第327話 幽霊の正体見たり山荷葉

 採取を終えたのち、紫陽花迷路に戻った。この階層には3カ所も植物系採取地があるので、順次回るルートを決めてある。ベルンヴァルトが楽しみにしていた階層だからな、パーティーに誘った際にも約束していた事であるし、これくらいは福利厚生の内だろう。

 それに、意外と迷路は大きく、直線コースでもなければ2層分を1日で踏破するのは難しい。それでいて、途中で通れない箇所や、罠も多く面倒なのだ。

 進行方向に、赤いポップアップ【幻惑床の罠】が見えた。村の迷路階層でも見かけた罠である。パッと見では、只の通路にしか見えないのに、知らない間に曲がってしまうのが嫌らしい。ここの紫陽花迷路で見かけるのは、既に3度目。〈罠看破中級〉が無ければ、地図があっても迷っていただろう。



【罠】【名称:幻惑床の罠】【パッシブ】

・踏み入れた者を別の道へ誘い、惑わす罠。効果範囲内では立ち止まる事は出来ない。

 また、この罠は破壊することは出来ない。



「そこの十字路にも、幻惑床があるな」

「今度は私が解除してきますよ。

 ……〈罠解除初級〉!」


 レスミアは、十字路に入らないギリギリまで近付くと、床に向かってスキルを発動させた。トレジャーハンターのレベル5で覚えた、罠を消し去るスキルである。



【スキル】【名称:罠解除初級】【アクティブ】

・近距離にある罠を対象に使用すると、罠を消去する。ただし、対象に選べるのは〈罠看破初級〉の範囲まで。



 壊す事も出来ない【幻惑床の罠】には打ってつけのスキルだな。ここの生垣も伐採すれば迂回出来るが、手間であるには違いない。【弓矢の罠】とか【かすみ罠】みたいに、素材が取れる訳でもないので、さっさと消去するのが一番である。


 ただ、懸念点があるとしたら、罠を解除すると、同じ階層のどこかに罠が復活する点である。さっきから【幻惑床の罠】を解除する度に、進行方向に復活していないか?

 まぁ、レスミアが手伝ってくれるので、MP負担は軽いから良いけど。



 時折現れる防衛設備(リーリゲン)を倒しながら、紫陽花迷路を破壊しながら進む。

 その途中で、通路が塞がれているのを発見した。地図では真っすぐなのだが、通路いっぱいに巨大な白い花が咲いている。6枚の白い花弁をこちらに向け、黄色い雄しべがアクセントになっている可憐な花……ただし、サイズが直径5mもあると、綺麗というより異様に見えてしまう。


 ただ、このサイズだと雪女アルラウネを思い出すが、魔物ではない。何故なら赤いポップアップが表示されているからだ、



【罠】【名称:サンカミュール】【パッシブ】

・行く手を阻む壁型罠である。ダンジョンのマナでサンカヨウが変異し、巨大化した。

 この罠は破壊する事は出来ず、通り抜ける事も出来ない。ただし、水に濡れた場合、存在が希薄になり、通り抜けられる。



「また変わった罠だな。存在が希薄になるってのは、良く分からないけど、雨が降っている時にしか通れないのか」

「さっきまで降っていたのに、間が悪いですねぇ。〈罠解除初級〉

 ……あれ? 効かないです」


 鑑定文を読み上げて展開したところ、さっそくレスミアがサンカミュールに触れて、解除を試みた。しかし、通せんぼする花は消える様子が無い。俺も試しに使ってみたが、効いた感触が無かった。その大きな花弁は手触りが硬く、軽く押したり、ノックしたりしても、びくともしないし、音も出さない。花形のオブジェと言われた方がしっくりくる。

 どこかを擦り抜けられないかと周囲を見回してみると、花弁と生垣の隙間を見つけた。


「レスミアなら、下の方にある隙間を通れそうだけど……泥だらけになるか」

「えぇ……ちょっと狭くないですか? スティラなら兎も角、私だと地面を掘らないと厳しいかも。それなら、闇猫に変えて〈猫体機動〉で上を飛び越えた方が良いですよ。

 あ~でも、私だけ向こうに行っても、しょうがないような?」


 確かに身長の倍以上の高さとなると、俺とベルンヴァルトでは厳しい。ロッククライミングしようにも、破壊不可なサンカミュールには杭も打ち込めない。向こうからロープでも投げてもらえば、登れるかもしれないが。

