第333話 知恵熱と、その対処法と、予防策と

 ラグマットの遊び場で、箱の蓋を開けて中身のブロックを広げる。目の前に転がったブロックをティクム君は、喜んでつかみ取り、積み木のように積み上げようとした。そこに、レスミアがパズルボックスを差し出す。


「はーい、ティクム君。これは積み木じゃないのよ。お姉ちゃんがやって見せるから見ててね~」

「ねーねー?」


 俺がやるよりは、懐いているレスミアの方が良いだろうと、お願いしておいた。ティクム君に見えるように、ブロックと穴を合わせて、カコンッと中に落とす。それを何度か繰り返し、子供の注目を引いた。


「あれ? ここは形が違うね~。こっちかな~?」

「レスミア姉ちゃん、こっちが三角にゃ~」

「にゃあ、にゃあ!」

「はい、入ったよ~えらい、えらい!」


 そんな感じでレスミアがやって見せ、途中からはティクム君にブロックを持たせ、穴に誘導させて中に落とさせる。そんな繰り返しをしていると、ティクム君は自分でもやりたくなったようだ、ブロックを持って、穴に押し付けては、入るか試している。しかし、三角の穴には、四角ブロックは入らず、不思議そうに首を傾げていた。まだ、穴の違いが分かっていないようだ。それでも、レスミア達が誘導して穴を変え、落とす事に成功するとキャッキャッと喜んだ。

 なかなかの食い付きだ。


「へ~、積み木とは逆で、箱に入れるのね。作りは簡単だけど、発想の逆転って奴かしら?

 ティクムも喜んでいるし、良いわね……幾らで権利を売る?」

「評価してくれるのは嬉しいですけど、早くないですか?

 もうちょっと、様子を見てからでも。後、素人が作った物ですから、長く使うなら、ちゃんとした職人に注文した方が良いと思いますよ」


「……そうね、箱の空いた部分やブロックに、彫刻を施した方が良いかも知れないわね。そうすれば、見栄えは良くなって、貴族には売れると思うわ。後は、小さな子供にまで、お金を掛ける余裕のある商家かしらね?

 ただ、魔絶木を使うとなると、単価が高くなるわ。加工にも技術がいるから、ベテランの職人でないと……」

「ああ、やっぱりベテラン職人なら、彫刻も施せるんですね。それなら、対象年齢はもうちょっと上になると思いますけど、ブロックを動物の形とか、数字や文字にするって、手もありますよ。いや、木枠に収めるパズルの方が良いかな?」


「良いわね! そんなアイディアを待っていたのよ!」


 途中までは母親目線で、微笑ましく見ていたのに、売れそうな商品と分かると喰い付いてきた。親子共々、心を鷲掴みしてしまったか。

 リスレスお姉さんはボールペンとメモ用色紙を取り出すと、根掘り葉掘りと聞いてくるのだった。




 ナールング商会は、玩具は取り扱っていないらしいが、下級貴族や平民の商家に食料品を卸している。その為、子供の居る取引先へ営業を掛ければ、売る事は可能らしい。広く売り捌くのではないので、付加価値を付けた高級品の方が良いそうだ。その点、ダンジョンでしか取れない魔絶木の細工品は良い値段で売れる。

 そんな売れそうなパズルボックスと、平面パズル等のアイディアを教えた後には、手持ちの大銀貨が5枚増えた。契約を押し切られたのだった。


 そんな商談を終え、ようやくティクム君と遊べると、皆が遊んでいる方へと目を向ける。すると、スティラちゃんが、ティクム君の額に手を当てていた。


「リスレス姉ちゃん! ティクム、熱があるにゃー!」

「あ、確かに顔が赤いですよ」

「ちょっと、はしゃぎ過ぎたのかもね。スティラ、金柑を取ってきて」

「はーい!」


 先程まで楽しそうな声が聞こえていたのに、いつの間にか顔を赤くしてぐったりしている。そんなティクム君を抱き上げて、優しく声を掛ける様子は、商人から母親の顔に戻っていた。

