第345話 模擬戦

「取り敢えず、女性陣が帰って来るまでは、他の事をしよう。

 昨日覚えた〈盾術の心得〉と〈格闘術の心得〉の効果を試したかったんだ。ヴァルトとテオも〈剣術の心得〉の効果は実感していないだろ。いっちょ、模擬戦でもして試そうぜ」

「ああ、そういや昨日は折角覚えたのに、途中から鋏しか使ってねぇな」

「訓練とか真面目かよぉ」


 テオがぐだり掛けたが、「女性陣に頑張っているアピール」、「運動で汗をかいた後の冷たいエールが美味い」なんて、説得して、模擬戦をする運びとなった。


 普段の装備に着替え、武器だけは訓練用の木剣、木の大剣を使う。テオは自前の装備を持ってきている訳が無いので、俺のお古である硬革装備を貸し出した。ただ、流石に盾まで硬革製では、チタン製の大盾と比べると装備の差が酷い。その為、俺のカイトシールドかベルンヴァルトの大盾の、どちらか(休憩中の方)を貸し出す事にした。

 そして、1対1でローテーションする事にして、ベルンヴァルトと模擬戦を開始する。アクティブスキルは禁止で、パッシブスキルと自身の技量のみで戦う。


 〈剣術の心得〉のサポートは、攻撃する隙だけでなく連撃にも対応していた。ベルンヴァルトの大盾を構えているので、木剣で対抗できる相手ではない。必然的に敏捷値を生かして、大剣を構えた左側へと斬り込む事になる。相手の構えた大剣に一撃を入れて打ち払い、外側へ弾きながら逆袈裟で斬り込む。しかし、その攻撃は、ぬっとスライドしてきた大盾に受け止められた。そこに、弾いた筈の大剣が戻ってきた。

 ……大剣の攻撃範囲が見える気がする?!

 薙ぎ払いの一撃をぎりぎり、バックステップで避けると、直ぐに攻撃のチャンスが見えた。着地と同時に前にステップ、ベルンヴァルトの伸びきった腕に斬り掛かる。しかし、カァンッ!と軽い音が響くと、大剣が戻って来た。大盾にぶつけて、無理矢理引き戻したのだろう。

 ……直撃コース!

 なのだが、まだピンチな気はしない。〈盾術の心得〉が防げると教えてくれる。身体が沈み込む様に倒し、左手の盾で下から掬い上げるようにして受け流した。すると、また、攻撃のチャンスが見える。前に出て、斬り掛かったのだが、またもや大盾に阻まれて……


 そんな、一進一退攻防を5分程繰り返したのだった。



「ちょっと、ストップ! 切りがない!」

「……同感だぜ。これが〈剣術の心得〉の力かよ」


 バックステップで距離を取ってから、模擬戦の中断を求めると、ベルンヴァルトも大剣を地面に突いて大きく息を吐いた。

 観客だったテオは感心したように、拍手をしてくれる。


「すげぇな。まるで型の稽古を延々とやっているみたいだったぜ。示し合わせてないんだよな?」

「してねぇよ。アドラシャフトで訓練した時は、有効打があったんだが、〈剣術の心得〉のせいか? 攻撃するのも、避けるのも、こうすれば良いって分かる感じだ」


 ベルンヴァルトの言う通り、アドラシャフトの離れに居た頃は、お互いに打ち合って痣を作ったりしたもんだけど、今回は有効打の一つも無い。恐らく、〈剣術の心得〉同士で、戦ったせいだろう。


「〈剣術の心得〉のサポート通りに動いた結果だと思う。どちらも最適な攻撃と回避、受けを続けるから、千日手になったんだよ。つまり、〈剣術の心得〉のサポート以上の技量で戦うとか、変わった技を仕掛けるとか、疲れて身体が付いて行かなくなったら、均衡は崩れるだろうね。

 少し休んだら、次はテオな。一度、体験すれば分かると思うよ」



 少し休憩したのち、大盾を借りたテオとの模擬戦を始めた。

 テオは戦闘スタイルが俺達とは少し違う。ベルンヴァルトは、大盾での防御がメインで、受けた隙に反撃する。俺は逆で、剣主体で戦い、避けきれない攻撃のみ盾で。そして、テオは盾でも攻撃を仕掛けるタイプだった。


