第330話 負けられない戦い?

 採取を終えて、宴会場へと戻った。樽酒を差し入れた効果もあってか、大いに盛り上がりを見せている。両手にエール筒竹を持って飲み比べている人や、笑い話や自慢話に興じる人、仕事の愚痴を言い合っている人等々。ベルンヴァルトなんてギルマスと肩組みながら馬鹿笑いしていた。


 ただ、アルコール臭も酷いので、レスミアは離れて休憩する事にした。天狗族のレルフェちゃんとヤパーニちゃんは、レスミアと話したそうにしていたので、一緒に残る事に。若干、お酒を取るか、恋バナを取るかで悩んでいたけどね。

 採取を手伝ってくれたお礼として、サイダー筒竹と白銀にゃんこのお菓子をあげると、喜んで恋バナを取ったようだ。



「おーい、リーダー。こっち来てくれ。

 ギルマスがヨイテングタケを欲しがってなぁ。ハンデになるだろ」


 ベルンヴァルトに呼ばれて近くに座ると、肩に寄り掛かられた。尋常でなく酒臭い……いつものエールやワインでなく、甘いような豊潤な香りは、偶に飲んでいる蒸留酒のようだ。ここの階層では、ワイン筒竹やシードル筒竹はあったけれど、蒸留酒は無かった。持ち込みかな? と、ギルドマスターであるグントラムさんに目を向けると、こちらも馬鹿笑いする。


「ガっハッハッハ!

 いくら鬼人族と言っても、若造に飲み比べで遅れは取らんさ!」

「ブランデーを、ストレートで一気飲みは効くぜぇ……」


 ベルンヴァルトが、手に持っていたガラスの様な竹コップをプラプラと振る。それは、ワイン筒竹の様な透明なガラスだが、亀甲模様が入っている。ダンジョン内の宴会に使われるには、少し不釣り合いというか、工芸品としても扱われそうな逸品であった。

 飲み比べをするにしても、アルコール度数の高い蒸留酒を250mℓは流石にヤバいだろ……おっと、天狗娘の口癖が移ってしまったか。


「まったく、ブランデーは香りを味わって飲むものだぞ。MPにも限りがある、ボチボチ終いだ」


 そう言って、亀甲模様の筒竹を差し出したのは、ギルマスの体面に座る年配の男性だ。翼も無く、普段着の何処にでもいるお爺さんにしか見えない。しかし、地面に置いた緑色の水筒竹にメタリックグリーンなワンドを当てると「〈グロウプラント」」と、静かに呟いた。


 ……木属性魔法と言う事は、魔導士か!


 以前、御者兼庭師のお爺さんに聞いた通りである。500mℓサイズの水筒竹が見る見るうちに萎み、変化していく。250mℓサイズになると、外観もガラスのように透き通っていき、中身の液体も赤へと変わっていった。水筒竹からワイン筒竹への熟成過程のようだ。

 更に変化は続く。ガラスに亀甲模様が入り、液体が琥珀色に変わると完成のようで、ワンドが外された。



【食品】【名称:ブランデー筒竹】【レア度:B】

・ワイン筒竹の熟成が進み、ブランデーへと変質した物。琥珀色が濃いほど熟成された証し、竹がガラスのように透き通る。節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯出来るサイズとなる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中のブランデーが飲める。



 こっそりと鑑定してみるとレア度がBであった。驚きついでに〈相場チェック〉も掛けてみると、【1万円】。あの小さな瓶で1万は、俺からすると十分に高価である。

 それが、ヴァルトの前に差し出される。飲み比べの続きらしい。


「すみません。ウチのヴァルトまでブランデー筒竹を頂いてしまって……」

「気にせんで、ええぞ。グントラムが言い出した事やし、君等も差し入れしただろう?

