第331話 ダイヤモンドの根回しと、こんにちは赤ちゃん?

「じゃーね~! また、レスミアのお店にお菓子買いに行くよ~」

「行くよ~。ザックスは重そうだけど、ガンバッ!」

「レルフェとヤパーニも、またね!」

「そっちも、気を付けて帰れよ!」


 姦しい天狗族の女の子達とは、ダンジョンを出た所で別れた。


 結局、飲み比べでギルドマスターが勝利を収めて盛り上がったものの、然程時間も経たずにお酒の在庫が無くなり、宴会は終了となった。ほろ酔い気分で上機嫌になったギルマスが「勝利の美酒を持てぃ!」と、がぶがぶ飲んでいたのも印象的であるが、最後にゴミとして捨てられていたエール筒竹などの空き缶……ではなく、空き竹?……が山となっていた事にも驚いた。宴会客である天狗族が、29層各地にある採取地で集めた酒が、手土産として持ち込んだ結果らしい。


 天狗族は『ダンジョンで酒が取れる町にしか住み付かない』なんて聞いた覚えがあるが、確かに普通の醸造所では飲み尽くされてしまいそうだ。ダンジョンから無限に取れる仕組みでもないとな。



 それはさておき、帰り道は酔い潰れて寝てしまったベルンヴァルトを背負う羽目に。いや、飲み比べを後押しした俺の責任もあるので、仕方がない。物凄く酒臭いが、仕方がないのである。図体がデカくて重いが、ファイヤーマンズキャリーで肩に担げば、大分楽に運べる。ウベルト教官に、負傷者の楽な運び方として習ったのが、役に立った。


 こんな荷物を担いでいては、買い取り所で売りに行く事も出来ない。今日のところは、そのまま帰る事にした。因みに、レスミアは大分離れた所を、先行して歩いている。酒臭さで、二次被害にあっては敵わないからな。ちょっと、寂しいが仕方がない。



「ザックス様~。誰か来ているみたいですよ~」


 家の近くまで来た時、先行して門を開けたレスミアが、こちらに向けて手を振っている。今日は来客の予定など無かった筈と思い返しながら、「先に、中を見て来てくれ!」と指示を出す。

 重い荷物を担ぎながらも、えっちらおっちら歩いて門を潜ると、確かに玄関前に馬車が止まっていた。ソフィアリーセ様が使う馬車ではないが、見た目はワンランクダウン程度には豪華な物である。貴族関係者と当たりを付けて家に入ると、フォルコ君が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ザックス様。

 マルガネーテ様が少し前からお待ちです。昨日の件で話があるそうですが、先にヴァルトを部屋に連れて行って下さい。その、リビングに寝かせると、目立ちますから……アルコール臭が」

「ああ、分かった。ついでに自分にも〈ライトクリーニング〉しておくよ」


 今日は宴会場から〈ゲート〉で脱出したので、浄化するタイミングが無かった。1日ダンジョンを歩いただけでなく、濃厚なアルコール臭の中に居たから、臭いが酷そうだ。

 マルガネーテさんの相手はレスミアが先にしているそうなので、俺は先に2階へと上がった。ベルンヴァルトをベッドに放り込み、自分を巻き込むようにして〈ライトクリーニング〉。それから、自室で普段着に着替えてから、応接間へと向かう。




「あ~、分かります、分かります。恋人に貰った物ですから、自慢したくなりますよ。私も初めてのプレゼントは、ずっと身に着けていたり、友達との話のタネにしたりしましたから」

「そんなものよね。ただ、お嬢様に取っては、初めてのプレゼントでしょう? しかも、国宝級の宝石よ。

 大分舞い上がってしまって、昨日は帰ってからが大変だったわ」


「あれ? 昨日、帰る時は、そこまでじゃありませんでしたよね?」

「ふふふっ、貴族の子女ですもの、必死に感情を隠していたのよ。旦那様に『絶対に欲しいから』と、王族との交渉をお願いしたり、寝る寸前まで宝石を眺めていたり……可愛らしい方なの」


  ノックをして、女性騎士さんに迎え入れられると、中ではレスミアとマルガネーテさんが、お茶をしながら談笑していた。会話の中身までは聞こえなかったが、楽しそうなので、悪い知らせではなさそうだ。


「すみません、お待たせしました。

 レスミアも着替えてきたらどうだ? 〈ライトクリーニング〉」


 ダンジョン帰りのままなので、着替えたいだろう。そう促したのだが、マルガネーテさんが待ったを掛けた。


「いえ、そこまで長い要件ではありませんので、そのままで結構です。

 昨日のダイヤモンドについて、旦那様からノートヘルム伯爵へ協力要請を致します」


 そう言って、アイテムボックスから出て来たのは一通の手紙だった。その中身に関して、簡単に教えてくれる。

 ソフィアリーセ様から相談を受けたエディング伯爵は、献上品という形を取って恭順の意を示し、許可を得る方向で働きかけるそうだ。ただ、ヴィントシャフト家としては、娘が婚約の証として受け取る宝石なので、送る側のアドラシャフト家も協力して欲しいとの事。

 要は『幾ら廃嫡したと言っても、あなたの家の元息子が作ったのだから、関係あるよね?』と言った感じか。王様も事情を知っている筈であるし。何故かは知らないが、ノートヘルム伯爵は国王陛下との仲が良いらしいので、伝手として使いたいそうだ。


