第326話 雨後の筍水筒と、ロケットきのこ

 採取地の一角には、まるで竹林が伐採された跡のように、竹の切り株……もとい、水筒竹が並んでいた。1つ手に取ってみると、地面に生えている訳でもなく、只の水筒竹のようである。


 ……お酒が目当てで、熟成していない水筒竹を捨てた? 買い取り価格も安いし、アイテムボックスの容量を喰うだけならば、他の採取物を入れた方が金になる。

 いや、それにしては、整然と並び過ぎか? 捨てるなら横に転がっていても可笑しくはないが、全て立っている。更に、ゴミとして捨てたのなら、ダンジョンに吞まれていないのも可笑しい。



【食品】【名称:エール筒竹】【レア度:D】

・中にエールを貯め込んだ竹。強度はあるのに節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯サイズの水筒になる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中のエールが飲める。黄色くなるとエールの飲み頃。



 黄色の奴を鑑定してみたが、以前、村で採取した物と同じである。取り敢えず、並んでいる内の1/3くらいは、色が変わっている。サイダー(水色)、炭酸水(青)、エール(黄色)のみ頂いて、残りの水筒竹(緑)は放置する事にした。


 その後はレスミアの手も借りて、樹液の採取樽をセットしたり、〈自動収穫〉したり、採取を進めた。雨が多く振るせいか、採取物が沢山生えている。ギルドの半分ルールを順守しても、結構な量だ。このルールも30層以下が対象なので、もうすぐおさらばだけどな。

 そして、キノコもわさわさと生えていた。キノコは、まだ〈自動収穫〉出来ないので、手作業で収穫する。踊りエノキがウェーブしたり、隣接するエノキ同士で絡まったりと、見ていて飽きないが、容赦なく刈り取ってストレージに放り込んだ。

 大半は踊りエノキで、2割くらいが煙キノコである。村で見かけたヨイテングタケは見当たらない。まぁ、ここのダンジョンに無いから、ギルドマスターが依頼を出していたのだろう。


 そんな調子で、流れ作業で収穫していたら、その中に紛れている初見なキノコに気付いた。煙キノコを数本まとめて切り落とす中で、白っぽいキノコが混ざっており、ついでに根元を切りそうになって、慌てて止める。ヨイテングタケの時にやらかした事を思い出したからだ。

 白いフクロ型の傘をしたキノコなので、毒々しい感じもしないが、知らないキノコは鑑定してから。



【素材】【名称:フクロトビタケ】【レア度:D】

・ダンジョンのマナで変質したフクロツルタケの亜種。柄を切られると胞子を噴出し、飛んで逃げる。先に傘の上から縦に切っておくと、飛び立てなくなるので、採取する際には一手間掛けよう。

 キノコ本体を食べると体が麻痺する。また、胞子にも手足が麻痺する程度の弱毒がある。抗麻痺剤を飲んでいないと危険である。



 ……セーフ! 先に鑑定して正解だった! また、毒キノコだよ!

 それにしても、また変なキノコである。飛んで行く? 形状的にロケットみたいな感じだろうか?

 それはさておき、近くでキノコの採取をしているレスミアに毒キノコの存在を教えると、物珍しさかこっちにまで見に来た。


「こっちはエノキばっかりで、見かけませんでしたけど……ちょっと、可愛いキノコですね。これも、採取するんですよね?」

「うん。買い取り品目で、名前を見かけた覚えがある。確か、胞子付きだと高くなっていたような」


「毒キノコなんて、何に使うんでしょうね。毒薬とかかしら?

 えーっと、上から縦に切れ……こんな感じかな」


 レスミアは踊りエノキ採取用の小さいスコップから、採取鋏へ持ち替えると、徐にフクロトビタケの頭を縦に斬り裂いた。すると、切れた先端から『プシュッ!』と、ガスの様な物が噴き出した。思わず息を止めて、「キャッ!」と小さく声を上げるレスミアを抱き寄せる。そして、その柔らかな口元を手で覆い、ガスを吸い込まないよう塞いだ。無色透明なので、胞子っぽくは無いが、警戒するに越したことはない。

 とは言え、咄嗟の事なので長く息は止められないので、空いた方の手に魔法陣を出す。


 「〈ブロアー〉!」


 風の便利魔法で、吹き散らしてから、手を外して解放した。しかし、レスミアは逆に、俺の身体に手を回して抱き着いて来る。そして、上気した頬に、目元を潤ませて上目遣いをして来た。


