第336話 人気者のぬいぐるみとミーティング

 幸運のぬいぐるみを手に入れた後、12層の増殖させたロックアントとクイックワラビーを間引きしておいた。その足で、昨日の採取で手に入れた物を買い取り所へ持ち込む。鉱石類は無いが、樹液や木材は高く売れたので、90万弱の儲けとなった。酒類を売れば三桁万円に届いたのだが、宴会に差し入れたエール樽の代金として、採取したお酒の水筒竹はベルンヴァルトへ譲っている。まぁ、その代わりといっては何だけど、ウォッカは対象外なので20袋ほど売っておいた。一袋1万円なので、良い稼ぎである。


 手に入れたウォッカ79袋の内、半分の40袋はベルンヴァルトに。39袋はパーティーの取り分なので、俺の裁量で好きに出来る。ただ、こんなに度数の高いお酒が39袋もあっても流石に多いので、半分売った次第である。ベルンヴァルトは勿体ないと嘆いていたが、買い取り所の対応してくれていたオジさん職員は珍しいと喜んでくれた。

 クゥオッカワラビーを狙っている探索者も居るらしいが、漏れなく酒飲みなので、自分で飲む人が多いそうだ。その為、売りに来る数も減る。10袋以上の売却は中々ない成果であるらしい。

 喜んだ職員さんは、納品依頼に『ウォッカ5袋』がある事も教えてくれて、5袋はそちらに回す事になる。少しだけ報酬に色が付いて、依頼達成の貢献も増えたので良い事尽くめであったと思う。これも、手に入れた幸運のぬいぐるみを、撫でたお陰かも知れないな。




「わぁ! 本当に手に入ったんですか!? ありがとうございます!」

「幸運の尻尾亭の看板ぬいぐるみと同じですけど、こちらの方が綺麗で、可愛く見えますね」

「あ、ミーアずるい、私も撫でさせてよ~

 お~、このふわふわ感は癖になるよね~。この子、ウチの店の看板にする?」


「あー、それは御免。ティクム君へのプレゼントだからね」


 夕食後、食後のお茶兼ミーティングの時間に戦利品をお披露目したところ、女性陣が群がった。代わる代わるに撫でたり、抱きしめたりと人気者である。幸運のバフが目当てなだけではなく、可愛いから愛でたいという単純な欲求なようだ。

 ただ、「私も欲しいな~」なんて、おねだりされても困る。確率を計算すると5%、クゥオッカワラビーが出現する確率も加えると、2%にまで下がる。幸運のバフ&トレジャーハンターの〈ドロップアップ〉を重ねても、この確率だ。そりゃ、滅多に出ないなんて言われる訳である。確か、納品依頼だと100万円で売れるからな。


「半日粘って、何とか手に入ったけど、結構大変だったんだよ」

「そっか~。でも、ダンジョンに行く3人用に、もう1つはあった方が良いよ。私達は家事とか店番だから、幸運なんて無くても平気だけど、皆は命懸けじゃん」


 ぬいぐるみを抱きしめながら、心配そうに上目遣いに言うフロヴィナちゃんだった。ただし、視線はレスミアに向いている。

 当のレスミアは、少し困惑している様子だった。多分、どっちの言い分も分かるけどって感じだな。すると、スッと目配せされた。『判断は任せます』かな?


「まぁ、リビング用に1つあっても良いか。ダンジョン攻略に支障がない範囲で、手の空いた日にチャレンジする。

 ヴァルトも、それでいいかな?」


 流石に一人では余裕がない。口笛に、罠術、虫取り網と、手が足りないからな。テーブルの端で、早速戦利品であるウォッカを楽しんでいるベルンヴァルトに声を掛ける。すると、割り用の炭酸水を作る星泡のワイングラスを軽く掲げて、上機嫌に答えた。


「良いぜぇ。こんな美味いウォッカなら、週1くらいで取りに行きたいくらいだ」

「ちょっと待て、40袋もあるのに一週間で飲み干すつもりか? 流石に飲み過ぎ……もしかして、ストレートで飲んでいる?」


 途中で、星泡のワイングラスから直に飲んでいる事に気が付いた。普段は水を入れて、炭酸水を作ってから他のグラスで混ぜ合わせていたのに、今日に限ってはワイングラスで飲んでいる。

