第357話 飴ゴーレムと銀カードの取り扱い
予想以上に、前衛と後衛を両立するのは難しいようだ。俺以外に複合ジョブを取る人が居れば、信頼性が増えると思って勧めていたのだが、女性魔法使いだと体格的に転向は難しいのかも知れない。無理に勧めず、騎士団所属の男性魔法使いに検証をお願いした方が良いか?
取り敢えず、〈ファーストエイド〉で怪我を治してあげると、ルティルトさんも話題を逸らしてくれた。
「ああ、そうだ。ソフィを戦士にしたところで、30層のボスを倒すには火属性魔法がないと厳しい。私を魔法使いに変えても弱点を突けないのならば、苦戦は必須だな。
ザックス、この件は無かった事にしよう」
「分かりました。他のジョブと同じく、騎士団に追加検証をお願いする事にします。
……30層のボスなら強い筈ですからね、どんな魔物なのですか?」
「ゴーレム系よ。本当に硬くて、ルティのウーツ鋼製の剣でも、スキルを使わないと切れない程なのよね。
まぁ、わたくしの〈ファイアジャベリン〉に掛かれば、グズグズに溶けて骨に埋まっているゴーレムコアを露出するから、楽な相手なの」
「ゴーレムに骨ですか?」
俺が出会ってきたのは、木製のゴリラゴーレムと、柔らかい粘土の様なソディウムゴーレムなので、骨と言われてもピンと来ない。すると、ソフィアリーセ様が自慢に、どんな魔物なのか教えてくれた。
「貴方のところの鬼人族がいたでしょう? 彼より大きい鉄製の骨格標本に、半透明な水晶を盛りつけたような見た目ね。ただし、実際は水晶でなく、魔力で固められた砂糖の結晶……つまり飴なの。火魔法で炙れば、溶けて良い香りがするのよ」
「名前はジャイアントアモルツッカー。正攻法に戦うと、物理攻撃は効き難く、火属性以外の魔法は殆ど通じない強敵だ。人型の骨格を持っているせいか、ゴーレムとは思えないほど俊敏に動くからね。
魔法使いの居ないパーティーは、油と火を掛けて、柔らかくなるまで耐えるそうだ。」
……飴のゴーレムなんて居るのか!
飴細工の人形が動くなんてメルヘンチックである。ただ、話を聞く限り、半透明なので骨が透けて見えそうだけどな。動く骨格標本と考えると180度イメージが変わって、不気味に感じてしまう。
まぁ、見た目より気になるのはドロップ品だけどな。
「飴のゴーレムなら、ドロップ品は飴玉とか、砂糖でも落としそうですね」
「ええ、マナがこもった糖結晶を落とすのよ。
ただし、糖結晶の大きさはボスの身体に残っていた飴の量で決まるの。
〈フレイムスロワー〉で全身を溶かしてしまうと、飴玉サイズ。ゴーレムコアの付近だけ〈ファイアジャベリン〉で溶かして倒せば、等身大の糖結晶が手に入るの
魔法使いの腕の見せ所なのよ」
自信があるのか、ソフィアリーセ様は胸を張った。流石は学年1位通過なだけはある。ここまで、散々戦士の適性は無いような事を言われていたが、本職の魔法使いならば一流に違いない。
拍手してあげると、少しだけ口元を緩めた。
「学園のダンジョンだと、俺は入れないのが残念ですね。
飴ならお菓子に使えますから、レスミアや料理人が欲しがるでしょうから」
「いや、ヴィントシャフトの第1ダンジョンでも出現するぞ。ボスのジャイアントではなく、普通の魔物でな。相応にドロップ品も小さくなるが、数は手に入るそうだ」
「魔糖結晶は上品な甘さなので、お料理にコクを与えてくれます。もちろん、お菓子に使えば上品で繊細な味になりますよ。
白銀にゃんこで使っている蜜リンゴは、甘さ重視で素朴な味と言えますけれど、魔糖結晶も使えるようになれば、更に美味しくなるでしょう」
