第335話 50連召喚と作業BGM
あらすじ:バックアタックだ!(ただし、敵も食事中)
「退路を断つ! 〈アクアウォール〉!」
「おう! 逃がさんぜ、ウォッカを寄越しやがれ!」
現在地は通路であり、前後にしか行けない。その為、逃亡阻止の目的で、後ろに水の壁を張った。それと同時にベルンヴァルトも、〈ヘイトリアクション〉で注意を引く……のだが、クゥオッカワラビーはキュッキュッと嬉しそうに鳴き声を上げながら、一心不乱に松膨栗を食べている。人間がトウモロコシに嚙り付くように、横向きに抱えて回しながら傘の部分を食べていた。
「食い意地の張った奴だな……これ、ロープを引っ張って、松膨栗を取り上げたら怒りそうだ。今のうちに倒すか」
「待て待て、リーダー! ウォッカの一つでも取ってからにしようぜ」
そう言って、虫取り網を構えるベルンヴァルトであった。
クゥオッカワラビーの攻撃方法に関して思い返す。お腹の袋からウォッカを投げて攻撃してくるので、酒好きがウォッカを集める際は、出来るだけ倒さずに追いかけっこして、ウォッカを投げてくるのをキャッチすると良いと、図書室の本(自伝)には書かれていた。ただし、長々と追いかけっこをすると、他の魔物や他パーティーも巻き込むので、揉め事になる前に倒せとも。
幸運のバフを切らしたくない俺にとっては、追いかけっこは悪手である。元より、そんな事をしなくても、罠術で拘束すれば良いだけの話だ。ここは、〈トリモチの罠〉よりも……、位置合わせをして、
「〈くくり罠〉!」
クゥオッカワラビーの足元に、ロープの輪っかが現れた。次の瞬間には、脚が沈み込みロープが締まる。そして、上へと巻き上げられていった。それに合わせて、真下の位置に虫取り網を伸ばす。
すると、逆さまになったお腹の袋から、ビニール袋が幾つか、ずり落ちて来た。
……予想通り!
だったのだが、意地汚くも、未だに食事を続けていた腕に当たり、左右にバラけてビニール袋が落下する。虫取り網では左右どちらかしか、キャッチできない。咄嗟に、2つ流れた右へと網を動かして、受け止める。
「おおい! もったいねぇ!」
左側へは、ベルンヴァルトがスライディング気味に突っ込んできてキャッチした。お酒への執念は凄い。これで、3袋ゲットである。
しかしまぁ、こんな逆さ吊り状態なのに、食事を続けているクゥオッカワラビーは大物か?
「ヴァルト、もういいよな。止め刺すぞ」
「酒場で聞いた話じゃ、10回は採れるって聞いたぞ。もっと出てこないか?」
仕方がない。ご飯に夢中な合間に、虫取り網の柄を使ってクゥオッカワラビーの袋を広げてみたが、追加で出てくることは無かった。
「多分、クゥオッカワラビー自体がスキルで生み出すとか、アイテムボックスに入っているとか、時間経過で補充されるとかかな?
ウォッカも3つもあれば十分だろ。〈一刀唐竹割り〉!」
少し高い位置に吊り上げられているので、こちらもスキルで飛び上がった。魔力を纏った雷のホーンソードを大上段に構え、一直線に振り下ろす。クゥオッカワラビーを尻から頭までを両断し着地した。文句無しの一撃必殺である……いや、スキル後の硬直で返り血を避けられないのは文句であるな。ぬいぐるみみたいな見た目な魔物だけど、一応動物のようで、両断した断面から血が溢れている。ぬいぐるみ型ゴーレムではなかったようだ。
〈ライトクリーニング〉で返り血を浄化していると、死体が消え去り、ドロップ品が現れる。残されたのはビニール袋、ハズレだった。ベルンヴァルトは酒が増えて喜んでいるけどな。
それはそれとして、クゥオッカワラビーが急に現れた原因を探るべく、周辺を調べた。すると、ヒカリゴケの少ない暗がりに、穴を発見した。鑑定文にあった『普段は物陰に穴を掘って隠れているが、好物の松ぼっくり見つけると、思わず出てきてしまう』そのままである。
ただし、〈オートマッピング〉や〈敵影感知〉にも引っ掛からなかったので、何らかの隠蔽スキルを使っていた可能性もあった。まぁ、松膨栗に引っ掛かれば、楽に倒せるのが分かったので、後は発見、遭遇出来るかだろう。
「〈潜伏迷彩〉で隠れているかも知れないな。一応、歩きまわる時に、穴がないか注意してみておこうか」
「暗がりまでは、見えんからなぁ。ランタンで地道に照らすしかないか。レスミアが居りゃあ、猫目で見えたかもな?」
「〈猫目の暗視術〉な。万が一、ウォッカが破裂したらと考えたら、連れてくる気にはならないけど」
ロープの先に付いていた松膨栗は、齧られて半分になっていた。中の栗が見える程である。このまま、誘き寄せる餌とするには、厳しいかな? クゥオッカワラビーの食い意地は見ているが、喰い
喰い止しは、お供えではないけど、穴の手前に捨てておく。そのうちダンジョンに呑まれて消え去るだろう。
それからは、通路や部屋の中に穴が空いていないか、確認しながら進んだ。地図にも、穴は記載されていないので、本当に虱潰しである。クゥオッカワラビーが穴を掘っているなら、定位置ではないのかも知れない。もしくは、巣穴として登場時に出来るとか?
