る。ここで、逃げ切れるかが勝負だ。

 しかし、どんどんと後ろから蹄の音が近づいて来る。背中に圧力を感じる程の威圧感もだ。そして、ついに並ばれた。

 隣を見ると、視線が絡み合う。苦し紛れに睨み付ける俺とは対照的に、ルティルトさんは不敵に微笑み、前を向いて声を張り上げた。


「これが最後よ! 気張りなさい!! ヴァイスクリガー!!!」


 ルティルトさんが激を入れた。それに答えた白馬が加速し、徐々にこちらを追い抜いていく。

 ……激励して、ブースト掛けるとか?! こっちのバイクは答えてもくれないのに!



 先を行く白馬の白い尻尾と、ルティルトさんの金髪ポニーが横風になびいた。屋上、ゴールに到達したのだ。



『1番! ルティルト嬢のゴーーールゥゥゥ!!』


 頭上で実況の声が響き、少し遅れて俺も屋上へと辿り着いた。その途端に、屋上の冷たい風が吹きすさぶ。レースで興奮し、火照った身体には心地良い……のだが、周囲のギャラリーの声援に驚かされた。


「キャー、ルティルト様、素敵~」

「おおお! 流石は団長の娘さんだ!」

「この調子で頼むぞ! 今年はアンタに賭けるからな~」

『新進気鋭の魔道具、4番は惜しくも2着!

 騎馬の速さには及ばなかったが、カーブでは奇妙な動きで毎回トップに立ち、レースを盛り上げてくれました!

 この新型ゴーレム馬は試作品との事で、今後が期待されます!』

「うおお! よく頑張った! 面白いレースだったぞ!」

「アレで試作品かよ! どこの工房製だ?!」


 屋上の張り出した胸壁(凹凸の壁面)側には、30人程の人だかりが出来ており、口々に声を掛けてくれた。

 後で聞いた話であるが、屋上の張り出した部分はスロープを通行するゴーレム馬車が居るか確認する為にあるらしい。そして、スロープのカーブ部分が上から見えるので、レース時には観覧場所にもなるのだとか。


 先を行くルティルトさんは既に減速して、ゆっくりと馬を歩かせながら、1番の旗を掲げて振っている。

 どこに行けばいいのか分からないので、取り敢えず減速して付いて行くと、振り返ったルティルトさんが背中を指すようなジェスチャーをする。


「何をしている、ザックスも旗を振れ! 下の観客に見えるようにな! ここが醍醐味だぞ!」


 なるほど。TV中継などある訳も無し、実況の声しかないので、旗を振ってゴールのアピールをするのか。指示に従って、壁際に寄せて、旗を振る。すると、下からも声援が聞こえて来た。


 ……確かに、達成感を感じる。醍醐味と言うのも納得だな。

 暫し、旗を振っていると、先を歩いていたルティルトさんは旗を降ろして、Uターンして来る。白馬のヴァイスクリガーだったか……馬の全身から白い湯気が薄っすらと立ち昇っていて、凄い迫力だ。屋上まで駆け上がる運動量を考えれば、汗も噴き出るし、体温上昇も半端ないのだろう。

 俺も旗を降ろして、Uターンしようとするが、呼び止められた。


「小回りが利くのは知っていたが、ああも鋭角に曲がれるとはな。面白いレースになったわ。

 ほら、ヴァイスクリガーも『なかなか、やるな』って認めたみたい」


 すると、白馬が目を細めて、頭を摺り寄せてくる。しかし、馬への拒絶感から、思わず後ろへ飛び退く。おっと、バイクが倒れそうなので、後輪を手で持ち支え、ついでに陰に隠れた。


「すみません。馬が苦手って言ったじゃないですか。頑張った騎馬同士、バイクと健闘を称え合って下さい」

「何だそれは……仕方がないわね。ヴァイスクリガー、そっちだって」


 白馬がバイクのハンドルに頭を摺り寄せる。親愛表現なのだろう。そして、ハンドル真ん中のフレーム辺りを口で咥えてモグモグと食べ始める。


「おいおい、チタンフレームだぞ! 食べるなよ!」

「食べてない! 咥えてハムハムするのは、愛情表現よ!」


 そう言われても、ハムハムされたハンドル付近は唾液まみれである。おお、怖! 後で〈ライトクリーニング〉しないと……



「あのように、順位が変わるレースは初めてではないか? なかなか面白い余興になった。ご苦労である」


 不意に後ろから声を掛けられた。すると、ルティルトさんは直ぐさま馬から降り、そのまま膝をついて貴族の礼を取る。

 子爵令嬢であるルティルトさんが、こんな礼儀作法をするなんて、相手は限られている。つまり……俺はバイクのスタンドを立ててから、膝をついて貴族の礼を取る。


 後ろにいたのは予想通りエディング伯爵だ。そして、見覚えのある護衛騎士や側使えも沢山引き連れていた。先程の声援をくれたギャラリーは、護衛騎士と側使えだったのか。


 更に、後ろから懐かしい顔ぶれが歩み出て来た。


「王都の会議のついでに、顔を見に来てみれば、何をやっとるんだ」

「ノートヘルム伯爵!? ……お、お久しぶりです。何と言うか、レースは成り行きですよ? 馬に喧嘩を売られたと言いますか……あ、バイクの宣伝になるかも、なんて思惑も」


 そこに居たのは、若干呆れ顔のノートヘルム伯爵に、口元を押さえて笑うクロタール副団長。

 予想外の顔に驚いて、しどろもどろに言い訳をしてしまうのだった。





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 近況ノートを更新しました。

 ただ、突発に書いた物なので、いつもの小ネタはありません。

 只の雑記ですね。本編には何も関係がないので、暇な方はどうぞ。

 『アトリエのアニメで笑えた話、変な一致』、まさか錬金術ネタで被るとはw

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