第355話 新しいカフェ計画
「私が帰国してから調べてみたところ、白銀にゃんこの良い評判が広まっています。
貴族街の使用人からは『貴族向けのお菓子よりは地味だけれど、安くて味は良い』、
平民からも『少し割高だけど、貴族街に行けない人でも、貴族街の味を楽しめる』と言った内容です。
現状でも売り上げは好調だと思いますが、もう一歩進めては如何でしょう?
ここの店舗を少し横に増築し、小さなカフェにするのです。そこで、貴族街レベルの美味しいケーキとお茶を提供すれば、貴族のお茶会気分を楽しめる店と、裕福な平民に受けると思います」
リスレスさんは笑顔でセールストークをすると、最後に俺の方にもチラリと目を向ける。そのアイコンタクトの意味が分からずに困惑していると、ソフィアリーセ様が頷いた。
「面白いアイディアだと、わたくしは思います。ザックスの料理人が作るお菓子、特に乳製品を使ったケーキ類ならば、それなりに美味しいですからね。
ただ、許可を出せるかと言うと……ザックスはどう思います?」
「あ、はい。ありがたい話ではありますけど、手が回らないです。
元々は資金稼ぎの為に魔道具を売る、そのついでにお菓子も売り始めたのです。お持ち帰りのみの対面販売ならば、少人数で営業出来るのも利点でした。
ここに、カフェの営業を加えるとなると、最低でも2人は要りますよね? 本来のメイドとしての仕事が回らなくなりますよ。な、レスミア?」
「そうですね。ダンジョンに入らない日であれば私も手伝えますけど、サポートメンバーの3人だけでは厳しいですよ。トリクシーは追加のお菓子作りと夕飯の仕込みがありますし、フォルコ君も店長業務で忙しいそうです。お昼の営業は、実質ヴィナだけの時間もありますから」
平民街の中心にあるお菓子屋兼カフェでデートした時には、もうちょい店舗が広ければなんて、レスミアと話した覚えがある。ただ、実際に営業を続けていると、大変さも分かって来た。俺も朝方なら手伝うけれど、前日の夜に調合で遅くなると起きられない事もあるので、あまり戦力になっていない。
俺とレスミアで、消極的反対の姿勢を見せたのだが、リスレスさんは笑顔を崩さない。それどころか、手をポンッと叩いて対案を出してくる。
「それなら、ナールング商会から給仕の出来る人員を派遣致しましょう。ウチの商会は店の経営もしていますし、民家を改築したレストランも開いています。ここの増築も、身内価格で引き受けますよ。
後は、そうですね。2名派遣するとして、1人はこのスティラでどうでしょう?
今朝も白銀にゃんこの営業を手伝っていましたし、臨時雇いをするなんて話も出ています。看板娘にするなら、話題になりますよ」
「まぁ! スティラが給仕をしてくれるのですか!?
それは、なんとも可愛らしい……もしかして、今日の衣装はそのつもりでしたの?」
「ええ??? 私も初耳だにゃ~。この服も、朝に手伝ったから着てただけみゃ。
ちょっと、リース姉ちゃん! 勝手に決めないでよ。私にはティクム君のお世話もあるのに!」
「あら? ティクムなら私と義母様、後は手の空いた
「もう! 勝手に決めないでって話しているの!」
姉妹喧嘩というには微笑ましい。身内と話す時は『にゃ』って付けないんだな。なんて、考えていたら、ふと疑問が湧いた。近くにいたレスミアに耳打ちする。
「スティラちゃんって、父親の代理で来たって聞いたけど、この街にはいつまで居られるんだ?
店を手伝ってくれるのは助かるけど、まだ13歳だから親元が恋しいよな」
「あはは。まだ、暫くは居るつもりみたいですよ。私達の婚約の顛末を書いた手紙は送っていたので、用事としては終わっていますけれど、初めての街が楽しいみたいです。この前は近所の子供と仲良くなったと言っていましたからね」
「ああ、お給料を払うって言ったら喜んだのは、そのせいか」
店のマスコットとして人気は出そうだけど、早々に帰国してしまう心配もあったんだ。暫くなら大丈夫か?