 すると、手に持っていたワイングラスをグイッと飲み干し、ガッツポーズする。


「ガハハハッ! 次こそギルドマスターに勝たんと行かんからな。強い酒に身体を慣らしてんだよ。偶に飲むことはあっても、昨日みたいな量は初めてだったからなぁ」


 どうやら、ウォッカを入れて炭酸化させているようだ。つまり、アルコール度数は高いまま。本当に人類のくくりでいいのか疑いたくなる、酒の強さである。

 ただ、馬鹿笑いしたせいで、アルコール臭が広がってしまう。酒が苦手なレスミアは、ぬいぐるみで口元を隠しながら部屋の端に逃げていく。普段から食事時は対角に離れているけれど、アルコール度数が高いせいで、臭いも酷い。まぁ、こういうのを見ると、俺は酒に強く無くても良いと思える。付き合いで飲める程度で十分だよな。


 取り敢えず、〈ライトクリーニング〉でアルコール臭を浄化し、話をまとめた。家用の幸運のぬいぐるみは、手が空いた時に取りに行く。ティクム君用の物は、明後日の店が休みの日にでも、持っていくようレスミアに頼んでおいた。直ぐに持っていくと、女性陣が残念そうだからね。



 話がひと段落してから、フォルコ君の報告となった。

 一応、後援を受ける身なので、上司にあたるノートヘルム伯爵の手を煩わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。更に上である国王陛下へ、代理で謝りに行ってもらう訳なので……

 しかも、俺はアドラシャフト領へ気軽には行けないので、顔を合わせる事も出来ない。9割方怒られるものと思って、向こうの様子を聞いてみると、


「いえ、急な話であるので、スケジュールの調整が大変だと仰っていましたが、怒ってはいませんでした。

 ただ、もっと詳しい資料を用意しろと。後は、最終手段用にレシピの用意と、トゥータミンネ様用にダイヤモンドを1つ準備するように、とのことです」

「全面降伏する時はレシピを渡すかも、と聞いているけど、トゥータミンネ様にも?」

「はい、許可が下りた際に、新年祭用として準備したいそうです」


 ……迷惑を掛けるので、お詫びと考えれば安い物かな? MPを大量に消費するだけで、原価は安いしね。


 手紙もあったので、それと合わせて詳しく相談した。

 『もっと資料を用意』とは、既に提出したダイヤモンドの経緯ではなく、〈詳細鑑定〉で調べたジョブ関連資料やアイテム、魔物の報告書も欲しいそうだ。これは、国王陛下だけでなく、第……3王子だったかが、気に入っているそうなので、手土産として喜ばれるらしい。


「謁見の前日には王都入りして、エディング伯爵と打ち合わせをするそうです。その為、明後日までに、追加資料を持ってくるようにと」

「了解。そうなると、明日は30層のボスを周回してレベル上げだな。手持ちのジョブ全部は無理でも、なるだけ30に上げて情報を付け加えよう」

「はい、ザックス様なら、そうすると思いまして、明後日は午後に面会予約を取ってきました。午前中は資料の作成に当てて下さい」


 ……頼りになるなぁ。

 最悪、徹夜で書くことも考えていたが、締め切りが半日伸び、胸をなでおろす。後は、レベル30で面白いスキルが増えると良いのだけど。

 それと、リプレリーアに添削された資料も、書き直しておいてよかった。鑑定文は兎も角、俺の考察を部分は文章が変だと、結構添削されていたからなぁ。元よりノートヘルム伯爵に提出する用ではあったが、いきなり王族に飛んで行くとは思いもしない。


 ダイヤモンドの処遇については、交渉の線引きを決めておいた。俺が好きに販売、レシピも好きに売り出せるのが、完全勝利であるが、これは先ず無い。身内だけに販売とか、王家を仲介して販売するとかが、落としどころと考えている。それも駄目なら、レシピを献上してソフィアリーセ様とレスミアの分だけでも許可を貰うか……


