第354話 ナールング商会の現状と銃痕
今日は休日である。そして、ソフィアリーセ様が遊びに来るのも、恒例行事となって来ており、朝食を終えた後から皆で準備に追われていた。新作のお菓子や茶器準備、花飾り用の花瓶、報告する資料の準備、各種白銀にゃんこの銀カード入りの木箱、それとお持て成し役のにゃんこ……もとい、スティラちゃんも応接間の準備を手伝ってくれている。その彼女も、何故かメイド服を着て、くるくるとお手伝いに勤しんでいた。
「あ、運んでくれてありがと~。ミーアと一緒で働き者だね! 今朝の接客も良かったし、えらい、えらい」
フロヴィナちゃんが荷物を受け取ると、お手伝いのスティラちゃんの頭を撫でて労っていた。『今朝の接客』とは、白銀にゃんこの朝の営業の事である。貴族街への勝手口が開く朝一番に来てくれて、そのまま列の整理とか、お客の案内を手伝ってくれたのだった。その際、従業員と分かるようナールング商会で取り扱っているメイド服を着て来たので、朝食を食べた後もメイド服姿なのである。
「にゃふ~。わたしの家の店でも、ミーア姉ちゃんに代わって看板娘をしてたからね!
ちょっと、忙しかったけど、なんてこと無いよ……にゃ!」
「アハハ! 頼もしいね~。
朝は一番混むからね。これからも、手伝ってくれると助かるけど……うん、どうせならメイド服も私達と同じやつを用意しよっか?
丁度、新しいのを作っているんだよ~……ザックス君! スティラちゃんの分のメイド服も作ってい~い?」
急に声を振られたので、思わず顔を上げる。すると、目を輝かせたスティラちゃんが、「え?! この可愛い服を着られるの?」と、期待の眼差しを向けて来た。
それもその筈、商家であるナールング商会のメイド服よりも、アドラシャフト伯爵家の雑用メイド服の方が可愛く、質も良い。それに加えて、フロヴィナちゃんがフリル等の装飾を追加しているのである。町娘にとっては、貴族家のメイド服は憧れなんて、何処かで聞いた話だ。
……今でも十分可愛いと思うが、着飾ったらシルバ〇アファミリー感マシマシだ。見てみたい。
「材料なら30層で取って来るから、構わないよ。
むしろ、手伝ってくれるならバイト代……臨時雇いとして給金も出さないとな」
「え?! お金も貰えるの? やります!
お昼頃は子守があるけど、朝なら大丈夫なの!
ティクム君も可愛いけど、リース姉ちゃんってば子供のお駄賃くらいしかくれないのにゃ」
「……身内の子守なんて、お駄賃レベルのお手伝いでしょ。
それにしても、30層の素材で服って、花乙女の花弁のことよね? そんな高価な物、スティラには早いんじゃないかしら?
幸運のぬいぐるみも貰ったばかりなのに、悪いわ」
そう言うと、頬に手を当てながら俺の方を見たのはレスミア……ではなく、リスレスお姉さんである。
早朝に来たスティラちゃんとは別に、つい先ほど一人で訪ねて来たのだった。何か用があるのか聞いてみると、ソフィアリーセ様の所へ食材を納品し始めたので、そのお礼と御用聞きに来たらしい。実に商売熱心である。
ついでに、昨日の午前中に、ウチの家から錬金調合の煙が盛んに出ていたのを見ていたらしく「赤い煙が続いた後に、青い煙ばかりになったもの! 何を開発したの?!」と、聞き込みに来たらしい。本当に商魂逞しい。
流石に白銀にゃんこの銀カード、〈フェイクエンチャント〉の事は話せないので、貴族関係の機密とお断りした次第である。
「服の貸与も、臨時雇いの従業員への福利厚生ですよ。制服なので、皆と同じデザインの物の方が、お客さんから見ても分かり易いですから」
「ふうん……そんな簡単に30層のボスを倒せる自信があるなら、この資料にも信憑性があるわね。確か、フル装備の戦士が麻痺の危険を冒しながら戦うから、値段が高いなんて聞くのに……安全になるなら需要はありそうね。
どう? このゴーグルって言うの、ウチの商会で取り扱いさせてくれないかしら?
