第344話 レベリングの準備と銃弾

「では、行って参ります」

「ああ、行ってらっしゃい。ノートヘルム伯爵には、宜しく言っておいてくれ」


 午後一で、アドラシャフト領へ向かうフォルコ君を見送った。魔導バイクが無いので、馬車用の馬の一頭に騎乗している。馬車だと遅くなるからと、移動速度を考えた為。いや、俺の報告書の出来上がりが、昼食ギリギリだったせいである。面会予約の時間は15時らしいので、時間に余裕はあるが、転移門が混んでいるかも知れないからな。


 そうして、見送りをしていると、後ろの玄関のドアが開く。中からは女性陣が、華やいだ声でお喋りしながら出て来た。その中心に居たレスミアは、幸運のぬいぐるみを抱えたまま、俺の方へと小走りに駆け寄って来る。以前にも見た、下級貴族用の服であり、少し短めなスカートとウールのカーディガンが可愛い。

 そんな、いつもより可愛く着飾ったレスミアは、はにかんでぬいぐるみを差し出して来た。


「あ、ザックス様。私達も行って来ますね。それと、最後に撫でてはどうですか?」

「ん? 気にしなくてもよかったのに。まぁ、直ぐそこだけど、気を付けていってらっしゃい」


 ぬいぐるみを撫でたついでに、レスミアの猫耳も撫でさせてもらう。サラサラした髪を堪能させてもらっていると、後ろから来たフロヴィナちゃんが、レスミアの肩を叩く。


「はいはい、いちゃついてないで行くよ~。冬物のコートとかを見るなら、時間がいくらあっても足りないんだから!

 ピリナの服も見立ててあげないといけないし」

「アタシは法衣があるから、いいって。部屋着の新しいのは欲しいけどさ」

「うん、ピリナはいつもコレ。部屋だと半裸だし、寒そうなの。孤児院に差し入れも良いけど、自分のも買おう」


 プリメルちゃんとピリナさんは、料理教室を兼ねて遊びに来ているのだった。午前中はお菓子や料理を色々作っていたらしい。昼食に、その成果品が出て来たけれど、味付けは家の料理人コンビが付きっ切りで教えたのか、普通に美味しかった。野菜の切り方が不ぞろいだったりしたけど、許容範囲である。

 そして、レスミアがナールング商会へぬいぐるみを届けに行くついでに、そのまま皆で貴族街へショッピングに行くそうだ。元々、貴族街に住んでいるプリメルちゃんが、下級貴族向けで程よくリーズナブルなブティックを紹介してくれると、昼食時に盛り上がっていた。


「では、行って参ります。夕方には戻りますので」

「うん、楽しんできなよ」


 貴族の礼儀作法を真似ているのか、いつもよりも優雅に一礼したベアトリスちゃんにも声を返し、見送った。


 俺にもやることがあるのでリビングに戻る。そこではベルンヴァルトが木工に勤しんでいた。手にした透明な木材を削り出して作っているのは、サポートメンバーの分のゴーグルである。30層でのレベリングに必要となるので、追加作成をお願いしたのだった。

 そして、彼の隣にはもう一人の青年が、見本のゴーグルを見ながら魔絶木の木材を削っている。手慣れた様子でナイフを振るっていたが、俺が戻って来た事に気が付くと、ナイフを持った手をヒラヒラ振った。

 それは、味見役として連れてこられたテオでる。


「見送り、ご苦労さん。

 しっかし、お前ら勤勉だよなぁ。先週、砂漠を超えたばかりだってのに、もう30層とはねぇ」

「そうか? 隔日でダンジョンに入るだけだから、こんなもんじゃないのか?」

「おう、騎士見習いの時と同じだぜ。むしろ、そっちが休み過ぎだ」


 二人で反論すると、テオはバツが悪そうな顔をしてから、自分の肩をトントンと叩く。


「しゃーねーだろ、親父が驚く程の戦利品だったんだ。堅苦しいパーティでも呼ばれたら出ない訳にも行かねぇだろ。

 家から追い出しておいて、勝手な話だとは思うが……プリメルは兎も角として、ピリナはパーティ慣れしてねえし」


 要は、星泡のワイングラスが手に入った事を、付き合いのある貴族に自慢する為のパーティだそうだ。あの魔道具は、下級貴族には珍しい物なうえ、実のが得た初めての成果として喧伝するには打って付けである。