 ……また、迷惑を掛けてしまうなぁ。申し訳ない。


「了解しました。至急、アドラシャフトへ送りましょう……ん? 只の手紙なら私を介さなくても良いのでは?」

「ええ、既に王都に使者として赴き、5日後に謁見の予約を取って参りました。そして、その旨も含めてアドラシャフト家には先触れを出してあります。

 ザックス様には、献上用のイミテーション・ダイヤモンドを2つ作成して、ノートヘルム伯爵へ送って頂きたく存じます。アドラシャフト家としても現物を見た方が、理解が早いでしょう」


 国王陛下に1つ。そして、宝石に関心を寄せる女性の最上位である王妃様にも、1つ献上するらしい。ただ、それならば、最初に作った物があるので1つ追加で作れば良い筈である。そんな疑問を聞いてみると、マルガネーテさんは口元を押さえて、上品に笑った。何故か、隣のレスミアまでもが、クスクス笑っている。

 意味ありげな笑いが気になり先を促すと、ソフィアリーセ様が反対したらしい。


「うふふ、初めて貰ったダイヤモンドは、手放したくないそうですわ」

「……そういう事ですか。分かりました、新しく作りましょう。

 レシピ登録は、イメージが残っている昨日の内に済ませたので、調合は可能ですよ。ただ、MPを大量に使うので今夜調合出来るのは1つだけ。明日の朝に1つ調合するとして、最短は明日か。

 フォルコ、明日頼めるか?」


 後ろに控えているフォルコ君に声を掛けると、前に進み出て、恭しく一礼した。本当なら、2日後の店の休みの日に定時連絡と、バイクを持って行って貰う予定であったが、前倒しである。しかし、フォルコ君は笑顔で了承してくれた。


「畏まりました。朝方は店が混み合いますが、昼の営業ならばメイドの2人だけでも大丈夫でしょう。ザックス様は、報告書の方も準備しておいて下さい」

「調合してから書くよ。新しいジョブも増えた事であるし、多分喜んで貰えるだろうからね」

「あ、明日なら私も休みですから、午後のお店も手伝いますよ~」


 明日は出かける予定があるので、その足で第1ギルドのカフェテリアに誘おうと思っていたのだけど、またの機会にするか。レスミアは実家の方でも売り子をしていたせいもあってか、接客も楽しそうである。まぁ、半分くらいはお喋りな気もするけど。


 緊急案件の対応を決めた後、マルガネーテさんは安堵の表情を見せて帰って行った。これから、王都にとんぼ返りして学園に戻り、通常業務(ソフィアリーセ様のお世話)が残っているそうだ。当事者の側使えで、事情にも精通しているからと、色々と調整に走らされたそうで……お疲れ様である。お土産にお菓子を渡しておいたのは言うまでもない。




 今日1日のレベル変動は以下の通り。必須なジョブ、魔道士とかトレジャーハンターはレベル31なので上がっていないが、非戦闘職をこま目に付け替えたので、色々上がっている。経験値増4倍に付け加えて、戦技指導者の〈獲得経験値大アップ〉のお陰でもあるだろう。


 ・基礎レベル31

 ・司祭レベル25→27    ・新興商人レベル22→26

 ・戦技指導者レベル1→18  ・遊び人 レベル27→28

 ・熟練職人レベル24→27  ・錬金術師レベル25→27

 ・付与術師レベル25→27  ・植物採取師レベル25→27





 翌日、二日酔いに苦しむベルンヴァルトに〈ディスポイズン〉したり、朝一で調合したダイヤモンドの運搬をフォルコ君にお願いしたりした。ついでに、時間があればランハートの工房にも行ってもらうようお願いする。過酷な砂漠フィールドを走ったバイクの状況は、報告書だけでなく実機を見た方が良い筈だ。

 その際、追加で購入も出来ないか交渉する予定である。商業ギルドや買い出しに行くなど、移動が多いフォルコ君用だな。今は馬車を使っているが、小回りが利いて、アイテムボックスにもしまえるバイクを気に入ってくれている。

 そんなわけで、転移ゲートに向かうフォルコ君(バイク)を見送った。



 その後、レスミアと二人でナールング商会を訪れた。リスレスお姉さんからの招待であり、正式に婚約したのだからと、息子さん……俺からすると義理の甥っ子か?……を紹介してくれるそうだ。


「ティクム君は可愛いですよ~。最近は、よちよち歩き出来るようになって、呼ぶと頑張って歩いて来てくれるんです!

 抱き上げてあげると、キャッキャッと笑って、天使みたいに可愛い」


 レスミアは何度も来ているので、従業員にも顔を覚えられており、商家の受付に顔を出すだけで、そのまま奥へと通してもらえた。事務所を通り抜け、中庭の向こうにある屋敷に案内される。そして、リビングの一角には厚めのラグマットが敷かれており、幼児のティクム君とスティラちゃんが楽しそうに遊んでいた。

 そこに、レスミアが顔を出すと、ティクム君はスティラちゃんと、お手てを繋いで笑顔で歩いて来る。確かに可愛い。猫族と赤ん坊の組み合わせは、卑怯なほどに可愛い。


 しかし、俺はその輪には加わっていない。何故なら、


「先ずは、この契約書を読んでもらえるかしら?

 ピーラーの権利に関して、こちらでまとめておいたの。ただ、報酬をどうするかについて、商談しましょう」


 リビングのテーブルで、リスレスお姉さんに契約を迫られていたのだった。

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