 その返礼と思って……いや、気にするなら、ヨイテングタケが1本あると助かるな」



【素材】【名称:ヨイテングタケ】【レア度:D】

・テングタケの亜種。食べると天狗も酔っぱらうという。実際にはアルコール成分は入っておらず、免疫力と肝機能を低下させる毒を含んでいる。摂取すると酒に弱くなり、他の毒や病、魔法的な状態異常にも掛かりやすくなる。人族的に食用ではないが、非常に美味。



 因みに、こんな毒キノコである。

 それくらいならば、お安い御用である。ストレージから取り出して渡すと、お爺さんは串を取り出し、傘の方から突き刺した。そして、携帯コンロの火でヨイテングタケを炙り始める。天狗の鼻のような柄に、軽く焦げ目が付くくらいで良いらしい。

 ギルマスは、程よく焼けた串焼きを受け取ると、美味そうに齧り付いた。その様子に、毒キノコと分かっていても、少し興味が湧く。どんな味なのか聞いてみると、口角を上げて笑った。


「ピリッとした痺れる辛さの奥に、僅かな苦みと甘さがあって……それが美味いんだ。

 病みつきになる味だぞ」

「ああ、そっちの鬼の若造は兎も角、人族のお前さんは食うなよ。人族にとっちゃ、只の毒だ。酒を一口飲めば悪い酔いして、毒の胞子や花粉でも浴びれば、血を吐くか麻痺するか。なんてな」

「ガハハハッ! そりゃ、ネストールが昔、酔っぱらって喰ったって話だろ!」


 早々にブランデー筒竹を一気飲みしたギルマスが、お爺さん……ネストールさんの肩を叩いて爆笑した。妙に具体的な症例かと思いきや、実体験だったらしい。そこで、ふと気付いた。


「そう言えば、天狗族は毒に弱いなんて聞きましたけど、帰り道は大丈夫なのですか?

 30層のボスは毒の花粉を使いますよね? 酔っぱらったうえに毒に弱くなっていますよ?」

「心配はいらん。儂の氷属性魔法〈ブリザード〉で一撃じゃ……と言いたいところではあるが、今日はMPを使いすぎた、酒も入っておるからな。一緒に来とるトレジャーハンターの〈帰還ゲート〉で帰るわい」


 宴会客に天狗族以外も居るのは、飲み仲間というだけでなく、他のジョブも連れてきているからだそうだ。脱出用にトレジャーハンター、お酒を〈グロウプラント〉で育てる魔導士、荷物持ちで〈アイテムボックス〉の容量が多い職人系や商人などである。天狗族は種族専用ジョブには、自身や掴んだ物を軽くするスキルがあり、それを利用して1人くらいならば抱えて飛べるそうだ。

 ここに来る前に見た、ハーネスで括り付けた移動方法だな。天井が高く、飛べる階層ならば、これ以上のショートカットはない。

 

 因みに、天狗族は空高く飛べる事もあり、呼吸器系が強いそうだ。ただし、その反面、毒煙や毒胞子を吸ってしまうと、毒を取り込み易く、あっという間に身体全体に回ってしまう。レルフェちゃんとヤパーニちゃんが怖がっていたのは、こういった事情があったそうだ。




「うっしゃーーー! 飲み切ったぜ! 次、来いやぁぁ」

「おお、頑張るじゃないか。おい、ネストール、次くれ次!」


 ベルンヴァルトが大分遅れて、ブランデー筒竹を飲み切ったようだ。アレが何本目か知らないが、珍しく顔を赤くしている。ストレートの一気飲みは大分聞いているようだが、諦めた様子はない。

 そんな飲兵衛2人の様子を見て、ネストールさんが溜息を付く。


「MPがもうないと言っただろう。そこらのエールで我慢しとけ」

「エールじゃ酔わないから、先に飲み干した俺の勝ちでいいか?