 そして、隣の部屋に行っていたスティラちゃんが、オレンジ色の輪っかを持って戻って来る。アレは環金柑かんきんかん

 その環金柑は、抱きかかえられたティクム君の頭に被せられた。そう言えば、鑑定文にあったような。



【素材】【名称:環金柑】【レア度:D】

・環状に繋がった金柑。繋がったままだと甘いが、切り離して時間を置くと、徐々に酸味が強くなる性質がある。

 咳や喉の痛みに効くとされ、免疫力を高めて病に掛かり難くする。また、魂が安定していない赤子の頭に乗せると、マナの流れを安定化させ、病を早く治す。



 そうそう、子供限定の効果だ。ただ、即効性は無いようで、ティクム君は赤い顔をしたままである。お節介かも知れないが、申し出る事にした。


「良ければ〈ディスポイズン〉も掛けましょうか?

 病気であれ、体内の毒素には効くので、多少は楽になるかもしれません」

「お願いするわ。

 一眠りしても熱が引かない時は、解毒薬を少しだけ飲ませるのだけど、嫌がるのよね」


 甘い解毒薬もあるので、提供しようとしたが、既に常備してあるそうだ。幼児だと、甘めでも嫌がるらしい。

 そんな雑談の間に魔力を充填し、〈ディスポイズン〉を使用すると、少し顔の赤みが引いた。オマケで〈ヒール〉も重ね掛けしておく。これで、少しはマシになったと思う。


「ありがとう、助かったわ。

 このまま、寝かせてくるわね」

「あ、私も手伝うにゃー」


 リスレスお姉さんは安堵したのか、柔らかく微笑むと、ティクム君を抱き上げたまま、奥の部屋へ向かった。それを追って、スティラちゃんも、奥に消えていく。


 残された俺は、残されたパズルボックスを片付け始めた。ティクム君は、新しい玩具として喜んでくれていたようだが、まだ1歳には早かったか? 大人からすれば、ブロックと穴の形を合わせるだけでも、幼児にとっては頭を使い過ぎて、知恵熱が出たのかも知れない。

 少し後悔していると、ブロックを拾い集めたレスミアが寄り添うほどに、くっ付いて隣に座った。


「心配しなくても大丈夫ですよ。子供が熱を出すのは良くある事ですからね。スティラの弟とか、全力で遊び回っては、倒れるように眠っちゃうし、夜に熱を出して寝込んだのに、翌日にはケロっとして走り回るなんて良くありましたから。

 まぁ、ティクム君は少し身体が弱くて、実家に帰る馬車旅でも熱を出していたみたいですけど、寝れば治りますよ」


「うーん、その身体の弱い子に無理をさせてしまったと思うとなぁ。ちょっと、申し訳ない気持ちでね」

「気にし過ぎですよ~。新しい玩具を喜んでいただけじゃないですか。何度も遊べば、成長して大丈夫になりますよ」


 そんな調子で慰めてもらいながら、玩具の片付けをした。




 「あら、碌にお持て成しもしていないのに、ごめんなさいね。また、遊びに来てちょうだい。

 商談は捗ったのだけどねぇ……また、何か良いアイディアがあったら、持ってきてね」


 ティクム君が寝込んでしまった事もあり、これ以上はお邪魔と判断して、辞する事にした。レスミアも午後から店の手伝いがあるので、丁度良いだろう。決して、慰めてもらっている現場を見られたから、居たたまれないのではない。


「ティクムの事も気にしなくて、良いのよ。子供が急に熱を出すなんて、良くある事だもの。貴方達も、子供を育て始めれば分かるわよ。レスミアも、色々教えてあげるから、遊びに来なさいね」

