第338話 花乙女ポージー(初戦)

 〈ロックフォール〉は防がれてしまったが、その隙に〈詳細鑑定〉を仕掛けた。



【魔物】【名称:花乙女ポージー】【Lv30】

・人の姿を持った植物魔物アルラウネ。巨大な牡丹の花から少女が生えている……のだが、レベルが低いせいか、人型に見える程度である。自身の周囲を触手の如き根で守り、敵を近寄らせず、麻痺効果のある花粉で行動阻害し、動きの鈍った敵を、木魔法や長い腕で止めを刺す。その長い腕を束ねた叩き降ろしは、植物とは思えない程の威力を誇る。

 また、多人数に囲まれると頭を振って、盲目効果のある花粉を飛ばす。少女らしく、恥ずかしがっているらしい。

 ただし、本体は人型ではなく、下の牡丹の花である。

・属性:木

・耐属性:雷

・弱点属性:氷

【ドロップ:花乙女の花弁】【レアドロップ:牡丹花チャーム】



 ……注目されて恥ずかしがるとか、思春期か!


 囲まれた際の対抗手段とかではなく、見て欲しくないから盲目の花粉をバラ撒くとか、微妙に少女っぽい。本体は花なのに……見た目も、もうちょっと頑張れよ!


「灼躍を狙います! 〈ツインアロー〉!」


 恥ずかしがり屋な部分以外は、既知な情報ばかりだった鑑定文を消すと、風切り音と共に、2本の矢が飛んで行った。それは、花乙女ポージーの足元に咲いていた隠れ(てない)灼躍へ突き刺さる。魔法陣から登場したので地面の下に隠れておらず、そのまま魔法陣を灯していたので、弓矢の格好の餌食となった次第である。そしてそれは、もう一本のお供であるリーリゲンも同じで、既に魔法陣を展開していた。

 ここで、〈アクアウォール〉でも張られると面倒だ。位置的に俺が一番近い。こちらも魔法を充填するよりも前に出た。


 花乙女ポージーの周囲を囲むようにして、太い根が触手のように持ち上がっている。リーリゲンは、その内側に守られるようにして、魔法陣を充填していた。

 手前の根を相手にしていたのでは、魔法が完成してしまう。危険を承知で踏み込みつつ、スキルを発動させた。


「〈稲妻突き〉!」


 その瞬間、視界がブレる程の速さで、踏み込んだ。その勢いで突き出された槍は、リーリゲンの花弁を貫き、その奥の茎を断ち切った。何度も戦ったので、花弁に隠されていても、弱点の茎の位置は見当が付くのである。


 花弁がずり落ち、貫いた槍に引っ掛かるが、スキル後の僅かな硬直で動けない。そこに、両側から根っこの反撃が来た。リーリゲンの根と同じであるが、太さは倍以上である。その根が鞭の様に振り回され、俺の胸辺りと太腿を鞭打した。


 打たれる痛みと同時に硬直が解け、押されるようにバックステップで逃げる。打たれた所は、どちらもジャケットアーマーの硬革がある部分なのに、予想以上に痛みを感じた。鞭打ちの衝撃による物か?

 ただ、そんな事を考えている暇はない。追撃で、蔦の腕が振り下ろされて来ているのだった。


 咄嗟に槍を上薙ぎし、迎撃する。蔦の腕の側面を叩き、軌道を逸らしつつ、自身でも反対側へ軽くステップした。それで、槍に押されて、直進コースから避ける事に成功する。

 蔦の腕が地面を叩く音が響いた。太い蔦が絡んでいるので、最早丸太で地面を叩いたかのよう。その衝撃と共に、黄色い花粉が周囲へ舞い散る。まるで煙キノコでも破裂させたかの様だ。視界が塞がれる程ではなく、薄い霧程度であるが、毒の花粉と知っていると、思わず息を止めてしまっていた。


 以前の記憶を思い出してしまった。バイクの免許を取り立ての時である。慣らし運転で春の山道を走ったのだが、そこが杉山で、強い風が吹くたびに黄色い花粉が目に見えた事を。アレが原因で花粉症になったんだ。


 マスクをしているから、大丈夫だと思いながらも、もう一度バックステップで後ろへ下がる。チラリと目を向けると、ベルンヴァルトの方も同時に攻撃されたようで、大盾で掲げて受け止めていた。そちらも黄色い霧に包まれているので、一旦便利魔法の〈ブロアー〉で花粉を吹き散らした。