 2人して花を見上げていると、肩に担いでいた高枝サソリ鋏が、不意に奪われた。


「無理に登らんでもいいだろ。横の紫陽花を伐採して、迂回しようぜ」


 そう言ったベルンヴァルトが、横の生垣へ向かって高枝サソリ鋏で伐採を始めた。倒れる紫陽花を、ストレージの黒枠で受け止めて格納する。その間に、レスミアが地図で迂回ルートを見てくれている。


 しかし、伐採して見えた向こう側には、同じ景色が広がっていた。そう、サンカミュールが壁のように咲き誇っていたのだ。ベルンヴァルトはむきになって、更に反対側の生垣を伐採し始めるが、2つ隣もサンカミュールが邪魔をしていた。


「なんだ、こいつら。通さねぇつもりか?

 くそっ、仕方ねぇ、間の生垣を伐採すれば通れるだろ」


 半ば自棄になって、生垣を横ではなく縦に伐採し始めたのだが、それも直ぐに止まった。サンカミュールの花弁は生垣の内側にも食い込んでおり、行く手を阻んでいたのだ。徹底している。

 腹いせに高枝サソリ鋏で、ぶすぶす刺し始めたのだが、刺さる訳もない。不機嫌になってしまったベルンヴァルトを宥めていると、地図を確認していたレスミアが、この周辺の記載について指摘した。


「ええと、サンカミュールでしたっけ。3つ並んでいるのが此処なんですけど、点線が掛かれていますよね。もしかして、この所々にある点線全部がサンカミュールなのではありませんか?」

「あー、手書きの地図本だからなぁ。偶にある汚れかと思ってたよ。

 それに、点線が何を示すとか書かれていなかったから、分からなかったけど、それっぽいな」


 原本である紙の地図本を取り出して比べてみると、通路に点が書かれていた。分かり難い!

 その点を加味すると、ここは5つほど横にサンカミュールが並んでいるようだった。もう一つ、生垣をショートカットすれば迂回できるが、折角なので水で濡らす方も試してみる事にした。


「〈ウォーターフォール〉だと、辺り一面水浸しになるからな。便利魔法の〈ウォーター〉にしておくか」

「それなら、私が使いますよ。料理人に変えて下さい」


 MPが余っているからと、気を使ってくれた。リーリゲン相手に、毎回〈ロックフォール〉を使っているので、助かるのでお任せする事にする。

 ジョブを入れ替えると、レスミアは指先に小さい魔法陣を出して、水をサンカミュールへと振り掛けた。すると、水の掛かった部分が、白から半透明になっていく。更に水が掛かると。徐々に色が消えていき、クリスタルのような輪郭が分かる程度に透明になってしまう。

 手を伸ばして触ってみようとしたが、花弁の輪郭には触れずに手が貫通した。それはまるで、立体映像か幽霊か。水の掛かっていないところは、相変わらず白くて硬い。断面にも触れるけど……触ったまま乾いたらどうなるかと、考えるとちょっと怖い。


「存在の希薄って、こういう事か。原理がまるで想像つかないけど、凄く(S)不思議(F)だな」

「まー、考えてもしゃーないぜ。ダンジョンだからな。

 レスミア、もうちょっと上にも掛けてくれよ」

「ヴァルトは背が高過ぎですよ。私じゃ届きませんから、屈んで通って」


 通り抜けて元のルートに戻り、暫く歩くと雨が降り始めた。丁度、先の通り道にもサンカミュールが咲いていたのだが、雨に濡れた姿は輪郭しか見えない。中心の黄色い雄しべまでもが透明になっていて、正体を知らなければ、雨の中に佇む幽霊に見えるだろう。