 こちらに隙があった時、剣よりも盾の方が近ければ、盾を突き出して殴り掛かって来る。そして、盾で攻撃を受け止める時も、待ち構えるのではなく前に突き出して、こちらの剣が振り切る前に止められていた。

 ……まぁ、それも〈盾術の心得〉のせいでバレバレな訳だが。

 折角なので、シールドバッシュを含めた戦い方を真似させて貰った。最初の内は、俺が回避で精一杯であったが、〈盾術の心得〉に従い、反撃し始めると優位に傾き始めた。戦っていると、なんとなく傾向が見えてくる。剣で攻撃を仕掛けると、大抵避けられるか受け止められるのだが、盾で攻撃すると反応が鈍い。

 最後は、剣で攻撃して回避を誘発させたところに、そのまま身体を捻って盾を投擲した。直進コースだったが、テオは何とか大盾で防御……したまま、引っくり返ってしまう。その隙に接近して、剣を突き付けて俺の勝利となった。


 庭に倒れたまま、荒い息をするテオに冷たいリンゴ水を差し入れすると、飛び起きて一気飲みする。俺も2連戦で火照った身体を癒す為、一息入れた。その冷たさと甘さで、頭をクールダウンして、考えを巡らせる。


「やっぱり、〈剣術の心得〉で攻撃も回避もサポートしてくれる。けれど、剣以外の攻撃には、最低限の体捌きしか補正してくれない。テオは俺の盾攻撃は予見出来なかったろ?」

「そうそう! 何で分かったんだ?!

 剣の攻撃は手に取るように分かるのに、盾での攻撃はまるで見えやしねぇ。いや、自分でも盾攻撃するから、何とか捌いたが……最後の盾を投げるのは卑怯だろ」


「いやいや、一遍こっきりの投擲技だけど、意表は付けただろ。〈パワースロー〉の効果も乗っていたから、ひっくり返すほど威力もあったし、立派な技だよ。

 熟練者になれば、跳ね返りも計算して、手元に戻って来るとか……いや、流石に無理か?

 まぁ、それは兎も角、俺の方は〈盾術の心得〉もあったから、剣と盾の両方の攻撃に対応出来たのが大きいよ」


 盾の扱いに関してはテオの方が一日の長があるはずなのに、互角以上の戦いが出来たから、心得系スキルの有用性は見て取れただろう。


 その次は、ベルンヴァルトとテオで模擬戦が始まった。

 俺は小休止しながら観戦させてもらう。先程の話を反映させたのか、テオは積極的に盾攻撃を織り交ぜている。剣での攻撃は、お互いに手の内が分かってしまうような状態だからな。その一方、ベルンヴァルトの方は防御主体なのは変わっていない。しかし、それでもベルンヴァルトが押していた。

 テオのシールドバッシュに対し、大盾で見事に受けきっている。カイトシールドと大盾の質量差、そして単純に鬼人族と人族のフィジカル面の差、これらを覆すのは意表を突いた盾攻撃程度では難しかったのだ。

 逆に、シールドバッシュに合わせて、シールドバッシュで反撃すると、派手な金属音と共にテオが後ろへ吹き飛ばされていた。

 ……交通事故かな?

 いや、テオは吹き飛ばされながらも着地し、土煙を上げながら後退りしていて、少し格好良い。それに、テオも重戦士で頑丈なので、怪我も無いようである。



 結局、ベルンヴァルトが押していたものの有効打は無く、引き分けに終わった。

 〈剣術の心得〉のお陰で近い実力となり、良い訓練になるのだが、決着が付かないのは非常に疲れるな。一巡したので、大休憩を入れつつ、反省会をした。


 そして、2巡目では趣向を変える事にする。俺とベルンヴァルトの模擬戦であるが、木剣とカイトシールドは持たずに位置に付く。両手の拳を打ち合わせると、向こうにも意図が伝わったようだ。


「おいおい、リーダー、素手でやり合う気かよ?」

「〈格闘術の心得〉も試したいって、最初に言ったろ。投げ技も使うから、受け身は取ってくれよ」


「うげぇ、それは禁止にしとこうぜ。訓練場ほどじゃねぇけど、ここの地面も硬いんだ。受け身に失敗したら怪我じゃ済まんぞ」

「あー、それもそうだ。打撃も投げも弱めにして、当たったら有効打って事で」


 ウベルト教官のようなスパルタは止めようと合意し、投げ技が決まりそうな時は、受け身が取りやすいように弱める事となった。〈ヒール〉で治らないような、骨折をしたら元も子も無いからな。