 一拍、息を吐いて呼吸を整える。HPバーは5%も減っていないので、まだまだいける。槍を構え直し、ついでに先端に魔法陣を展開してから、前線へと戻った。


 花乙女ポージーの触手のような根っこは、ゆらゆらと動き、射程に入る者を鞭の様に打ち据える。その為、非常に切り難い。切り付けても、たわんで受け流されてしまうからだ。

 ただ、揺らめいている根っこの下の方、動いていない部分を狙えば、比較的切りやすい。後は、振り回された瞬間に、伸びきったところをカウンターで切ると良い……と〈槍術の心得〉さんが、教えてくれた。


 いや、言葉ではなく、感覚的に切れそうな感じがしたんだよ。〈槍術の心得〉の補正だな。揺らめく根っこを見ていると、不意に動いていない部分なら『殺れる』と感じたんだ。その感覚に従い、槍を突き出すと、あっさりと突き刺さる。そのまま薙ぎ払えば、切断する事が出来た。

 そして、向こうの振り回しを回避しつつ、伸びきった瞬間にも隙が見える。すると、それを認識した途端にスキルの〈カウンター〉が自動で発動、身体が勝手に動いて槍を薙ぎ払い、切断してくれた。まるで、自分が達人にでもなった気分である。


 これで、2本根っこを切断し、花乙女ポージーの防御結界に穴が出来た。念の為、もう一本ほど切れば、本体の牡丹の花にも安全に攻撃が出来るだろう。

 因みに、切った根っこは分裂して増えたりはしない。流石に侵略型レア種のような、力は無い様だ。



 しかし、太い蔦腕に関しては、攻撃を避けつつ〈カウンター〉を入れるのが精一杯である。そのカウンターも、無数に絡まった蔦を数本切るだけであり、切り落とすにはまだまだ遠い。俺の黒槍、フェケテシュペーアの穂先は〈防御貫通 中〉の効果を秘めているので、突き刺せば易々と刺さる。ただ、相手も動いているところを攻撃するので、あまり深く刺せない。

 よくある定番として、攻撃を加えた所と同じ場所を攻撃し続けるなんて戦法をやれば、切断までいけるかも? なんて考えは甘かった。動いている対象への定点攻撃なんて、〈槍術の心得〉があっても難しいからだ。達人気分なんて吹き飛んで行ったよ。


 加えて、蔦の腕が振るわれる度に、蔦腕の上に咲く百合の花から花粉が舞い散る。地面に叩き付けた時ほどではないが、腕の薙ぎ払いでも薄っすらと霧掛かった。薙ぎ払いの風圧で吹き散りそうなものであるが、百合の花がどんどん追加して散布していくので、達が悪い。ゴーグルに花粉が付着すると、視界が悪くなる。その度に、指で拭う必要があったのだ。



「クソッ! 鬱陶しい!」


 横合いで戦っているベルンヴァルトも苦戦しているようだ。大盾で防御しつつ、ツヴァイハンダーを振り回しているが、最初の位置のままである。そして、花乙女ポージーの人型部分には矢が何本も刺さっているが、あまり効いた様子はない。魔物側も遠距離に居るレスミアに対して、〈アイヴィボール〉……蔦の玉を打ち出す魔法で反撃しているが、それも全部避けているようだった……矢の飛んで来る方向が、バラバラなので、後ろを見なくても分かる。


 ……さて、ダメージは与えているにしても、攻勢に出る切っ掛けが欲しいな。

 このまま戦っていても、蔦腕を短く伐採すれば、本体へ攻撃出来るのだが、あまりに悠長過ぎる。戦闘しつつ、攻撃を〈カウンター〉に任せて暫し思案する。そして、ふと思いついた。先に花粉をバラ撒く百合の花を伐採してやれば、良いんじゃないかと。

 麻痺対策はしているが、視界不良は何ともし難いからな。


 薙ぎ払いの一撃をステップで避けつつ、身を捻り、こちらも槍の薙ぎ払いをお見舞いした。狙いは、蔦腕の上面に連なって咲く百合の花。それらをまとめて伐採するべく、蔦腕に沿って大きく槍を薙ぎ払った。


 百合の花が何本も宙を舞う。黄色い花粉を振り撒きながらも地面に落ちて行った。


「よし! これで、花粉の密度が下がるぞ!

 ヴァルト、そっちでも……」


 そう、ベルンヴァルトの方でも試すように声を上げた時、花乙女ポージーの様子が変わった。錯乱したかのように、両腕を振り回し始めたのだ。今までのような片腕でなく、両腕で連続に攻撃し始める。

 声帯が無いのか、声を発していないが、その黒い目はこちらを向いていた。


 ……狙いは俺か?! もしかして、百合の花を伐採したから怒った?