ただ、先程の提案で、ソフィアリーセ様が乗り気になっているように見える。俺としては、実務に当たるサポートメンバー相談がしたい。ソフィアリーセ様には一旦保留にするよう、声を掛ける。
すると、ちょっとだけトリップ状態だったソフィアリーセ様はハッと驚いてから、直ぐに佇まいを正した。
「コホン……そうですね。増築となると、この場で決める事は出来ません。それと、確認する事が……リスレス」
「実家で店番するのと大差ないでしょ……あ、すみません。見苦しいところをお見せしました」「ごめんなさいにゃ」
姉妹喧嘩をしていたスティラちゃんは、お嬢様の前だった事を思い出したのか、慌てて向き直り笑顔を見せた。猫耳が横を向いたままだけどね。その一方でリスレスさんは、ずっと笑顔のままだったのは、流石商人である。
「良いのですよ。スティラがぷんぷんと怒る、可愛らしい姿を見えましたし、不問と致します。
それよりもこの件、ナールング商会には利益が少ないと思うのですが、それでよいのかしら?
身内価格で増築、従業員を派遣すると言っても、競合店を増やすだけよね?」
「派遣料に加えて、食材を卸せば十分な利益になると思います。それと、ここの店舗は街の端にあるので、大通りの店とは競合しません。貴族街の方にある民家のレストランは少し近いですが、あちらは食事がメインなので、影響は少ないでしょう。
後は……妹の為だけでなく、ザックス君へのお礼も兼ねているのです。
息子のティクムに幸運のぬいぐるみをプレゼントしてくれて、本当にありがとう。今ではティクムのお気に入りで、寝る時は抱っこして離さないのよ」
リスレスさんは、話の途中から俺へ向けて言った。それは、先ほどまでの商人的な笑顔でなく、母親の優しい笑顔に変わっている。喜んで貰えたなら何よりだ。苦労して手に入れた逸品だからね。
ついでにスティラちゃんも、何かを揉むような仕草をしながら笑う。
「アハハ! あのぬいぐるみは触り心地も良いよね~。ティクム君が抱き着いたまま、コロコロ転がって楽しそうにしていると、こっちも楽しくなっちゃうよ」
「あら? 第2ダンジョンの中でも特に手に入り難い、幸運のぬいぐるみの事かしら?
ザックス、良く手に入ったわね」
「あ、はい。半日くらい掛かって漸くドロップしましたよ。
そこら辺も報告書にしておきましたから、後で話します……あ、もしかして、ソフィアリーセ様も欲しいですか?」
気を利かせて聞いてみた。ソフィアリーセ様は17歳なので、女子高生くらい。ぬいぐるみを欲しがるのもありだろう。ウチの女性陣にも、幸運のぬいぐるみは人気だったからね。
すると、ソフィアリーセ様は一瞬目を見開いて驚いていたようだったが、直ぐに口元を隠して笑い始めた。
「うふふ、ありがとう。でも、わたくしは既に持っているの。子供の頃にお父様に頂いて、大切にしているわ。
今は学園領の部屋に飾ってあるわよ。同室のルティの分と一緒に並べてね。ね、ルティ?」
「うむ。学園のダンジョン講習の前だけでなく、毎朝撫でるのが日課であるな。
私のぬいぐるみは、兄様が幼年学校を卒業するにあたって、『男がぬいぐるみなど持っていては恥ずかしい』などと言って、譲り受けたものだ。あのように可愛いだけでなく、幸運ももたらしてくれるというのに、男は良く分からんな」
「ああ、その年頃の男の子は、思春期で面倒ですから。そっとしておいて下さい」
今日は姫騎士装備で護衛に付いているルティルトさんも、持っているようだ。まぁ、伯爵令嬢と子爵令嬢だからな。手に入りにくいと言っても、上級貴族なら手に入るのだろう。
「では、この件は一旦保留と致します。ザックス、貴方は従業員の意見も聞いておきなさい。
リスレス、貴女は工事費を含めた事業計画書を作成して来るようにね」
「了解しました」
「畏まりました。
本日は私の提案を検討して頂き、ありがとうございました。商会へと戻り、作成して参りますので、一旦失礼致します」
リスレスさんは一礼すると、足取りも早く、門へと歩いて行った。
残されたソフィアリーセ様が「続きは来週のつもりでしたのに……」なんて呟いていたので、フォローはしておく。
「拙速を尊ぶなんて言葉もありますし、利益が見えた商人としては、あんなものではないですか?