料理とお菓子について補足してくれたのはマルガネーテさんだ。お嬢様2人は料理をしそうにないからね。
ダンジョンギルドのお菓子依頼で、貴族街でも通じる味と評価を頂いているが、貴族街の上位レベルではないらしい。そこら辺の理由が、料理の腕前だけでなく材料の差もあったようだ。ダンジョン食材は、総じて美味しいうえにバフ効果もあるので、差が付くのは当たり前か。
もう一つ、下を目指す理由が出来たな。只の食道楽だけどね。
そして、面白い事にも気が付いた。火属性魔法がないと厳しい相手ならば、アレの需要がありそうだ。溶かし尽くすほど威力が高くてもいけないので、更に都合が良い。
「それなら、この白銀にゃんこの銀カードが活躍できそうですね。〈ファイアジャベリン〉を付与すれば、魔法使いが居ないパーティーでも、飴ゴーレムと楽に戦えますよ」
錬金調合と付与術で作った新商品だと紹介した。報告書を見せつつ、事前に準備していた箱から取り出して、〈ライトクリーニング〉が付与された銀カードを3人に配る。攻撃魔法では危なくて試し打ちが出来ないので、安全に試せて女性が嬉しい魔法と言ったら、これだよな。
側使えであり、この家の掃除を指揮していたマルガネーテさんが〈ライトクリーニング〉に驚いていたのをよく覚えている。実際に自分でも使えるならば喜んでくれるだろう、と言う考えもあったのだけど、予想以上に反応があった。使い方を教えると、マルガネーテさんは「まぁ!」と、目を輝かせてティーポットに試し打ちを始めた。
「凄い……茶渋がこんなに綺麗に!
これがあれば、しつこい汚れも……失礼いたしました。
お嬢様、この新商品は伯爵家にも導入して頂きたいです……お嬢様?」
珍しく興奮した様子を見せたマルガネーテさんだったが、俺の視線に気が付くと、直ぐに気を静める。そして、ソフィアリーセ様に要望を出していたのだが、当のお嬢様は報告書を食い入るように読み始めていた。むしろ、先程の試し打ちもチラリと目を向けただけである。
そんな〈ライトクリーニング〉に興味を示したのは、ルティルトさんの方である。
「へぇ、例の浄化魔法が使えるのは良いわね。ダンジョン帰りや、訓練後に直ぐシャワーを浴びられるとは限らないもの。このサイズの魔道具なら、ポーチにも入るから携帯も出来そうね」
「あ、女性の場合、化粧が落ちてしまうので気をつけて下さい。〈ライトクリーニング〉の範囲から、顔だけ出して使うと良いですよ」
「私も試してみよう」
ルティルトさんは立ち上がると、ソファーから少し離れて銀カードを掲げた。そして、頭を下げるように前傾姿勢になると、魔法を発動させた。光の柱が現れ、頭以外を包み込む。
……傍から見ると、ちょっとシュールだな。
ただ、まだ午前中なせいか、浄化されていくマナの煙は少ない。鎧の各部から薄っすらと出ているだけだ。
戻ってきたルティルトさんは、晴れやかな笑顔を見せた。
「心なしかさっぱり気がするわ。それに、鎧の輝きも綺麗になっているわね。手入れはしていたはずなのに」
「一般的に汚れと認識されるものを浄化して、マナの煙へと還る魔法ですからね。目に見えない小さな汚れを落としたのでしょう。
そうそう、ルティルト様には追加でもう一枚どうぞ。〈ヒール〉を付与してあるので、癒やしの盾の代わりに使って下さい」
以前約束した、癒やしの盾の貸し出しであるが、毎回借りに来るのは手間だろうと準備していた次第である。
「良いのか? 助かるよ。あの盾も一回自慢して、好評であったよ。今度は最新の魔道具として、このカードを見せるのも良いな。
……で、この便利な魔道具はいくらで売るつもりなの?
