第356話 ダイエットがいる箱入りお嬢様
ダイヤモンドの交渉は上手くいったようで、ホッとしていると、ソフィアリーセ様は最近の学園について教えてくれた。以前、ソフィアリーセ様に付きまとっていたアホぼん……フオルペルクとの噂話合戦だな。
「もうフオルペルクが流した噂……わたくしとの婚約なんて話は、殆ど消えてしまいましたわ。
今はわたくしの流した話が、女子生徒の間で持ち切りですのよ」
「ふふっ、ソフィがお茶会を開いては、せっせと広めていたものね。半分惚気が入っていたよ。
『わたくしの名誉を回復させるために、半年も経たずに30層を攻略したのよ』や、『公爵家に相応しい宝石を準備してくれたの。まだ婚約式までは、何の宝石か秘密なのですって。アクセサリーをプレゼントされるのが、楽しみですわ』とかね」
補足してくれたのは、ソフィアリーセ様の後ろに立つルティルトさんだ。お茶会の度に護衛として付いて行くから、毎回似たような話を聞かされて、覚えてしまったらしい。俺の知らない所で、噂をされるのはこそばゆい。
「30層は今週に攻略しましたけど、先週の時点では攻略前ですよ? それに、ダイヤモンドの事は……名前を出さなければセーフなのですか?」
「基礎レベルが31だったのならば、時間の問題ですわよね? 実際に30層を攻略したのならば良いではありませんか。それに、婚約者から頂くアクセサリーは、女の子に取っては重要なの。ダイヤモンドの名前など出さなくても、匂わせるだけで盛り上がりましたわ」
「ソフィの髪色に合わせて大粒のサファイアか、それとも男が自分を捧げるとルビーにするか、一緒になろうと言う意味合いで紫のアメジストか、なんてね」
若干、揶揄い口調で言いながら、ルティルトさんはソフィアリーセ様の隣に座った。暫し、2人は笑顔を向け合う。
「ルティ? 先程からなんなのです?」
「この2週間、お茶会と社交パーティー続きだったけれど、そろそろ良いのではなくて? アイツも学園に来ていないのよ」
アイツとは、件のフオルペルクの事である。俺が30層超えの噂を流し始めた辺りから、ダンジョン講習どころか学園から領地に帰ったままなのだとか。
……勝てないと悟って、実家に帰ってしまったのか?
俺がフオルペルクと会ったのは一度きりだが、そんなに殊勝な奴とは思えないのだけど……完全に平民を見下した態度だったからなぁ。何らかの不正手段とか、強硬策に出る方がらしい気がする。
ただ、学園もセキュリティが厳しいらしいので、何が出来るのか知らんけど……
「あんな人を気にする必要なんてありませんわ。むしろ、今月末のテストも欠席して、退学になれば良いのに」
「私もそっちはどうでも良いわ。気にしているのはこっち」
ルティルトさんはそっと手を伸ばし……ソフィアリーセ様の脇腹を摘まんだ。
「きゃっ!」
「あら? 思っていたより摘まめないわね。
でも、ソフィ、この2週間、噂を広げるためとはいえ、お茶会とパーティー、会食にばかり出ていたでしょう?
ダンジョン講習が免除されているから、運動と言えばダンスの授業か、ダンスパーティーくらいよね。そりゃ、太るわよ」
摘まむのを止めて、次は指でプスプスと差し始めた。身体の線が出るドレスなので、良く見える。ただ、俺から見ると太っているようには見えないけどね。
暫し、口をパクパクさせていたソフィアリーセ様だったが、段々と顔が赤くなり、壊れたスピーカーのような言葉を発した。
「なっ、なななななななななぁ! なんで、ここで言うのですか!!!
ザックスも居るでしょ!」
「護衛任務中に、無駄口を叩くわけにはいかないでしょ。
それに、ザックスにも聞かせて、危機感を煽った方が、ソフィは運動しそうなのよね。
マルガネーテはどう思う?」
丁度、ルティルトさん用の紅茶を淹れて持ってきてくれた、マルガネーテさんに話を振った。すると、困ったように眉をひそめていたが、若干涙ぐんだソフィアリーセ様にも目を向けられると、観念して話し始める。
「まだ、衣装の仕立て直しをする程ではありませんので、大丈夫ですよ。既に、専属の料理人が作る料理はカロリー控えめなメニューに変えています。
ただ、今のペースで会食やパーティー(計算外のカロリー)が続くと、成長期という言葉では隠せなくなりますが……
ザックス様からは、どう見えますか? 男性の意見も聞きましょう」
……巻き込まれた!