 開始と同時に前に出た。リーチの短い徒手空拳では、近距離以外の選択肢は無い。

 すると、間合いに踏み込む前に、リーチの長い大剣が振り下ろされる。右に大盾があるので、こちらが左側に突っ込むなんて、〈剣術の心得〉が無くても分かる事だ。そして、その軌跡は俺も予見していた通りである。

 斜め左にステップを踏んで更に接近……する前に、嫌な予感がした。チラリと目だけ向けると、避けた筈の大剣が、右から迫っていたのである。先程の斬り下ろしはブラフだったのか、右への薙ぎ払いへ変化していた。

 それにタイミングを合わせて、大剣の腹を右手の甲で打ち上げるようにして、受け流す。〈格闘術の心得〉だけでなく、戦士ジョブが持っていた〈受け流し〉も効いていたのだろう。大剣の薙ぎ払いの下を潜り抜けて、左手のジャブをお見舞いした。


 ……左手ならストレートと行きたいところだけどな!

 〈格闘術の心得〉さんが、隙の大きい攻撃は止めとけと、言っている気がしたんだ。

 2発目を打とうとしたところで、またもや右から嫌な気配がする。それは、大盾の側面が迫っていたのだった。言うならば横向きへのシールドバッシュか? 要は鉄板の側面で殴りに来たのと同じである。

 急遽、ジャブの打つ先を切り替える。それは、胴体よりも近くにあるベルンヴァルトの右肘である。そこへ左ジャブを打ち込みつつ押し込んで、その反動で自分の上半身を後ろへ仰け反らせた。スウェイバックと言うには少し不格好だが、仰け反った直ぐ前を大盾が通り過ぎて行く。


 ……急行列車が通り過ぎる際、白線の側に居たらこんな感じか?!

 それだけの風圧を感じた。思わず後ろに逃げたくなるが、距離を取っては向こうの思うつぼである。しかし、眼前は盾いっぱいで攻撃する隙など無い。

 なので、右に戻っていく盾に、付いて行くことにした。盾の陰に隠れるように、少し身を屈めて、右へステップする。

 向こうからは、急に俺の姿が消えたように見えたのだろう。戸惑っているような雰囲気を感じた(盾の陰なので見えん)。

 そこへ、ガラ空きの下……大盾の下の隙間から見える足に向かって、ローキックを打ち据えた。


「クッ! そんなとこに居やがったか!」


 ベルンヴァルトもウベルト教官に習っている筈だ。『盾の陰に隠れるような狡い輩は……ぶん殴れ!』と。その場から、バックステップを取ると同時に大盾が突き出されてきた。所詮、シールドバッシュと言っても、射程は短い。腕が伸びる距離しか届かないからな。同時に下がったお陰で、その様子が手に取るように見えた。いや、実際に手に取った。


 シールドバッシュの射程限界で止まると同時に、俺の方から手を伸ばして大盾の縁を掴んだ。そして、全力で引っ張り込む。


「捕まえた!」

「うおっ! なんだ?!」


 ベルンヴァルトは大盾に引っ張られるようにして、前に体勢を崩す。俺は逆に、大盾を引っ張った勢いで斜め前にステップしていた。すると、ベルンヴァルトの左脇腹が無防備に隙を晒していた。〈格闘術の心得〉さんがチャンスと囁くので、今度こそ左のストレートをぶち込んでやった。



 そんな調子で、ベルンヴァルトの周りをウロチョロしながら、細かい打撃を加えて行った。あんまり欲張って攻撃すると、反撃の重い一撃が来るのが難点である。大盾で殴られた時は、目がチカチカしたからな。

 5分程、よく殴り合ったところで、模擬戦は終了した。玄関先に戻ると、観戦していたテオが呆れたような、若干引いたような様子でタオルを渡してくれる。


「お前等、ガチ過ぎねぇ? 訓練なのにやりすぎだろ」

「ん? いや、ちゃんと加減しているし、防具も付けているから、そこまで痛くないだろ。なあ、ヴァルト?」

「だなぁ。油断したところに脇腹は効いたけどよ、〈ヒール〉がいるって程でもないからな。

 それにしても、始める前に投げ技とか言っといて、打撃で攻めるとか卑怯だぜ」

「いやいや、それこそ駆け引きってもんだよ。思ったより、大盾が邪魔で、投げに行く隙も無かっただけとも言うけど。

 しっかし、心得スキル様様だな。武器を持っていなくても、対応した攻撃に関しては回避をサポートしてくれたよ」


 てっきり、装備している武器の心得のみが効果を発揮すると思っていたが、良い意味で違うようだ。攻撃に関しては装備している武器(無手なら格闘)のみ。回避や防御などは、セットしている心得全てが反応してくれるようだ。