「いきなりだったから、ドキドキしちゃいましたよ」


 目が合うと、何をして欲しいのか察する事が出来た。空いた手で、レスミアの顎を少しだけ上向きにすると、向こうも察したのか目を閉じる。そこへ、そっと唇を重ねた。



 ……金柑の香りがする。


 しばらく、柔らかな感触を楽しんでから、どちらともなく離れた。


「続きは帰ってからな。

 それと、環金柑でも食べた?」

「うふふ、バレちゃいました? 採取しながら、ちょっと摘まんだだけですよ~。

 あまりくっ付いていると、ヴァルトにバレちゃいますからね。採取の続きをしましょ」


 耳まで赤くしたレスミアは口元を押さえて笑うと、少しだけ離れて採取鋏をフクロマヒトビタケへ伸ばした。ガスは既に収まっており、根元から断ち切ると、少しだけ胞子が落ちる。そして、採取袋に放り込むと、中で白い胞子が舞い上がった。慌てて、袋の口を閉めると、溢れ出た胞子を二人して手で払いのける。


「切った後でも、乱暴に扱うと胞子が漏れそうですね。採取袋にも優しく入れましょう」

「念のためにマスク……口元をハンカチか、スカーフで覆った方が良いな」


 ストレージから、男向けの大きめのハンカチを取り出して、それぞれ装着した。布一枚では、ちょっと心許無い。布を積層するだけのマスクも作っておいた方が良いかもしれない。

 自分でこっそり試してみたが、フクロマヒトビタケの頭を切った際に出るガスは、多少吸っても大丈夫であった。白っぽい胞子を吸わなければ、麻痺にはならないだろう。

 ただ、それはそれとして気になる事もある。ルール通りに半分の採取を終えてから、レスミアに提案してみた。


「なぁ、このキノコが本当に飛ぶのか試してみないか?」

「え~……まぁ、いつもの検証ですよね?

 それなら、抗麻痺剤を飲んでからにしましょうよ。あと、ヴァルトにも教えておかないと、あっちに飛んで行くかも?」


 レスミアが指差した竹藪……いや、最初に来た時よりも、だいぶ竹の本数が少ない。それというのも、ベルンヴァルトがお酒の水筒竹を採取しようと、せっせとバラしているようである。ただ、夢中になり過ぎて、半分ルールを守っているか気になったので、キノコの採取をレスミアに任せて、様子を見に行く事にした。



 元竹藪の近くの壁際では、背負籠を手に持ったベルンヴァルトが、せっせと水筒竹を並べていた。その光景は、この採取地で見付けた、竹の切り株達の様である。

 すると、俺の接近に気が付いたベルンヴァルトは、足元に置いてあった方の背負籠を渡して来た。


「おお、丁度良い時に来たな。これの中身をしまっておいてくれよ」

「随分と取ったな。ん? 竹じゃないのもあるぞ?」


 ずっしりと重い背負籠の中を見ると、色とりどりの水筒竹が沢山入っている。青や黄色だけでなく、初めて見る薄い琥珀色の水筒竹を手に取ってみた。他のは500mℓサイズなのに、これは細くて、250mℓサイズか? よく見ると竹自体がガラスのように透き通り、中の琥珀色の液体が見えていた。


「珍しいだろ。熟成が進んで出来たシードルだぜ。甘いから女向きだな」



【食品】【名称:シードル筒竹】【レア度:C】

・水筒竹の熟成が進み、シードルへと変質した。琥珀色が濃いほど熟成された証し、竹がガラスのように透き通る。節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯出来るサイズとなる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中のシードルが飲める。



 シードルってリンゴの酒だったか……りんごはどこから来たのだろう?

 いや、エール筒竹の時点で大麦が混ざって発酵しているな。今更か。


「熟成するとレア度Cになるのか」

「それと、こっちの赤くて細いのはワインだな。熟成が進むと細くなっちまうのが難点だけどよ、味は良いらしいぜ」



【食品】【名称:ワイン筒竹】【レア度:C】

・水筒竹の熟成が進み、ワインへと変質。赤色が濃いほど熟成された証し、竹がガラスのように透き通る。節の部分で捻ると簡単に分離し、携帯出来るサイズとなる。内蓋のプルタブを引っ張ると外れて、中のワインが飲める。



 ワイン筒竹もガラス瓶の様な竹になっていた。インテリアとするには少々飾り気がないが、普段使いの花瓶くらいにはなりそうである。この2種類は、レア度Cな事もあって、数本ずつしかない。それもそのはず、レア度Cは31層から取れる素材なのだ。割と近いとはいえ、28層では大分マナが溜まらないと変異しないので、数は少ない。

 ストレージに回収するとよく分かる。エール筒竹が44本、サイダー筒竹が25本、炭酸筒竹は20本……業者かな?

