第352話 カンガルーとボクシング……むしろバーリトゥード?

 10層のボス部屋にて、クイックボクサーが魔法陣から現れた。

 2m強の大型カンガルーであり、ボクサーグローブの様に肥大化した手で殴り掛かって来る魔物である。レベリングの際、何度か戦っているので詳しい説明は不要だな。ボクシングスタイルの攻撃は素早いが、そこまで重さは無い。パンチを受け流したところに、武器攻撃系のアクティブスキルを使えば、然程苦労もしない。


 ただし、今日は武僧の力試しなので、俺も素手である。相手に合わせて、こちらもクイックボクサーグローブ(ボスのレアドロップ)を手に嵌める案もあったが、実際に装備すると思ったよりクッション性が高くて止めにした。

 本題である〈格闘の技巧〉の効果が分かり難くなるからだ。



【スキル】【名称:格闘の技巧】【パッシブ】

・格闘攻撃時の反動を半減する。また、装備重量が軽い程、アクティブスキルの硬直を短くする。



 そして、装備重量を軽くするため、ジャケットアーマーも脱いだ。雷玉鹿の革製なので金属鎧ほど重くはないが、薬液処理された硬革部分もあるので、普通のジャケットよりは重いからである。

 因みに、下に着ているのは厚手の長袖シャツである。防御力は無きに等しいので、保険として防御力を上げる〈ホーリーシールド〉と、回避率を上げる〈アボイド〉重ね掛けしてある。どちらも僧侶で覚える奇跡なので、武僧も使用可能なのだ。

 後は、武僧レベル5で覚えたスキルがあれば何とかなる。



【スキル】【名称:受け流し】【パッシブ】

・敵の攻撃を受け流し易くなる。盾、武器、素手など、受け流す行為なら全てに補正が掛かる。


【スキル】【名称:カウンター】【パッシブ】

・敵の攻撃を躱す、もしくは受け止めた際に中確率で自動発動し、反撃する。

 ただし、反撃する隙を術者が認識している必要がある。



 〈受け流し〉は戦士で覚えたものと同じだ。一緒に覚えた〈カウンター〉とシナジーがあるので、頼りにしている。


「ザックス様! 頑張って下さーい!」

「大丈夫だとは思うけどよ、万が一の時にゃ〈カバーシールド〉するから、安心して殴り合いな」


 レスミアの黄色い声援に、拳を軽く上げて返し、クイックボクサーと対峙した。雷玉鹿のグローブを嵌めた、両の拳どうしを軽く打ち付け、ファイティングポーズをとる。すると、カンガルーのくせに意図を察したのか、真似をしたのか、両のグローブを打ち付けてから、ファイティングポーズを取った。


 暫し、睨み合いが続くが、ふと気が付いた。

 ……試合開始のゴングが鳴る訳でも無い。さっさと始めるか。


 前に出た。

 検証の為、軽戦士は外しているので、いつもの〈フェザーステップ〉は無い。その為、軽やかな早さはないが、〈格闘術の心得〉のお陰か足取りは安定している。

 先ずは牽制のジャブ。しかし、クイックボクサーは腕を立ててガードした。威力の低いジャブであるが、殴った感触としては、拍子抜けするほど反動が無い。この間のベルンヴァルトとの模擬戦の時と比べると雲泥の差である……殴った感じがしないとも言うが。

 2度、3度と続けざまにジャブを繰り出す。ガードされるのは織り込み済みである。ガードを固めて動きが止まったところに、


「〈正拳突き〉!」


 修行者で覚えた唯一の攻撃スキルを打ち放った。一歩踏み込みながら、腰の回転を腕に伝え、拳に回転力を乗せて突き出す。


 しかし、拳は空を切った。クイックボクサーが後ろにジャンプして、その場を離れたからだ。いや、それだけではなく、身をよじり……回し蹴りでなく、回し尻尾が横殴りに迫っていた!

