第329話 宴会場と天狗族のギャル子ちゃん達

 29層の入り口から一番近い採取地では、十数人の天狗族が宴会を開いていていた。小雨の降る中、木陰にゴザを敷いて、飲んでいる様子は、花見のよう。周囲の生垣には紫陽花が咲き、ソープワート等の採取物の花も咲いているから、実質そうなのかも知れない。誰も見ていなさそうだけど、それもまた花見である。


 俺達が宴会場に近付くと、向こうも気付いたようで何人かが振り向いた。好奇の目線に晒されながらも、〈営業スマイルのペルソナ〉の力を借りて出来るだけ、にこやかに挨拶をした。


「宴会中にお邪魔しまーす。探索者のザックスと言います。

 ギルドマスター、お久しぶりです。ダンジョン内でお会いできるとは、思ってもみませんでした」


 コミュニティの中心だろうギルマスに挨拶すると、周囲の目線も和らぎ、好意的なものへと変わっていく。


「なんだ、ギルマスの知り合いかの?」

「おおっ! 新顔の若いのが来たぞ!」

「こりゃあ、目出度い! お前らも飲め!」

「わーい! 可愛い女の子もいるじゃん。なかま~」


 周囲の宴会客は酔った勢いもあるのか、快く迎え入れてくれた。ついでにエール筒竹を勧められたので、ベルンヴァルトへパスする。それを、一気飲みすると、周囲は手を叩いて囃し立てた。

 レスミアには、天狗族の小柄な女の子達が纏わり付く。愛想よく笑い、手を引いて話に加えようとするのを、「私は飲めないから」と、ワタワタ手を振って断っている。ぱっと見、年下なので困惑しているようだ。


 そんな中、ギルマスは顎を撫でつけて考え込んでいた。そして、手に持っていたガラス製の水筒竹……中身が赤いので多分ワイン筒竹……をグビリと飲むと、ようやく思い出したかのように、自身の太腿を叩いた。


「おお! 確かオーロラ騎士ナイトのザックスだったな!」

「違いますよ! それはギルマスが考えたパーティー名でしょう。

 俺達は『夜空に咲く極光』です!」


「ガハハハッ! 冗談だ、冗談」

「キャハハハッ、ギルマスは、また適当な事言ってぇ」

「ハハハッ! オーロラみたいに、けばけばしい色の騎士とか、目立ちたがり屋な貴族に居るかもな!」


 ギルマスが馬鹿笑いすると、周囲も釣られて大笑いする。あのパーティー名をネタにされるとは思わなかったが、周囲の反応から良くある事らしい。今日はギルマスが休みなので、飲み仲間を募って宴会を始めたそうな。商業ギルドの天狗族にも拡散されて、都合の良い者は飛んで(文字通り)参加しに来たので、少し規模が大きい。これだけ集まるのは、流石に毎日ではないが、少人数ならば毎日どこかしらで天狗族の飲み会が開かれているそうだ。


 そのまま宴会になるところだったので、先に採取して良いか、お伺いを立てた。宴会に来たのではないと白けさせるところであったが、手土産としてエールの酒樽と摘まみを数種類差し入れすると、手の平を返したように許可が出た。


「水筒竹以外なら、俺達の分も含めて持って行け!」

「なぁに、3パーティー分は来てっからな。1割くらい残せば、ええぞ。

 アドラシャフトのエールは久しぶりじゃ」


 因みに、ベルンヴァルトの手持ちの酒樽の中で、手軽に飲めるからと減りが早い物(つまりお手頃価格)を出したのだ。残り1/4は残っているので、ここの人数でも一人数杯は飲めるだろう。ベルンヴァルトには補填として、今日採取した酒を全て渡す事にしたら、二つ返事で譲ってくれた。


 宴会の相手はベルンヴァルトに任せて、俺とレスミアは採取に取り掛かる……のだが、何故かレスミアの両手にくっ付く、2羽の天狗族の女の子達。茶色と黒の羽根の雀の様な娘と、ウグイス色な羽根の娘である。


「樹液を採取するなら、ザフランケの木の上に行かないとね~。連れてってあげる~」

「そうそう、私達ならひとっ飛び」


 そう言って翼を広げた2人は地面を蹴ると、ふわりと浮かび上がる。そして、両手を両サイドから抱えられたレスミアも、一緒に浮かび上がる。


「え?! 浮いてる?!

 あわわわわっ、私、自分で登れるよ~」


 足をバタつかせて、慌てふためく。

 時計塔の観光をした時に聞いた話ではあるが、天狗族は落下速度を遅らせるスキルが使えるらしい。今のように、レスミアも軽々と浮いている事から、自重を軽くする効果もあるのかも知れない。

 まぁ、知らずに飛ぶのは怖いのだろう。ステータス画面からジョブを変更しつつ、上に声を掛ける。


「レスミア! ジョブを闇猫に変えたから、万が一、落ちても大丈夫だぞ!」

「……あ! ありがとうございます~」


 〈猫着地術〉があれば、あの程度の高さなら大丈夫である。上は任せておいて、下に採取用の樽を設置する。そして、樹液の出る蔦の固定用のロープを張っていると、またもや上から声が聞こえた。


