第325話 リーリゲン改(只のレベルアップ)

 あらすじ:カーブミラーが攻撃を仕掛けて来た。



 幸いだったのは、丁度雨が止んでいるので、充填は目に見えて遅い。動かない固定砲台であるリーリゲンには、その隙に近付くしかない。


「牽制します! 〈ツインアロー〉!」


 後ろから援護射撃が飛んでいくが、地面に居たリーリゲンは根っこを振り回し、矢を叩き落とした。その一方で、スキルで生み出された半透明な矢は、根っこの結界を擦り抜けて花に突き去る。しかし、リーリゲンの弱点は花と茎の境目辺り、花弁を傷付けただけでは動きを止めずに、魔法陣が青く光った。


 魔法陣から5本の水の針が、俺を目掛けて飛来する。さっさと横にステップを踏んで回避したいところであるが、ワザと一拍間を置く。すると、


「〈カバーシールド〉!」


 後ろからスライド移動してきたベルンヴァルトが正面に立ち、水の針をカイトシールドで受けきった。敏捷値の差による移動速度を、〈カバーシールド〉で無理やり補ったのである。発動条件に『攻撃を受ける際にのみ』とあるので、任意で使える訳ではないが、相手の攻撃が来ると分かっていれば、利用出来なくもない。


 ……保険に盾でもないと、やりたくはないけどな!

 内心、ステップで避けたくて溜まらなかったのは押し殺し、ベルンヴァルトの肩を叩いて指示を出す。


「壁にくっ付いている方を頼む。俺は奥の奴に行く」


 カーブミラーの方は少し高い所にいるが、ベルンヴァルトの身長と飢餓の重棍ならば、十分届くだろう。そんな算段で二手に分かれる事にしたのだが、そのベルンヴァルトが驚きの声を上げた。


「近い方だな。任せとけ……って、おい! なんか壁が出来てんぞ!」


 何て言うが、ベルンヴァルトが前にいるので、俺の位置からは見えない。少し横にズレて見ると、カーブミラーの前に、水の壁が出来ていた。見覚えのある其れは〈アクアウォール〉である。


 ……あれ? リーリゲンはランク6の壁魔法まで使えたのか? 村のフィールド階層では、一度も見ていないぞ。


 そんな疑問が浮かぶが、頭の隅に追いやる。今は戦闘中だ!

 〈アクアウォール〉を、器用によじ登ったカーブミラー改めリーリゲンは、魔法陣を展開した。そして、凄い勢いで充填を始める。雨が降っていないから、自前で水を用意したのか!


「ヴァルトはアイツを引き付けてくれ。〈アクアウォール〉があるから、無理に攻撃する必要は無いぞ。俺が地面の奴を片付ける間に魔法を充填する」

「おう。あの高さじゃな。攻撃出来なくもないが……」


 後ろのレスミアにも援護射撃を頼んでから、一人前に出た。

 地面にいる方は〈アクアウォール〉を展開していない。いや、今充填しているのが、魔法陣の大きさ的に怪しい。ただし、その分だけ充填に時間が掛かる。俺は前にステップを踏みながら、手に持っていた高枝サソリ鋏を投擲しようと構える。形状的に槍投げはし難い。鋏を開いたまま、身体を捻ってブーメランの如く回転させて投げ放った。


 対するリーリゲンは、矢の時と同じように、根っこを振り回して迎撃しようとする。しかし、矢と高枝サソリ鋏では質量が違う。迎撃の根っこを物ともせず、本体の花にぶち当たった。

 それと共に、魔法陣が消える。倒れてはいないものの、斜めに倒れているので、集中が切れたに違いない。植物型の魔物がどこで思考をしているのか知らんけどな!


 その隙に、剣の間合いまで詰めた。

 リーリゲンは往生際が悪く、根っこを振り上げて防衛網を張る。そこに、抜刀しながら横一文字の左薙ぎを、振り切った。


 根っこが2本、切り落とされて飛んでいく。更に、ホーンソードを切り返して別の根を袈裟斬りに伐採した。


 ……予想以上に、攻撃の冴えが良い!