 対する俺の方はスキルの発動直後の硬直で動けない……と思ったが、硬直は一瞬のみで、直ぐに身体が動いた。その場でしゃがみ込み、尻尾の攻撃を回避する。


 ……10層のボスと思って、侮り過ぎたな。相手の土俵で戦っているんだ、格上と思わないと。


 反省しつつ立ち上がり、構え直すと、今度は向こうから襲ってきた。

 ボクサーグローブが連続で突き出される。そのジャブを躱し、避けきれないものは外側へと受け流す。パッシブスキルのお陰か、バフに掛けた奇跡のお陰か、防御面に不安は感じなかった。ただし、ジャブの攻撃速度は速いので、〈カウンター〉をする暇はない……いや、〈格闘術の心得〉さんが、「右手で受け流した後、そのまま右手で殴れるぞ」と言っている気がするが、そんな隙は一瞬でしかないので、手が出せないでいた。

 ……鷲翼流しゅうよくりゅうじゃ習っていない技だから、ってのは言い訳かな。〈格闘術の心得〉が何流か知らんけど。ただ、俺の戦闘スタイルも見様見真似なので、心得スキルに従った方が良いのだろう。


 相手のジャブを捌いていると、クイックボクサーは痺れを切らしたかのようで、左腕を引き絞るのが見えた。そして、渾身の左ストレートが放たれる。攻守が逆転しただけで、先程の俺と一緒だ。

 しかし、俺は後ろには逃げず、勘に従い前に出た。相手のストレートを、右腕で外側へ押しのけ、懐へ潜り込む。

 そこへ、左のフックをクイックボクサーの脇腹へお見舞いした。


 ドスンッ! と、打撃の重い音が鳴る。毛皮の向こうの肉を打ち抜き、骨に響いた感触がした。


「グゥオー!!」


 流石に効いたのか、クイックボクサーがうめき声を上げて、一瞬動きを止めた。その隙を〈格闘術の心得〉さんが、攻撃しろと囁く。

 受け流しに使って振り上げたままの右腕を振り下ろし、クイックボクサーの顔面を強打した。

 

「おおっ! 良いぞ、やれ!やれ!!」


 後ろからの声援に応えて、2発、3発と馬面(カンガルー面?)を殴る。それに対し、クイックボクサーは殴られた勢いに押されて後ろに下がり、4発目は腕を立てて顔をガードした。


 ……狙い通り! 今度こそ!!


「〈三日月蹴り〉!」


 足に貯めていた魔力を消費し、スキルが発動する。一歩前に出た右足を軸に身体を捻り、左足が中段蹴りを放つ。その足先に黄色い光を纏った中段蹴りは、三日月の様な軌跡を辿り、クイックボクサーの脇腹へと突き刺さった。


 足先に骨を折る感触が響き、そのままクイックボクサーを蹴り飛ばす。体格としてはベルンヴァルトと同じくらい重そうなクイックボクサーであったが、スキルの威力が強いのか、横方向へ転がって行った。


 追撃を掛けようと駆け寄るが、その途中で〈敵影感知〉の気配が消える。どうやら、倒せたようだ。

 近寄ったついでに、先程攻撃した脇腹を見てみると……丁度、ブーツのつま先の形に陥没していた。



「うわぁ、キックでこんなに威力が出るものなんですね~」

「リーダー、これ人間相手に使ったらヤバいぜ。同レベルの重戦士なら大丈夫かもしれんが、耐久値補正の無いジョブを蹴ったら、肋骨は間違いなく折れるな。下手すりゃ内蔵破裂かも?」

「いやいや、人間相手に使う訳ないだろ。武僧はあくまでも対魔物用だからね。

 それより、もう一周しても良いか? 戦っている途中で気になった事があって……」


 2人の了承を得てから、もう一度周回する事にした。



 2戦目。

 こちらからは攻撃を仕掛けず、受けに回る。敵のジャブを回避しては、こちらも〈カウンター〉でジャブを打つ。だた、お互いにジャブの応酬になるので、大したダメージにはならない。

 そんな感じで、回避と受け流しとカウンターの練習を重ねる。受け流した腕で、そのまま攻撃に移るのは中々難しい。タイミングが早くては受け流しが不十分になるし、遅ければカウンターを避けられる。


 そして、細かい応酬に痺れを切らしたクイックボクサーが、左ストレートを引き絞った、

 ……ここだ! 