 回避に専念するが、花粉だけでなく土煙も撒き上がり視界がさらに悪くなる。それでも、何とか回避していると、後ろから声が飛んできた。


「魔法が来ます! 避けて!」


 その声に、人型の方を見ると、煙の向こうに緑色の魔法陣が充填完了しているのが見えた。そして、次の瞬間には光を発して、蔦の玉が打ち出される。

 ……〈アイヴィボール〉を喰らったら不味い!

 ジャック・オー・ランタンが大量に打ち出したのを喰らい、拘束された事を思い出した。この状況で拘束されたら、袋叩きに合うのは間違いない。

 しかし、こちらも両腕の連続攻撃を避け続けており、ステップを踏んだ程度の距離では避けきれない。一瞬の判断で、ベルンヴァルトの方へ飛び込む様にジャンプした。


 そのまま、前回り受け身を取って転がり、更に移動距離を稼ぐ。すると、丁度ベルンヴァルトの後ろ辺りへ届いた。そして、ベルンヴァルトの向こうには、両腕を掲げる花乙女ポージーの姿が見える。〈受け身の心得〉の効果もあるのか、即座に飛び上がりながらも、指示を出した。


「ヴァルト! 防御を頼む!」

「任せろ! 重戦士の頑丈さを舐めるなよ!」


 〈ヘイトリアクション〉で注意を引いたのだろう。花乙女ポージーの掲げた両腕がベルンヴァルト目掛けて振り下ろされた。

 プロレスで言うところのダブルスレッジハンマーだな。しかも、蔦腕の途中から、捻じれて絡み合って質量を増している。それを、ベルンヴァルトは上に掲げた大盾で受け止めた。

 受け止めた衝撃が、地面にも伝わり、少しだけブーツが減り込む。それだけの威力であるのに、ベルンヴァルトのHPバーは数%減っただけである。頼もしい。


 俺は、その横をすり抜けて前に出る。ここまで充填待機させていた魔法陣を、花乙女ポージーへ向けた。ダブルスレッジハンマーの衝撃で花粉の霧は濃くなっているが、両腕が動いていない今がチャンスである。根本ギリギリには点滅魔法陣が設置出来ない様なので、少し手前、花弁の端辺りを目掛けて魔法を発動させた。


「〈フレイムウォール〉!」


 花乙女ポージーの直ぐ前に、炎の壁が現れた。それは、花弁の端を飲み込み、叩き降ろした姿勢のままの両腕をも飲み込んだ。


 ……今度こそ、狙い通り!

 以前、〈フレイムシールド〉を押し付けて、燃やした戦法の応用である。中級属性なので、初級の火魔法を軽減出来るとしても、定点で燃やされ続ければ大ダメージとなるのだ。

 ただし、腕を上げたら、逃げられてしまう。それを防ぐ為、俺は槍をその場に放り捨て、蔦腕に掴みかかった。


「ヴァルトも、コイツの腕を掴んでくれ! 上に逃がすな!」

「……おおっ! そういう事か!」


 ベルンヴァルトも大盾を下に落とすと、蔦腕に掴みかかった。腕が燃えている事に気が付いた花乙女ポージーが、腕を上げようとするが、俺達が押さえ込んで離さない。こうなると、上下で方向が変であるが、綱引きのようだ。


 ……ただし、綱はお前の腕な!


 そうして、綱引きをしていると、意図を察したのかレスミアも押さえるのに加わった。

 逃がさない様に押さえつけている間、花乙女ポージーも悪あがきをしているのか、炎の壁の向こうで魔法を充填しては、〈アイヴィボール〉を打ち込んでいるようだった。ただ、直ぐ側に炎の壁があるので、それに飲み込まれてなお、突き抜けてくるのは、半分以上燃えカスである。

 こうして、完全に封じ込めたのだった。




 〈アイヴィボール〉が10発以上撃ち込まれると、〈フレイムウォール〉が予想より早く消えていった。効果時間よりも、ずっと早いので、魔法を受け止め続けた結果だろう。しかし、既に十分なダメージは与えている。

 右腕は焼け落ち、残った左腕も蔦の大部分が焼け落ちて、真ん中の方に蔦が少し残っているだけ……いや、それも綱引きで引っ張ってみたら、抜け落ちた。

 そして、本体である牡丹の花も前面が焼け落ちて、弱点である茎が丸見えになっている。


 根っこの結界は一部伐採済みであり、蔦腕も短くなって攻撃には使えない。後は魔法を撃つだけしか出来なくなった花乙女ポージーは、程なくして伐採されたのだった。

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