 半分ルールにしては取り過ぎではないか、それに何故地面に並べているのかと聞いてみたところ、酒場で聞いた情報らしい。酒好きの探索者で広まっている、酒の採取ローカルルールだそうだ。


「ああ、取るのは色付きだけにすりゃ半分も行かねぇさ。

 それで、持って帰らない普通の水筒竹はこうして並べておくと、熟成が進むんだとよ。こうしておけば、次に来た時には酒に変わっているって寸法だぜ!」


 自分で取りに来るだけでなく、他の人が並べた物も色付きなら持って行って良いそうだ。ただし、自分で採取して余った水筒竹は同じように並べて置く事。


 ……なんか、山菜取りのルールみたいだな。全部根こそぎ取らずに、残しておくとかさ。


「良かった。あっちにも並べてあったけど、色付きだけ回収したんだ。それ程、数は無かったけど」

「そりゃあ、他の奴が置いてから、それほど時間が経っていなかったんじゃないか?

 ここの雨降り階層は穴場だけどよ、酒だけを狙って回収にくる奴らもいるらしいからな」


 採取地は人が居なくなると、ダンジョンのマナを使って再生を始める。その為、色付きの酒以外の採取物は採取せずに残しておくことで、水筒竹の再生サイクルを早めるそうだ。狙った物だけが欲しい業者がやる方法なのだとか。

 ここまでの移動時間を考え、勿体ないからと、あれもこれもと採取して貯め込む俺とは逆だな。


「あー、それだと、色々と採取したのは不味かったのか?」

「いんや、そんな強制するルールでもねぇさ。そういう連中は、深夜とか朝方に周るらしいからな」


 確か、採取地を殆ど取り付くし、ほんの少し残した場合でも、3時間で復活すると習った覚えがある。なるほど、夜中に巡れば、満タンの採取地から3回は取れる。時間効率を考えれば、競争の少ない夜中に回るのは理にかなっている。


 ただ、普通の人は5の鐘(17時)が鳴れば、仕事は終わりである。終わらないのは、夜番のある騎士団とか、ダンジョンギルドくらいか。そのギルドも買い取り所や売店などは閉まり、緊急対応用の窓口が開いているだけらしいけど。

 24時間営業なんて概念の無い街で、夜にダンジョン巡りとかブラック企業な気もするけどな。



 取り敢えず、理由には納得したので、俺も水筒竹を並べるのを手伝った。どの道、樹液の採取には時間が掛かる。残っている竹藪も、色付きがある部分から上はパキパキッとバラして収穫し、緑色の水筒竹は壁際に並べていった。


 ……こういう時に、綺麗に整列させたくなるのはなんでだろうな?



 採取を終えた後、抗麻痺剤を1錠飲み、口鼻を隠すようにスカーフを巻いた。同じように準備を整えたレスミアが、フクロトビタケへ忍び寄った。万が一麻痺した場合、〈ディスパライズ〉が使える俺は後方待機である。隣に座り込んでいるベルンヴァルトは、エール筒竹で一杯やりながら観戦気分。いや、スカーフを渡したのだけど、面倒臭がって付けないのだ。


「切りますよ~!」


 こちらに手を振った後、採取鋏を地面へと向ける。

 次の瞬間、『プシュッーーーー!』という音と共に、白い煙を吹き出しながら、フクロトビタケらしき物が斜め上空へと飛んで行く。その様は、ロケット花火のようである。流石に爆発はしないようで、採取地を大きく飛び越えて、紫陽花迷路へと落下していった。


 その一方で、発射台の付近は白い胞子の煙で覆われていた。その中から、スカーフの上から手で口元を押さえたレスミアが現れる。こちらへ走り戻って来るのに合わせて、濃い目の煙がたなびいて来る。

 少し離れていた俺達の方まで、煙が薄く流れて来ていたので、〈ブロアー〉で吹き散らした。

 レスミアも麻痺した様子がなく一安心であったが、合流すると、自分の服を叩く。髪や服に付いた胞子が、パンパンッと叩かれる毎に舞い散った。


「あんなに噴き出るとは思いませんでしたよ~。煙キノコみたいで……ホラ、胞子まみれ!」

「いや、叩くと広がるから、ちょっと待って……」


 〈ライトクリーニング〉を使おうと、魔法陣に充填し始めたところで、何故か足元に水筒竹が軽い音を立てて転がった。中身のエールが零れ出るのに驚き、隣に目を向けると、ベルンヴァルトが手を震わせている。


「おおう? 手が痺れて動かねぇ……すまん、麻痺っちまった。

 まだ、少し残ってたのに持ったいねぇ」

「だから、錠剤飲んでスカーフしろって言ったのに……

 先ずは〈ライトクリーニング〉! 今、〈ディスパライズ〉も充填するから」


 幸いな事に、手に力が入らない程度であったので、回復の奇跡で直ぐに治った。

 まぁ、迂闊ではあったけど、状態異常対策の重要性が分かったと思おう。

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