12層を一周し終わる頃には、2回目のクゥオッカワラビーと接触する事が出来た。こちらも1匹目と同じく通路のアンブッシュから、突然現れて松膨栗を奪い去ろうとロープを引っ張られたのだ。ただ、倒すのは簡単である。食事に夢中なので、〈くくり罠〉で吊り上げてウォッカを巻き上げたら、止めを刺す。
そして、ドロップ品がハズレだった事を確認してから、近くを探してみると、また穴を発見した。
「なぁ、この穴、さっきは無かったよな?」
「……一本道の通路だから、見落とす事も無いと思う。魔物が
そうなると、クゥオッカワラビーの登場は、普通のクイックワラビーと関係なさそうだな」
レア種とされている魔物は大概、変である。群れを率いたり、侵略したり、服を脱がしに来たり、食事から自己強化を図ったりと、遭遇した連中だけでも特殊と分かる。クゥオッカワラビーは、ウォッカで嫌がらせ、怖がりだけど食事優先、単独行動、と言ったところが特徴か。これまで3回遭遇したが、全て単独だった。
今までは、普通のクイックワラビーが変異する、もしくは出現時に置き換わるものだと想定して、〈オートマッピング〉の赤点を見て回っていたが、どうやら徒労に終わったようだ。
松膨栗に喰い付くのは間違いない。後は、出現のタイミングと、穴の有無だな。
「ちょっと、気になる事がある。最初に戦った所に戻っていいか?
ここからなら、然程離れていないからさ」
「お、何か思い付いたのか? 構わんぜ」
〈オートマッピング〉の縮尺を変更して、広域表示にする。赤点を避けて移動するルートを選びつつ、周囲の通路や小部屋に魔物が居ない場所に見当を付けておく。
そして、1戦目の場所に戻って来たのだが、お供えの松膨栗はおろか、穴も消えていた。時間経過で穴が消える=無い状態がダンジョンとしては普通と分かる。つまり、クゥオッカワラビーが出現すると同時に、穴も出来るのだろう。
……逆説的に、穴があればクゥオッカワラビーの出現率が上がるかも知れない。松膨栗をお供えすれば、確率は倍ドンだ。ロックアントみたいに召喚じゃないけれど、あのスキルを試してみるか?
丁度、お誂え向きに、周辺に赤点は無い。
「さっきの穴のあった所に〈ディグ〉!
それでヴァルト、ちょっと魔物を誘き寄せるスキルを試すけど、クゥオッカワラビー以外が出てきたら逃げるぞ。念の為、そっちの通路の真ん中付近に……〈トリモチの罠〉!」
「ああ、挑発して引っ掛けりゃ良いんだな? それにしても、誘き寄せるスキルなんぞあったか?」
「遊び人のスキルなんだけど、初めて使うな。只のネタスキルだと思っていたから」
【スキル】【名称:口笛】【アクティブ/パッシブ】
・口笛が上手くなる。
魔力を込めて口笛を吹くと、その音色で魔物を誘き寄せる事が出来る。発動にスキル名を言う必要はない
以前、罠部屋で見かけた【警報装置】は、大音量でアラームが鳴って魔物を誘き寄せていた。それに比べれば、口笛が聞こえる範囲なんて、たかが知れたものである。そう、周囲に魔物が居ない状態で、口笛を吹いたらどうなるか?
