第334話 屋台出店のお誘いと、夏休みの少年スタイル

「うふふふ、律儀ですねぇ。

 ぬいぐるみを撫でる為だけに、食事にいらしてくれるなんて」

「いえ、それくらいは礼儀かと思いまして」


 ナールング商会から帰宅した後、ベルンヴァルトと2人で『幸運の尻尾亭』を訪れていた。言うまでもなく、目的は幸運のぬいぐるみを撫でて、レアドロップの確率アップの効果を得るためだ。

 ただし、そのぬいぐるみを撫でられるのは、宿泊客のみ。流石に同じ街で暮らしていて、宿泊するのは変な話なので、代わりに昼食を取った次第である。

 そして、お会計の際に、女将さんに頼み込んだところ、上品に笑われてしまった。


「ウチの宿としても、白銀にゃんこさんのお菓子には助けられていますからね。わたくしとしても、元お客様が、お店を開くとは、たまさか思いませんでしたわ」


 そう言って、宿の壁を指差した。それに釣られて目を向けると、そこには白銀にゃんこのポスターが貼られている。それは、開店前の宣伝用として、フロヴィナちゃんが手書きした物である。街の掲示板に張るとは聞いていたが、幸運の尻尾亭にまで掲示してあるとは知らなかった。


 幸運の尻尾亭は、夜は酒場となっているため、甘味はあまりオーダーされないそうだ。その為、メニューにある(=常備されている)お菓子はそれほど多くない。ただ、女性客が居る時には、困る事になる。特に舌の肥えた女性客には、貴族街のお菓子店を紹介するのだけれど、貴族街に入れない人には近所の普通の喫茶店を紹介するしかないからだ。

 そんな時、貴族街レベルに美味しく、お手軽な値段の白銀にゃんこが出来たのだった。お客さんに紹介するだけでなく、女性客が多い日には、朝一に白銀にゃんこへに来ているそうだ。


「品数も多くて、助かっておりますのよ。それに、売れ残ったお菓子も、従業員のおやつとして取り合いになっている程ですの。

 あぁ、そうそう、焼き菓子以外にケーキは売らないのかしら? 女性のお客様には、食後のケーキが欲しいと言う方も多いの」

「ああ、食後ならお腹に溜まる焼き菓子よりも、小さめのケーキの方が良いですよね。

 ……もう少し待って下さい。まだ、開店して、2週間ですからね。徐々にニーズに合わせて新商品を出していくつもりです。もちろん、ケーキを売って欲しいという要望も踏まえて、店長や料理人とも相談します」


 本当は設備不足なだけである。俺が居る時なら良いが、日中は冷蔵庫の魔道具がないと駄目だ。冬場だから、アイテムボックスに入れておいても大丈夫かもしれないが、売り物なので慎重に行きたい。

 因みに、焼き菓子の日持ちも3日程度と考えているが、売れ残った物も夜中はストレージで保管するため、倍の6日くらいは美味しく食べられる。それと、2日間も売れ残るような品は皆のおやつだとか、配布品行きとなる為、廃棄はした事が無い。偶に、配っているお菓子は大抵これである。


 閑話休題。

 幸運のぬいぐるみを撫でさせてもらい、お暇しようかとした時、女将さんが思い出したかのように、手招きした。


「そうそう、貴方達も新年祭に、屋台を出しては如何かしら?

 毎年、年末年始は人通りも多くて賑わうから、売り上げも期待できるわよ。それに、甘味の屋台は少ないから、狙い目だと思うの」

「……そう言えば、新年祭に看板ぬいぐるみで出す、なんて言ってましたっけ。幸運の尻尾亭は、何の屋台を出すんですか?」

「ウチは毎年、串焼きとエールの屋台ですよ。仕入れている食材が流用出来ますし、海辺の村から新年用に取り寄せている大海老は、昼過ぎには売り切れる程、人気なの」


 ……大海老だと!

 街の食料品店で、ベアトリスちゃんが買い込んだ食材の中には、乾燥した小海老があった。数㎝しかないので、パスタやスープ、パエリア等の彩り兼、出汁役として活躍している。美味しいのだけど、もうちょっと食いでの有る海老も食べたいのだ。エビチリにエビマヨ、ガーリックシュリンプ、忘れちゃいけないエビフライや、エビの唐揚げ。うむ、海老が食べられるなら、祭りは大歓迎である。

 それに、白銀にゃんこのお菓子屋台なら、普段と同じく作り置きで済むので楽だ。いや、料理人コンビ辺りは新作を売り出すとか言いそうか?


 ただ、問題なのは、年末にはソフィアリーセ様をエスコートして、花火大会に行く予定がある。ついでに、パーティーメンバーの殆どがアドラシャフト出身であるので、年末くらいは里帰りさせた方が良いかも知れない。


「屋台の出店も面白そうですけど、年末は予定が入っていまして……年始なら出せるかも知れませんので、他のメンバーとも相談してみますね」

「あら、そうでしたの?