こっちのマスクは花乙女の花弁が要るから難しいけれど、このゴーグルに使う魔絶木なら調達出来るもの。ウチの職人に加工させましょう。
そうそう、貴方が取って来た花乙女の花弁を売ってくれるなら、マスクもセットで作るわ。ギルドよりも高く買い取るわよ!」
ジョブ関連の資料も、複合ジョブとか見られたら不味いので、デコイとして30層の攻略資料を見せた次第である。もっとも、その内容から別の商談が始まってしまったのだけどな。リスレスさんは、レスミアを大人っぽくした見た目なので、非常にやり難い。おねだりされたら、ほいほいOKしてしまいそうになるからだ。こういうのも、惚れた弱みと言うのかね?
今回は騎士団も欲しがりそうな情報なので何とか断りつつ、話題を逸らす事に成功した。
「この資料は、後援者であるヴィントシャフト家へ報告する物なのですから、下手すると横やりになりかねませんよ。
『俺達が暫く稼いだ後は、騎士団でも使ってもらえれば』と、話す予定なので、ゴーグル作成を下請け出来るかはソフィアリーセ様に相談してみて下さい。
それにしても、ナールング商会は食料品がメインなのに、手を広げて大丈夫なんですか?」
「また貴族案件なの? 仕方がないわね、ソフィアリーセ様にお伺いしてみましょう。
それと、貴方はもう身内なのだから教えてあげるけど……」
簡単にだが、ナールング商会の状況を教えてくれた。
ナールング商会は、旦那さんの曾祖父(準男爵)が引退後、ダンジョン食材を取り扱う食料品店を始めた事が起こりである。その後、2代目3代目が手を広げ、数店舗(他の村含む)+飲食店や下級貴族家に食料品を納品する商会になった。ただし、曾祖父以降にダンジョン攻略をして、貴族になった家人はいない。
「貴族街の税金は高いのよ。特に貴族以外には、もっと高くなるわ。それこそ、代替わりする時は商会が傾く程にね。
だから、将来に息子のティクムが継ぐまでに稼いでおかないといけないの。もちろん、ティクムがダンジョン攻略を目指すなら、援助するのにもお金がいるし……貴方がフリーだったら良かったのにね」
もっと大きな商会(貴族街の大通りに店を構えるような)ならば、血族が貴族にならなくとも、騎士団員でダンジョン攻略をした準男爵を花婿(花嫁)として迎え入れるとか、有力な探索者を後援して攻略させる。
その点、ナールング商会はと言うと、貴族街の端に拠点を構えているように、商会としては下から数えた方が早い。上位貴族や騎士団には伝手が無く、専属として雇っている探索者も、他の村へ行き来する時の護衛程度(ギリギリセカンドクラス)である。
先週、レスミアとの婚約話の際、リスレスさんがヴィントシャフト家との伝手を欲しがったのは、こんな背景があったのだ。
少し残念そうにしていたリスレスさんだったが、俺の方を見ると目を細めて笑顔になった。
「レスミアと貴方の子供なら強くなりそうよね……ティクムと貴方達の子供で婚約を予約しておくのも、良いかも知れないわね?」
「いやいや、気が早すぎですよ!
そりゃ、子供の頃から
「作ればいいじゃない。平民なら身籠ってから結婚なんて、偶にある話よ。姉の権限で許可します。ティクムとの年齢差も少ない方が良いわ」
その言葉に思わず、にやけてしまった。
そりゃ、そういう欲求はあるし、婚約してからレスミアとのスキンシップが増えてきているので、自分で処理する事も多い。〈ライトクリーニング〉様様である。
……そうでなくて!
冷静に考えるとソフィアリーセ様との兼ね合いもあるので、難しい問題なのだ。正妻を差し置いて、第2婦人が先に子供を産むとか、後々の問題になりそうである。ただ、こんな事を相談するのも気恥ずかしい。本人達には聞きにくいので、マルガネーテさん辺りが適当だろうか?
そう言えば、マルガネーテさんも未婚のようだけど、二十歳前後だよな? ルティルトさんと違って四六時中ソフィアリーセ様に付いているらしいので、婚約者が居るとかも聞いた事が無い。これはこれで、聞き難いんだけど!