「え~、羽も無いのに、落ちたら怪我するよ~」

「大丈夫ですよ。猫人族ですからね。このくらいの高さなら、いつも飛び降りていますよ」


 上を見ると、天狗族の2人の手を振りほどき、木の幹を蹴って宙返りするところだった。猫の様な、しなやかさで身を捻ると、重力を感じさせないような、鮮やかさで着地を決めた。


「おお~! カッコいい!」「凄い!凄い!」


 後を追うように、上から飛んで降りて来た2人が、器用にホバリングをしながら、レスミアの周りをくるくると回り、拍手をする。そんな、ミュージカルの様な一幕に、俺も釣られて手を叩いた。



 それから、天狗族の2人も採取を手伝ってくれるというので、互いに自己紹介する。

 雀の羽根のレルフェちゃんに、ウグイス色の羽根のヤパーニちゃん。どちらも16歳で、商業ギルドの郵便課に就職しているそうだ。ベルンヴァルトが言っていたとおり、郵便配達のノルマが終わると、偶にこうして水筒竹(酒)の採取に来るとか。天狗族は若い女の子でも、お酒好きらしい。

 それに対して、2人も俺達の自己紹介に驚いていた。


「やばーい! 同い年なのに、自力でここまで来たの!」

「あ、私は年末が誕生日なので、まだ15歳ですよ?」

「そっちじゃなくて、レベルの方! アタシら飛んできただけだよ~」


 2人はダンジョンを踏破してきた訳ではなく、先輩に連れてきてもらったそうだ。10層と20層のボス戦も、先輩が魔法で倒すのを見ていただけ。飛んで移動できる&水筒竹の生える28層29層しか、入った事が無いらしい。


「ジョブも『木ノ葉天狗』のレベル15だけど~、魔物と戦った事も無いよ~」

「アハハハッ、ヤパーニってば、偶に百合の花に〈エアカッター〉を撃ち返してるけど、当たった事ないもんね!」

「無理無理! アレ、ヤバいもん!

 どうせ当たっても倒せないんだから、飛んで逃げるのが一番だよ~」

「リーリゲンなら、花の根本の茎が弱点ですから、狙うと楽ですよ」


 女3人寄ればというが、2人の時点で姦しい。手を叩いて笑い、フワフワと舞い踊る。真ん中のレスミアは、初めは驚いていたけれど、直ぐに釣られて笑い、話に加わった。




 全体の9割を持って行って良いいと言われたのだが、流石に採取用の樽が足りない。ちょくちょく買い足していたが、今日は4箇所目だからな。買い取り単価の高い、魔絶木を優先してセットした。レルフェちゃんとヤパーニちゃんも、ザフランケの木からホース……蔦を引っ張ってきて、樹液を魔絶木の根元に撒いてくれていた。小雨が降っているけれど、雨よりも樹液の方が栄養マナがあるのか、魔絶木の樹液の出が良くなる。


 それが終われば、後は樹液が溜まるまで、葉物や果実の収穫だ。天狗族の2人も手伝いたがったが、〈自動収穫〉を見せたら、キャッキャッと喜んでくれた。


「やばーい! ホントに植物採取師みたいじゃん!」

「ザックスとレスミアも商業ギルドに入りなよ~。下の層まで護衛付きで連れて行って貰えるから、めっちゃ稼げるらしいよ!」

「いや、自力で降りるからいいよ。それと、既に領主様の後援を貰っているから無理だなぁ」

「ですねぇ。婚約の条件でもありますから」

「婚約?!」 「え!?誰と誰の?!」


 不注意に口走ってしまった事で、レスミアが「あっ!」と、口元を押さえるが、時すでに遅し。年頃の女の子たちが恋バナを聞き逃すはずが無い。興味津々といった様子で腕を掴まれると、質問攻めに合うのだった。

 俺としては、このギャルっぽいノリが苦手なので、女の子同士のレスミアにお任せしよう。〈自動収穫〉するていで、ちょっと離れて作業をした。



 最後にキノコ類の採取をしていると、少し離れた所で作業をしていたレスミア達の方から、小さな悲鳴が聞こえた。何事かと目を向けると、レルフェちゃんとヤパーニちゃんが小走りに逃げてくる。背中の翼も羽ばたいているけど、飛ばずに走っているのは、そちらの方が早いからか?

 取り敢えず、何事かと聞いてみると、


「毒キノコが出たのよ!」

「アレは天狗族の天敵よ!」

「ここで毒キノコというと、フクロトビタケか?

 別に魔物でもないし、動かないぞ?」


 丁度採取していたところだったので、地面に生えているソレを指差してやる。すると、2人は「「キャー」」と、で悲鳴を上げて逃げていく。若干楽しそうではあるが、事態が良く分からない。

 ……天敵?

 レスミアに目配せしてみたのだが、あっちも小首を傾げている。

 取り敢えず、近場のフクロトビタケを採取して、もう無い事伝えると、遠巻きにしていた2人が恐る恐る寄って来た。


「天狗族は煙とか胞子に弱いの。飛んでいるところで麻痺したら墜落死しちゃうのよ」

「偶にバカな探索者が、面白半分に飛ばしたりして、ヤバいよね~。こっちの迷惑も考えて欲しいよ」


 ……やべっ! 面白半分じゃないけど、飛ばしちゃったよ。

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