この手の話は言葉を間違えると女性を敵に回すからな。無難な言い方を……ん? 運動する方向に持っていけば、アレを絡められるか。
「私もルティルト様が指摘するまで気が付きませんでしたから、大丈夫だと思います。個人的にはガリガリの体型よりも、女性らしい丸みがあった方が、抱きしめた時の感触も良いですから好きですね。
そうそう、レスミアも料理やお菓子の試食が多いので、ダンジョンでは動き回る闇猫ジョブにする事が多いです。ボスの周回なんて、ショートカットを走り回るから良い運動になると、喜んで走っていますよ。
まぁ、適度な運動が一番なのでしょう」
と、無難な意見にしたのに、何故かソフィアリーセ様は顔を更に赤くした。ついでに、にんまりと笑ったルティルトさんが耳打ちすると、手で顔を隠してしまう。
……何を言ったのか気になるけど、聞ける雰囲気じゃない!
マルガネーテさんも、微笑ましい顔でソフィアリーセ様を見ているので、悪い事ではないようだけど。
暫くして、顔を上げたソフィアリーセ様は、いつもの貴族の笑みに戻っていた。いや、若干作り笑顔な気がするけど、紅茶を飲んで気分を落ち着けたのか、直ぐに分からなくなった。いや、お茶菓子に手を出さないのは分かり易いけどね。
ソフィアリーセ様がサファイアの輝きの宝石髪をかきあげた。それに、見とれていると、何故かルティルトさんまで金髪ポニーテールをかきあげる。一瞬気を取られたけど、意図が分からない。内心困惑していると、ルティルトさんが話の続きを始めた。
「では、来週からはダンジョン講習に参加するか、自主的に基礎訓練をするかしよう。ソフィはどちらが良い?
私と一緒に騎士、戦士の訓練に参加する手もあるけど」
「待って、それは流石に付いて行けないでしょう?」
お誂え向きに、狙っていた話題になった。それに割り込む形で、俺も提案をする。
「それは良い考えじゃないですか。ついでに戦士の訓練の前に戦士をレベル30に上げてしまえば、耐久値補正が上がって、運動強度も上がりますよ」
耐久値が高い=スタミナも多い。なので、長時間運動するなら、耐久値は高い方が良いのだ。ソフィアリーセ様達は既に学園ダンジョンの30層を攻略しているので、レベリングも簡単なはず。
しかし、俺の提案に2人は笑顔のまま首を傾げた。まぁ、いきなり30に上げようじゃ、分からないよな。
事前に用意していた複合ジョブの資料を、2人に見えるようにテーブルの上に広げる。
「戦士と魔法使いの二つをレベル30にすることで、新しいジョブを手に入れました。二つのジョブの特性を引き継ぐだけでなく、剣に魔法を込めて魔物の弱点属性を突ける、強力なジョブですよ。
こっちは、僧侶と修行者を育てて手に入れた武僧で、格闘技で戦う変わったジョブです。こっちはお二人には合わないかな?
ソフィアリーセ様は魔法使いレベル30、ルティルト様は騎士を得る段階で戦士もレベル30。逆にして育てれば、上位互換の魔法戦士が取れますよ」
突拍子も無い話なので、
ダガーに魔法陣が巻き付いて、赤く光るのを見せれば、信じざるを得ない。
「英雄のジョブや遊び人なんてジョブがあったのですもの。他にも新しいジョブが出て来ても不思議ではない……と、いうことですか。いえ、賭博師とか意味が分からないわ。なんで、ギャンブルする必要があるの??」
既に貴族の笑顔は崩れ、真剣な表情で報告書を読んでいき、賭博師のページで完全に困惑していた。そして、ソフィアリーセ様が読んだページをルティルトさんに回し、情報を共有していく。
一通り、新ジョブのデータを読んだところで、顎に手を当てて考え込んでいたルティルトさんが話し始めた。
「魔法戦士は、私に無理だな。いや、取得は出来るのだろうが、肝心の属性適性が無いと使い物にならないのは魔法使いと同じだ。余り言いたいことではないが、私は水と土属性しか適性が無い。
まぁ、私はもとより身体を動かす方が性に合っていたから、初めから騎士志望なのだよ」
おっと、ここにも属性適性で困っていた人が居た。貴族生まれであっても、属性適性が3つはないと魔法使いとしてやっていけない。ダメージディーラーである魔法使いが弱点を突けないと、戦闘が長引く一方なので、仕事を果たせない=半端者として扱われるのだ。
俺の身体の持ち主であるザクスノート君も、属性適性が少なくグレたらしい。貴族生まれでも大変だ。
その点、ソフィアリーセ様なら最初から魔法使いなので、問題はない。先程の話の続きをしようと、目を向けると……殊更、作り笑顔と分かる顔を向けられた。
「わたくしも無理ですわ。だって、普段使っている扇子や、護身用のナイフよりも重い武器なんて、扱える気がしませんもの。ルティが使っている剣や盾なんて、とてもとても……」
「あれ? 基礎訓練で鍛えているのでは?」
……箸より重いものを持った事がない、箱入りお嬢様じゃあるまいし。
いや、箱入りじゃないけど、筋金入りの伯爵令嬢だから、あり得るのか?