 村の時は、この根っこを斬れずに苦戦したのを覚えている。しかし、今回はあっさりと斬れた。これは、武器が良くなっただけが理由ではない。ホーンソードの柄を握った瞬間に、根っこのどの辺りが斬れそうなのか、感覚的に分かったお陰だ。更に、攻撃する瞬間にも手が勝手に微調整して、刃筋が立つような軌道に修正される。

 〈剣術の心得〉だけでなく〈身体操作の心得〉も効いているのだろうか? 剣を振り切っても、身体が流されることなく、直ぐに次の動きに繋げられる。


 根っこを3本切って空いた隙間に、一歩踏み込む。他の根が邪魔してくる前に、邪魔な花弁を下から切り上げて伐採。振り上げたところで、逆袈裟斬りに振り下ろし、花の根本の茎を断ち切った。

 弱点を斬られたリーリゲンは、それで倒れ伏す。立っていた根っこもばたばたと倒れていく。


 ……スキルも使わずに、こうもあっさりと倒せるとは……いや、パッシブスキルの恩恵は得ているけどね。

 まぁ、倒せるならば問題無い。

 おっと、まだ一匹残っているから、考察は後回しにしよう。そんな時、「〈一刀唐竹割り〉!」と、声が響いた。思わず振り返ると、水の壁に向かってベルンヴァルトが飛び上がったところであった。


 しかし、水の壁の上に陣取っていたリーリゲンの動きも早い。器用に根を動かし壁の裏側へと逃げ……いや、アレは裏側に落ちたのか。そこへ、大上段の振り下ろしが、水の壁を叩いた。水を叩いた音が鳴り、飢餓の重棍が壁を割る……が、しかし、中ほどで止まってしまった。

 〈アクアウォール〉は粘性の高い水で出来ている。あのデカい飢餓の重棍+スキルの威力を吸収して止めてしまったのだろう。ついでに割った際に、その水を被ってしまったのか、ベルンヴァルトが飢餓の重棍を引き抜こうとして、悪戦苦闘している。


「ああ、くそっ! 滑りやがる!」


 そこへ水の壁の向こうから、リーリゲンが顔を出す。身体ごと水の壁の中に入り込み、花弁の先端だけを外に出して、魔法陣を展開したのだ。壁の水を吸っているのか、充填の速度が速い。

 そこへ、弓を構えたレスミアが声を飛ばした。


「ヴァルト! 下がって! 「くっ……うぉっ!!」 そのまま寝ていて!〈ツインアロー〉!」


 バックステップしようとしたベルンヴァルトが、足を滑らせて仰向けに転ぶ。それで射線が通ったのか、矢が射られた。風切り音を奏でて飛んで行く矢に、半透明な魔力の矢が並走する。2本は魔法陣の奥に吸い込まれて行き、花弁に命中した。しかし、魔法陣は消えない。


 駆け寄っていた俺は、左手に充填していた魔法陣を向けた。テイルサーベルを扱いながら充填していたので、ワンドは使っていない。狙いは定め難いが、近付けば大丈夫。


「〈ストーンバレット〉!」


 煉瓦が3つ打ち出された。1つは花弁の真ん中に命中して、魔法陣が消失する。しかし、残りの2つは水の壁に当たって、貫通する事も無く絡め捕られた。しかも、リーリゲンは、花弁がボロボロになっただけで健在である。再度、魔法陣が点灯した。


 ……貫通力のある、ジャベリンにしておけば良かった!

 充填時間とか、MPの節約とか考えてランク1魔法にしたせいである。いや、水の壁の中に隠れるなんて思わなかったし。

 なんて、内心で良い訳をしてもしょうがない。再度、魔法を充填しようとしても、向こうの速度には勝てない。なので、前に出た。倒れているベルンヴァルトの周囲には、ぬるぬるローションが撒かれているが、濡れていない箇所を〈フェザーステップ〉で踏んで飛び越える。

 そして、拾ってきていた高枝サソリ鋏を突き出した。狙いは花弁の奥にある、弱点の茎。槍ほどではないが、表面積の少ない高枝サソリ鋏は水の壁を貫く。手元に引っ掛かりを感じたところで、鋏を閉じた。