 先程の『トゥータミンネ様の新年祭用』も、この交渉の一環に入る。元旦から3日まで、土地持ちの有力な貴族は王都でパーティーに参加するそうだ。その際、王族の派閥形成、関係強化にダイヤモンドを利用すると進言する。イミテーションとはいえ、綺麗な宝石だからな。貴族女性の関心を得るのは容易いし、同じ派閥でなければ購入できないとなると、揺れ動く中立派もいるだろう。


 まぁ、政治闘争は分からないので、完全にお任せである。



 次いで、ランハート工房に持ち込んだバイクであるが、調査の為にバラされてしまい、代替車もタイミングが悪くて無いらしい。フォルコ君も落胆したように肩を落とし、予算として渡しておいた金貨を返してくれる。


「明後日までには、前と同じ物を用意してくれるそうですが、追加で1台買う事は、出来ませんでした。今は、揺れ対策に改良を重ねているそうで、既存品の量産は後回しらしいですよ」


 アドラシャフト騎士団においても、試作魔導バイクが数台配置されたそうだ。石畳で舗装された街中を走る分には、評判が良いのだが、逆に郊外の舗装が無い部分を走った騎士からは、酷評を受けたらしい。

 確かに、砂漠フィールドの荒れ地を走ったので、揺れや振動が酷いのは俺にも分かる。ただ、オフロードであり、空気タイヤもオイルダンパーも無いので、こんなものだと我慢して乗っていただけである。


 ……騎士なら耐久値が高いはずなので、耐えられると思うけどな?


 そんな疑問も過ったが、騎士団と言いながらも騎士ジョブ以外も多いから、仕方が無いか。それに、アドラシャフト領は土地が広く、牧畜が有名なので、舗装されていない道も多い。

 こんな事情もあって、揺れ対策の改良を進めているそうだ。外部バッテリーとかは、アイディアだけ出したけれど、揺れ対策の後になりそうである。

 まぁ、俺のアイディア料金はバイクの試作品を貰える事なので、新しく1台貰えるならば、口を出す訳にもいかないか。樹脂系素材は提供しているが、スポンサーと胸を張れる程は出していない。資金提供は0だしな。

 後はランハートにお任せ……して良いのか少し不安ではあるが……いや、バイクは凄いまともだったし、任せるしかないなぁ。





 翌日、朝から29層へ降りた。

 予定が決まっているので、なるべく直進コースを選び進む。途中の採取地も、ルートの近場に合った1箇所に寄っただけである。幸いな事に、昨日、一昨日と酒を大量に入手したので、ベルンヴァルトも快く先に進む事を了承してくれた。また、宴会があったら顔を出したいとも言っているが、午前中は郵便配達の仕事が優先されるのか、天狗族が飛んでいる姿も見かけない。リベンジがしたい様であるが、ギルマスが居るとも限らないからな。夕方で、タイミング良く宴会に遭遇したらでいいだろう。


 そして、午前中いっぱいかけて、29層を踏破し、長い階段を下りて30層へ到達した。

 特筆すべき事は特に無い……いや、一つだけ。出掛ける前に幸運のぬいぐるみを撫でたお陰か、隠れ灼躍がレアドロップである灼躍花チャームを落としたのだ。既に、〈火属性耐性 微小〉が必要な階層ではないので、ありがたみは無いが、臨時収入にはなったと思う。


 30層は今までのボス階層と同じく、高い天井、馬鹿デカい大扉、九十九折の土手道と小部屋たちである。

 登場する魔物も一緒なので、さっさとショートカットを走った。ただ、レスミアが壁の上を走ると、リーリゲンが部屋の中から対空砲火アクアニードルを撃ってくるというアクシデントが発生する。まぁ、それも新体操の如く、華麗にジャンプして避けていたのだけどね。流石に危ないので、坂の下に降りるルートに変えさせた。


 そして、第2ダンジョンの最深部である、ボス前の待機部屋へと辿り着いたのだった。

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