ダンジョンの30層を攻略しており、同じくお嬢様(子爵令嬢)なルティルトさんが剣盾鎧といった重装備をしているので、鍛えている物だと錯覚していたようだ。
当のルティルトさんに視線を向けると、クスクス笑いながら、ソファーの後ろへ手を伸ばした。そこには座る前に外した剣が立て掛けてある。その剣を、鞘に納めたままソフィアリーセ様に差し出し「はい、構えて」と、柄を握らせた。
「あ、これくらいなら…………あ、待って、段々重く…………重い、無理ですわ!」
両手で剣を受け取ったソフィアリーセ様だったが、徐々に持っていられなくなる。鞘がテーブルに当たる前に、ルティルトさんが受け止めて回収した。
ああ、うん。剣って持つだけなら、そこまで重くないけど、構えて斜めにした状態とか振り回すとなると途端に重く感じるんだよな。
「やっぱり、剣を振り回すだけの筋力は無いわね。
先ほど言った基礎訓練もジョブ毎に分かれていて、各ジョブに必要な訓練を行うのよ。
ソフィが受けたのは魔法使いのコースなの。つまり、ダンジョンを歩けるだけの最低限の訓練ね。長距離歩行とか、中距離のジョギングとか、逃げる時の短距離走くらいなのよ。
戦士ジョブを育てる前に、筋力トレーニングから始めないとね」
魔法使いは戦力の要であり、〈ウォーター〉で水も作ってくれる(=荷物を減らせる)ので、荷物持ちや採取作業を免除するパーティーも多い。少しでも休んでMPを回復させて欲しいからだ。
身近な例だとプリメルちゃんも、その典型だな。重い荷物はテオ達が背負っていたし。
「ああ、それならワンドを使うって手もありますよ。魔法戦士の〈魔剣術・初級〉なら、重量の無い属性剣を作れます」
実際に使用して見せると、ワンドの先に灯した魔法陣がくるりと丸まり、ビーム〇ーベルに変化する。軽く振って見せれば、軽いこともアピール出来た。ただ、そのまま重さを実感してもらおうとしたのだが、ワンドを手渡しした時点で効果が切れてしまった。術者専用なようである。
重さを体験する事は出来なかったが、ソフィアリーセ様は「それなら、わたくしにも扱えそうね」と、若干乗り気になる。しかし、その様子を見たマルガネーテさんが心配げな表情で挙手をすると、発言を求めて来た。
「お待ち下さいませ。いくら軽い武器があっても、お嬢様は扱えないのではありませんか?
護身術の講義でもナイフを使った防御方法しか習っていませんし、包丁も持った事が無い方なのですよ」
「それも言えているな。普段、食事の時のナイフくらいしか刃物を使わないソフィでは、自らの足を切りかねない」
「……流石に、わたくしを馬鹿にし過ぎではありませんか?!」
側近の2人の言い草にカチンときたのか、隣に座るルティルトさんの脇腹へと手を伸ばす。先程のお返しか、脇腹を突くのだが……「痛っ!」と、指を押さえてしまった。白銀鎧を突いて、逆に突き指してしまったらしい。
……ドジっ子かよ! 段々と、心配になって来た。
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ダイエットのくだりや、お嬢様いじりをしていたら、長くなってしまいましたw
中途半端な所ですが、一旦ここで分割します。
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