 鋏を閉じる音は聞こえないが、手元には何かを切った感触が帰って来る。無事、弱点の茎を切れたようで、水の中に花弁だけが浮き上がった。



「〈ライトクリーニング〉!」

「ありがとよ、助かったぜ。それにしても、あの百合の花は俺、苦手だわ。

 魔法は連打するし、水の壁はぬるぬるするしよ」


 別に濡れても居ないのに、ちゃっかり浄化範囲に入っていたレスミアが、思い出したように手を叩く。


「それなんですよね。ザックス様、村の時は〈アクアニードル〉だけでしたよね?」

「ああ、ちょっと鑑定してみるか」



【魔物】【名称:リーリゲン】【Lv28】

・ダンジョンのマナで魔物化した百合の花。植物型魔物に分類され、歩きながら〈アクアニードル〉を撃ってくる。また、歩くのにも使われる根で水分を吸収すると、魔法陣の充填時間が早まる。近くに水場が無い場合、自前で〈アクアウォール〉を張り、防御壁兼、水分補給に使う。更に、同種の仲間がいる場合は、連携して交互に撃つ。

・属性:水

・耐属性:火

・弱点属性:土

【ドロップ:百合根、片栗粉】【レアドロップ:百合花チャーム】



 レベルが上がったせいか、文言が増えて〈アクアウォール〉を使う事になっていた。以前の鑑定結果も〈鑑定図鑑閲覧〉で確認してみたが、確かに無かった。同一の魔物でも、登場する場所によって性能が変わるのか。

 それらの情報を共有したのち、対処法を話し合いながら先へと進んだ。



 その後、何戦かするうちに、傾向も見えて来た。


・雨が降っている時:リーリゲンの充填速度が速まる。灼躍は元気が無いが、〈フレイムウォール〉で花畑を燃やして中に入る→〈フレイムスロワー〉。

・雨が降っていない時:リーリゲンは〈アクアウォール〉を、優先して張って水分補給。灼躍は普通に、花畑に〈ファイアボール〉。


 そう、同じく再登場した隠れ灼躍までもが、パワーアップしてランク6魔法を使うようになっていたのだ。非常に厄介な話である。

 ただ、灼躍に関しては、肩透かしに終わった。〈フレイムウォール〉を張ったとしても非実体の壁なので、上に昇る事もなく、炎の中に入るだけ。魔法陣も外に出して充填するため、その中心を矢で射れば、楽に倒す事が出来た。レスミアの矢はリーリゲンには効き難いが、灼躍には滅法強い。これも相性である。

 まぁ、炎の中に落ちた矢は燃えてしまうが、必要経費だ。まだ、在庫は沢山あるので問題は無い。


 ベルンヴァルトは〈ヘイトリアクション〉を使っての壁役として、注意を引くだけでも助かっていたが、武器をアイゼン・ツヴァイハンダーに持ち換える事で、更に活躍してくれた。分厚い飢餓の重棍よりも、刃が薄く接触面積が少ないお陰で、〈一刀唐竹割り〉で水の壁もろともに、リーリゲンを両断する事が出来たのだ。

 更に、〈カバーシールド〉で近付き、〈フルスイング〉で根っこの包囲網ごと吹き飛ばした。俺と違って、根っこは斬れていなかったが、その奥の弱点の茎が切れればOKってね。


 そうやって、戦うごとに戦術を研ぎ澄まして行った。開幕に〈ロックフォール〉でまとめて圧し潰し、残った奴を得意なメンバーが相手取る。一番面倒なのは、リーリゲンが3匹バラけている場合だな。




 ショートカットを繰り返して、戦闘を重ねて、ようやく採取地へと辿り着いた。

 宝箱部屋のように天井の有る部屋ではなく、只の広間である。その為、小雨も降ったまま。しかし、中に竹藪が出来ているのを見ると、ベルンヴァルトは大きい背負籠を2つも持って、喜んで駆け寄って行った。チラホラと、黄色や水色が見えるので、熟成した酒もありそうだ。


 部屋を見渡して、魔絶木やザフランケの木もある事を確認し、樹液の採取の準備に取り掛かる……その前に、部屋の隅に気になる物が置いてあった。

 何故か、1本ずつに分割された状態の水筒竹が、地面に置かれている。それが、何十本も。中には黄色く熟成した物まであるが、蓋は空いていない。

 ゴミのポイ捨てでは無いよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る