 もっとも、実の息子な筈のテオは、只のパーティーメンバーとして、呼ばれただけらしいけど……色々と家族間でゴタゴタがあるそうな。



 そんなテオに同情したした訳ではないが、友達のよしみで昨日考案した、花乙女ポージーの簡単伐採方法を教えた。すると、「有益な情報を貰ったんだ、道具くらいは自分達で用意するさ」と、テオが恰好を付けようとしたものの、その周回に必要な道具が変わった物なので、一緒に作る事となった訳だ。

 ついでに、必要な素材についても、友達価格で譲ってあげた。


「素材を譲ってもらえるもの助かるぜ。

 俺達のパーティーは、ボル爺の小さいアイテムボックスか、背負子で持てる分しか持ち帰れないからな。

 あんまり高く売れないうえ、重いサソリの素材なんて手元に残してねぇよ。取りに行くのはプリメルが『嫌だ』って駄々こねそうだしな。

 こういう事があると、次のパーティーメンバーを増やす時にゃ、アイテムボックス持ちも候補に入れても良いかもしれんな」


 ボチボチ31層である。魔物側の登場数が4体になるので、パーティーメンバーを増やす時期なのだ。尤も、テオ達は既に4人なので、サポートメンバーでも良いと言う考えなのだろう。

 その一方、俺達はソフィアリーセ様とルティルトさんが加入予定(ただし、40層以降)。これを踏まえると、1人は追加したいところではあるが……


「どの道、第1ダンジョンは1層から入り直しだからね。その間に、探せば良いさ」


 そんな雑談をしながら、マスクにも改良を加えた。昨日使った感触では、1戦毎に〈ライトクリーニング〉すれば、状態異常に掛かる事も無く問題無かった。ただ、テオ達が使うとなると話は変わる。戦闘終了後に、叩いて花粉を落とすとしても、蓄積すると状態異常に掛かる確率は増えるだろう。


 対処法として簡単に思いつくのは、数を用意して、数戦毎に付け替える。そして、少し勿体ない気もするけれど、花粉耐性のある素材で作るのも手である。

 そう、丁度手にいれたばかりの『花乙女の花弁』を使えばいい。これには『毒花粉を軽減する効果がある』からな。

 ただ、マスクの様に何枚も積層すると、単価が高くなる。その為、昨日使っていたマスクの真ん中辺りに、差し込むだけにした。取り敢えず、口と鼻を覆っていれば良いはずだ。効果のほどは、実際に使って検証してもらおう。



 そんな感じで、テオ用にもゴーグルとマスクを作成した。これを参考にして、馴染みの職人に人数分を作ってもらうそうだ。それもそのはず、ゴーグルの方は〈メタモトーン〉で布に接着する必要があるので、熟練職人出ないと難しい。


 その後は庭先に出て、高枝サソリ鋏の作成に移る。

 柄となる木材を切り出し、持ち手を加工するのは手伝ってもらった。当人達が持ちやすいサイズが一番良いからな。その間に俺は、猟師蠍さそりの大鋏から余分な甲殻部分を切り取る。いくら重戦士の〈装備重量軽減〉があるといっても、質量武器でもないので軽い方が良いに決まっている。


 ついでに、余った甲殻が何かに使えないかと考えたところ、〈指弾術〉に使う弾にする事にした。釘を撃つのは楽しかったので、今後もお手軽な中距離攻撃として持っておきたい。ただ、試したのが柔らかい植物魔物なので、鉄製の釘でも通用したけれど、硬いサソリやエイが相手だったら、弾かれそうと推察した。


 ……それなら、同じだけ硬い甲殻で作ればいいよな!


 そんな訳で〈メタモトーン〉で柔らかくしてからコネコネして、銃弾型に成型し直した。いや、釘よりも銃弾の方が強そうなので……ただし、先端は丸めた物だけでなく、ライフル弾の様に尖らせた物も作ってみた。知識にある拳銃の弾の先端って丸いのだけど、貫通力を持たせたいなら、尖らせた方が良いよな? 何か理由はあるんだろうけど、ミリタリー系は詳しくない。分からなければ、試すしかない!