「はーい、姉さんまたね~」



 若干、楽し気なリスレスお姉さんに見送られて、ナールング商会を後にした。



 その後、帰り道では考え事をしていた。確か、この街に来てから、健康に良さそうな物を見た覚えがあるのだ。記憶を思い返すが、ずいぶん前な気がして、喉元辺りから上に出てこない。確かに読んだ気がするのに……何かの取っ掛かりになると思い、〈鑑定図鑑閲覧〉を使った。過去に〈詳細鑑定〉した素材や魔道具、魔物、スキル等の鑑定結果を見直す事が出来るスキルなのだ。視界が狭くなるので、歩きながらは危険だけどな。レスミアと腕を組んで、先導してもらったよ。


 エスコートされながらも、視界に映る画面をパラパラと斜め読みしながら見て行くと、魔道具の中に発見した。



【魔道具】【名称:幸運のぬいぐるみ】【レア度:C】

・クゥオッカの毛皮で作られたぬいぐるみ。

 撫でた人の幸運値をほんの少し上げ、ダンジョン内でのレアドロップの確率が極小アップする。

 また、ダンジョン外の場合、病や不慮の怪我をする確率を少し減らす。効果は半日、もしくは幸運が1回訪れると切れる。



 そうそう、最初に泊まっていた宿屋の看板ぬいぐるみだ。確か、クイックワラビーのレア種のレアドロップだった覚えがある。ウォッカを投げ付ける不思議行動で、レスミアが戦闘不能酔い潰されになったんだよな。念の為、クゥオッカワラビーの情報も確認する。



【魔物】【名称:クゥオッカワラビー】【Lv11】

・クイックワラビーの希少種。もこもこしたぬいぐるみのような見た目とは裏腹に、通常種よりも素早い。性格は臆病で外敵に狙われると逃げ出す。その際、お腹の袋から酒の入った袋を投げ付けて牽制し、逃げ出す隙を作る。この袋はスキルの効果で、硬い物に接触すると破裂するので、注意が必要。

 普段は物陰に穴を掘って隠れているが、好物の松ぼっくり見つけると、思わず出てきてしまう。

・属性:風

・耐属性:土

・弱点属性:-

【ドロップ:ウォッカ】【レアドロップ:幸運のぬいぐるみ】



 レア種だから、中々遭遇しないのだが、『好物の松ぼっくり』がキーだな。そして、クイックワラビーと交代で13層から登場するようになるナデルキーファー(盆栽魔物)が、大きな松ぼっくりである松膨栗をドロップする。ゲーム的に思考するならば、通常では出現しない敵ではあるけれど、先に進んだ後のアイテムを使えば、楽に会えるようになる。いや、ちょっと、ご都合主義かな?

 ともあれ、好奇心でもあるけれど、試してみたくはある。そんな情報を、レスミアにも展開した。


「ティクム君の事を気に掛けてくれるのは嬉しいですけど、お休みの日くらいは休んでも良いんですよ?」

「それを言ったら、レスミアだって店の手伝いだろ? なに、今更12層なんて、散歩みたいなものだよ」

「確か、宿屋の女将さんも『滅多に出ない』って言ってましたからね。出なくても、程々に切り上げて来てください」


 ウォッカ爆弾があるので、元よりレスミアは付いてこない。まぁ、代わりにベルンヴァルトを誘えば良いだけの話である。酒好きなので、休みを返上してでも付いて来るとは思うけど……今朝方は二日酔いで苦しんでいたから、少しは迷うか?



 家に帰ると、庭先でベルンヴァルトが修理に出していた大盾と、飢餓の重棍で型の練習をしていた。恐らく、届けてもらった大盾の具合を試しているのだろう。運動しているならば、二日酔いは治ったのかな?


「ただいま。ヴァルト、これからウォッカ採りに行かないか?」

「おお、行く行く! 丁度、迎え酒にいつもと違う酒が欲しかったんだ!」


 迷うどころか、即答するベルンヴァルトだった。

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