白銀にゃんこの絵も可愛いし、多少高くても買う人は多いと思うわよ」
「はい、その辺の値段設定も相談したかったのですよ。付与した魔法によっても、値段を変えたほうが良いですから。
それと、〈ライトクリーニング〉についてはアドラシャフトのノートヘルム伯爵の許可が降りたらになるので、販売は少し遅れるかも?」
そんな話をすると、すぐ近くから落胆の声が聞こえた。綺麗になったティーポットで、紅茶を淹れ直していたマルガネーテさんである。
「それは残念ですね。私が欲しいのは、この〈ライトクリーニング〉なのに。
そうね、意見を言わせてもらうなら……仕事で使う分は支給して貰うとして、自分用に1枚は買いたいわ。だから、あまりにも高額なのは止めて欲しいけれど……3回使えるのだから、1枚3万円はどうかしら?」
「いや、それは安すぎるな。世界で2人しか使えない、貴重な光魔法なのよ。1回5万円で、計15万円でも買う人は買うわよ」
「使い捨てで15万円は、流石に自分でも買いませんよ」
そんな風に、ルティルトさんとマルガネーテさんが盛り上がる中、ずっと報告書を読み耽っていたソフィアリーセ様が急に声をあげた。
「ちょっと待ちなさい!
ランク6の魔法と、回復の奇跡が使える魔道具を作ったですって!!
これは本当なの?!」
「へっ? あ、はい。報告書に書いた通りですよ。
ちょっと待って下さい……これが〈ファイアマイン〉を付与した銀カードです。こっちの〈詳細鑑定〉の銀カードを使って、鑑定してみて下さい」
先程までの貴族の笑顔は無い。真剣な表情に押されて、目で見える証拠を見てもらった。一回の使用で消えていく〈詳細鑑定〉の銀カードにも驚かれたが、ランク6も付与できると納得してくれた。
ただし、その顔に笑みは戻っていない。
「ええと、何が問題なのですか?
宝箱から魔法が付与された魔道具が出ると聞いたことがあります。回数制限付きの使い捨てなので、光魔法以外は珍しい魔道具として売れると思ったのですが……」
暫し、天使が通ったように、静寂の時間が訪れる。そして、ソフィアリーセ様が言葉を選ぶように、ゆっくりと語り始める。
「そうね。宝箱から魔法が付与された武具が出ることはあるわ。ただし、その殆どがランク0と1なのよ。60層以上の挑戦ダンジョンで、漸くランク3が稀に出る程度の確率と聞くわ。
それに、回復の奇跡は……
兎も角! この件はお父様に相談して、指示を仰ぐまでは口外禁止と致します!
ザックス、〈フェイクエンチャント〉について、知っている者は?」
「はい、家のメンバーだけですね。
あ、司書のリプレリーアには、複合ジョブの相談はしましたけど、〈フェイクエンチャント〉に付いては話していないです。それに、口止めもしておきましたから」
「あの娘ですか。まぁ、噂話をするより、本を読む娘なので、大丈夫と思いましょう。魔法戦士の情報も重要ですが、〈フェイクエンチャント〉程ではありません」
それから、3人に配った銀カードは、一時的に俺の手元へと戻って来た。ソフィアリーセ様の指示であり、万が一紛失する事が無いように、ストレージへとしまっておけと言われたのである。
「すみません。またエディング伯爵には、ご迷惑をお掛けします」
ソフィアリーセ様が言葉を濁すので、かなり珍しい魔道具と言う以外に、何が問題なのか分からない。
しかし、ダイヤモンドの件で王族へ報告しに行くという迷惑を掛けたばかりである。流石に申し訳なく感じて謝ると、何故か笑顔が返ってきた。
先程までの真剣な表情から一転、花が咲いたかのような笑顔である。
「謝罪は不要よ。わたくし達は婚約する仲なのです。
それに、わたくしの予想通りなら、良い方へ転がると思いますの。
ええ、ダイヤモンドよりも、ずっと良い手札になりますわ!」
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