取り敢えず、お疲れ様でした。応接間で一息入れましょう」
エスコートしようと手を差し出すと、たおやかな手がするりと絡みつく。レスミアとの練習のお陰で、自然な感じで誘う事が出来た。その事に気分を良くして笑い掛けると、何故かソフィアリーセ様の反対側の手にはスティラちゃんがくっ付いているのが見えた。更に、スティラちゃんの向こう側には、苦笑しているレスミアまでもが数珠つなぎになっている。
「ええ、皆で行きましょうね」
そう笑顔で返されたら、しょうがない。エスコートと言うより、仲良し家族みたいな感じで、手を繋いで家に帰るのだった。
応接間で紅茶とお茶菓子で一息入れ、お互いの報告をするのだが、「先週の綺麗な宝石の話、どうなったの?」とスティラちゃんと興味深そうに聞いてくる。目をキラキラさせているので純粋な好奇心なのだと分かるが、王族も絡むので聞かせて良いのか悩む。元はと言えば、先週皆が居る所でダイヤモンドをお披露目したのが原因であるので、スティラちゃんが興味を持つのは仕方がない。判断に迷い、対面に座るソフィアリーセ様へと目配せすると、『任せなさい』と言わんばかりに頷き返してくれた。そして、隣に座るスティラちゃんへ、人差し指を立てて話し始めた。
「良いですか、スティラ。これからお姉ちゃん達が話すのは、重要な機密情報があります。決して、他の人に話してはいけませんよ。それが約束できないなら、部屋の外に出てもらいます」
「はーい、ソフィお姉ちゃんとの約束は守るにゃ!」
「ええ、良い子ね。報告が終わったら、又ボードゲームで遊びましょう」
……駄々甘じゃん!
スティラちゃんの頭を撫でるソフィアリーセ様は、猫族兼妹属性なスティラちゃんに
「スティラも13歳ですから、言っちゃいけない事の分別は付くと思うけど、『ここだけの話』とか、リスレス姉さんに話すのも駄目だからね」
「え?! リース姉ちゃんにも?
……多分、リース姉ちゃんは、根掘り葉掘り聞いてきて面倒臭いよねぇ……う~ん、気になるけど、今日は止めとくにゃ」
「それじゃあ、私とキッチンでお菓子作りでもしましょう。
ソフィアリーセ様、ザックス様、後はお任せしますね」
……危ない、危ない。身内なら話してもOKみたいに捕らえていたようだ。
レスミアの機転により、スティラちゃんは名残惜しそうにしながらも、応接間を出て行った。後に残されたソフィアリーセ様は、手を振って見送っていたが、どことなく寂しそうな笑顔である。ルティルトさんが後ろで口元を押さえて笑っているのは、スルーしておこう。 まぁ、姉力の差を見せつけられたようなものだからな。
「早めに報告を終わらせましょう。そうすれば、一緒に遊べますよ」
「そうね。でも、今日は午前中しか時間が無いから、少しでも可愛がりたかったのよ」
……ん? 午後の予定があるとは聞いていないが?
ソフィアリーセ様は紅茶を一口飲んで切り替えたのか、カップを置く頃には、いつものお嬢様へと戻っていた。
「ダイヤモンドの件ですが、昨日の会議で承認が下りたそうです。概ね、こちらの要求が通ったそうよ。
今日の昼前にはお父様が帰っていらっしゃるから、その後にザックスも交えて、今後の打ち合わせを致します。
午後14時からなので、わたくしとザックス、レスミアは昼食を食べたら移動しますよ。良いですね?」
「了解です。上手くいったようで、ホッとしました」
そんな訳で、午後からヴィントシャフト家へと移動となった。
尽力してくれたエディング伯爵には、何かお礼がしたいくらいだ。白銀にゃんこの銀カードなら、手土産には丁度良いかな?
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