 存在が希薄になり、雨すらも透過するサンカミュールを通り抜け、紫陽花の迷路を進んだ。




 2箇所目の採取地を巡った後は、そこからほど近い場所にある宝箱部屋で昼食を取る事にした。雨降りの階層なので、屋根の有る所で休憩がしたかったからである。ただ、ここの宝箱部屋は、入り口が3重のサンカミュールに囲まれており、入るのが面倒であった。なので、距離を取ってから、まとめて〈ウォーターフォール〉で幽霊化させて入る事が出来た。


 宝箱部屋の中に敵影は感じない。しかし、灼躍が隠れている可能性や、トラップハウスの可能性も考慮して、警戒しつつ扉を開ける。すると、中から光が溢れ出た。魔物も罠も無く、代わりにヒカリゴケが群生していたのである。覗いた限りでは、宝箱も無い。

 ただ、間が悪いようで、今更雨が降り始める。雨の中休憩する気にもなれず、中に入る。


「ちょっと、明るすぎだ。目がチカチカしてくるぜ」

「同感だな。ちょっと待って……〈ストーンウォール〉!」


 扉の前に少し間を空けて、石壁を建てた。部屋の中心に行くほどに明るいので、多少は光量が落ちる。天井とか壁も光っているので、唯一ヒカリゴケの生えていない扉にしか、安息の場所は無い。


「雨の中よりはマシですよ。ほら、壁のヒカリゴケを削れば、大分、光も収まります」


 レスミアは、矢筒から1本取り出すと、扉の両脇の壁に生えているヒカリゴケをガリガリ削り始めた。俺達も手伝い、石壁と同範囲を削る事で、ようやく落ち着く事が出来た。流石に天井には届かないが、蛍光灯と思えば放置しておけばいい。

 椅子やテーブルを取り出して、昼食を囲んだ。


「か~! やっぱり、採れたては、うめぇな! つまみも出してくれ」

「いや、エール筒竹に採れたてとか、あるのか?

 まぁ、良いけど、3本までだぞ。午後も探索は続くんだからな」


 待望のエール筒竹が豊作であったために、ベルンヴァルトが飲みたがるのは自明の理である。流石に俺は付き合わないし、お酒が苦手なレスミアもサイダー筒竹にしておいた。甘いサイダーであるが、意外と味が濃い目のサンドイッチには合う。特に、チキンの香草焼き(激辛カレー)サンドイッチの辛さを洗い流すのに良い。口がさっぱりすると、もう一切れに手を伸ばしたくなる。

 サイダーに合うものと言えば、某文豪の好物だったという『サイダーと天ぷらそば』か。実際には試したことが無いのだけど、今となっては後の祭りか。



 そして、先に食べ終えたレスミアに誘われて、念の為に部屋の中を見て歩く事になった。まぶしいので、手をかざして、目も細めて見るが、ヒカリゴケしかない。部屋の中央にあるヒカリゴケの塊も、崩してみたが、何もなかった。


「やっぱり無いですね~。私は砂漠で良いブーツを手に入れたから、余計に期待しちゃいましたよ」

「ここの階層は、砂漠フィールドよりも人通りは多いらしいからなぁ。採取ついでに、巡回する人も居そうだな。

 あぁ、アレをやっていなかった。〈サーチ・ボナンザ〉!」


 砂漠フィールドで、琥珀球を掘り当てた事を思い出し、念の為使ってみたところ反応があった。それは、部屋の中央のヒカリゴケの塊の下辺り。取り敢えず、塊は蹴っ飛ばしてどかし、地面を聖剣クラウソラスで切り抜いた。昼食の腹ごなしの運動には丁度良い。

 そして、地面から出て来たのは、半分銀色の鉱石……銀の含有量が多いだけの銀鉱石であった。


 まぁ、そうそう、お宝は出てこないか。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 小ネタ

 サンカヨウ(山荷葉)の花弁は白い訳ではなく、花びらの細胞に光が入り込み、内部で光が散乱する事で白っぽく見える。そして、雨に濡れると、細胞の隙間が水で満たされて、光の散乱が起きなくなり、透明に見えるそうです。


 ダイヤモンドと同じく、光の反射によるネタでした。

 幽霊にちなんだ名前にしたかったけど、しっくりくる外国語が無かったので、ミュール(フランス語で壁)になりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る