 〈格闘術の心得〉さんの影響で、対処法が幾つも浮かぶ。1戦目では受け流して前に出るのを選んだが……別の対処法を選んだ。


 クイックボクサーの左ストレートが打ち放たれる。俺は、ボクサーグローブを避けると、その毛深い手首を掴んだ。そして、下に滑り込むようにして肩に担いで、背負い投げた。

 そう、〈格闘術の心得〉さんは投げ技にも対応してくれていたのだ!

 敵であるので、背中から落としてやる必要も無い。そのまま、頭から地面に叩き付けた。


「〈三日月蹴り〉!」


 駄目押しの追撃である。投げの姿勢から一歩下がり、光を纏った蹴りを馬面へと叩きこんだ。中段蹴りと言うには低い軌道であるが、多少の融通は効くようである。

 首筋に打ち込まれた蹴りは、首の骨をへし折る感触を残して、馬面を蹴り飛ばす。その威力たるや、クイックボクサーが横に一回転して、また頭から落下した程だ。

 無論、即死である。



「えげつねぇスキルだなぁ」

「いや、スキルってこんなもんだろ。普通に殴る蹴る場合の威力は上がっていないけど、相手を崩すなり、隙をつくなりして、スキルを叩きこむ。所謂、必ず殺す技って書いて必殺技だな。

 ついでに〈格闘術の心得〉は対処法を幾つも出してくれるから、変幻自在な攻めが出来る。慣れるまでが大変だけど、自由度が高いジョブだな」


 十分にネタにはなったので、武僧の試しはここまでにする。残りの時間は、花乙女ポージーちゃんへのお百度参りにした。


「あ、ヴィナが白い花弁が欲しいって言ってましたよ」

「了解、ランダムだから出るか分からないけど、夕飯の時間まで回っておくか」

「おー、さっさと行こうぜ。観戦するもの面白いが、見てると俺もぶちかましたくなるからな!

 ちいと、考えてみたんだが、〈爆砕衝破〉でお供の雑魚を吹き飛ばして、二天で牡丹を串刺しにするのはどうだ?」

「……面白そうだな。紅蓮剣の攻撃力と重さなら、集魂玉スキルの威力も上がるからね。俺とレスミアが巻き込まれない配置に変更するか」


 そんな、相談をしながら30層へ向かった。



 そうそう、ベルンヴァルトの鬼足軽(ファーストクラス)もカンストしたので、ついでに載せておこう(掲載忘れ)。




【ジョブ】【名称:鬼足軽】【ランク:1st】解放条件:基礎Lv5以上、鬼人族専用

・前衛系の鬼人族限定ジョブ。金砕棒等の重量武器を使い、守りを捨てた攻撃一辺倒な物理攻撃役。専用スキル〈集魂玉〉で爆発的な攻撃力を得る事が出来る。戦士と同程度の防具は装備できるが、盾系スキルや挑発系スキルが無いため盾役にはなれず、耐久値も補正が無いのでダメージを受けやすい。回復手段を用意するか、攻撃を受ける前に圧倒的な物理攻撃力で殲滅しよう。


・ステータスアップ:HP小↑、筋力値中↑、敏捷値中↑、器用値小↑

・初期スキル:集魂玉

・習得スキル

 Lv 5:二段斬り、二連撃

 Lv 10:筋力値中↑

 Lv 15:肉切骨断、旋風撃

 Lv 20:敏捷値中↑

 Lv 25:一天・金剛突撃

 Lv 30:餓鬼ノ吸魂【NEW】

END


【スキル】【名称:餓鬼ノ吸魂】【パッシブ】

・餓鬼の如く、貪欲に魂を集めるスキル。他のパーティーメンバーが倒した場合でも、低確率で集魂玉を得る。







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小ネタ

 タイトルのバーリトゥードはポルトガル語で『何でもあり』ですね。打撃に投げ技有なら総合格闘技とも言えますが、魔物相手だと急所等の禁止行為が出来るので、こっちにしました。

 そして、武僧と魔法戦士のレベル30ステータスは、長くなるので次回へ持ち越します

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