なんて、グルグル考えていたら、リスレスさんがにんまりと笑い始めた。
「うふふふ、顔を赤くして可愛い。義理の弟君を弄るのも悪くないわね」
「……からかわないで下さいよ!」
そんな雑談をしていると、チャイムが鳴った。天の助けであると同時に、レスミアがドアを開けて顔を覗かせた。
「ソフィアリーセ様がいらしたようですよ。出迎えに行きましょう。
……ザックス様、顔が赤いですけど、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない。出迎えだな。
スティラちゃんも玄関まで行こう!」
「はーい!」
今、レスミアと目を合わせると、また顔が赤くなる気がして、スティラちゃんを誘って応接間を出た。その後ろでは、リスレスさんが楽しそうに、レスミアへ耳打ちをしていたので、先程のやり取りは筒抜けだろう。
後押ししてくれるのは、ありがたいけどねぇ。
ソフィアリーセ様一行が到着し、長ったらしい挨拶を交わした後、応接間ではなく離れ(白銀にゃんこの裏口)の方に案内した。一昨日〈指弾術〉で遊んで……もとい試験中に誤爆して柱に穴を空けてしまった事への謝罪である。スティラちゃんと手を繋いだままのソフィアリーセ様に現場を見せてから、簡単な事情を話して頭を下げた。
「お借りしている家なのに、私の不注意で傷付けてしまい、申し訳ございません」
「反省しているなら良いでしょう、謝罪を受け取ります。もう、頭を上げなさい。
それに、穴を埋めて見た目も綺麗にしたのであれば、特に問題はないのではなくて?」
「いえ、甲殻の銃弾が中ほどに埋まったままなので、時間を置いたら腐ったりしないかと思いまして。かと言って、抉り取るとなれば、柱を大きく傷付けないと取り出せません。〈メタモトーン〉で直すとしても、素人仕事だと強度が心配です。どうしたらよいか、判断が付かずに相談した訳です。」
俺の言葉に柱を撫でていたソフィアリーセ様は考え込んでしまう。少ししてから、手を上げてマルガネーテさんを呼び寄せた。
「わたくしにも、判断が付きません。マルガネーテはどう思う?」
「申し訳ございません。柱が傷付いた程度なら兎も角、内部まで穴が空いているのならば、私にも分かりかねます。一度持ち帰って、本職の大工を派遣しては如何でしょうか?」
それもそうだ。お嬢様御一行だから、大工とか木工系の話が分かるはずもないか。そんな感じで、話が進んでいると、一緒に付いてきていたリスレスさんが手を上げた。
「リスレスでしたね? 何か意見があるのであれば聞きましょう」
「ありがとうございます。私は商人ですので、建築に関する知識も多少ございます。恐らく、数年は問題ないと思われますが、10年以上は危ないかと存じます。
何故なら、木材は気温が高くなると湿気を吸収し、低くなると湿気をするからです。石積の家よりも、木材で立てた家の方が、快適だといわれる由縁ですね。この時、ほんの少しだけ、膨張や収縮をするらしいのですが、木の中に鉄よりも重いサソリの甲殻が埋まっていると、周りの変化に付いて行けず悪影響を及ぼす可能性が高いのです」
なるほど?
木で出来た家の方が湿度を調節してくれると言う話は、聞いた覚えがある。日本でも昔から木造住宅が多かったのは、温暖で多湿な環境だったからだとかね。
俺がリスレスさんの説明に納得していると、マルガネーテさんが考え込むように顎に手を当てた。
「ここの離れは、元々庭師用の住み込み住居として建てられた物を、店舗として改装したのです。そこまで、頑丈には建てられていないので、後10年も経つ前に建て替えるでしょう。
このまま、放置でも良いのですね?」
「はい。ですが、万が一もありますし、補修されては如何でしょう。我がナールング商会にお任せくださいませ。
それと、折角の機会なので、提案させて頂きます。この店舗を増築して、カフェにしては如何でしょう?」
〈営業スマイルのペルソナ〉の効果か分からないが、リスレスさんは物凄くにこやかな笑顔で、営業を仕掛けたのだった。
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