 取り敢えず、作業を続けている2人を尻目に、端材の木材を的にして、試し撃ちを始めた。


 〈指弾術〉と〈パワースロー〉のお陰で、5m程度なら外す気もしない。指で弾いた弾丸は、端材を軽々と撃ち抜いた。2種類とも貫通したので、端材では薄すぎたようだ。

 次に、厚さ30㎝程の角材を的にしてみる。すると、先端が丸い弾丸は中で止まり、尖らせたライフル弾は貫通した。

 やはり、尖らせた方が良いようだ。


 調子に乗って、同じ素材である『猟師蠍の甲殻』を的にしてみた。ライフル弾が着弾すると、ドンッと破裂する様な音と共に、重い筈の甲殻が弾け飛ぶように転がって行く。慌てて拾いに行くと、着弾点は貫通こそしていなかったが、ライフル弾が減り込み、放射状にひび割れが入っていた。うん、これだけの威力があれば十分すぎるかな。


 最後に比較用として、丸い方の弾丸も甲殻に向けて撃ってみた。すると、甲高い音と共に弾かれ、あらぬ方向へと飛んで行く。その行き先を目で追うと……白銀にゃんこの店……離れに当たってしまった。


 ……やべっ! 借家なのに!


 慌てて確認しに行くと、外側の柱に穴が空いてしまっていた。幸い、貫通はしていない模様なので、店の中には影響はない。小さい穴なので、強度に影響はないと思うけど……取り敢えず、〈メタモトーン〉で穴は塞いでおこう。


 ……次の休日にでも、ソフィアリーセ様に謝っておこう。

 弾が埋まったままなので、放置してよいのか判断に迷う。かといって、抉り出すと柱の強度に影響が出そうだし。家主に相談した方が良いだろう。



「おおい、こっちは出来たぞ。リーダー、なに遊んでんだ?」

「今行く!」


 見かけ上は治したので、2人の元へ戻り、作業を続けた。

 持ち手は完成したようなので、後は柄を付けてバランスを取るだけである。ただ、ベルンヴァルト用なので、多少重くても良いかと長くしたのは失敗だった。俺のが2mなので、それよりも長く3mにしたところ、両手いっぱいに広げても鋏が少ししか開かなかったのだ。

 よく考えれば分かる事である。視点が鋏部分に付いているので、柄が長い程、開くのに苦労するのだ。結局、柄は俺と同じ長さに縮めて完成した。


「うしっ! これで完成だな。終わりだ、終わり! 宴会と洒落込もうぜ!

 テオも飲んで行くんだろ、美味いウォッカが入ってるぜ!」

「マジか! 飲む飲む!

「待った、待った! まだ15時だぞ?!

 休憩のお茶なら兎も角、宴会には早すぎる!」


 作業の後始末もそこそこに、酒好き2人が肩を組んで家に戻ろうとするのを引き留めた。一応、店もダンジョン攻略も休みなのであるが、昼間っから宴会するのは体裁が悪い。しかも、リビングで宴会するとアルコール臭は隠せないので、女性陣が帰って来た時に何を言われるか……


「少なくとも、夕飯のメニューとか、摘まみに影響が出ると思うよ」

「リーダーのストレージに入っている料理で良いじゃねぇか」

「一応、余った料理とか格納しているけど、摘まみ系はヴァルトが食べちゃうから、あんまり残ってないよ。ダンジョンで食べる用の軽食ならあるけど……

 それに、へたをしたら午後の間、ずっと飲み会をしていたと思われかねない」

「あ~、分かる。お前ら(女達)も、遊んできただろうに、酒飲んでゴロゴロしているだけで怒られるんだよなぁ。ちょっとくらい、洗濯ものを貯め込んだだけでよ」


 なんて、テオは項垂れてしまう。実家を出てから安宿暮らしなので洗濯サービスなど無く、ついつい汚れ物を貯め込みがちなのだそうだ。そして、休日になるとプリメルちゃんかピリナさんが様子を見に来て、洗濯を手伝ってくれる。ただし、お小言付き。


「俺も分かるぜ。騎士寮に居た頃、部屋を汚し過ぎたり、洗濯物を貯め込み過ぎたりすると、メイドに怒られるんだよなぁ。しかも、結構な剣幕で。同僚の女騎士見習いよりも、メイドの方が怖かったぞ。

 今でも昼間っから飲んでいると、お小言を喰らうな」

「俺も実験とか検証して部屋を汚すと「外でやって下さい」ってレスミアに怒られたな。まぁ、今なら〈ライトクリーニング〉があるから、痕跡なんて消せる……けど」

「「それは、お前だけだ!」」


 そんな感じで愚痴り合いになりかけた。このまま続くと、酒が入りそうな気がしたので、無理矢理に話題転換をする。


 ……さて、折角なのでアレを試してみるか。

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