ダンジョンなのだから、新たに
穴が出来ると、その前には凹んだ分だけ土が盛り上がる。その上に松膨栗をお供え設置した。柏手は要らんな。
念の為、通路の向こうへと響かないように、穴に向かって口笛を吹いた。解説文にあるように、口に魔力を集めて吹くと、音色に魔力が乗ったかのように、するすると抜けていく感じがした。
吹いている曲は、荒野が似合いそうなゲームのオープニング曲である。覚えている部分だけなので、大分適当ではあるし、今居るのは荒野じゃなくて洞窟だけどな。口笛で思い浮かんだのだから、しょうがない。まぁ、メロディーだけなら、何の曲でも良いだろう。
1分程、吹き続けたか。単体魔法1回分くらいの魔力を消費したころ、穴の位置に煙が噴き出した。その煙の中から、クゥオッカワラビーが飛び出てくると、小山を壊す勢いで松膨栗に喰い付く。
「おおっ! マジで出て来たぞ!」
「吊り上げるぞ! 〈くくり罠〉!」
ベルンヴァルトは喜び勇んで走り寄ると、虫取り網で落ちるウォッカをキャッチする。後は、先程と同じ流れで止めを刺した。
しかし、今回もドロップしたのは、ハズレのウォッカだった。
「いや、まだ2戦目だからな。そう簡単には出ないか」
「はっはっはっ! 俺は酒が手に入るから、構わんぜ。むしろ、早く終わると、手に入る数が減るからなぁ」
暢気なものである。まぁ、前回は走り回って一袋しか手に入らなかった酒が、既に8袋もあるので、浮かれているのだろう。
俺としても急務と言う訳でもないのだけど、義理の甥っ子の為には頑張りたい。まだ、時間はあるので、粘ってみるか。
お供え物の松膨栗は頭を齧られただけなので、まだ使えそうである。齧られた部分を下にして、隠すように置くと、再度口笛を吹いた。
とあるゲームの戦闘曲である。ダンジョンと言うシチュエーションでは、バックグラウンドミュージックは欠かせないだろう。とは言え、口笛で吹けるほど記憶に残っている曲は少ない事に驚く。余程やり込んだとか、お気に入りでないとな。
〈口笛〉の効果で、思ったように吹けるのも気持ちが良い。アップテンポな曲をノリノリで吹いていると、煙が噴き出した。
ただし、先程よりも煙の範囲が大きい。嫌な予感に口笛止めると、〈オートマッピング〉に2つの赤点が灯る。
「ハズレだ、逃げるぞ! 〈トリモチの罠〉!」
「うぉっ! ロックアントかよ!」
どうやら、〈口笛〉でレア種をピンポイントで召喚するのは100%では無い様だ。ここで、倒しては幸運のバフが消えてしまう。お供えの松膨栗を掴んだついでに、トリモチを張りつつ、逃げ出した。
それからは、魔物が居ない場所へ移動し、穴凹お供え口笛コンボを試した。後々の計算結果であるが、クゥオッカワラビーの召喚成功率は4割ほど。その20戦目にして、ようやくレアドロップである、幸運のぬいぐるみが手に入ったのだった。粘りに粘った甲斐があったと言う物だ。ベルンヴァルトとハイタッチで喜び合う。
「ハハハッ、やっと出たぞ!」
「だなぁ、こんなに出ねぇとは思わんかったぜ。ま、お陰でウォッカがたんまりと手に入ったがな!
よし! 帰って祝杯だ!」
「あー、ちょっと待って。帰る前に、後始末をしに12層に戻ろう」
12層は魔物を示す赤点だらけになってしまったので、途中からは11層へ移動していたのだった。ゴミのポイ捨てではないが、魔物を大量に召喚して、そのまま帰るのは少し後ろめたい。12層では他の探索者とはすれ違わなかったが、後々通る人のエンカウント率が激増してしまう恐れがある。
元日本人としては、立つ鳥跡を濁さずの精神で行きたい。
結局、12層に戻り、〈口笛〉で周囲の魔物を呼び寄せ、〈無充填無詠唱〉からの〈ストームカッタ―〉を連打して、無双して片付けたのだった。
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