 ヨイテングタケは美味かったが、意味なかったな」

「チッ! 後、何杯かあれば……」


 確かに、ヨイテングタケの毒が効いているとしても、最後の1杯分だけだからな。年を取ると酒に強くなるギルマスが相手では、どの道厳しかった。

 ただ、ベルンヴァルトが何でむきになっているのか分からないので、聞いてみると、


「この飲み比べで勝てば……騎士叙勲へ推薦してくれるってよ……」

「ハッハッハ! 俺はギルドマスターだからな。ある程度、有望な者ならば、推薦するのもやぶさかでない」


 ……それで、飲み比べで勝負する意味が分からないのだけど?

 お酒好きな種族なので、飲酒量=男らしさ、みたいな物なのだろうか?

 まぁ、それは置いておいて、そんな事情なら後押しするのも悪くない。俺はネストールさんに、提案をした。


「中途半端に終わるくらいなら、俺のMPを〈マナドネ〉で分けましょうか?

 それで、〈グロウプラント〉を使えば、ブランデー筒竹を作れますよね?」

「……ん? 君は司祭だったのか? それにしてはアイテムボックスを使っていたような?」


 いつもの様に、簡易ステータスを見せて説明すると、驚きつつも納得してくれた。どうやら、ギルマスが「変わった若者が来た」と、飲み会の席のネタにしていたらしい。


「グントラムが酔った時に話していてな。酔っぱらいの戯言かと思っとったが……

 〈マナドネ〉なら心臓に近い方が、効率が良い。背中から頼む」


 そう言って、背中を向けるネストールさんだった。その背中に手を当てて、〈マナドネ〉を使う。



【スキル】【名称:マナドネ】【アクティブ】

・慈愛に満ちた光の女神の祝福により、自身の魔力を対象に分け与える。

 充填した魔法陣を対象に接触させることで、譲渡可能。出来るだけ心臓に近い方がよい。



 手の平に出した魔法陣が、身体の内側へと入り込み、魔力を流していく。感覚的には、魔法陣に充填している端から、抜けていくようだ。

 俺の残MPを6割程委譲すると、ネストールさんが〈グロウプラント〉を使って、ブランデー筒竹を作ってくれた。飲み比べの再開である。




 結果として、ベルンヴァルトが先に倒れた。

 追加で2本飲んだところで、酔い潰れて寝てしまったのだ。ギルマスも赤い顔をして、文字通りの天狗顔になっているが、楽しそうに馬鹿笑いしている。


「ガハハハッ! まだまだ、若い奴には負けん! 出直して来い!!」


 周囲の宴会客も、拍手喝采で大盛り上がり。

 賭けに負けたのでしょうがないが、酔い潰れたベルンヴァルトを背負って帰る羽目になってしまった。






 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 小ネタ

 ブランデーをストレートやロックで飲む場合、シングル(約30mℓ)やダブル(約60 mℓ)の単位で注文するのが一般的です。そして、個人差はありますが、ブランデーの適量は男性の場合シングルで2杯。 女性の場合はシングル1杯程度が、楽しく飲める目安です。


 ベルンヴァルトが飲んだのは250mℓ×5本=1250 mℓ。

 鬼人族なので、10倍飲めるとしても、楽しく飲める許容値は600まで。一気飲みで倍は無理でしたw


 良い子の皆様は、蒸留酒をストレートで飲む際には必ず、合間にチェイサー(水やジュース)を飲みましょうね。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

更に追記

 近況ノート(サポーター用)を更新しました。

 またギフトを頂いたのですが、サポーター用が3つしかないのは、以下略。

 急遽、ジョブ設定を引っ張り出して、書き上げました。4600文字程度。

 今回は、『お昼寝子系セカンドクラス、夜も寝子』について解説します。私としてはレベル35で覚える〈スリスリの手口〉がお気に入りです。本編で使えないのが、ちょっと勿体ない……いや、猫族の容姿だからこそ、許されるスキルであるし、微妙にバランスブレイカーにもなりかねないので、やっぱ封印で。サードクラスと比べたら大人しい方ですけどねw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る