 もし出店するなら12月初めに、商業ギルドへ届け出て下さいな。屋台の貸し出しや、出店場所の取りまとめをしていますからね」


 色々と教えてくれた女将さんにお礼を言い、幸運の尻尾亭を後にした。

 幸運が訪れたら消えてしまうバフなので、切れない内に第2ダンジョンへと足を向ける。万が一、馬車に轢かれそうになり、ギリギリ幸運で回避とかあるかも、知れないからな。

 道中、ベルンヴァルトに年末年始の予定について、聞いてみる。


「あーー、その、アレだ。

 年末だとレベル40は超えている筈だろ。騎士のジョブになっているかは分かんねぇけどよ……

 いや、ここまで言えば、分かんだろ! シュミカの実家には顔を出してぇなぁって事だ!」

「俺に、テレ顔見せてどうすんだよ。

 まぁ、婚約の話を進めたいなら、自分の実家にも報告に行けよ。ヴァルトは年末年始、挨拶回りか」


 2m越えの巨漢が顔を赤らめる姿なんて、男の俺が見てもなぁ。まぁ、ヴァルトの顔はイケメン寄りなので、女性陣なら別の意見も出るだろうけど。

 それはそれとして、屋台を出す事になっても、ベルンヴァルトが居なくて問題はない。居たら居たで力仕事とか、用心棒ぐらいはさせるけど、必須でもないからな。存分にシュミカさんを口説き落として来ると良い。向こうのパーティーメンバーをどうするつもりなのかは知らんけど。



 第2ダンジョンの12層へ降りて来た。ここは、クイックワラビーが登場する最深の階層である。クゥオッカワラビーはクイックワラビーのレア種なので、なるべく深い階層の方が良いと考えたのだ。後、9層~11層だと、帰り易いのもあって、人通りがあるので、避けた次第である。

 久々の洞窟階層なので、ランタンを取り出して、ヒカリゴケを採取する。


「ほい、ヴァルトには投げてくるウォッカをキャッチする虫取り網と、素早い動きを捉えるための軽いテイルサーベル、それと誘き寄せる餌な」

「……餌? これがか?」


 普段の装備では重すぎるので、メイン武装は虫取り網である。そして、餌として渡したのは、松膨栗に3m程の紐を括り付けた物である。クゥオッカワラビーの好物らしいので、引いて歩けば釣られて出てくるかも知れないと考えたのだ。


「それと、今日はクゥオッカワラビー以外の魔物は倒しちゃ駄目だぞ。レアドロップが出たら、幸運のぬいぐるみのバフが消えちゃうからな。逆に言えば、ノーマルドロップなら消えない。つまり、クゥオッカワラビーだけを相手にすれば、レアドロップのぬいぐるみが手に入るまで、ずっとバフが続くって訳だ。

 トレジャーハンターの〈ドロップアップ〉と組み合わせれば、かなり出やすくなると思う」

「おお……って、普通の魔物は逃げれば良いのか? あいつら追っかけてくるぞ?」


 ここの階層で登場するのはクイックワラビーと、ロックアントである。動かないor動きの鈍い魔物ならば、逃げる事は容易いが、動物系の魔物は大抵追っかけてくる。砂漠フィールドでサソリに追っかけられた際は、かなり引き離さないと諦めなかったからな。

 流石に狭い洞窟内を、ライトも無いバイクで走るのは怖い。それ以前に、メンテに出したのでバイクは無い。まぁ、スピード以外で離れれば良いだけの話である。


「罠術の〈トリモチの罠〉と、〈アクアウォール〉で絡め捕れば、倒さずに逃げられるさ。地面を歩くロックアントなら〈トリモチの罠〉、飛び跳ねるクイックワラビーは通路を塞ぐようにして〈アクアウォール〉を張る。

 ヴァルトは挑発して、罠に誘導してやってくれ」

「了解。ウォッカを投げる奴が出るまでは、ずっと虫取り網を持っていた方がよさそうだな。ロックアントを見たら、いつもの調子で切っちまいそうだ」


 ロックアントの習性を使ったアリンコ鉱山は、長くやっていると作業染みてくるので、反射で倒してしまうのは良くある事だ。まぁ、虫取り網で殴ったら、柄が折れるだけで倒せないだろうけどな。

 そんな訳で、虫取り網を携え、松ぼっくりを引き摺って歩くという、山に遊びに行く少年のようなスタイルで探索を開始した。



 今日は探索でも、採取でもないので、地図の端から端まで歩きつつ、〈オートマッピング〉で魔物の赤点が見えたら、クゥオッカワラビーか確認しに行く。ハズレなら引き返すなり、罠に嵌めて行動不能にしてから、置き去りにした。

 しかし、階層の半分を歩いても、普通のクイックワラビーしか居ない。駄目元で、クイックワラビーに松膨栗を餌として与えてみたところ(もちろん罠で拘束した奴)、美味しそうに食べるのだが、それだけだった。好物を食べたらレア種に変異するみたいなパターンではないらしい。


 そして、遭遇する機会がやって来たのだが、本当に突然であった。歩いている途中、不意に左手のロープが引っ張られたのである。その瞬間、〈オートマッピング〉には赤点が1つ出現していた。俺達の真後ろである。


 思わず振り向くと、ロープの先の松膨栗を抱えたぬいぐるみが居た。にこにこと笑って、噛り付いている。


 ……ついさっきまで、居なかったぞ?!

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