 魔物が武器を使ってこないので分かり難いが、対人用として考えると心強い。なにせ、レベルを上げて心得スキルを手に入れれば、対応できる武器が増えるからな。もしかすると、〈弓術の心得〉があれば、矢を射られても、予感がして回避できるかも?



 再度休憩を入れてから、次はテオとの模擬戦を始めた。

 しかし、ものの2分も掛からずに、テオは地面に倒れ込んでしまう。いや、足元がお留守だったから、ローキックが面白いように連打で決まった。そして、足を気にした隙に懐に飛び込んで、背負い投げを決めただけである。地面に叩き付ける前に弱めたのだけど、受け身が不十分だったのか、結構痛がっている。

 慌てて、倒れたテオに〈ヒール〉を掛けつつ、そこら辺を注意すると、弱々しく反論が返って来た。


「受け身も武器や盾を持ったままじゃ出来ねぇって。魔物相手の剣技なら兎も角、対人訓練とか、あんましてねぇんだ」

「あれ? 学校とかで訓練するんじゃないのか?」

「いや、幼年学校じゃ、基礎訓練だけだな。対人を教えるのは、治安維持をする騎士団くらいか? 貴族の事情までは知らんが」


 詳しく聞いてみると、テオは魔法使いになるつもりで訓練していた。しかし、ジョブ選定の儀の後、魔法の適性が少ない事から、仕方なく騎士を目指した。その為、訓練期間が短かったそうだ。ついでに父親からは見限られたので、家庭教師もかなり削られたのだとか。


 ……どこかで聞いた話である。

 尤も、貴族界隈では良くあるらしい。ザクスノート君と境遇が似ているせいか(テオはグレてないけど)、少し同情してしまう。その為、少しお節介を焼く事にした。とは言っても、対人訓練を施すだけだけどな。戦技指導者の〈適正指導〉があれば、短時間でも良い経験になると思う。

 取り敢えず、テオにはスタミナッツを使ったお菓子を食べさせてから、訓練に取り掛かった





「あれ? 珍しい、テオが訓練してる?」

「本当だ……って、大分ボロボロじゃない! テオ! 大丈夫?! 今、〈ヒール〉を!」

「あー、大丈夫だ。ザックスが治してくれてるって……ボコボコにしたのもアイツだけど」


 夕日で空が赤く染まり始めた頃、女性陣が戻って来た。

 庭で訓練しているので、直ぐにこちらに気付いたのだが、薄汚れて倒れたままのテオに驚いたようだった。

 いや、ウベルト教官の訓練と比べると、大分手加減しているけどな。最初は渋々と言った感じのテオだったが、訓練を続けると、真面目に鍛錬に取り組んでいた。

 もしかすると、〈基礎指導〉スキルの『武術の基礎を教える場合、指導力がアップし、聞き入れて貰い易くなる』の効果かも知れない。


 女性陣が帰って来たので訓練も終了だ。頑張った御褒美に、テオ達を夕飯に誘うと、飛び起きた。


「その言葉を待っていたぜ! ヴァルト! 美味いウォッカがあるんだよな? とことん飲もうぜ!」

「おうよ! おーい、摘まみの準備も頼んだぜ~」


 そう言って飲兵衛2人は、急に元気になると家へ戻って行こうとした。その背中に、声を掛けて呼び止めつつ、女性陣にも、お願いの後押しをしておく。


「家に入る前に〈ライトクリーニング〉するから待てって!

 レスミアとベアトリス、帰って来たばかりですまんけど、摘まみを作ってやってくれ。訓練で疲れているからさ」

「はーい、良いですよ」

「プリメルとピリナも手伝ってくれますか? 簡単で美味しい、お摘まみの作り方を教えますよ」

「よろ~」

「アタシも手伝うよ。

 まぁ、先週みたいに、昼から飲んだくれていたら怒るけど、今日は真面目に訓練してたみたいだからね」


 そんな会話をしながら、宴会の準備を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る